茨城県の城



        「山方城」

    2020年12月に行きました。
    水郡線の山方宿駅から徒歩です。近くまでバスも2時間に1本くらいありそうです。山方氏
    により築かれ、のちに佐竹氏の城になったようです。
    まずは、詰の城である高館城を攻めます。連郭式の城で、密蔵院の左手から登ります。道が
    ないので直登でした。郭、堀切を経て郭、そして凄い切岸があるのですが右手から登る事が
    が出来ます。
    次に、うっすらですが2重堀切があり、その背後に大土塁がありました。大土塁を越えた
    東側に竪堀があり、この主郭と思われる郭は、北側にも土塁、堀切がありました。
    さらに、北の郭にも虎口、土橋、堀切があり、そこからは道があり、高館城の北側に降りる
    ことが出来ました。

山方城
    次に、麓の郭を散策していきました。外城と中ノ城の間の堀をみたあとに、中ノ城と御城     (みじょう)の間の堀を歩こうとしましたが竹藪がひどく断念。     御城には、2重の模擬天守(写真)が建ちます 。入場は100円です。中には、縄張図、     出土品などの資料があります。2階にも登れました。最後に、御城と中ノ城の南にある土塁     をみて散策を終えました。
「瓜連城」     2020年12月に行きました。     水郡線の瓜連駅から徒歩です。瓜連氏の居城でしたが、その後、楠木氏による南朝方の拠点     となった時期もあるそうです。     現在は、常福寺が建っています。まずは常福寺の楼門とそのそばにある瓜連城石碑、説明板     をみました。それから、寺の裏側に回ります。
瓜連城
    虎口から外に出ると、土塁と堀が巡っています。特に、西側の土塁、堀(写真)が圧巻で、     外側からは8メートル、内側からでも4メートルある巨大な土塁です。土塁の上、北西隅に     は源太郎稲荷が鎮座しています。     そして、南東にも土塁と堀があるので見に行きました。こちらの堀は、整備されていない     竹藪なのですが、櫓台が四角く突き出て横矢をかけており、堀が折れ曲がっていて見応え     がありました。
「水戸城」 馬場氏、江戸氏、佐竹氏を経て、江戸時代は徳川の城でした。水戸駅から徒歩で行けます。 1回目は、2011年2月に訪城しました。遺構としては、高校の敷地内に薬医門(写真) が残っていました。また、大手門付近の土塁や三の丸の大きな空堀も残っています。 梅の季節だったので、日本三名園のひとつである偕楽園、藩校である弘道館も一緒に行き ました。お土産は、水戸の梅・のし梅の詰め合わせにしました。 2回目は、2019年7月に、ちょこっとだけ寄りました。復元工事中の大手門は、もう 少しで完成のようでした。そこから、本丸までの道も土塀や説明板が出来ていて、綺麗に なっていました。御三階櫓の説明板、復元された杉山門をみてから、第一高校内にある 薬医門を見学。そして、高校に入るための橋の下は、水郡線の線路が通る空堀跡になって います。最後に、駅に戻る時に、もう一つの復元・柵町坂下門をみることが出来ました。
水戸城
3回目は、2020年12月に行きました。 出来たばかりの2の丸角櫓を見てから、復元された大手門に向かいます。大手門の左右には 練塀も復元され、一部ガラス越しなのが現存の練塀です。門の内側にある土塁による桝形も 必見です。 それから、2の丸展示館をはじめて見ることが出来ました。中には、出土した瓦、ジオラマ などの展示があり、パンフレットももらえました。 そして、弘道館の北側を歩いていたら、たまたま復元の北柵御門というのを見つけました。 この門は、お城でなく弘道館の門らしいのですが、土塁による桝形も復元されていました。 最後に3の丸土塁と空堀をみにいくと、本当にでっかいです。
「馬坂城」     2020年11月に行きました。     常陸太田駅からレンタサイクルで行きました。自転車が3台しかないことから、朝一番で     借りた方が良いです。この城は天神林氏が築城し、佐竹氏「発祥の地」でもあるそうです。     途中、佐竹寺に寄りました。(本堂が重要文化財ですが撮影禁止でした)そして、先に、     主郭東の外堀を見ましたが、現在はソーラーパネルで覆われてしまっていて残念です。     主郭には、階段を登るとたどり着きます。最近出来たお手製の大手門があり、また、石碑と     説明板、そしてパンフレットが置いてあります。(写真)     とても綺麗に整備されている城で、案内標識の順に回ると、全部の見所がみられました。
馬坂城
