東京都の城


        「品川台場」

        幕末、黒船来襲に備えた砲台跡です。江川英龍が11基を設計。ただ資金難で、出来た
        のは第一、第二、第三、第五、第六の5つ。そのうち、現在残っているのは第三台場と
        第六台場。整備されて公園になっている第三台場には、ゆりかもめのお台場海浜公園駅
        から徒歩で行けます。第六台場には入れません。続100名城に選ばれました。
        1回目は、2016年6月に行きました。
        正方形の敷地の周囲は、跳ね出し石垣と土手で囲まれています。中には、陣屋跡、弾薬庫
        跡等が残り、また、復元だそうですが、砲台跡とかまど場もあります。
        そして、第三台場と第六台場の全体の写真を撮れるポイントは、レインボーブリッジの
        遊歩道(サウスルート)。風の強い日は歩けませんが、是非是非オススメです。

品川台場
2回目は、2018年11月にツイッターのフォロワーさん12人(ばったびさん、はち。 さん、みかんさん、ゆーしさん、とおるさん、じゅんこモンさん、ぷくちゃん、豪士さん まこちゃん、かくかくさん、トオルさん、小栗さん)と行きました。 芝浦ふ頭駅集合で、レインボープロムナードからの第六台場、第三台場を。そして、第三 台場に入り、はね出し石垣、砲台跡、かまど跡、弾薬庫跡などを回りました。 続100名城スタンプは、海浜公園のマリンハウス1階で押せました。
「練馬城」 2018年10月に行きました。豊島氏の城です。西武線、又は大江戸線の豊島園駅です。 としまえんのハイドロポリスの所(写真の左奥)が主郭だったそうで、たしかに一段高く なっています。ハイドロポリスが出来た時、土塁など遺構は消滅してしまいました。
練馬城
地形としては、北に石神井川を天然の堀として持ち、東と西に谷を持つ舌状台地にあり ました。その名残を探して、ブラタモリ的に散策したところ、谷の所の凹んだ地形が 3ヵ所程、よく残っていました。また、向山庭園で練馬城の資料が閲覧出来ると聞いて 行ってみました。資料は無いようでしたが、期間限定で、発掘時の堀の写真や出土品の 展示があり、楽しめました。 子供の頃に家族で遊びに行ったり、小学校の遠足で昆虫館に行ったりした豊島園が城跡 だったとは!!
「星ヶ岡城」 2018年10月に行きました。南北線の溜池山王駅、あるいは千代田線の国会議事堂 前駅が近いです。誰の城なのかよくわかっていません。 主郭はザ・キャピトルホテル東急、副郭は山王日枝(ひえ)神社、そして外郭が日比谷 高校になっています。
星ヶ岡城
まず、七五三でにぎわう日枝神社に参拝しました。神社の北側、狛犬のいる末社の裏側 の辺りに土塁(写真)が残っていました。 そして、神社と日比谷高校の間の道は、副郭と外郭の間の堀跡であると言われています。 私、有名な神社に行くのも好きなので、前から日枝神社は行きたいなぁと思っていて ただ城跡なのは最近知って、今回、念願の日枝神社に行けて良かったです。
「池上氏館」 2018年10月に行きました。池上本門寺が館跡です。池上氏は鎌倉時代の豪族だった そうです。東急池上線の池上駅、または都営浅草線の西馬込駅から徒歩です。 以前、フォロワーさんたちと大田区散歩の時に行きましたが、土塁を見ないと城跡に カウント出来ないなぁと思い再訪しました。
池上氏館
土塁(写真)は、本門寺に向かって左手にある大坊本行寺のそばにあります。重要文化財 である本門寺多宝塔の裏、紀伊徳川家墓所の左手に南北方向に築かれていました。 本門寺には、大堂、五重塔、有名人の墓(見つけられたのは、力道山、米沢の上杉家、 肥後の細川家)、加藤清正寄進の石段など見所がたくさんありました。
「江戸城」 1回目は、2003年2月に訪れました。 皇居の一部である「皇居東御苑」が月曜と金曜以外の日に無料公開されています。3つの 門から出入することが出来、入口で札を受け取り出口で返却するシステムになってます。
江戸城
中にあるのは、富士見櫓(裏側)、天守台、二の丸庭園、松の廊下跡などです。写真の 「天守台」には登ることが出来、遠くに日本武道館が見えました。外人の観光客が けっこう来ていました。 (写真の赤い豆粒のようなのは当時2歳だった娘です) 2回目は、2010年5月に訪れました。東京駅から徒歩です。今回は大手門から東御苑 に入り平川門をみて引き返し北桔橋門から出ました。その後、北の丸公園内の清水門、 田安門をみました。 3回目は、2012年9月にサイガさん企画の散策会に参加し、全国から集まった お城好きの方々(しろうさぎさん、氷菓子さん、ゆっきーさん、しみずさん、しゅんすけ さん、他)と一緒に訪れました。はじめて桜田門、坂下門、桔梗門などをみられました。 また、今回は、サイガさんの用意して下さった古地図と照らし合わせながらの散策で 坂下門の向きが昔と90度変わっているなど江戸城についての知識が増えました。 また、清水門周辺で、刻印、矢穴をたくさんみつけました。 4回目は、2013年2月に訪れました。 今回は、宮内庁HPから事前申し込みをすることで、普段は入れない部分に入ることが出来、 伏見櫓、富士見櫓(正面)、富士見多門櫓、そして蓮池堀を散策出来ました。 