長野県の城



        「葛山城」

        2020年10月に行きました。
        長野駅から県道経由戸隠行きのバスで横棚下車です。川中島の合戦では上杉方の城で
        あり、武田方の城になったこともあるそうです。
        バス停から、いつくしみ観音経由で登ったのですが、道を間違え、リンゴ畑のおじさん
        に声を掛けられました。正しくは、ゲートを折り返して80メートルくらい行ったら
        右手の未舗装の山道に入ります。(黄色い矢印でNo1と書いてあります)
        山道の途中も倒木が凄いですので、もう1つの静松寺東側の登山道の方が良いかも知れ
        ません。
        登っていくと、まず主郭東側の2重堀切の1つに出ます。そこから、主郭に登りました。
        説明板が2つとあずまやがありました。景色は絶景で、向かい側に旭山城も見えます。


葛山城
西側の尾根に降りると2重堀切があり、さらに土橋付き堀切、その先に3段程郭が続き ます。次に北の尾根に降りると、2つの堀切、そして1つの竪堀がありました。 主郭の東側にある2重堀切のもう1つをみてから、一番の見所である連続畝状阻塁7つ に向かいます。畝状阻塁(写真)は、1つ1つ結構な高さがあり、また、一番東側は、 阻塁に登らないと畝が見えません。 さらに、北東の尾根に行こうとしましたが笹藪に阻止され、南東の尾根も下りましたが 堀切らしきものを見つけられませんでした。 帰り道、登山道そばに畝状竪堀があるという辺りを散策すると、2つ見つけられました。 見学には1時間半、横棚バス停を出てバス停に戻るまでには約3時間かかりました。
「旭山城」 2020年10月に行きました。 近くに行くバスも無いので、長野駅から歩いた場合、朝日山観世音まで80分、さらに 主郭まで30分かかります。 川中島の合戦では武田方の城であり、上杉方の城になったこともあるそうです。 朝日山観世音の先の道を右に入り、さらに少し行った所から右の山道に入ります。途中 竪堀があったりします。 着いたところが、主郭の東側の堀切です。主郭に登ると、主郭は土塁に囲まれています が、土塁の高さはあまりありません。説明板があります。
旭山城
そして、主郭西側の堀切から竪堀に落ちていく所をみて、さらに西の倉屋敷の郭に進み ます。その北西にも堀切がありました。 破城された跡なのか、全体的に石垣が崩れ石が散乱している所が多いのですが、倉屋敷 の西側、主郭南の郭の西側(写真)と南側には、石垣が比較的良い形で残っていました。 次に、主郭の東側の尾根に行きました。2郭をみてから、2つの堀切を見学しました。 大きな物見岩があり、また、天水溜という所も見たのですが、単に崩落しているように も見えました。尾根の先端部分からの眺望は、とても良かったです。 見学には1時間、そして、坂道を登り始めてから平坦な所に下りてくるまで徒歩では 3時間40分もかかった旭山城。車で行けば、朝日山観世音に駐車場もあるので楽々 行けると思います。
「埴原城」 2019年12月に、山城君(右衛門尉さん)、トオルさんと行きました。 読み方は「はいばら」です。小笠原氏家臣、埴原氏(村井氏)の居城でした。 駐車場にパンフレットがあり、蓮華寺の左手から登ります。麓には、御屋敷跡、梅屋敷 跡などがあります。獣防止柵を越えて登っていくと、西尾根の2重堀切の所に出ます。 まずは、西尾根を散策しました。堀切、その先にまた2重堀切、最後に小さな堀切が ありました。 戻って、大きな堀切経由で、段曲輪の南の道を行き、4曲輪の隣を通り、さらに進むと 姫の化粧井戸に着きます。そこから、帯曲輪経由で2曲輪(ここが主郭と推定)へ。 2曲輪には説明板があります。そして、2曲輪の南側の側面には石積があります。 ここが一番の見所でしょう。2段になっている所もあります。(写真) 2曲輪と1曲輪の間の北側には竪堀と横堀が入り組んでいる所があります。そして、 1曲輪では、東側のL字土塁に登ります。その東は大堀切です。そして、さらに東の 尾根には、堀底道、畝状竪堀が5条、石組井戸、竪堀に横堀がぶつかっている所などが あります。
埴原城
次に、1曲輪の南尾根です。縄張図によると、ここの先端には3重の堀切があるような のですが、藪がひどくて写真を撮れませんでした。 そして、西小屋という尾根に向かいます。2曲輪から西に何段か下りた辺りから道が あるのを発見しました。まずは、岩盤堀切。そして、大きな堀切。横堀から竪堀になり 落ちている所。先端にも2重堀切がありました。 戻って、3曲輪をみてから、4曲輪南の2つの堀切を見学。さらに、4曲輪から南西に 伸びる尾根(八幡平)の堀切5つを見ます。特に先端の2つの堀切が良かったです。 以上、散策に4時間弱もかかった埴原城、凄い城でした。