    まず、主郭東の内堀をみて、主郭北東の堀切、北西の堀切をみました。北西の堀切には降り     たかったのですが、急斜面のため途中で断念しました。     そのあと、主郭西の堀、5段切岸、物見塚(元古墳の櫓台)をみました。物見塚の上には     祠がありました。     そして、少し浅くなってはいますが2重堀切を見てから、西郭に到着しました。さらには、     堀切を経て袖曲輪へ向かいました。水の手もあります。袖曲輪の北から西にかけての空堀は     綺麗にカーブしていて、竪堀に繋がっていました。     最後に、主郭の南、腰曲輪にある、もう1つの水の手をみて、散策を終えました。
「常陸太田城」     舌状台地上に形成された佐竹氏の城で関東七名城に数えられることもあります。(諸説あり)     常陸太田駅からは、およそ2キロあり、駅にレンタサイクルがあります。     1回目は2016年8月に弁天堂さんと車で行きました。     本郭のあった太田小学校に、別名の舞鶴城の石碑があります。(写真)小学校の西側には     土塁なのか切岸なのか高低差が残ります。本郭の東側も高低差があり、水戸八景・太田落雁     という景色の良いところもありました。
常陸太田城
    2回目は2020年11月にレンタサイクルで行きました。     まず、2郭跡である若宮八幡宮に行きました。ここの駐車場には「太田古城の碑」があり     ます。ちょうど七五三の時期で、とても賑わっていました。     そして、小学校の石碑をみてから、3郭あたりの発掘調査現場を見に行きました。大規模な     2号堀跡Bが3郭と4郭を分けていたことがわかったそうなのですが、現地説明会も終わり     ちょうどショベルカーによる遺構の埋め戻しの最中でした。でも、半分くらいの空堀が、     まだ埋め戻されておらず、遠くからですが見ることが出来ました。
「南酒出城」     2020年11月に行きました。南酒出駅から徒歩です。佐竹氏の城です。     蒼龍寺の前に説明板があります。そこから、まずは主郭に向かいます。土橋を渡り、主郭の     中に入ると、ぐるっと土塁で囲まれています。井戸跡をみてから、土塁の上を一周しました。     そして、空堀の堀底に降りてみます。空堀は西側(写真)と北側にあるのですが、大きくて     素敵です。特に、北側には横矢が掛かるような土塁の出っぱり部分がありました。
南酒出城
    そして、2郭へ向かいます。2郭も、北と西に土塁と空堀が残っています。西側には折れて     いる所があり、また、2郭の北西隅の所は、3重の堀になっているようです。     最後に、民家があり御城と呼ばれている2郭西の部分を通り抜けて、散策を終えました。
「二条山館」 2020年2月に行きました。羽鳥駅から板敷山行きのバスで、瓦谷下車です。路川氏の城 です。別名は宇治会館です。 源照寺の墓の裏側からアタックしました。祠がある所から細道を行くと、まず、ひとつ、 空堀があります。そして、さらに進むと、主郭北側の3重の堀にたどり着きました。写真は 3重堀のうち一番外側の堀で、とても綺麗です。 3重堀を西に進んでいくと、一番外側の堀が主郭西側の堀へと続いています。主郭の内部は 藪でした。主郭の南西の隅には、土橋、そして両側に土塁がある虎口もあります。
二条山館
土塁を渡って2郭に進みます。2郭西側の横堀は一旦短い竪堀になり、また横堀になって いました。2郭西側と南側には、凄く綺麗で大きな竪堀があり必見です。しかし、2郭東側 の竪堀は藪でわかりにくかったです。 主郭の南の空堀は、主郭の東側にも回っています。その堀底を散策し、最初の3重堀の地点 に戻り、散策を終えました。
「片野城」 2020年2月に行きました。石岡駅からのバスで、根小屋入口下車です。小田氏の一族・ 八代将監が築城し、その後、太田(三楽斎)資正が城主であった時もあります。 まず、2郭と3郭の間の堀切から攻めました。その2郭側に、石碑と説明板があります。 そして、3郭の七代天神社へ参拝します。3郭の虎口には土塁がありました。 角馬出になっている4郭は藪ですが、藪漕ぎすれば土塁があります。そして、堀底にも降り てみました。 5郭は寺になっていて、そこには太田資正の墓がありました。そして、5郭の南には横堀が あり、その横堀は何本かの竪堀と交差していました。
片野城
そこから、2郭に戻ります。2郭は畑で、南側に高さ2メートルの土塁があります。2郭と 主郭の間には土橋があり、その脇の空堀に降りてみてから、主郭に向かいました。 主郭は、南の虎口の左右、そして北側に高さ2〜3メートルの土塁がありました。ただ、 中央部分は藪と倒木のために進むのが大変でした。 それから、主郭の北にある大堀切(写真)に降りました。とても幅が広いので、凄い土木量 になると思います。そして、最後に、北の郭にある土塁、水堀、空堀、土橋、馬出郭をみて 散策を終えました。
