戦う理由 その1
NERVの総合病院。
その一室に彼女たちは居た。
一人はベッドの上に。
そしてもう一人はその横の椅子に。
ベッドの中の少女は眠っていた。
その表情を見る限り特段苦痛を感じているわけではないようだ。
事実、多少打撲などはしているようだが、眠っているのは単に疲労しているためでしかない。
だが、その側に座っている蒼い髪の少女はじっとベッドの中の少女の姿を見つめている。
蒼い髪の少女は、元々感情を表に見せることがほとんどなく、今もその表情からは何を考えているのか、伺い知ることはできそうにない。
しかし少女を知る者にすれば、少女のこういう行動自体、意外に思ったことだろう。
「あの綾波レイがこれほどに他人に対して積極的に行動するなんて。」
と。
蒼い髪の少女―――綾波レイは周りからは人付き合いを知らない少女と見られていた。
それどころか、ただ黙々と任務を果たすことのみを目的に生きていると見る者さえいた。
しかし、今のその姿は、間違いなく目の前に眠っている惣流・アスカ・ラングレーを心配しているのだろう。
アスカがここに運び込まれて半日近く、ずっとその側に付いていたのだから、それ以外の理由を見つけることは非常に困難である。
しかし、当のレイ本人にその自覚があるかというと、また話が違ってくる。
少なくとも、彼女はなぜ自分がそうしているかを自覚してはいないのだ。
(なぜ自分はこうしているのか。)
目の前のアスカの顔を見つめながら、レイは自問自答を続けていた。
数時間前に終わった第5使徒との戦闘の直後、アスカはエントリープラグ内で意識を失ってしまった。
そのためパイロットが意識を失い動かなくなった弐号機を本部施設に回収するのは、残る零号機の役目となった。
自分にとっては初陣となった先程の戦闘による疲労はかなり残っていたが、任務である以上は黙々とそれを行うレイ。
その視界には、弐号機のプラグ内を写したウインドウが離れずにいた。
その戦闘において、レイは自らの危機をアスカに救われた。
あの時、弐号機が着地を考えない無茶とも言える攻撃を使徒に与えなければ、間違いなく、使徒の加粒子砲はレイの乗る零号機に致命傷を与えていただろう。
もしかしたらあの時のアスカにはレイを救うという意識はなかったかもしれない。
だが……
「…う、うん…」
それまでぐっすりと眠り込んでいたアスカが身じろぎを始めた。
目を覚ますのも時間の問題だろう。
(彼女が目を覚ませば、答えが見つかるかもしれない。)
そんな期待が、レイにあるのだろう。
アスカが目を覚ますときをを心待ちにしていた。
意識を取り戻したアスカは、やや重さの残る頭を起こして周囲を見回した。
一目見て分かる医療機関のベッド。
そして、ベッドの脇には、モニター経由で何度か顔を合わしただけの零号機のパイロット、ファーストチルドレン綾波レイが居ることに気付く。
「あれから何時間経った?」
「作戦終了から、もうすぐ9時間になるわ。」
「そう…」
アスカは、自分が思ったよりも時間が経過していると感じたようだ。
使徒にとどめを刺したところで意識を失い、後の記憶がないことに不安も感じたのだろう。
だが、他人に弱みを見せたくないという思いがそれ以上表に出すことを押しとどめた。
それからふと思い出したように、
「アンタ、ずっとここにいたの?」
と、レイに問う。
「ええ…」
対するレイの答えの歯切れが悪いのは、その理由を問われても、それに答えられないからなのだが、アスカがそこまで分かるはずもない。
ただ、アスカとしては、自分が大事にされていると感じることは望ましいことでもあったので、別に理由を問うまでもなく満足した。
さらに言うならば、アスカも一度はレイに危機を救われているが、レイがそのことをわざわざ口にしなかったのも、アスカのプライドにいらぬ刺激を与えない結果になった。
来日するまでは、アスカにとってファーストチルドレンはライバル以外の何者でもなかったのだから。
だが、少し考えてみれば、綾波レイは今回が初陣。
自分がライバルとすべきは既に2回の実戦をくぐり抜けているサードチルドレン、碇シンジであろう。
サードが自分を上回るシンクロ率を出し、かつ危なげない戦いぶりで使徒を撃退して見せたことは既にアスカは聞いていし、作戦前の作戦部長葛城ミサトとの会話においても、彼女がサードをかなり信頼しているらしいことがありありと伝わってきたことからして、自分が大きく出遅れているとプレッシャーを感じている。