「北熊井城」 2019年12月に、山城君(右衛門尉さん)、トオルさんと行きました。 築城は、小笠原氏家臣の村井氏と言われていて、その後、武田氏が入ったようです。 本城を中心に、東西に郭が連なる連郭式の城です。読み方は「くまのい」です。 本城の南西に説明板があり、そこに車を停めました。パンフレットも置いてあります。 まずは、南の馬出を見学。そして、西3郭から西2郭(下の城)、西1郭(中の城)と みていきます。南側には、ずっと2重堀があり、中の城には神社がありました。
北熊井城
次に、本城へ登ります。本城は東西80メートル・南北70メートルの方形で、南には 堀があり、東側には土塁と3重堀がありました。さらには、狼煙台、天空一本桜もあり ます。 3重堀を散策すると、井戸跡(枯れていて標柱のみ)がありました。写真は、3重堀の うち、向かって左側が1番本城に近い堀、右が2番目の堀です。3重堀の東側には、 東1郭、東2郭と続きますが、畑になっていました。
「南熊井城」 2019年12月に、山城君(右衛門尉さん)、トオルさんと行きました。 小笠原氏から武田氏の城となった単郭の城のようです。 北側には「南熊井城址」の看板と標柱がありました。そこから登っていくと、北側の 横堀(写真)があり、さらに東側も横堀になっています。
南熊井城
主郭の南側は、現在は畑のようですが、幅10メートルの箱堀の名残があります。郭内 は畑になっていますが、北東の隅は、土塁のように少し高くなっており、そこには祠が ありました。
「砥石城(本城、枡形城、米山城)」 2019年11月に行きました。 砥石城は、砥石城・本城・枡形城・米山城の4つを合わせた形で砥石城(戸石城)と 呼ばれているので、まとめて紹介します。 村上氏が城主の時に武田信玄に攻められ守りきった城。砥石崩れと伝わる戦いです。 その後は、真田氏の城になりました。 上田駅から上田バス菅平線、真田線、傍陽線いずれかの伊勢山バス停下車です。登り口 は2つありますが、米山城と砥石城の間の鞍部に出る登り口にしました。車の方は、 こちらの登り口に駐車場があります。 登り始めるといきなり復元櫓門が出現!テンションが上がります。そして、階段で櫓の 上にも登れます。
砥石城(本城、枡形城、米山城)
まずは、米山城に。ロープのある急坂を登ると、右手に北側の石積がみえます。主郭に 上がると、村上公の石碑、説明板、あずまやがあります。そこから、南にある2郭、 3郭をみて、米山城散策を終えました。 次に、砥石城です。凄い段数の階段を登ります。説明板のある主郭に到着し、東側の 堀切を見学。そして、北側の切岸と堀切も見学しました。 ここから、本城に進みます。5段くらいの段郭があり、主郭手前には石積がありました。 (写真)主郭の説明板をみてから北側の堀切に降ります。この堀切はとても美しいです。 そして、最後に枡形城です。手前の土橋つき堀切はうっすらでした。主郭には説明板が あり、北側の堀切の先には、真田の里が一望出来る所がありました。 帰り道では、本城2郭下に石積を発見。水の手(非常にわかりにくい所にあります)、 旧松代街道、内小屋、麓の空堀をみて散策を終えました。
「仙石氏館」 2019年11月に行きました。 江戸時代に仙石氏の館があったそうです。私は砥石城から歩きましたが、矢沢という バス停があるようです。現在お住まいになられている方がいて、そのお宅の周りに石垣 が残っていました。
仙石氏館
南側の、現在、蔵が建っている所にも石垣が残っています。そして、お宅の西側には 折れのある石垣があり、そして、南側にも石垣(写真)がありました。 さらには、次の目的地へ向かうため、たまたま通った北側の道から見下してみると、 北側の石垣が一番高石垣でした。
「矢沢城」 2019年11月に行きました。 真田幸隆の弟、矢沢頼綱の城です。(綱頼とも言います。)私は砥石城から歩きました が、矢沢というバス停があるようです。 まず、大日堂の所から登城します。何段かの段郭を上がっていくと神社がありました。
矢沢城
神社の後ろの一段高い所が主郭です。まずは、主郭下の西側や北西側にある石積(写真) を見て歩きました。主郭に登ると、北側が一段低くなっていて、そこが2郭です。 2郭と3郭の間には堀切があります。この堀切にも石積を見つけました。堀切からは 竪堀が落ちていきます。そして、3郭と4郭間の堀切も少し浅いですがありました。
「真田氏館」 真田氏が上田城に入る前に住んでいました。現在は、御屋敷公園になっています。 バス停の本原又は中原から歩きます。以前は近くまでバスがありましたが、2019年 9月に廃線になってしまったようです。 1回目は、2016年4月にフォロワーさん(はち。さん&ご主人、WOLFさん)と一緒 に行きました。 館は、四角く土塁に囲まれており、真ん中に皇太神社が建っています。虎口としては 大手門跡、入隅になっている東門跡、搦手門跡が残っており、北西には土塁で囲まれた 厩跡があります。(写真)厩跡は、ミニゴルフの10番グリーンでもあります(笑) 隣に真田氏歴史館がありましたが、夕方で閉まっていました。