「永山城(長山城)」 2019年10月に行きました。長山氏の城です。潮来駅から麻生庁舎行きバスで東永山 下車、そこから徒歩20分、かすみの郷公園の南です。潮来駅にレンタサイクルもある ようです。 西側に石碑と説明板があります。登城口がとてもわかりにくいのですが、石碑から、城の 南西沿いの農道を100メートル程行き、なんとなく踏み跡のある藪の中に突入すると、 主郭と2郭間の大堀切に出られます。大堀切は素晴らしく、この城一番の見所ですね。 (写真) まずは、2郭から散策します。全周が土塁に囲まれていて、南の虎口からはつづら折りの 道が下りていました。また、虎口は北と東にもありました。
永山城(長山城)
次に、主郭です。大堀切からの坂虎口を登ります。主郭も土塁で囲まれており、時計回り に散策しました。南東側になるのか、切岸が比較的降りやすくなっている所を降りてみる と横堀があり、横堀に沿って土塁もありました。ちゃんと確認出来ませんでしたが、その 先が枡形という空間だったようです。 主郭に戻って、南西側の大きな虎口、西側の虎口、北西側の虎口(大堀切を渡る橋が架か っていた可能性がある)と見て回り、散策を終えました。 永山城、主郭も2郭もすごい藪で、土塁の上以外は歩けませんでしたが、楽しめました。
「堀之内大台城」 2019年10月に行きました。佐竹氏の城ですが、7年しか使われませんでした。現在 遺構は無いですが、牛堀中学校を中心とした辺りです。地形的には、中学校の所は高台に なっていました。
堀之内大台城
中学校の校門向かって右手に、石碑(写真)があります。また、なぜだかわかりませんが この城の主殿は、逆井城跡公園内に復元されているので、主殿をみたことがある方は多い のではないでしょうか?私も以前見ましたが、「堀之内大台城ってどこの城だよ??」と 思った覚えがあります。
「島崎城」 2019年10月に行きました。島崎氏の城です。潮来駅から麻生庁舎行きバス(神宮 あやめ白帆ライン)で牛堀中央下車、そこから徒歩です。また、牛堀中央バス停までは、 東京駅から高速バスも出ているようです。潮来駅から徒歩でもなんとか行ける距離です。 まず、西2郭の西側の車道が分岐しているところに石碑があります。そこから主郭へは、 御礼神社の石段から登りました。鳥居の横に島崎城についての説明板があります。神社 参拝後、主郭の周りの土塁をみて、虎口から出ます。 次は馬出郭。土塁で囲まれています。また、水の手郭には大井戸がありますが、地形が 凹んでいるため、近づかないとわかりにくいです。 水の手郭と主郭の間の堀は岩盤部分があります。藪ではありますが、西2郭の上にも登れ ます。
島崎城
次に、馬出郭と東2郭間の堀をみてから東2郭へ。この郭の一番奥には八幡台という高い 土塁があり、祠もありました。 そこから2重空堀に向かいます。一旦、石碑近くまで行き、3郭へ向かう道で、物見台と いう看板がある所へ。その手前の右手土塁を越えると2重堀(内側)です。竹藪ですが、 凄く大きい!と感動しました。(写真) 2重堀(外側)も堪能して、3郭へ進みます。途中、道が倒木でふさがれていましたが、 迂回して鉄塔下に到着。そこから、3郭外側の堀に降りる階段があります。 3郭外側の堀(東側)には岩盤の所があり、また、畝のようなものが3本ほどありました。 一旦、3郭外堀の北側に出て、バス停まで歩いていると、3郭外堀(西側)に入れそうな 所を発見。西側も岩盤の所があり、凄いものを見せてもらいました。 島崎城、私の中で、素敵な空堀がいくつもあるオススメの城の一つになりました。
「月居城」     2019年7月に行きました。つきおれと読みます。袋田氏が築城、その後、佐竹氏の家臣     の城でした。     水郡線の袋田駅からバスに乗り、バス停・袋田又は滝本下車で旧道登山口、あるいは袋田滝     を観てから吊り橋を渡り、階段をひたすら上がっても行けます。     城北側の月居峠に「月居古城の歴史」そして諸生党と天狗党での「月居峠の戦い」の2つの     説明板があります。城にたどり着く手前の山道は、虎ロープや鎖場コースで、かなり危険     でしたが、なんとかクリアしました。     城には、まず、黒い石碑(写真)がある郭があり、その一段上にも郭がありました。
月居城
    石碑の郭の南側から下に降りられます。降りた所には、岩盤堀切とそこから落ちる岩盤竪堀     がありました。降りる途中にもなんとなく竪堀っぼいのがあるのですが、これは自然地形     かも知れません。     旧道登山口から来た方は、帰りに、袋田滝方面に進み、寺跡、月居観音、生瀬の滝経由で     日本3名瀑のひとつである袋田の滝(料金300円)を観光するのがオススメコースです。