一緒に、宮殿や宮内庁庁舎も見学できますので、是非申込してみてはいかがでしょうか? 5回目は、まだ内堀の西側を散策したことがなかったので、2015年5月に訪れました。 九段下駅から、千鳥ヶ淵、乾門、半蔵壕、半蔵門、桜田壕、桜田門へと回りました。 江戸城の西側は、土塁に鉢巻石垣と腰巻石垣が多いのですね! 6回目は、2016年3月に訪れました。 桜の時期、乾通りの通り抜けで、普段は入れない区域が開放されました。坂下門から 入場し、富士見櫓、富士見多聞櫓、そして、局門と門長屋、道灌堀を見学。そこから、 まっすぐ乾門に出るコースもあるのですが、右に曲がって西桔門跡を通るコースへ 向かいます。 西桔門跡付近の石垣は2段になっており、野面積みのところもあり、なかなか見ごたえ がありました。桜はまだ咲き初めでしたが、江戸城の遺構は存分に楽しめました。 7回目は、2016年5月に訪れました。 虎ノ門に用事があり、そのついでに江戸城の外濠の石垣を見学しました。石垣は、直線状に 以下の4か所が残っており、頭の中で「外濠は、こんなになってたんだろうな・・・」 と想像できます。 @商船三井ビルの前に溜池櫓台の石垣(説明板あり) A旧教育会館の前の石垣(説明板なし) B地下鉄の11番出口の石垣(説明板4枚あり) C文部科学省の中庭の石垣(説明板あり) 8回目は、2016年6月に赤坂見附跡に行きました。地下鉄の永田町駅です。桝形の およそ半分の石垣が残っていて、標柱、案内板(2ヵ所)がありました。近くの弁慶壕、 紀伊和歌山徳川屋敷跡も一緒に訪れましょう。 9回目は、同じく2016年6月に、東京駅日本橋口そばのトラストタワー本館東側に ある外濠の石垣を見に行きました。鍛冶橋門跡(東京駅八重洲南口)周辺で発見された 石垣を使用し積み直したものだそうで、矢穴がみられます。 10回目は、2016年12月に城郭検定1級の会(はち。さん、まるこうさん)で行き ました。富士見櫓が近くからみられるようになり、また、富士見多聞櫓の内部が公開された 為です。 富士見櫓は、北東側の側面が良くみえるようになり、説明板もたくさんありました。 また、富士見多聞櫓の中からは、蓮池濠や門長屋がよく見えました。 それから、天守台や梅林坂の石垣、平川門、平川橋の擬宝珠(ぎぼし)などをみて、散策 を終えました。 11回目は、2017年10月に、メンチさん、まこちゃん、じゅんこモンさん、あいこ さんと行きました。 日比谷図書文化館での「松江城と江戸城」展のあと、まずは、日比谷公園内の日比谷見附 (日比谷御門)の跡へ。石垣の一部が残っており、標柱がありました。刻印もたくさん 見つかります。そして、和田倉レストハウスの所まで歩き「分水石枡」を見学。 さらには、四ッ谷の坂道散歩の前に、四ッ谷見附(四ッ谷御門)跡に寄りました。ここも JR四ッ谷駅前に石垣が残っていて、橋を渡ったところには説明板もありました。 12回目は、2017年11月「喰違見附」に行きました。ここは、石垣でなく土塁による 「見附」であり、土塁が道路の両側にありました。道路は昔はきっちり喰違っていたよう ですが、今は緩やかにカーブしているような感じ。説明板は南側の辺りにあります。 近くには、@彦根藩井伊家屋敷跡(ホテルニューオータニ敷地)、A紀伊徳川家中屋敷表門 (赤坂迎賓館)、B真田濠(上智大のグラウンド)と土塁、がありますので、一緒に散策する のも良いですね。 13回目は、2018年6月に牛込見附と市ヶ谷見附に行きました。まず、牛込見附の 牛込門跡ですが、飯田橋駅そばの飯田橋の南側、道路の両側に石垣が残っていました。 そして、西側に説明板、東側には「阿波守」と書かれた石がころがっています。これは 徳島藩主の蜂須賀忠英(松平阿波守)が普請したからだそうです。 次に、お隣の市ヶ谷駅そばの市ヶ谷見附に行きました。市ヶ谷御門橋台の石垣石が移設して ある所に行ってみると、説明板はあったものの、石は草に埋もれて良く見えません。 また、釣り堀の入口の右手にも石垣が残っており、こちらでは刻印がいくつか見られました。
江戸城
14回目は、2018年10月に「城郭検定1級の会」オフ会として行きました。 (はち。さん、まるこうさん、橘さん、植杉さん、こなみさん、タコゾーさん、ハレさん、 すぎ。さん、ばったびさん) コースは、国際フォーラムの太田道灌像→伏見櫓→巽櫓(写真)→大手門→百人番所→ 富士見櫓→富士見多聞→天守台→平川門→北桔橋門→清水門と回り、3時間かかりました。 御書院二重櫓の石垣をみたり、加藤清正による「げんのう」の刻印を探したりと、1級 合格者ならではのマニアックな視点のオフ会でした。そのあと、新宿の「戦国武勇伝」にて 飲み会を実施しました。
「高月城」 2018年9月に行きました。大石氏の城です。拝島駅から、工学院大学行きのバスで高月 下車です。 廃墟になってる「ラブホテル高月城」のそばから登城します。登城口に説明板がありました。 そして、いきなり左手に大きな土塁が現れます。ずんずん登っていくと主郭に到着(写真)。 そこには、縄張図を含めた説明板が2つあります。(裏面も読んでください)
高月城
