東武鉄道 熊谷線
妻沼〜大幡間
東武鉄道熊谷線を御存知ですか?
東武鉄道熊谷線はJR高崎線熊谷駅と妻沼(めぬま)駅間10.1kmを結んでいた東武鉄道唯一の非電化路線で地元では妻沼線と呼ばれていました。
私はかつて妻沼駅の近くに住んでおり同線を利用していましたのでこの鉄道について簡単に紹介します。
1.沿 革
熊谷線は昭和17年に旧国鉄高崎線熊谷駅から群馬県にある中島飛行機に軍需物資を輸送するために着工し、翌18年12月5日に妻沼まで開通しました。その後も工事を続けましたが、利根川を渡るための橋の工事途中で終戦となり、東武鉄道としては異例の他の線と接続していない路線として営業を続けてきましたが、開業から約40年後の昭和58年6月1日に廃止となりました。
2.路線と運賃
熊谷線は路線延長10.1kmの単線で熊谷と妻沼の間に上熊谷、大幡の2つの駅がありました。熊谷・上熊谷間は秩父鉄道と併走しており上熊谷駅は秩父鉄道の駅を利用していました。大幡駅は無人駅でかつては交換設備もありましたが撤去されてしまいました。妻沼には杉戸機関区の妻沼派出所があり蒸気時代のなごりである給水などがありました。
熊谷線の運賃は東武鉄道の他の路線と同じでしたが、いつの頃からか営業距離だけが14.3kmとなり同社の他の路線に比べ40%も割高となりました。また熊谷・上熊谷間は秩父鉄道の運賃を適用することになっており、かつて秩父鉄道の同区間の運賃が東武鉄道の運賃より安い時期がありました。
駅間の距離(単位:km)
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妻 沼 |
大 幡 |
上熊谷 |
熊 谷 |
10.1 |
4.3 |
0.9 |
上熊谷 |
9.2 |
3.4 |
大 幡 |
5.8 |
3.車 両
開通当初は旧日本鉄道の1号機と同2号機が走っていた様ですが、昭和29年2月から気動車のキハ2000系3両に代わりました。キハ2000系は通常は1両編成でしたが。朝夕の通勤通学時間帯には2両編成で運行されていました。
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熊谷駅 |
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熊谷・上熊谷間 |
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高崎線をオーバークロス |
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妻沼駅の腕木式信号機 |
4.ダイヤ
路線は単線で熊谷・妻沼間の所要時間は17分、ほぼ1時間に1本の割合で1日18往復の列車が運転されていました。当時のダイヤを次に示します。このほかに毎年8月に熊谷市の荒川河川敷で開催されている花火大会の日には終列車の後に1本臨時列車が運転されていました。 車両運行に関する設備は妻沼にあり、妻沼から始発列車が出て終列車で帰るという運行形態でした。
| 830 | 832 | 834 | 836 | 838 | 840 | 842 | 844 | 846 | 848 | 850 | 852 | 854 | 856 | 858 | 860 | 862 | 864 |
妻 沼 大 幡 上熊谷 熊 谷
|
515 523 529 531
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555 603 609 612
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636 644 650 653
|
716 724 730 733
|
810 818 824 827
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912 920 926 929
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1000 1008 1014 1017
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1114 1122 1128 1131
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1231 1239 1245 1248
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1320 1328 1334 1337
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1410 1418 1424 1427
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1516 1524 1530 1533
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1612 1620 1626 1629
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1714 1722 1728 1731
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1803 1811 1817 1820
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1901 1909 1915 1918
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1950 1958 2004 2007
|
2041 2049 2055 2058
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| 831 | 833 | 835 | 837 | 839 | 841 | 843 | 845 | 847 | 849 | 851 | 853 | 855 | 857 | 859 | 861 | 863 | 865 |
熊 谷 上熊谷 大 幡 妻 沼
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535 538 544 552
|
615 618 624 632
|
656 659 705 713
|
749 752 758 806
|
849 852 858 906
|
940 943 949 957
|
1023 1026 1032 1040
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1138 1141 1147 1155
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1258 1301 1307 1315
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1345 1348 1354 1402
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1436 1439 1445 1453
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1545 1548 1554 1602
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1605 1653 1659 1707
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1742 1745 1751 1759
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1840 1843 1849 1857
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1925 1928 1934 1942
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2018 2021 2027 2035
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2105 2108 2114 2122
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5.そして今
熊谷線廃止後は東武バスが熊谷と妻沼間に国道407号線経由の急行バスを運行しています。線路跡は熊谷市奈良から妻沼までは道路になっています。
妻沼駅跡は廃止後しばらくはこの急行バスの終着となり駅舎も残っていたのですが、道路の整備により撤去されてしまいました。また近年周辺で宅地開発が進み現在のバスの終着は団地内に移り、駅跡は今は「ニュータウン入口」というバス停になっています。(左の写真)また大幡駅跡は国道17号線熊谷バイパスの陸橋から見おろすことができます。
車両はキハ2002が妻沼駅跡に近い妻沼町の中央公民館の敷地内に保存展示されています。(右の写真)残り2両は東武鉄道と千葉県にある様です。(某書によると千葉県船橋市東舟橋にキハ2003があることになっており、探しに行ったのですがわかりませんでした。キハ2003の所在を御存知のかたは教えてください)
6.廃線跡を訪ねて
平成9年3月9日に廃線跡を訪れたときのレポートです。
7.その他
東武鉄道熊谷線で使用されていた乗車券類です。


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