「塙城」     2019年6月に行きました。土岐氏の家臣、館野氏の城と言われています。     土浦駅からJRバス(君島回り・江戸崎行き)で塙下車です。私は、帰りの時間帯にバスが     なく、あみプレミアムアウトレットまで55分歩きました。(アウトレットからは、荒川沖     駅、牛久駅までバスあり)     塙城は、北の城と本城に分かれています。まずは、北の城を散策しました。北の城出入口の     看板から入り、順路の標識に沿って進むと着くことが出来ます。「藪こぎなのかな」と     思っていましたが、とても綺麗に整備されていました。北の城は、2重堀と2重土塁なの     ですが、まずは外側の堀底を北東に歩きます。土塁を越えて、内側の堀底をさらに東に進む     と、一番東の端に、うっすら土橋がありました。     そこから、また、内側の堀底を戻ります。何度も折れがあり、内側の土塁上から横矢を掛け     られるようになっていました。一番南西の端は、竪堀になっていて、そこからは、また、     外側の堀底を通ってスタート地点に戻れました。
塙城
    次に、本城(南城)に向かいます。北西側から登りました。いくつかの郭を経て、堀を越え     ます。切通を通ると主郭です。主郭の中でも一段高い所が櫓台です。(写真)     それから、2郭との間を仕切っている土塁をみました。2郭には神社があり、さらに南には     土塁と虎口があります。土塁上を歩き、2郭南東の切岸、土橋、空堀もみました。     最後に、2郭南西の出角形土塁、そしてその下の横堀をみました。ここも折れがあり、なか     なか見事な遺構でした。     塙城には、「ひらがな1文字」の看板が所々にあるのですが、繋げるとある言葉になるよう     です。
「小田城」     小田氏の城です。南北朝時代には、北畠親房が入ったこともあり、戦国時代には上杉・佐竹     氏に攻められました。     つくばエクスプレスのつくば駅から、つくバスで、小田東部、又は小田中部下車です。     あるいは、土浦駅から、筑波山口、又は下妻駅行きで、小田下車です。     小田城の本丸は正方形であり、周りを土塁が囲み、さらに堀が囲んでいます。堀は、障子堀     であったそうです。     1回目は、2015年4月に、つくば駅の観光案内所でレンタサイクルを借りて行きました。     この時は、公園にするため、工事中でして、中央部分が立ち入り禁止でした。中を覗いて     みると、そこには建物跡や低い土塁がありました。本丸以外にも南西の馬出と東曲輪が復元     されていて、馬出の土塁の上を歩けました。また、移築城門が近くの寺にあるので一緒に     訪れると良いでしょう。(龍勝寺の大門)
小田城
    2回目は、完成後の2019年6月に行きました。     まず、北虎口から本丸に入ります。北西隅には、土塁が何層にもなっていたという断面展示     がありました。そして、建物跡の平面展示、西池跡をみて、南西の虎口に向かいます。ここ     には、石積のレプリカがありました。     次に、南西の馬出を見学。土塁、木橋2つ、土橋があります。本丸に戻って、南東隅の涼台     (櫓台)に向かいます。そこには小田城址の石碑もありました。     そのあと、東池、四阿(あずまや)、井戸跡、暗渠跡、大溝と土塁を順に見学します。     東虎口では、土橋下に石積も復元されていました。写真が、東曲輪の石碑、そして後ろが     その土橋です。東曲輪の土塁に登ってから本丸に戻り、正面にある大きな説明板をみます。     最後に、北東隅の一段高くなった土塁の上から写真を撮り、散策を終えました。     近くの「小田城跡歴史ひろば」には、映像やジオラマ、パネルや出土品などがありました。     是非、あわせて訪れましょう。
「関城」 2019年3月に行きました。南北朝時代、南朝側の拠点でした。常総線の騰波ノ江 (とばのえ)駅から徒歩です。 まずは、八幡神社へ。神社の北側に土塁があり、うっすらと堀もありました。そして、坑道 跡へ。北朝側の高師冬(こうのもろふゆ)が、関城攻めのため、坑道を掘ったのですが、 崩落してしまい失敗に終わったそうです。 次に、神社の西側の南北方向に延びる高土塁を見学。その南にも断片的な土塁が点在します。 そして、それらの西側に、折れのある土塁と堀(写真)が綺麗に残っていました。
関城
この折れのある土塁から道沿いに北方向に行くと説明板があり、道沿いに南方向に行くと 城主・関宗祐の墓があります。墓のそばには、城址の石碑と説明板もありました。 そして、最後、さきほどの折れのある土塁よりも、さらに1本西側の道沿いにある堀と土塁 を見に行きました。ここは、低い土塁と高い土塁の間に空間があり、この空間は空堀なの かも知れません。
「大宝城」 2019年3月に行きました。常総線の大宝駅から徒歩です。南北朝時代には、南朝側の 拠点でした。 まずは、大宝八幡宮へ参拝します。関東最古の八幡宮らしいです!鳥居のそばに、大宝城跡 の説明板がありました。参拝を終え、拝殿の右側を入っていきます。すると、城主の下妻 政泰の石碑2つと「大宝城跡」看板があります。
大宝城