だが、たとえ今はまだ評価されていなくとも、これから逆転してやればよいのだ。
ただ、新参者の自分はこのNERV本部の事をほとんど知らない。
とりあえず、そこから始めようと手近なところで目の前のファーストチルドレンから当たってみることにするのだった。
ところが…
軽い検査を受けた後、これで解放されるかと思っていたアスカだったが、なかなか退院許可が下りないのである。
貴重なチルドレンのことであるから、大事をとって休ませておこうという考えもあるのはアスカにも分かるのだが、せっかくやる気になっていたところで水を差されたがために機嫌は非常に悪くなった。
そんなわけで、その矛先はずっと側についていたレイに向かうことになったのである。
だが、結論からいえば、アスカの怒りはレイによって上手い具合にはぐらかされてしまった。
それは、レイが意図してやったことではなかったのだが、レイの掴み所の無さがアスカの怒りを空回りさせ、そしてさすがにアスカも怒り疲れてしまったという事なのだが、アスカの怒りに対しても態度を変えないでずっとつきあい続けた粘り勝ちというところだろうか。
実際、今までアスカの身近にいた人間はNERVがらみの年上ばかりであり、言葉や態度の端々にアスカのことを子供や、ひどければ実験動物のように見ているところがあった。
せいぜいこの半年余り自分の護衛役であった加持が、妹のように扱ってくれたくらいである。
それだけに、自分と真っ正面に話をしてくれる相手というのは、チルドレンとして選ばれて以来初めてと言って良かったのだ。
さらにレイはアスカと同じチルドレンであり、ほんの10時間ほど前には共に戦った戦友でもあるというおまけも付く。
ともあれ、そんなきっかけからアスカは妙にレイというキャラクターが気になり出すことになるのだった。
さて、さんざん癇癪を起こしていたアスカがようやく落ち着いてきて、レイとしてもようやく一息をつくことができた。
さすがに怒っているアスカを相手にし続けるのは誰であれ体力を要するのだ。
レイとしてもアスカの相手をしていたのは、再起ほどからの疑問の答えを知りたいからであり、決して好きでアスカの癇癪につきあっていたというわけではない。
今まで知らなかった自らの感情の正体を知りたいが故に今までつきあっていたにすぎない。
だが、彼女の欲求は満たされることがかなわなかった。
残念ながら、アスカの癇癪が続いている間に、病院の面会時間が過ぎてしまっていたのだ。
「さあさあ、お見舞いの時間は終わりよ。ほらほら。」
回診に来た医師と一緒に回っている看護婦に押し出されるような形で、病室を出ていくレイ。
自分の感情が理解できていないこともあって、ろくに看護婦に抵抗することもできないでいるのだが、その表情にはわずかに名残惜しそうな色が浮かんでいた。
理解できていない自分の心の動きに対して、非常に臆病になっているレイであったが、それの正体を知りたいという欲求にも勝てず、明日も朝一でここに来ようと心の中で決めていたのだった。
というわけで、二人の少女の出会いはあまり噛み合ってはいなかったのだが、それでもこれからを創っていくという意味では、十分なきっかけとなったと言えるだろう。
この後、二人が共通の敵として碇シンジを認識して、協力関係を創っていくのはまた別の話である。
恒例のあとがきのようなもの
丁度第八回と第九回の間に挟まるエピソードです。
というほどの中身がある話でもないですね…(^^;)
一応、続きもので、何かの機会があれば書いてみたいとは思ってますが、すでにかなり時期をはずしてしまってますから、確約の方はちょっと…
(当初は10,000HIT記念に書き始めたというのは、思いっきり秘密です。ってバラしてどーする?)
ちなみに、ここまで延び続けた主な原因は、レイがやはり動かしにくいこと。
なんといっても、原作のあの台詞の前の「間」を表現するのが難しい。
アスカについては、スタート地点が明らかにシンジに負けているという状況があるため、原作よりはしたたかになれる余地があると思って書いています。
もっとも、今回の話でそこまで描いているわけではないのですが、もし続きを書く機会があったら、そういうところも書いてはみたいですね。
感想、苦情等がありましたら、uji@ss.iij4u.or.jpあるいは掲示板まで