真田氏館
2回目は、2019年11月に、前回閉まっていた「真田氏歴史館」を主目的に行きま した。まず、250円を払い歴史館へ。展示室では、真田3代の歴史を知れるとともに 城関連の展示も多く、真田本城のジオラマ、周辺の真田5城の映像など楽しめました。 そして、真田氏館では、東門から入り、皇太神社、搦手門、厩跡、大手門と巡りました。。
「上田藩主居館」 2019年11月に行きました。江戸時代に真田信之が住み、その後、仙石氏、松平氏 も住みました。上田城の南東にあり、上田駅から徒歩で行けます。バス停では松尾町が 近いです。
上田藩主居館
現在は上田高校になっていますが、1790年に再建された表御門、南東の水堀(写真) 北東の水堀の一部、土塁、土塀が残っていました。門からは上田高校の学生が出てきて 今も現役で使われていました。説明板は3ヶ所にありました。
「上田城」 真田氏が築城し、徳川との上田合戦で知られる城で、長野新幹線、しなの鉄道等の上田 駅から徒歩10分です。 1回目は、2011年9月に訪城しました。北櫓、南櫓(写真左)、復元の東虎口櫓門 (写真右)は中も見学できます。本丸には真田神社があり、歴女さんが沢山訪れていま した。尼ヶ淵から見た西櫓、南櫓と石垣が素敵でした。博物館には城の模型などがあり 100名城スタンプも押せました。本丸土塁の北東部分の隅欠、二ノ丸北虎口前にある 石樋にも行きました。
上田城
2回目は、2018年9月にフォロワーさん(山城入道さん、小栗さん、じゅんこモン さん、トオルさん、ダイさん&たくみくん)と行きました。 尼ヶ淵から登り、本丸土塁の上の各櫓跡を見学。そして、神社、西櫓、東虎口櫓門と 北櫓・南櫓を見学。西櫓そばの枡形にある「石垣の切り欠き」をみて、ここに門が 建っていたんだ〜と想像しました。前より説明板が増えていて、大河ドラマ真田丸の 影響かなぁと思いました。 3回目は、2019年11月に、他の城を回ったあとのわずかな時間でさくっと行きま した。日没が近く、東虎口櫓門と北櫓・南櫓、そして、西櫓をみて帰ろうとしたら、 ポケモンGOをやっていたお陰で、西櫓そばに、仙石氏の時に建てられたという煙硝蔵 を発見しました。
「桐原城」 2019年9月に訪城しました。 小笠原氏の一族・桐原氏の城です。松本駅からレンタサイクルで行きましたが、後半の 登りは自転車降りて歩き、40分かかりました。途中までバス(美ヶ原温泉行き、又は コミュニティバス等)で行くことも可能です。 登山口には、獣が出ないように柵があり、説明板があります。そこから登って行き、 左折します。2重堀切、小郭群、また2重堀切があります。その先を曲り、巨大な竪堀 を越えると、5段目の郭です。 ここから、4郭、3郭、2郭と登りますが、石積のオンパレード。お腹いっぱいになり ました。写真は2郭への虎口の所です。
桐原城
主郭の周りをぐるっと回ると、鉢巻石垣のように石積があります。主郭に登ってみると コの字型の土塁に石積があり、説明板もありました。主郭の裏側には4重の堀切があり その間には石積を含む土塁があります。 それから、主郭の北側にある巨大な2本の竪堀を降りていくことにしました。そのさら に北側を覗いてみると、3本くらい畝状竪堀群がみえました。 最後に、獣道のような所を通り、竪堀3本(そのうち、巨大なもの2本)を越えて、 最初の2重堀切の所まで戻れました。 ※レンタサイクル情報:松本市による無料貸し出し(すいすいタウン)松本駅に近い のは、松本駅北自転車駐車場です。
「林大城」 2019年9月に訪城しました。 林小城とともに、小笠原氏の本城でしたが、武田氏に攻められ落城しました。松本駅 からレンタサイクルで行き、橋のそばから登りました。 まず、物見(一の門跡)があります。そこから、尾根を行きます。堀切があり、三日月 状の削平地群があります。続いて、2番目の堀切があり、今度はもう少し面積の広い 削平地群があります。先程より身分の高い家臣が住んでいたのかもしれません。一ヶ所 石積があるので見逃さないようにしてください。 そして、3番目の堀切を越え、辿り着いた副郭の腰郭には説明板があります。副郭には あずまや。そして、堀切を挟んで、主郭となります。 主郭にもあずまやがあり、3方を土塁で囲まれています。その土塁の内側2ヵ所に石積 がありました。(写真は、そのひとつで南東側)
林大城
主郭の裏には後郭があり、その先に堀切があります。ここを降りていくと、もう一つの 堀切があり、さらに水番所の手前にも堀切がありました。 戻って、化粧井戸に向かいます。案内があるのでたどり着けますね。そして、井戸の先 にある2重堀切をみて、散策を終えました。