ここからは、藪こぎ必須です。まずは、東側の畝状竪堀群を見学に。斜面を進み、なんとか 土塁状の高まりの間に竪堀を一つ見つけられました。 次に、南側の空堀へ。この空堀は折れがあり、真ん中辺りが主郭側に凹んでいました。 最後に、主郭の南西に伸びている尾根にある堀切2つを見に行きます。1つ目の堀切は、 浅かったけれど発見出来ました。そして、2つ目も、堀切部分はわかりにくいのですが竪堀 部分がはっきりとわかりました。 この城には水の手もあるそうですが、崖を降りるか、藪こぎが必要なので、今回はやめて おきました。
「由木城」 2018年9月に行きました。由木氏が築城し、大石氏の城でもありました。 京王堀之内駅からバスで、由木中央小学校下車です。(聖蹟桜ヶ丘、南大沢からもバスが あるようです) 現在は、永林寺になっています。北、東、西の三方向が山に囲まれ、天然の要害ですね。 まず、総門、三門、本堂と見学しました。三門の右手に「大石氏の館跡」説明板があり 由木城のことが書いてあります。
由木城
それから大石定久の墓所を見学しました。定久は、高月城で生まれ、浄福寺城、由木城を 持ち、最後は滝山城に居たと説明板に書いてあり、「お〜、みんな行ったことある城だ!」 と。そして、「由木城跡」とデカデカと書いてある看板のある高台へ向かいました。そこ には、城跡石碑(写真)と、弓を持った大石定久像がありました。 遺構は残っていないとのことでしたが、少しだけ石碑の裏の山を散策。曲輪っぽいところ、 土塁っぽいところ、井戸、池を確認出来ました。最後、真っ赤な三重塔を見学して散策を 終えました。
「小野路城」 2018年9月に行きました。小山田氏により小山田城の支城として築城、扇谷上杉氏の拠点 のひとつとなり、さらに大石氏の所領となったそうです。 多摩センター駅、鶴川駅などからのバスで、小野神社前下車。せっかくなので、小野神社に 寄ると、説明板に「小野路城」の記述がありました。 城跡には、主郭の東側からアクセスする感じです。何度か分かれ道もありますが、ずんずん 登っていき、最初に着いたのは「小町井戸」です。ここは、小野小町が眼を洗ったら病が全快 したという伝説があるそうです。
小野路城
そして、主郭へ向かいます。主郭への登り口の向かって左(少し離れたところ)には説明板 があるので見るのをお忘れなく。主郭には神社があり、また、北側に大きな土塁が残って います(写真)。もちろん土塁には登りましたw。 続いて、2郭に向かいました。2郭は凄い藪なんですが、頑張って浅い堀切を見つけました。 さらには、3郭でも藪こぎして堀切をみつけました。こちらは、写真も撮れないほどの 凄まじい藪でしたが、目に焼き付けることにしました。 小野路城、バス停を出発しバス停に戻るまで1時間40分もかかりましたので、お時間には 余裕を持って散策くださいね。
「石浜城」 2018年7月に、南千住駅から徒歩で行きました。日暮里、亀戸から都バス(里22)も あります。現在は石浜神社になっている辺りが推定地で、白髭橋のたもとです。 石浜氏、武蔵千葉氏の城であったとのことです。
石浜城
神社正面の鳥居に向かって右手、道路沿いに説明板がありました。 遺構は無いようですが 境内には、江戸時代から残る2つの鳥居や富士塚がありました。お参りをしてから、神社を あとにしました。 (推定地のもう一つは少し南にある待乳山聖天ですが今回は訪れていません。)
「牛込城」 2018年6月に訪れました。飯田橋駅から神楽坂を上がり左折します。地形的にも一番 高そうな所にある光照寺が牛込城跡です。城跡の説明板が本堂(写真)に向かって左手に ありました。
牛込城
牛込氏は、群馬の大胡氏を祖とした北条の家臣であり、牛込城は1590年の北条氏滅亡 により廃城になったそうです。昔は、道路を挟んだ所にもう一つの説明板がありましたが なかなか行けない間に撤去されていました。残念。
「戸倉城」 2018年3月に訪城しました。フォロワーさん(まこちゃん、橘さん、イワペンさん)と 行きました。武蔵五日市駅からバスで西戸倉下車です。 麓の神明社への階段の前に説明板があります。最初、そこをまっすぐに進んでしまい迷い ました。正しい道は、説明板の先、数メートルの所で小川を渡り、左の方に進むのです。 その後、もくもくと山道を登ると、トイレのある2郭のひとつ下の郭に出ます。2郭を通り 後世に積んだと思われる石積みをみながら主郭へ登りました。
戸倉城
主郭には、城山の碑(写真)と説明板があり、見晴らしは絶景です。東側には、光厳寺からの もうひとつの登山道がありますが岩場です。それから、鞍部を通り、西側にある出丸に 向かいました。出丸の一段下には竪堀が落ちており、その先には横堀も見られました。 最後、西戸倉へ向け下山し始めてすぐ、右に入る道があり水の手(井戸)を見つけられ ました。その井戸はなぜか竪堀の中にあります。
