(2)預貯金
@ 遺産分割前の共同相続人の一部に対する払戻しの可否
金銭債権の共同相続につき分割債権説に立つ判例理論によれば、各相続人は自己の相続分について個別に払戻しを請求しうることになる。しかし、銀行実務は相続人全員の領収書を取って全員に払い戻している(合有説に近い運用)。
その理由は、分割債権説によると、相続分がかならずしも明らかでない場合があるので、これを防止するためといわれている。
なお、名古屋高判昭53.2.27(判時898−63)などは、相続預金の払戻請求は共同相続人全員でしなければならないとする銀行事務の取扱いを事実たる慣習であると認めながらも、結果的には、法定相続人が個別に行う払戻しを認めており、その後の判例も一部を除きこれに倣っている。
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A 遺産分割の対象となるか
判例の採る分割債権説によれば、理論上はその債権は各相続人に単純に分割帰属し、遺産分割の対象にならないとの結論になりそうであるが、多くの判例は金銭債権を遺産分割の対象にすることを認めている(東京家審昭47.11.15家月25づ−107、神戸家尼崎支審昭47.12.28 家月25−8−65)。共同相続人間の公平という実務的観点から、金銭債権も含めたうえで遺産分割する必要のある場合があるからである。
なお、銀行実務は預金債権を遺産分割の対象とする実務の運用に従い、遺産分割後の払戻しについては、遺産分割協議書ないし裁判所の遺産分割調停調書または審判の謄本の提出を求めている。なお、「共同相続人の一人が預金債権につき法定相続分の払戻しを求めてきた場合に、一応、遺言がないかどうか、相続人の範囲に争いがないかどうか、遺産分割の協議が調っていないかどうか等の資料の提出を払戻請求者に求めることは、預金払戻しの実務の運用として、不当とはいえない」(東京地判平8.2.23 金融法務1445−60)として、銀行の二重払いの危険の回避について一定の配慮を示しながらも、「共同相続人の間において‥・遺産分割協議が成立する可能性はほとんどない」場合は、「預金の帰属は、可分債権の相続関係についての原則論に立ち返ったものとして扱わざるを得ず・・法定相続分相当分の払戻請求を拒み得ない」としている(東京地判平9.10.20 金融法務1513−58)。