「林小城」 2019年9月に訪城しました。 林大城とともに、小笠原氏の本城でしたが、武田氏に攻められ落城しました。松本駅 からレンタサイクルで行きました。登り口が東側と西側にありますが、西側から登り ました。獣よけの柵を越えて、最近作られたと思われる石積を見ながら登ります。 右手に大きな竪堀をみながらジグザグ道を行くと、左手には、何段かの郭があります。 その先の大きな石の虎口を越えて少し行くと、主郭の南の堀切に到達します。そこを Uターンして行くと主郭の虎口で、そこに石積がありました。また、下を見下ろすと 畝状竪堀群がありました。
林小城
主郭は、コの字型の土塁で囲まれ、説明板があります。また、内部に石段(石列)が いくつかありました。 主郭の東側の虎口から2郭に降りると、主郭の周りを、鉢巻石垣のような形で石積が 回っています。(写真)しかし、一部は既に崩れてしまっていました。さらに、3郭 に降りてみると、2郭下にも1ヵ所石積がありました。 主郭の南側の堀切に戻り、そこから尾根を上がって行くと、もう1つ竪堀があります。 さらには山のピークの辺りにも竪堀がありました。
「松本城」 独断で決定した「私の好きなお城第3位」です。 前身は、小笠原氏の深志城でした。その後、武田氏の城となり、再度小笠原氏が奪還 した際に松本城に名を改めました。現存天守は石川氏の時に完成、その後は松平氏、 水野氏、戸田氏などが入りました。 行き方は、松本駅からバス(タウンスニーカー)に乗るか、徒歩15分です。  1回目は、1991年に訪れました。 松本城天守は黒い下見板張りです。なので、烏(カラス)城と呼ばれていたことが ありましたが、そうではありません。烏城は、岡山城のことです。 そして、でっかい天守です。現存天守の中でも、高さは姫路城につぐ2位で約25 メートル。天守の中には、たくさんの展示がありました。
松本城
2回目は、2011年10月に訪城しました。 最近復元された太鼓門は特別公開中。太鼓を叩きました。続く黒門を抜けると国宝の 天守にたどり着きます。階段が狭く角度が61°と急。渋滞が出来3時間待ちの時も あるそうですが、午前中だったのでなんとか20分位で最上階へ。天井に神棚がある ので見逃さないように。 降りて来て、附櫓、月見櫓内部を見て、最後にお堀越しの黒光りした天守を心行く まで堪能しました。 3回目は、2019年9月に行きました。桐原城などへの山城攻めの後に行ったので さくっと見学しました。 まずは、松本城公園の東側に残る「総堀」を見に行き、続いて太鼓門を。太鼓門礎石 もありました。さらには、黒門、天守と写真を撮ります。それ以外に、マニアックな ところで、丑寅櫓跡、若宮八幡跡にも行きました。 また、松本城公園の南西にある「西総堀土塁公園」に行き、復元された土塁を見学し ました。コンクリートで覆われた中に、遺構の土塁が眠っているそうです。
「唐崎山城」 2019年5月に、橘さんと行きました。雨宮氏の城であったと伝わっています。 屋代駅から、松代方面のバス、雨宮東で下車。100メートルで登城口です。 登城口には説明板があります。神社の向かって左手から登ります。段郭があり、2郭は 北側にうっすら土塁があります。
唐崎山城
主郭には、窪みに水がたまっており、東側に土塁。鐘が木にぶら下がっていたのですが 何なのか気になりました。そして、南の尾根にある何段かの郭に向かいます。西側に 落ちている竪堀を2つ確認できました。また、東の尾根の、北側に落ちている2つの 竪堀をみて散策を終えました。
「明聖霊神砦」 2019年5月に、橘さんと行きました。屋代駅からバスで雨宮東下車、さらに唐崎山 城を経て東に進んだ所です。
明聖霊神砦
まず、石碑がいくつかある郭があります。そこから、登ると砦の一番上に祠が3つ並ん でいます。そして、砦の東側、天城城がある側に、とても大きな堀切がありました。
「天城城」 2019年5月に、橘さんと行きました。「てしろじょう」と読みます。鞍骨城の出城 だったと考えられます。 行き方は、唐崎山城側の登り口から、倉科登り口から二本松峠経由、鷲尾城側の登り口 からと3通りあります。私たちは、唐崎山城、明聖霊神砦に続けて行きました。
天城城
まず、堀切がありました。そして、堀切には石積が結構広い範囲にありました。 お見逃しのないように!そこから、もう1段登ると主郭があります。ここには、天空の 古墳・坂山古墳の石室がありました。 主郭北側には腰郭があります。そこから、南東に下りていくと堀切があり、その先は あまり平らでないので城域かどうかは微妙ですが、山のような所とL字の土塁があり ました。
「鞍骨城」 2019年5月に、橘さんと行きました。清野氏の城と考えられます。 行き方は、唐崎山城側の登り口から、倉科登り口から二本松峠経由、鷲尾城側の登り口 からと3通りあります。 まず、大きな堀切が現れます。そして、しばらく行くと鉄塔があり、そのそばには、 2重堀切がありました。 右手に竪堀をみながら、さらに進んでいくと、左右に竪堀がある所の先に石積が見えて きます。そこを頑張って直登しました。2郭下の石積は素晴らしく、ワクワクします。 主郭の下も、立派な石積です。