「檜原城」 2018年3月に訪城しました。フォロワーさん(まこちゃん、橘さん、イワペンさん)と 行きました。武蔵五日市駅からバスで本宿役場前下車です。 役場には綺麗なトイレがあり、まずはトイレ休憩。そして、吉祥寺に向かいます。吉祥寺の 建物には、北条の三鱗の紋があります。そして、お寺の方に、「十三仏巡りと檜原城」の 資料を頂きました。 お城には十三仏巡りをしながら登っていくので、結構急な所もあるのですが楽しみながら 登れます。途中、城から麓まで三百メートルくらい落ちている長い竪堀、そして古井戸も ありました。 登りきって一段あがると、そこは広い2郭で、案内板があり見晴らしも良いです。
檜原城
そこからまずは南に進みます。先ほどの竪堀に続く堀切を通り、何段か郭を登ると一番高い 郭(主郭、あるいは詰の城)に着きます。そこには、石仏(写真)があります。 その南には、一部に岩盤を含む3重の堀切がありました。 そして、今度は北側を散策します。何段か郭を下りると、浅いですが堀切と竪堀を見ること が出来ました。 今回は行きませんでしたが、徒歩15分で払沢の滝があるので、一緒に訪れてはどうで しょうか。
「戸吹城」 2018年3月に訪城しました。フォロワーさん(まこちゃん、橘さん、イワペンさん)と 行きました。私たちは、秋川駅からタクシー(1600円)で行きましたが、バスだと 秋留橋、あるいは上戸吹から徒歩です。根小屋城、二城城とも言うようです。 根小屋橋の所に「根小屋城」との案内板があり、そこを登って行きます。竹林を登ると 土塁の前に祠があり、その東側に土塁が2列。西側にも空堀(写真)と土塁がありました。 この辺りが3郭です。
戸吹城
そして、そこから、細い尾根道が北側にある2郭及び主郭に伸びてはいるのですが、断崖 絶壁、年々崩落していて、オーバーハングしている道であり、虎ロープも張ってあり、命の 保障がないとのことで、ここを渡るのは断念するしかありませんでした。
「馬込城」 2018年1月の大田区散歩の時に行きました。 (まこちゃん、じゅんこモンさん、あいこさん、ぷくちゃん、橘さん) 最寄り駅は西馬込です。梶原氏の城で、現在は「湯殿神社」になっています。
馬込城
遺構はないのですが、鳥居から階段を登ると拝殿があり、さらに一段高くなった所に本殿が あります。この写真のような高低差が城だった頃の名残になるのでしょうか? また、城の周辺には、大森貝塚、磨墨塚、三島由紀夫邸、池上本門寺などがあるので一緒に 訪ねてはどうでしょうか。 大田区散歩のあと、蒲田駅周辺の3大羽根つき餃子(金春、歓迎、ニイハオ)に行きました。
「沖山の塁」 2017年12月に行きました。赤塚公園の一部です。三田線の新高島平駅から徒歩です。 腰曲輪といわれている所を通り、広い主要部分へ。その南側には、沖山遺跡の案内板が あります。
沖山の塁
北側には、空堀(写真)がありますが、浅くなってしまっており、藪の所もありました。 その空堀を東に歩いていくと南に折れており、さらに東に折れ竪堀となり落ちています。 また、山麓の西側にも空堀がありました。 犬を散歩させている人が多く、地域の憩いの場になっていそうな城跡でした。
「赤塚城」 板橋区にあります。三田線の西高島平駅が近いです。赤塚溜池公園になっています。 1回目は、2006年5月に、娘と一緒に行きました。釣り人で賑わう溜池の急な階段を 上がっていくと、広い原っぱに出ます。ここが赤塚城の本丸跡で、城址の碑が建って いました。梅林もあり、梅の実がなっていました。 また、近くの乗蓮寺というお寺には、鎌倉、奈良についで日本で3番目に大きいという 「東京大仏」がありました。このお寺の辺りが、赤塚城のニの丸だったそうです。 (諸説あり)
赤塚城
2回目は2017年12月に行きました。溜池の所から登ると主郭です。石碑と案内板 (写真)があり、北側にうっすらですが横堀があります。西側に竪堀があるとの事で 探してみると1本見つけました。 梅園になっている2郭との間はうっすら土塁と空堀がみられます。さらに、3郭にある 横堀を見ることが出来ました。これもうっすらでしたけど。 溜池のそばにある板橋区立郷土資料館(入館無料)も一緒に訪ねると良いですね。
「滝野川城」 JR王子駅から徒歩10分、石神井川のほとりにある「金剛寺」(写真)が城跡です。 1180年頃の、源頼朝の布陣伝承地でもあり、また、1400年代からは豊島氏配下の 滝野川氏の城でした。 1回目は、2016年9月に行きました。 金剛寺の東にある「音無さくら緑地」、そして西にある「音無もみじ緑地」は、昔、 石神井川が蛇行していた時の名残だそうなので、城は、北・東・西の3方向を天然の堀 である石神井川で守られていたようです。「音無もみじ緑地」の辺りには、昔、 「松橋弁天」そして、王子七滝のひとつ「弁天の滝」があったそうで、歌川広重の絵にも 金剛寺が描かれています。
滝野川城
2回目は、2017年11月にTwitterフォロワーさん(じゅんこモンさん、お為ちゃん、 メンチさん)と行きました。この時は、十条名物・味の大番の「からし焼き」を食べる オフ会で、他にも、東十条の富士神社、どら焼き(黒松)、王子の名主の滝公園、音無 親水公園、王子神社、王子稲荷神社、赤羽台第3号古墳石室、扇屋の玉子焼きにも 行きました。 王子界隈には、この他にも、北とぴあ無料展望室、お札と切手の博物館(無料)など、 楽しめる所が沢山ありますよ。