さらに、下っていくと「大宝城址土塁」という石碑があり、そこに2重土塁(写真)があり ます。さらには、その南に、笹藪でわかりにくいのですが、虎口があって、そこだけ土塁が 途切れています。 最後に、八幡宮から南に300メートル歩いた所に鳥居があるのですが、その左右にある 大きな土塁(高さ3メートル、長さ150メートル)を見学しました。土塁の一番東端には 祠がありました。
「久米城」 2018年11月に訪城しました。久米氏、山入氏、佐竹氏の城でした。 常陸太田駅からレンタサイクルを利用しました。(駅の観光物産協会で1日500円、電動 自転車、3台しかないので要予約)駅から自転車で50分でした。 駐車場には説明板、そして持帰り用の縄張図コピーがありました。(2枚しかなかったけど) 鹿島神社の鳥居をくぐって、急坂を登ります。東の城2郭と3郭間の堀切を通り、3郭を ちらっと見学後、V字谷へ。ここには、2つの垂直の崖、そして2重堀切がありました。 垂直の崖は、たぶん人工的に切岸を作ったというものです。 次に、西の城へ向かいます。1郭にはテレビ中継所があります。堀切を挟んで2郭。さらに 堀切を挟んで3郭です。3郭の北側には土塁があり、その上が散策路になっていました。 3郭の西にも堀切があり、ルートをはずれましたが行きました。 1郭まで戻ってきて、物見台へ行きます。ここからは山入城がみえました。さらに、結構 危険な道なのですが、北の出城に向かいます。途中には堀切が2つあり、さらに、出城の 北東にも堀切がありました。
久米城
西の城1郭まで戻って、土橋を通って東の城(本城)へ向かいます。まずは最大の堀切に! そして、本城の東の堀切経由で本城に登りました。本城には、「本城跡」の標柱(写真)が ありました。それから虎口を通って、東の城2郭まで降りて行きます。2郭には、鹿島神社 があり、参拝しました。 ここから、南の出城に向かいます。2つの堀切を抜け、三角形の郭に着きました。この郭の 東にも南にも2重堀切がありました。さらに南に進むと、南の出城手前の堀切があり、 そして、南の出城に到着しました。出城の東側には堀切。西に下りると土橋と綺麗にカーブ している横堀がありました。この横堀が素敵でした! 堀底道を進んでいくと、また2重堀切がありました。ここの堀切が私の中では久米城で 一番良かったです。さらに南に進んでいくと、土橋付き堀切があり、祠のある山の神郭へ 到着します。これにて、2時間の散策を終了。 久米城は順路案内がたくさんあったのがとても良かったのと、合計22もの堀切でお腹が 一杯になった城でした。
「山入城」 2018年11月に訪城しました。山入氏と佐竹氏の戦いが繰り広げられた城だそうです。 常陸太田駅からレンタサイクルを利用しました。城から駅までの下り坂で1時間くらい でしたので、登りはもう少しかかりますね。車だと、山頂近くまで登れてしまう城ですね。 なんで城だけのために、舗装した車道があるんだろ? さて、まず「鳥瞰図の案内板」があります。それを左に回り込むと土橋と竪堀が現れます。 ここが美しいので、城一番の見所かも知れません! そして、土橋を越えて右の道へ進みます。途中の各郭は藪なので見学出来ませんでしたが 主郭(写真)に到着出来ました。
山入城
主郭には説明板があり、また、北側に櫓台、そしてその上には祠がありました。祠の裏側 には、北の尾根の堀切がありました。その先には小さな堀切。さらに行けば、もう一つの 堀切もありました。 最初の土橋まで戻ってきまして、今度は左の道へ進みます。そこには、2つの南西尾根の 堀切がありました。散策時間としては50分くらいかかった山入城でした。
「小栗城」 2018年7月にTwitterフォロワーさん(小栗さん、じゅんこモンさん、ぷくちゃん)と 行きました。小栗判官でも有名な小栗氏の城です。 まずは、内外大神宮を見学。内宮本殿、外宮本殿、御遷殿が残ります。それから、小栗城に 登城します。石碑と説明板の所を通り、境堀を北上します。そこから右に曲がり、いくつか の郭を登っていきました。途中で鉄塔のある郭もあり、最後に本丸に到着しました。
小栗城
本丸(写真)には、東側に土塁が残り、また、櫓台のような土壇もありました。戻る際に 水源地(井戸)を見学。上下二段になっていたそうです。 そして、この小栗城の2キロくらい南には、御城(みじょう)といわれる城があったそうで 現在は水田などになって遺構は無いようですが、地元の方は小栗城と呼ぶそうです。そして この御城は、頼朝が立ち寄った八田館でもあったという調査結果が最近出たそうです。
「真壁城」     2015年4月に行きました。     最初の計画では、バスで筑波山口へ行き、そこからレンタサイクルで片道10kmでしたが     小田城にも行きたくなり、結局つくば駅から長距離(往復50〜60km)のサイクリング。     皆様にはオススメしません。     本丸には体育館が建っていて、石碑とパンフレット置場がありました。それから、三の郭の     櫓台、復元土塁、また鹿島神社奥の現存土塁、堀など広大な範囲をぐるっと回りました。    