鞍骨城
主郭へ上がると、「天空の城・鞍骨城」の標柱があり、景色も良いです。東側の土塁を 越えると東尾根に行けます。ここには、4つの堀切を確認出来ました。 そして、主郭の南側下の石積も素敵で、下りていくと、窪み(水の手)がありました。 南の尾根も、さらに数段郭があるようでしたが、時間の関係で割愛することになり、 散策を終えました。
「鷲尾城」 詳細は不明だそうですが、倉科氏の城と伝わります。屋代駅からコミュニティバスが ありますが、平日のみ運行。あと、屋代駅から松代方面のバス、雨宮東で下車し、1 キロ歩く手もあります。 1回目は、2018年11月にツイッターフォロワーさん(ちょめさん、橘さん)と 車で行きました。 大日堂と大善寺跡の所から登山を開始。急斜面で、滑りやすい所はロープをつたって 登ります。すると、前方に最初の石積がどーん!さらに、もう一段上には、主郭周りの 石積(写真)が現れます。高さ3〜4メートルで、平たい石で積んであります。 主郭虎口の左手を石積に沿って進みました。進むと、だんだん石積みが崩れてきます。 戻ってきて、主郭に上がると、説明板、土塁があります。 もう一度、主郭から出て、今度は主郭虎口右手の石積を見に行きます。こちらも、 足場は悪いものの、感動ものの石積をみられましたっ。 そして、主郭東側には、どでかい2重堀切があります。少し行くと、今度は3重堀切。 その土木量には圧倒されます。その先には、倉科将軍塚古墳。前方後円墳ですが、城の 一部として取り込まれた形です。 そして、古墳の端にも堀切があり、さらに少し行くと、一番端の堀切(土橋付き)。 ここから攻めることを考えると、大きな7つの堀切を越え、さらに堅固な石積に立ち 向かわねばならないという恐ろしい城です!鷲尾城。私のオススメの城になりました。 是非!
鷲尾城
2回目は、2019年5月に橘さんと行きました。鞍骨城からの下山途中に寄りました が、バスの時間が迫っていたため、ほぼスルー。それでも、石積や2重堀切、3重堀切 が素敵すぎて、立ち止まって写真を撮ってしまいました。そんなことで、バスに乗り 遅れてしまいました。(^_^;)
「霞城」 2019年5月に、橘さんと行きました。大室氏の城であったそうです。 バスですと、屋代駅から須坂駅までの長電バスで、大室駅か大室団地のバス停下車です。 私たちは、屋代駅レンタサイクル(1日500円)で行きましたが、10キロ以上あり 結構大変です。 登り口は、永福寺と石門と2つありますが、永福寺から登山。途中、木造の観音様が あります。尾根に出て、しばらく行くと、3郭下の石垣があります。これは、平石を 積んであり、高さ3メートルくらい、折れもあり見事です。 そこから、石垣沿いに右手を見ていき、6郭に上がりました。そこには、2郭下の石垣 が残ります。2郭に上がり、3郭も見に行くと、主郭下の北側にも、なかなか良い石垣 がありました。主郭に登ると、説明板、ベンチがあり、景気も良いです。 それから、6郭の南東をずっと下りて行き、7〜9郭に行きました。下りる途中にも、 7〜9郭の側面にも、石垣が多く残っていました。
霞城
最後に、大手門である石門(写真)を見に行きました。石門登山道を下ります。この 石門が凄かったです!高さも3メートルはあり、長さも長く、その規模には圧倒され ます。この石門、ネットでの縄張図に出ていないことが多そうなのですが、その石垣は、 城の中心部分よりも素晴らしいくらいで、ここは見逃さないようにしたいものです。 霞城、素敵な石垣がたくさんの城でした。
「岡城」(上田市) 武田氏の城で、平城です。上田駅の西側にあり、車で行きました。消滅している遺構 も多いですが、所々に残っていました。 1回目は、2018年9月にフォロワーさん(山城入道さん、じゅんこモンさん 小栗さん、トオルさん、ダイさん&たくみくん)と行きました。 まず、二の丸の北東部分の堀と土塁を見学。説明板と標柱がありました。次に、本丸 の西側部分の土塁と堀を見学しました(写真)。堀は一部が水堀で、南側に説明板も ありました。 そして、本丸井戸と二の丸井戸を見学後、最後に、一部現存しているという東側の 三日月堀をみにいってみると、なんとなくですが、三日月堀状の地形の面影が確認 出来ました。(岡城には3つの三日月堀がありました。)
岡城
2回目は、2018年11月にツイッターフォロワーさん(ちょめさん、橘さん)と 行きました。前回とほぼ同じルートで回りました。今回の新発見は、北にある大手 三日月堀の痕跡がわかったのと、2の丸土塁の上に「岡村城(岡城の別名)の由来」 が書いてある石碑を見つけたのと、2の丸土塁が西側に延びているのが確認出来た ことでした。