「今井城」 2017年9月に、なっちさん、じゅんこモンさん、ぷくちゃん、小栗さん、まこちゃん ちょめさんと行きました。当日は、八高線の金子駅から、途中、金子十郎家忠の墓経由で 行きましたが、河辺駅からバスもあります。 1、2、3郭から成る今井氏の城です。北側から入り3郭と1郭の間の堀を散策。(写真) 住宅地にあるのに、深くて良く残っています。
今井城
1郭は、土塁で囲われ、虎口も残ります。1郭の西側や南側の堀を散策し、その南にある 土塁にも登ってみます。 2郭の方では、西側と北側に空堀があり、北東にある土橋が見どころのひとつです。なお、 案内板は、2郭の西側の外郭にあたるところにあり、少しわかりにくいです。こじんまり していますが、オススメできる城でした。 そのあと、南に100メートル行ったところにある城の腰公園、正福寺(城の南西400 メートル)にある今井氏の墓にも寄りました。
「藤橋城」 2017年9月に、なっちさん、じゅんこモンさん、ぷくちゃん、小栗さん、まこちゃん ちょめさんと行きました。 当日は、今井城から歩きましたが、河辺駅からバスもあります。城址公園になっていて、 南東側の入口に説明板があります。公園をぐるっと土塁(写真)が囲んでいて、その外側に 腰郭があります。
藤橋城
なお、土塁の一部分は公園にする時に盛っているそうです。 また、公園の北東、道路を挟んだところにも土塁があり、こちらは別の郭だったのかも 知れません。
「勝沼城」 2017年9月に、なっちさん、じゅんこモンさん、ぷくちゃん、小栗さん、まこちゃん と行きました。 三田氏から後北条氏の城になりました。師岡城ともいいます。当日は、藤橋城からバスと 徒歩で向かいましたが、河辺駅からのバスや東青梅駅から徒歩で行けます。 光明寺の裏側の墓地を登っていきます。鉄塔がある郭に出ます。ここからの見晴らしは 抜群。そして、まずは、1郭に入り案内板をみてから、西側の3郭とを繋ぐ土橋の所へ。 そこから、堀底に降りてしまい、3郭の南から南西に続く空堀を歩きます。途中、折れが あり、そこに土橋も残ります。 さらには、3郭の北西側にある堀が2重になっている所に。外側の堀は藪でしたが、 ちょこっとだけ入りました。
勝沼城
それから、3郭を通り抜け、1郭まで戻りました。今度は、墓地になっている2郭の方の 堀に降りるため、一旦、鉄塔に戻ります。そこから下っていくと、1郭の南東の堀に着き ました。そして、堀底をゆくと2郭南側の堀(写真)へ。外側に土塁がありました。 最後は、2郭南側の馬出にあたる郭を散策します。2郭と馬出を繋ぐ土橋、案内板があり ました。そして、妙光院のところから、城をあとにしました。
「浄福寺城」 2017年8月に行きました。高尾駅から陣馬高原下行きバスで、恩方事務所下車です。 浄福寺の前に案内板があります。浄福寺左手墓地の脇から登ります。まずは、観音堂の ある郭。さらに尾根を登ると、段郭がいくつかあり、主郭へ到着。1段高い土壇があり そこに祠があります。 そこから、南東尾根へ。最初、道無き道を覚悟して藪を降りましたが、実は道があり ました。途中からはすいすい。土橋や竪堀もみられます。一旦戻って、北東に続く郭へ。 堀切は3つありました。
浄福寺城
さらに北尾根まで行くと二重堀切が!そして、夏なのでわかるかなぁと思っていた 「畝状岨塁」が綺麗に並んでいました。(写真) 最後は、東尾根から下りました。途中、堀切、虎口の遺構、さらに、もうひとつ堀切を みてから下山。最後の最後、民家の脇に出る所だけ藪でした。
「八王子城」 高尾駅からバスで八王子城跡下車(土日)すぐ、または霊園前下車(平日)徒歩 20分です。 1回目は、2010年10月に訪れました。まずは、ふもとの曳橋、御主殿跡、 御主殿の滝をみました。
八王子城
その後、御主殿跡から道無き道を通って古い石垣群(4段石垣)が見られるルート で登山。山頂の八王子神社、本丸跡をみました。松木曲輪からは新宿のビル群まで みえました。 そして下山したものの、定期券を落としていて、あちゃ!2度目の山登り。1日に 同じ山城を2往復する羽目になりました。(^^; で、定期券は見つかったかって!ボランティアのおじさまが曳橋付近で見つけ 保管いただいてました。 2回目は、2017年5月に、8人(ふみさん、ままおさん、山城さん、ティーエー さん、あいこさん、イワペンさん、じゅんこモンさん、Kさん)と行きました。 まずは山頂部分へ。金子曲輪下の石垣、柵門跡の素晴らしい石垣を見学。山頂部分 では、小宮曲輪、神社のある中の曲輪、本丸の山頂曲輪、そして、松木曲輪を見学。 松木曲輪の下にも、綺麗な石垣がありました。 ここからが前回行ってない部分。井戸をみてから、少し下っていくと、馬冷やしの 大きな堀切に!!さらに南西に進むと、竪堀があるところもあり、石塁に沿って 登っていくと詰の城(伝大天守跡)に辿り着きました。 その西側には大堀切が!大堀切に降りていくと、その大きさに圧倒されました。 さらには、某フォロワーさんの要望で、その先の富士見台まで往復してから下山し ました。 詰の城部分ももちろん良かったですが、1回目に見逃していた石垣や曲輪が沢山 みられ、とても充実した八王子城でした。 3回目は、2017年8月に行きました。ガイダンス施設が出来てから行って なかったのもあり行きました。映像もみられるし、バスを待つ間も涼しく休憩出来 ます。そして、曳橋が掛け変えられ、また、なにもなかった御主殿に発掘結果 の展示が沢山出来ていました。大手門跡も3回目ではじめて行きました。 最後に、太鼓曲輪にある5つの堀切を散策することに・・・。大手門跡そばの 橋の脇から竪堀を登ると、第1堀切と第2堀切の間の尾根に出ます。そこからは 尾根伝いなのですが、ロープが張ってあるところを登ったり降りたり、なかなか ハードなルートを通り、第2、第3、第4、第5堀切を見学。そして、戻ってきて 第1堀切も見学。体力を消耗するコースではありましたが、全部の堀切を制覇出来 大満足でした。