真壁城
    写真のように復元土塁の上に植栽があるのは珍しいと思いましたが、史実に基づいている     のでしょうか。最後に、真壁伝承館(歴史資料館)で展示をみて帰りました。     お土産は、つくば駅で買った福来まんじゅうでした。     (おまけ)     2018年7月に雨引観音(雨引山楽法寺)に行きました。ここには、真壁城の大手門が     黒門(薬医門)として移築されていました。是非、訪れてみてください。
「土浦城」 常磐線の土浦駅から徒歩15分です。駅からバスも出ています。 1回目は、2013年7月に訪城しました。 二の丸、本丸は亀城公園になっています。太鼓櫓門、霞門、旧前川口門が現存しています。 また、東櫓と西櫓が復元されていて、東櫓は中に入れます。(写真は太鼓櫓門です) 近くに土浦市立博物館があり、城の絵図、ジオラマなどの展示があります。公園から少し 離れた所に藩校郁文館の正門があり、また、浄真寺の裏手に土塁が残っています。
土浦城
2回目は、2018年7月に訪城しました。今回は、東櫓でもらう続100名城スタンプが メインでした。まず、北側の水堀、霞門、東櫓を見学。櫓の中には、鯱や太鼓などの展示が あり、2階にも登れます。 本丸の土塁、狭間のある復元土塀、太鼓櫓門をみて、2の丸へ。西櫓や水堀をみて、一旦 博物館に入ります。中には、絵図、ジオラマ、小田氏の展示などがありました。 博物館を出た後は、シイの木、移築の旧前川口門をみました。前回気にしていなかった 2の丸の回りの土塁も良く残っていました。 帰る前に、前回と同じく、浄真寺の裏にある土塁、藩校の門をみてから駅に戻りました。 土浦は城下町(まちかど蔵、矢口家住宅、天ぷらほたて、大手門跡等)も良く残っている そうなので、そちらも是非!
「神宮寺城」     2018年4月に行きました。南北朝の戦いで、南朝方の北畠親房がいたこともある     城です。バスは、江戸崎と聖苑香澄を結ぶブルーバス、あるいは江戸崎と佐原を結ぶ     桜東バス(阿波経由)。いずれも神宮寺下車。(本数は少ないです)     入り口に説明板があります。入っていくと主郭への北側虎口(写真)です。主郭は     土塁と堀で囲まれ、南側にも虎口と土橋がありました。
神宮寺城
    土塁の北東隅には、「北畠親房が義を唱えた処」という石碑があります。主郭南側の     土塁や堀にはクランクがあるのですが、竹藪をこぐのが大変でした。     そして、主郭のまわりには、東と南の郭が残ります。東郭と南郭の間の堀、南郭の     東側の堀(少し浅い)を見学。東郭の東側の土塁をみて、散策を終えました。
「阿波崎城」     2018年4月に行きました。南北朝の戦いで、南朝方の北畠親房が、落城した     神宮寺城から移った城です。     江戸崎と佐原を結ぶ桜東バスで、中神下車。(本数は少ないです)そこから、徒歩で     30分。この城の主郭はゴルフ場になり跡形もないのですが、外丸が公園として整備     されています。その入り口に説明板があります。
阿波崎城
    はいっていくと、いかにも城っぽい凹凸のある地形が広がります。一番高い所には     城跡の碑(写真)が2つあり、近くにもう一つ説明板がありました。     その西側に神社があり、東側には堀と土塁のような地形。さらに、神社の南側に竪堀     のような地形もみられます。
「江戸崎城」     1回目は、2018年3月に訪城しました。土浦駅からバスで行きました。     (竜ヶ崎駅、佐原駅、ひたち野牛久駅などからもバスあり)江戸崎バス停から南に     進み、まずは本丸へ。城山稲荷になっていて、赤いお宮、そして、北側にわずか     ではありますが土塁がありました。
江戸崎城
    2の丸は鹿島神社になっています。神社の北側には、高さ3〜4メートルの土塁     (写真)が残っていました。これが一番の見所かなぁ。     3の丸は瑞祥院になっています。お寺の裏山が羅漢山。その上に五百羅漢があり     ますが、細い土橋状の通路、そして竪堀が残っていました。     2回目は2018年4月、バスの連絡待ちの時間を利用して行きました。前回     見損ねた本丸の南にある曲輪、そこにある説明板、かつての空堀跡(今は2mの     段差のみ)を見られました。
「木原城」     2018年3月に訪城しました。土浦駅から、江戸崎行きバス(西口1番)で行き     ました。木原バス停で下車。3郭は小学校です。2郭との間には土橋があり     両側に空堀、説明板、模擬の門もありました。     2郭と詰の城(主郭)の間にも土橋。その両側の空堀は大きく、深さが7メートル     はあるかも?