「青柳城」 2018年11月にツイッターフォロワーさん(ちょめさん、橘さん)と行きました。 青柳氏、小笠原氏、武田氏などの城でした。車で行きましたが坂北駅からもいけます。 山の上の駐車場(トイレあり)から散策スタート。いきなり復元の櫓門と矢倉があり ます。門の上にも階段で上がれます。楽しいです♪ そして、竪堀をみながら少し降りていくと2重堀切があります。これは大きくて、 感動ものです。藪で断念しましたが、竪堀になって落ちていくようです。
青柳城
さらに、いくつかの堀切を越えていくと、また2重堀切があります。こちらの1つ目の 堀切は小さいです。続いて、5の郭へ。土塁があります。そして、堀切を経て4の郭。 3の郭には復元の冠木門があり、ここから撮る主郭の写真はかっこいいです。 虎口を通って2の郭へ。ここでは主郭北面の「小笠原氏時代の石積」(写真)が みられます。これが一番の見所!平べったい石で綺麗に積まれていてワクワクします。 布目積みというそうです。青柳城の石積は、何故かここにだけ完璧に残っていて、 他にはほとんどありません。崩れたのならば、石が転がっているはずですが転がっても いません。謎です。 最後に主郭に登ると、土塁、あずまやがあり、北アルプスの絶景もみられました。
「青柳氏館」 2018年11月にツイッターフォロワーさん(ちょめさん、橘さん)と行きました。 青柳城の麓にある清正寺は、青柳氏館跡になります。寺の前には「青柳館跡」の石碑 (写真)があります。しかし寺の建物は廃墟になっていました。遺構はないようです。
青柳氏館
青柳氏館の裏手からは、青柳城3の郭の復元冠木門の前まで登山道がありますので 徒歩の方は、そのルートで青柳城を攻められるようです。(道の詳細は未確認) また、寺の正面に向かって左手にある駐車場が「侍屋敷跡」だそうで、ちゃんと石碑 もあります。 さらに、青柳氏館近くには、青柳城主の青柳頼長が、善光寺西街道のために切り開いた 切通しがありました。
「松田家館」 武水別(たけみずわけ)神社の神主でもあった松田家の館跡で、大きく2つの場所に あったようです。一か所目は武水別神社、二か所目は道路を挟んだ現在松田家住宅が 建つ敷地です。長野県宝であった松田家住宅は、一般公開に向け整備中でしたが、 残念なことに、2017年に火事で全焼してしまいました。今後、再建して公開する のでしょうか? 1回目は、2016年4月にフォロワーさん(はち。さん&ご主人、WOLFさん)と 一緒に行きました。武水別神社には、高い土塁や堀と見られる地形が残っていました。 さらに、現在松田家住宅が建つ敷地の周囲も散策します。東側にある長屋門は漆喰 など補修されており、また、北側は住宅越しに土塁が見えます。西側の裏長屋も補修 されており、この辺りにも土塁があります。南側の土塁の上には天神様が祀られて います。(写真)
松田家館
2回目は、2018年11月にツイッターフォロワーさん(ちょめさん、橘さん)と 行きました。夕やみ迫る中、およそ10分間の駆け足での案内。前回、工事中で みられなかった松田家住宅東側の水堀が復元されていました。南側の土塁、西側の堀、 最後に神社の土塁をみて、散策を終えました。
「松尾古城」 2018年9月にフォロワーさん(山城入道さん、小栗さん、じゅんこモンさん、 トオルさん、ダイさん&たくみくん)と行きました。 上田駅の東側で、車で行きました。日向畑遺跡の所から登山を開始。途中でUターン してから、岩場を左に迂回。秋葉社を経て、もう一度岩場を左に迂回です。我々は、 迂回路に気付かず、2回目の岩場を直登してしまい大変でした。 しばらく行くと、登城路を挟んで左右に石積が!石は水平方向に平べったく積まれて います。さらに行くと、2メートルくらい高さのある石積もあります。 主郭は十数メートル四方であり、石積で囲まれています。西側からアタックしました が、ここの石積が特に素敵でした(写真)。
松尾古城
主郭内には祠が2ヵ所、説明板もありました。主郭の北には大きな堀切がありました。 そして、主郭の西側には、竪堀、登り石垣、竪堀と3つが並んでいました。 なお、松尾古城の堀切の先をずーっと登っていくと遠見番所がありますが、今回は 行きませんでした。遠見番所に行くには、そうとう登らなければならず、覚悟が要る と思います。
「笹洞城(室賀城)」 2018年9月にフォロワーさん(山城入道さん、小栗さん、じゅんこモンさん、 トオルさん、ダイさん&たくみくん)と行きました。 上田駅の西にある室賀氏の城です。(大河ドラマ・真田丸での「黙れ、こわっぱ!」 で有名)ささらの湯の駐車場の奥から登城開始。大きな竪堀に沿って登ります。 いくつかの曲輪と堀切を越えると二郭に着きます。二郭北西には竪堀がありました。 そこから、主郭へ進みます。主郭虎口の所に石積がありました。
笹洞城(室賀城)
主郭にあがり、そこから、西側にある大きな堀切に降ります。この堀切の深さが、 なんと10メートルくらいもあり一苦労。 その先の2つの堀切も見学してから、主郭に戻る時、主郭南西側面にも石積(写真) を確認しました。帰りに、前松寺の室賀氏墓所にも寄りました。