「枡形山城」 2017年6月に行きました。青梅線の二俣尾駅から徒歩。泉蔵院の隣に登山口が あります。登っていくと、鳥居と堀切があります。少しだけ南側の郭を散策後、桝形 があるという郭に戻りましたが、土塁はあるものの、桝形は分かりにくかったです。 次の堀切を越えると主郭!石碑と祠がありました。(写真)
枡形山城
そこから北側に下ると、左手に竪堀。さらに郭があり、両側に竪堀が落ちている 土橋状の所がありました。城域はこの辺りまで。さらに、尾根道を北に進み、辛垣城 へと向かいました。
「辛垣城」 2017年6月に行きました。青梅線の二俣尾駅から、桝形山城経由で行きました。 桝形山城から、物見山、名郷峠経由で、「城の登り口」の看板から登ります。 いきなり堀切があります。そして、2つの郭を経て、石がゴロゴロの所、切り立った 岩場の間を登ります。(写真)
辛垣城
たどり着いた主郭付近は石灰石の採掘により崩れてしまっているそうです。そこから 20メートルくらい一気に下ると、主郭西側の堀切に出ます。 さらに、道なりでハイキングコースまで戻り、西南尾根の郭にある堀切、竪堀、虎口 を見学。南方尾根にある火薬庫跡と堀切をみて散策を終え、名郷峠経由で駅に戻り ました。戻る途中、2頭のカモシカちゃんに遭遇! 駅のそばの海蔵寺に、辛垣城主の三田氏の墓(五輪塔)があり、寄りました。
「滝山城」 八王子駅からバスで20分、滝山城址下下車です。 1回目は、2012年8月に訪城しました。本丸と中の丸の間には大堀切があり 復元の引橋(写真)が渡っています。
滝山城
二の丸南の馬出しは、土橋が3方向へ伸びており、見応えがありました。また、 各所にあった説明板の地図は縄張りの理解に役立ちました。 2回目は、2017年5月に、8人(ふみさん、ままおさん、山城さん、ティーエー さん、あいこさん、イワペンさん、じゅんこモンさん、Kさん)と行きました。 今回は、いきなり小宮曲輪西側のでっかい空堀の堀底へ!そして、小宮曲輪を見学後 三の丸を囲む空堀の堀底。これがすごい大きい!オススメです。 その後、コの字の土橋、千畳敷、西馬出と回り、そこから千畳敷の北側に降りていく ことで、弁天池跡に。小高い「中の島」があります。 そこから、折れのある土塁の間を抜け、本丸の西側に。本丸にあがると、金毘羅社と 霞神社がありました。そこから1段下りた本丸下の段には、石碑、井戸、2つの 枡形虎口があります。その後、本丸と中の丸を繋ぐ復元の「引橋」をみるため、一旦 堀底に降り、また戻って橋を渡りました。 中の丸と二の丸を見学後、東馬出、行き止まりの曲輪、信濃曲輪とみて、土塁の残る 大馬出へ。さらには、3つの土橋に囲まれた南馬出、そして細長い馬出を通り、 千畳敷前に戻ってきて、2時間の散策を終了しました。 1回目の城攻めでは、遺構の半分以下しかみてなかったなーと痛感した滝山城でした。
「高幡城」 2017年2月に訪れました。高幡不動駅すぐの金剛寺(高幡不動尊)の隣の山 です。先に、金剛寺の仁王門、不動堂(ともに重文)、五重塔、土方歳三の像等 をみてから登城を開始しました。 山内八十八か所巡りのお地蔵さんを見ながら登ります。3郭をみてから、2郭と 3郭の間の堀切へ。わかりにくいですが、両側に竪堀が落ちていました。 2郭の登り口に「高幡城址」の立て看板があります(写真)。
高幡城
2郭から主郭へと見学し、また、2郭の東側の竪堀も確認出来ました。そこから 馬場跡の東や南にある土塁2か所を見学し、最後に、見晴らし台から綺麗な 富士山を見て散策を終えました。 お城として見に来ている人は少ないかもしれませんが、八十八か所巡りで 賑わっていた高幡城でした。アジサイの季節がいいのかもしれません。
「平山城」 2017年2月に訪れました。京王線の「平山城址公園駅」から徒歩です。 城が付く駅名なので、前からちょっと気になっていました。 この城は、源氏の侍大将、平山武者所季重(すえしげ)の見張所があったと いわれており、駅前には「平山季重居館跡」の石碑もあります。 その見張所は、公園の隣の「平山季重神社」(写真)の建っているところで たしかに眺めがよいです。
平山城
その下に数段の腰郭があるそうですが、藪で確認できず、心の目でみることに しました(笑)。また、神社のそば、公園の北中央口に、模擬の白壁、そして 平山季重のことが書いてある「公園案内板」があります。 公園自体はとても広いのですが、時間も無いので「猿渡の池」まで往復し、 駅にもどりました。