木原城
    詰の城は木原城址城山公園。土塁が一周回り、特に東側の土塁の上には真っ赤な     お宮があります。そして、矢倉風展望台(写真)からは、霞ヶ浦が一望出来ました。     そのあと、2郭北の水堀跡をみて、永厳寺に向かいます。お寺の裏の出丸経由で     アタックして2重堀に。最初、沼のようになっている南の方に行ってしまったため     「堀も土塁もこの程度かぁ」とちょっとガッカリしていたら、北の方は、深さ     5メートルの堀と、その間に高い土塁があり、凄いものを見せてもらいました。
「橋本城」     2018年2月に訪城しました。桜川市にあります。フォロワーさん(小栗さん、     じゅんこモンさん、ぷくちゃん)と車で行きました。     南朝方の拠点であった関東六城「中郡の城」の比定地の一つだそうです。爪黒神社     に車を置き、鳥居に向かって右手の道から登りはじめます。     途中、真っ直ぐ南に行く道と斜面をジグザグに登る道に分かれ、斜面を登る道を     選択。その結果、道がなくなり、最後は直登になりました。     帰りに、わかったのですが、真っ直ぐ南に進むのが正解で、緩やかなまま、城の     一番南の竪堀までたどり着けます。
橋本城
    直登の結果、主郭に到着しました。ここには真ん中に土檀(櫓台)があります。     そして、まずは北の方面に。結構急な切岸を降ります。そこには、土塁と堀切が     ありました。縄張図によると、もっと北にも郭が続いているようでしたが、日没     まで時間もなく断念。     再度、主郭に戻り、南の虎口を通り2郭へ。ここはぐるっと土塁で囲まれています。     そして、さらに南には幅の広い大堀切(写真)がありました。     なんとかここの堀切も越えて、一番南の土橋と竪堀がある所から下山しました。
「豊田城」     2017年9月に行きました。関東鉄道の石下駅から徒歩です。大きな模擬天守     (写真)があります。中は、常総市地域交流センターになっていて、一番上の     展望室からは外に出られます。     また、展示室には、豊田氏、小田氏関連の展示(小田城の絵図など)もありました。
豊田城
    模擬天守の周りには模擬櫓が、私が確認しただけで4つありました。そして、本来     の城跡もちゃんとあります。小貝川のほとりに2ヶ所、石碑や案内板が建っています。     (ひとつは土手の上、もうひとつは土手の下です)     また、お土産に、石下名物のだんごを春子屋さんで買いました。甘くて美味しい!
「石下城」     2017年9月に行きました。関東鉄道の石下駅から徒歩です。石下氏は、豊田氏     から分かれた家系だそうです。現在は八幡神社になっています。     
石下城
    神社正面に「たくさん説明が書いてある大きな石碑」(写真)があり、さらに、     向かって左手にも「石下城跡」と書かれた石碑がもうひとつありました。     遺構はL字型の土塁が残っています。神社の建物の西側と北側にあり、上にも登れ     ました。
「守谷城」     1回目は、2016年8月に弁天堂さんと行きました。     最初に、守谷小そばの近世守谷城の石碑、案内板、「平将門城跡の碑」を見学。     中世守谷城である守谷城址公園に着きました。御馬家台と本丸の間の堀は     大きいです。(写真)
守谷城
    本丸に登って、案内板、土橋で繋がった細い馬出、2つの土塁の間を下る船着場     への道を見学しました。     妙見曲輪も見学後、駐車場のところで最後に「土塁モニュメント」をみました。     調査不足で、枡形跡のある御馬家台への登り方がわからなかったのが残念でした。     帰ってきてから確認すると、御馬家台と本丸の間の堀から登る道があるようです。     2回目は、2017年9月に行きました。     前回見逃した以下の3ヶ所の遺構を見られたので大満足でした。     @小学校そばの説明板後ろの土塁。前回は車窓からだったので、説明板だけで     土塁を完全見逃し・・・。今回はしっかり登ってきました。     A御馬家台の桝形虎口。前回、御馬家台の登り口がわからず断念。今回は、     すんなり見つけ、桝形虎口の土塁を確認出来ました。     B本丸の桝形。(橋台とも言われています。)こちらも普通に本丸への道を登ると     見つからないのですが、脇の藪に突入すると、方形に土塁で囲まれた空間を確認     出来ました。
「鹿島城」     2017年9月に、じゅんこモンさん、橘さん、トオルさんと行きました。     本丸は公園になっています。まずは、城の東側の駐車場に車を停め、その付近の     説明板をみます。そして、東側の空堀を見学。深くて大きいです。     それから、反時計回りで、ぐるっと周り、城の西側の石碑と説明板2つをみました。     そこから、城の南側の堀をみたくて、うろうろしますが、なかなか入口がみつかり     ません。
鹿島城