「志賀城」 2017年10月にTwitterフォロワーさん(橘さん、ちょめさん、黒うさつぅまる さん)と行きました。 居館跡とも言われる雲興寺の向かって右側から登ります。凄い岩場が出現しますが 西側から回り込み、石積のある段郭を登ると土塁がある郭に出ます。 そこからは、東に向かいます。まずは堀切を通過。何段もの段曲輪を登りながら 主郭を目指します。主郭南面の素敵な石積は、一段下の郭からみられます。 主郭の東側には2つの堀切があり、そして、東の外れまで行くと、足がすくんで しまう垂直な岩盤堀切がありました。
志賀城
それから、最初の土塁のある郭に戻って、城の西側を散策します。2つ郭を進んだ ところに堀切がありました。さらには、もうひとつ西側にある郭の西及び南面に 石積みがあり、大きな石を使っている所もありました。(写真)最後に、一番西に ある竪堀と竪土塁のセットをみて、散策を終わりました。 城のそこら中に石積みがあり、ワクワクする城でした。
「田口城」 2017年10月にTwitterフォロワーさん(橘さん、ちょめさん、黒うさつぅまる さん)と行きました。 蕃松寺の裏、城主・依田氏の墓のそばから、結構急な坂を20分くらい登ります。 まずは展望台に行き、龍岡城を見下ろしました。五稜郭なので★形でしたっ。 そして主郭の方に向かいます。切岸も凄いし、石積が主郭西側など所々にあります。
田口城
主郭には祠(写真)があり、主郭の東側を降りると自然研究園の建物が。さらに、 東に進むと、堀、折れのある土塁、堀、土塁となっていました。 それから、戻りながら、主郭と2郭の間の石積、そして、旧車道沿いの石積などを みて、最後に西の丸にも行き、散策を終了しました。
「龍岡城」 水堀と石垣で星型に囲まれた幕末の稜堡式(西洋式)城郭でした。現在は小学校 がありますが、そのうち移転する予定なんだとか。(出身者へのへのさん情報) 1回目は、2017年4月に、フォロワーさん(へのへのさん、ふみさん、 ままおさん、あいこさん、山城さん、てぃーえーさん、山城君)と攻めました。 大手門から見学開始!ここの石垣は、一番上が出っぱっている「はねだし石垣」。 珍しいものです。
龍岡城
黒門、砲台跡、台所(現存建物)、通用門と見学し、ぐるっと一周回りました。 それから、であいの館で、ジオラマ、資料をみました。 また、歩いていける距離にある、枡形が残る北の虎口 、さらには蕃松院(依田 信蕃墓)も見学しました。 山の上にある田口城から龍岡城を見下ろしてみたかったですが、雨で滑るとの事で あきらめました。 2回目は、Twitterフォロワーさん(橘さん、ちょめさん、黒うさつぅまるさん)と 2017年10月に行きました。前回同様、反時計回りで一周し、桝形も行きました。 紅葉のグラデーションがとても綺麗でした。 また、今回は、移築門が2箇所残っているとのことで、行ってみました。 近くの個人宅(蕃松院の前から、南東に約500メートル行った高橋酒店の隣の家) に薬医門と塀がありました。そして、少し離れていますが、成田山薬師寺(ぴんころ 地蔵)に通用門がありました。
「伴野城」 2017年10月にTwitterフォロワーさん(橘さん、ちょめさん、黒うさつぅまる さん)と行きました。龍岡城の移築通用門を見に行った時、すぐ隣にも城があると いうので、急遽行くことになりました。 大伴神社がある一帯で、西、北、東を5メートルくらいの高さのある土塁が囲んで おり、その外側を一周水堀跡が囲んでいます。(写真)とうぜん土塁には登りました。 神社のある高台は、櫓台跡のようです。
伴野城
神社のそばに城の説明板、また土橋や土塁の説明も随所にあり、急遽行くことになり 期待していなかった割にはとても楽しめた城です。
「岩尾城」 佐久市にある大井氏の城です。 1回目は、2017年4月に、フォロワーさん(へのへのさん、ふみさん、 ままおさん、あいこさん、山城さん、てぃーえーさん、山城君)と攻めました。 三の丸には、三日月堀があったようですが、今はあとかたが無く標柱のみです。 三の丸には、案内板もあります。写真の堀は、三の丸と二の丸の間にあります。
岩尾城
二の丸には、伊豆箱根三島神社(三社権現)がありました。そして、「本丸跡」 の標柱のある本丸へ進みます。 さらに奥、本丸と西の丸の間には堀と石積がありますが、この石積が遺構で あるのかは微妙です。 2回目は、Twitterフォロワーさん(橘さん、ちょめさん、黒うさつぅまるさん) と2017年10月に行きました。 雨で日没でもあり、さらっとになりましたが、祠のある堀、神社、本丸跡まで 見学しました。台風の影響で倒木があり、社殿が痛々しくなっていました。
「下畑城」 2017年4月に、フォロワーさん(へのへのさん、ふみさん、ままおさん、 あいこさん、山城さん、てぃーえーさん、山城君)と攻めました。 佐久穂町にあります。上の城、下の城があり、連郭式に郭が並ぶ城でした。 案内板のある上の城から散策開始。主郭の脇の腰郭を行くと、主郭と2郭の 間に大きな堀切があります(写真)。