「初沢城」 2017年2月に訪れました。JRか京王線の高尾駅から徒歩です。 高尾天神社の登り口(階段)から登ります。登ると、天神社と菅原道真の像が あります。そこから、郭を通って登っていくと直進と右の2つの道に分かれます。 直進して登ると、頂上のような平場があり一旦下ります。 次に「上部に平場がある土塁」が出てきます。これは、櫓跡(火点)なのかも 知れません。さらに登ると2段の腰郭を経て、主郭にたどり着きます。 ここには「初沢城址」という標柱(写真)が建っています。
初沢城
南にある2郭との間には堀切があり、土橋で繋がっています。両側は竪堀で 落ちているようにみえます。2郭の一段下の3郭まで見学し、その後、 水道施設(タンク)のそばに「折れをともなう2重竪堀」があるというので みてみようと試みましたが、急斜面で竹藪ということで、この辺かな?という 程度で諦めました。 (情報)当日説明板をみつけられませんでしたが、「みころも霊堂から菅原道真     像に登る階段」の登り口脇にあるそうです。(御城学さん情報)
「谷保の城山」 2017年1月に訪れました。谷保城とも三田城ともいうそうです。南武線の 谷保駅から徒歩です。 途中、谷保天満宮(東日本で最も古い天満宮で、関東三大天神!)に寄りました。 まずは、本郭と2の郭の間の空堀へ(写真)。堀底は道になっていて、本郭側を 見上げると虎口(あるいは2の郭への橋が掛かってた可能性がある所)があります。
谷保の城山
北側の案内板と神明宮をみてから、本郭へ。しかし、本郭は民家で立入禁止の 立て札があります。かろうじて、井戸、空堀と土塁はみられます。遠くに 「鳥居と祠がある櫓台跡」もみえます。もう1つ井戸があるらしいです。 西に少し歩くと、くにたち郷土文化館があり、谷保城の縄張図の展示(無料)が あります。帰りは、矢川駅まで歩きました。
「飛鳥山城」 JR王子駅の目の前です。豊島氏配下の滝野川氏の城です。 現在は、桜やアジサイの名所、飛鳥山公園になっています。この公園は、徳川 吉宗が桜の苗木を植え、明治6年に指定された日本最初の公園のひとつです。 自分にとっては、子供のころからの遊び場(西洋のお城型の滑り台、SLなど) なので、訪れた回数は数えきれないですが、じっくり見るために、2016年 9月に訪れました。
飛鳥山城
城の遺構といえるものはないようなのですが、「飛鳥山の碑」(写真)は、 江戸城の石を利用し、江戸時代に建てられたそうで、歴史があるものです。 他にも、無料で乗れる斜行モノレール「アスカルゴ」、「紙の博物館」などの 3つの博物館、渋沢栄一邸の大正期の建物(晩香廬と青淵文庫、国重要文化財) 飛鳥山1号古墳など、みどころは盛り沢山の公園になります。
「奥沢城」 2016年7月に訪城しました。 九品仏駅から徒歩です。浄真寺というお寺になってます。本堂などを囲むように 四角く土塁が残っています。山門の左側の土塁の前に石碑があります(写真)。
奥沢城
あと、北側の土塁の外側に、案内板があるものの消えかけてて良く読めません。 サギ草園があるので、サギ草が咲く季節に訪れるといいでしょう。また、少し 離れた住宅地の中に「中の丸跡の石碑」もありますよー。
「深大寺城」 吉祥寺、三鷹、調布、つつじヶ丘のいずれかの駅からバスです。 1回目、2014年11月に訪城しました。 水生植物園(無料)の中にあります。二の郭には土塁、虎口が復元されており また、発掘された建物跡が石柱で示してあります。(写真は、復元の二の郭と 三の郭のの土塁、そしてその間が堀です)
深大寺城
続いて、一の郭、腰郭を見学。腰郭付近の石垣は、最近のものでしょうか? 2回目、2016年7月にツィッターフォロワーさん(あいこさん、ふみさん じゅんこモンさん、トオルさん)と訪城しました。今回の新発見は2つ。 二の郭と三の郭との間の堀が、フェンスの外(植物園の外)まで続いていたこと。 そして、一の郭の虎口の外側に、とても深い空堀があったこと。 近くに蕎麦で有名な深大寺があり、饅頭、団子なども食べられますので、一緒に 訪れると良いでしょう。
「白金長者屋敷」 2016年7月に行きました。 目黒駅から徒歩の自然教育園となっています。入るといきなり、遊歩道の両側に 土塁。さらに、一番の見所、館跡の土塁へ。コの字型に残っていますが、遊歩道 以外は立入禁止なので、よく見えないし登れないのが残念。遊歩道で土塁を 切断しちゃったとこで、土塁の断面がみられます。(写真)
白金長者屋敷
あとは、園の北側にも大きな土塁が残っています。教育園は、入場に310円 かかりますが、土塁以外にも、季節の花や松の木(高松藩下屋敷だった時の) 池などを楽しめますので、充分に元が取れますよー。
「渋谷城」 2016年7月に行きました。 渋谷駅から徒歩です。平安時代末期から渋谷氏の館があり、1524年に北条軍 により焼き払われました。現在は金王八幡宮となっています。社殿(写真)の 向かって左に「渋谷城 砦の石」が1つ置いてあり、ここが渋谷城だったことが 偲ばれます。
渋谷城
無料の宝物館には、渋谷城模型や鎌倉時代の神輿などがありました。 社殿や門は、1612年、春日局が寄進したという由緒のあるものだそうです。