下畑城
さらに、あと2つ堀切が続きました。 そして、下の城へ。こちらは、藪なので進むのを諦め、西側の麓から堀切を 確認するにとどめました。二重堀切、そして、もう一つの堀切がみえました。
「望月城」 2017年4月に、フォロワーさん(へのへのさん、ふみさん、ままおさん、 あいこさん、山城さん、てぃーえーさん、山城君)と攻めました。 佐久市にあります。「駒つなぎ場」という名前の駐車場に車を置き、城攻め開始。 まずは、二番堀を見学。さらに、一番堀も!一見、藪かと思いましたが、素敵な 堀であり、降りていけました。
望月城
三の郭には、景色の良い見晴らし台、また、城代杉がありました。 二の郭を経て、主郭へ。「望月城址」の碑、案内板(写真)がありました。 古代から牧があり「望月の駒」を育てていた望月の地。そんな土地に出来た 望月城は、広くて、なかなかいい城でした。
「荒砥城」 2016年4月にフォロワーさん(はち。さん&ご主人、WOLFさん)と行きました。 中世城郭が復元されています。戸倉駅からタクシーで行けますが今回は車でした。 入城料は300円。 四の郭、三の郭を通り、二の郭へ。ここには、門、兵舎、櫓があります。櫓の 上まで登れますし、兵舎の中には映像を含め展示があります。
荒砥城
そして、本郭には、館、兵舎、門があります。門の上から「荒砥城といえば これという定番写真」を撮影しました。(写真)カッコイイ!! 何人かいるガイドのおじさんも親しげに話しかけてきてくれて、葛尾城や 屋代城の位置を教えてくれました。
「葛尾城」 2016年4月にフォロワーさん(はち。さん&ご主人、WOLFさん)と行きました。 城まで車で行くか、坂城(さかき)神社から徒歩で行くかのどちらかですが 今回は車。この車での道が未舗装で細い上に対向車とすれ違えないとのことで おすすめしません。徒歩の場合、坂城神社から1時間ほど登るそうです。 駐車場から歩いていくと、まず石積があり、これは櫓台として積まれたもの かも知れません。その手前の竪堀は、石で補強してあるようにみえました。 そして、いくつかの堀切を越えます。なかなか大きな堀切もあります。
葛尾城
主郭(写真)には東屋が建ち、この天井に案内図がいろいろと貼ってあります。 わかりにくいのでお見逃しなく。 主郭からの眺望は良く、千曲川、そして遠く荒砥城もみられます。 主郭からは、二の郭、三の郭と降りていけます。隣の姫城にも行きたかったの ですが、時間がなく三の郭までで駐車場に引き返しました。
「真田氏本城」 大河ドラマの「真田丸」で賑わう2016年4月にフォロワーさん(はち。さん &ご主人、WOLFさん)と一緒に行きました。 真田氏館から1.7キロ登ったところにあります。駐車場から主郭に向かう 途中、「真田丸ロケ地」の丸太を発見!
真田氏本城
主郭には高い土塁があり、その前に案内板があります。主郭の中央にも 案内板があり、そこから二の郭、三の郭へと降りていきます。(連郭式) 二の郭には眺望の説明図があり、遠くに砥石城がみえました。 また、三の郭には石積、腰郭、虎口、切岸がありますのでお見逃しなく。
「高遠城」 2013年3月に訪城しました。飯田線伊那市駅からバスです。 城址公園になっており、太鼓櫓、楼門(伝大手門)、大手門石垣、藩校進徳館 などが見所です。
高遠城
写真は問屋門と桜雲橋です。空堀も大きく、中に降りられます。 100名城スタンプを押す為訪れた歴史博物館には、お城の絵図や模型、 また、絵島囲い屋敷もありました。お土産は高遠饅頭を買いました。 桜で有名な高遠城、じっくり見学する為に今回はあえて桜の季節をはずし ましたが、いつか花見にも来てみたいです。
「高島城」 2011年10月に訪城しました。 上諏訪駅から徒歩です。 昭和45年に出来た復興天守があり、3階の展望台からは諏訪湖が望めます。
高島城
冠木門、角櫓も復興されており、また、唯一、三の丸御殿裏門が移築現存 しています。
「小諸城」 2011年9月に訪城しました。 しなの鉄道小諸駅から徒歩1分で懐古園という公園になっています。 重要文化財の三の門、苔むした天守台など残っていました。徴古館には 城の古地図や模型などがありました。
小諸城
また、駅を挟んだ反対側に重要文化財の大手門(写真)があります。 こちらは時間帯にもよりますが中にも入れます。(無料)
「松代城」 2011年9月に訪城しました。長野電鉄の松代駅(2012年廃線)から 徒歩3分です。復元の太鼓門太鼓門橋(写真)、北不明門があります。
松代城
本丸内の戌亥隅櫓台に登ることが出来ます。 近くの真田宝物館には武具や城の模型などがありました。また、松代の 城下町には他にもいろいろと見所があるようです。 (真田邸、文武学校、鐘楼など)

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