「葛西城」 2016年1月に訪れました。青砥駅から徒歩です。現在は、環状七号線という 道路を挟んで御殿山公園と葛西城址公園になっています。遺構はないのですが、 御殿山公園に石碑や案内板がありました。特に、復元図という案内板は、遊具の ある方にあり、わかりにくいのでお見逃し無く。
葛西城
また、徒歩15分くらいで行ける葛飾区郷土と天文の博物館に、葛西城の展示 コーナーがありました。発掘時のジオラマとか映像(内容:@中世城館の変遷、 A葛西城をめぐる攻防 の2本立て、各8分)が充実しているし、パンフレットも 置いてあるのでお薦め。城跡だけで物足りない方は一緒に訪れてはどうでしょうか。 (入館料は100円で、天文のコーナーもみられます。プラネタリウムは別料金)
「世田谷城」 2015年10月に訪城しました。世田谷線、宮の坂駅から徒歩です。世田谷 城址公園、豪徳寺になっています。吉良氏によって築かれました。城址公園には 空堀(写真)、土塁、曲輪、腰曲輪が残っています。
世田谷城
また、公園北の立ち入り禁止部分に土塁があるのですが、これは公園東側の道や 西側の豪徳寺住宅の隙間からちらっとみられます。また、豪徳寺参道の東側の 土塁も見事です。豪徳寺の中には、井伊家墓所が あるのですが、そこにも わずかに土塁の遺構を確認出来ました。
「志村城」 2015年10月に訪城しました。三田線の志村三丁目駅から徒歩です。 赤羽駅からバスも出ています。千葉氏の城で、赤塚城の支城です。一の曲輪は 残念ながらマンションの敷地になってしまっています。 二の曲輪は熊野の神社になっており、参道に石碑と案内板(写真)があります。
志村城
遺構としては、一の曲輪と二の曲輪の間の空堀、土塁が残っており、空堀には 折れもみられます。ほとんどの遺構が失われた中で、この空堀だけはなんとか 残していってもらいたいものですね。
「平塚城」 2015年10月に訪城しました。豊島氏の城です。上中里駅から徒歩です。 現在は、平塚神社(写真)になっています。遺構は無いのですが、神社の敷地は 東側を通る道路(蝉坂)や北側を通る京浜東北線の線路より高くここが昔お城 だったことを想像させてくれます。
平塚城
神社の参道の入り口付近に、案内板があります。また、平塚神社の裏には鎧塚が 残っているそうですが、柵で囲まれているので確認できませんでした。 さらに、ネットで確認した情報では、昔は平塚神社付近が平塚城の伝承地と 言われていたのですが、最近、堀、櫓台などの遺構が発掘調査によって発見された とのことで、平塚城跡で間違いないようです。
「片倉城」 2015年9月に、お城好きの方々(橘さん、ばったびさん、はち。さん) と一緒に訪城しました。 京王片倉駅、またはJR片倉駅から徒歩です。片倉城跡公園になっています。 まずは腰郭である住吉神社へ。神社の裏側から本丸に登ります。本丸西側 には櫓跡、そして南東の藪の中にも土が盛られている跡を確認しました。
片倉城
本丸と二の丸の間は空堀になっており(写真)橋が架かっています。 二の丸は西側に空堀があり、また、南東側の柵が途切れているところから 藪に突入出来ます。土橋を藪漕ぎしながら進み右折。道なりに行くと竪堀、 そして三の郭(馬出)もなんとなくですが確認出来ました。そのまま進むと 民家の前に出てしまいました。(^^; 城跡公園の外で迷子になりつつ二の丸になんとか戻り、今度は二の丸北側の 馬出へ向かいました。ここは現在は休憩広場になっていますが、二の丸と 馬出との間には空堀があります。 最後に、奥の沢経由で、郭だった可能性もあるという見返台をみて散策を 終えました。片倉城、期待以上に面白い城跡でした。
「石神井城」 2014年11月に訪城しました。 石神井公園駅から徒歩です。三宝寺池の畔にあります。 内郭は、普段は柵で囲われていますが、10〜11月に公開される期間がある ので、その時訪れると良いでしょう。
石神井城
内郭の周りは土塁で囲まれ、土塁の上を歩けました。また、内郭にはカラス トラップがいくつもあり、カラスが捕まっていました。 帰りに、隣の氷川神社にお参りし、石神井池と三宝寺池をぐるっと回って みました。カワセミの写真を撮る人、絵を描く人、釣りをする人など、人々の 憩いの場になっている公園でした。(城主豊島氏の殿塚、姫塚もあります。)
「稲付城」 駅では、JR赤羽駅の南口から徒歩。 私の実家から徒歩10分のところにあり、現在は静勝寺というお寺で お寺への階段の下に、城跡の碑が建っています。 私の幼稚園からの通園、通学、通勤経路ですので毎日城跡を通ってました。 太田道灌が築城したといわれ、毎年7月に道灌祭りが行われています。
稲付城址
お城の南側に道路が通っているのですが、これが大堀切と言われています。 さらに、少し離れたところに、お堀の名残の亀ヶ池も残っています。 (静勝寺の道灌堂開扉は毎月26日の8:00−17:00) ディープな街、赤羽散策とともにどーぞ!! 余談ですが、「稲付」は、「いなつけ」と読みます。 その由来は、荒川の氾濫で大水が出た時に、高台なので、沢山の稲が 流れ付いたからだそうです。

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