    結局、また、城の東側の堀に戻って、今度は、堀底を時計回りにフェンス沿いに     進みます。すると、フェンス沿いに大きな土塁と空堀(写真)が!     そして、その先には水堀が引き込まれた「舟溜まり」とも思える所があります。     最後に、また公園内部に戻って、周りを囲む土塁の上を歩き、散策を終えました。     近くにある「塚原卜伝の像」、「鎌足神社」、鹿島氏の墓もある「根本寺」、     巨大な「鹿島神宮一之鳥居」にも行きました。
「林外城」     2017年9月に、じゅんこモンさん、橘さん、トオルさんと行きました。     「はやしとじょう」と読みます。近くの寺に車を置きました。途中、林中城も     ありましたが、こちらは立入禁止で断念。     林外城への道を進むと、まず、鳥居が現れます。そこには案内板がありました。     鳥居をくぐって進むと、1郭と2郭の間の堀に出ます。1郭北東の祠をみてから     2郭から見学開始。2郭東の虎口を出た所の井戸跡は、なんとなく凹みがある     程度しかわかりません。再度、2郭経由で、1、2郭と3郭を隔てる空堀(写真)     へ行きます。この堀が大きくて一番の見所です。
林外城
    それから、1郭の南西の土塁に登って祠を探しました。しかし、残念ながらすでに     崩壊していました。土塁の上を歩き、1郭を堪能し、それから3郭へ向かいました。     3郭の内部には、低い折れのある土塁で、区画が作られている所があります。     そして、3郭と外郭の間の堀へ。この堀と土塁は、折れを伴っています。また、     3郭東側の堀も同じく折れを伴い、ワクワクする感じ (^O^)/     最後に、3郭北の坂虎口を見学し、散策を終えました。
「塚原城」     2017年9月に、じゅんこモンさん、橘さん、トオルさんと行きました。     塚原館とも言います。剣豪の塚原卜伝も城主だったそうです。城に行く前に、     近くにある「卜伝の墓」を参拝しました。     そして、城なのですが、案内板は見つけたのですが、そこからの情報が少なく     なかなか辿り着けません。
塚原城
    やっと堀(写真)と土塁を見つけたのですが、どこの堀なのかが、いまいち     わからないまま、泣く泣く退散。     帰ってきてから再確認した結果、連郭式に並んでいる1、2、3郭まではたどり     着けていなくて、4郭の周りの堀だったことが判明しました。     城の中心部に行けていなかったので、消化不良で、悔しくて、いつの日か、     リベンジしたい気もしています。
「龍会城」     2017年9月に、じゅんこモンさん、橘さん、トオルさんと行きました。     「りゅうげじょう」と読みます。単郭で、土塁がぐるっと1周まわっている城     です。直径はだいたい200メートル。
龍会城
    そこを東西に道路が貫いているのですが、その東側の部分の道路脇にある土塁     (写真)に登ってみました。なかなかの高さでした。     昔は、標柱があったとのネットの情報がありましたが、現在は朽ちてどこかに     行ってしまったようです。
「栗橋城」     2017年8月に行きました。     古河公方の家臣の城だったのが、北条氏照の城になったそうです。東武線の     南栗橋駅から徒歩で30分です。コミュニティバスのごかりん号に乗ると、歩く     のが約半分になります。(本数は少ない)     まずは、松本家の入口に建つ案内板を見に行きます。最近、新しくなったようです。     そして、城攻めは、法宣寺の墓地の所からです。七曲りと呼ばれる堀が残って     います。墓地からの虎口に対し、南東側に、折れをともない、空堀から水堀に     変わる堀が!そして、虎口の北西側にも、これまた折れをともない、空堀(写真)     から水堀に変わる堀がありました。
栗橋城
    それから、その内側の曲輪を散策後、松本家のある曲輪への虎口(土橋)と、その     西側にあるコの字型になっている水堀を藪の中で確認。散策を終えました。     多少藪ではありましたが、遺構がよく残っており、十分に楽しめる城ですよ。
「高井城」     2017年6月に行きました。     関東鉄道の「ゆめみ野駅」から徒歩15分くらいの高井城址公園です。     まずは近くの妙見八幡宮を参拝。主郭は土塁で囲まれ、空堀も南側と東側に     みられます。土塁の南東の隅には櫓台跡が、また、主郭の南の虎口には     説明板がありました。(写真は、南の堀底から説明板をみたところ)
高井城
    主郭の西側にある「枡形状遺構」といわれる所2か所を見学しました。     主郭の北側の2郭もみようとしましたが、藪で堀がわかりませんでした。     さらには西側にある水堀跡、公園説明板、歌碑をみたあとで、主郭南にある     井戸郭を見学。なんとなく凹んでいる所を発見。     その後、3郭の櫓台を探しましたが、これもわかりにくかったです。     最後に、集宅地の中に残る「外郭の土塁跡」をみて散策を終えました。
「貝原塚城」     2017年6月に、ツイッターフォロワーさん(じゅんこモンさん、橘さん     トオルさん)と行きました。金剛院という寺院から北西に伸びている道を     すすみます。右側に空堀が現れたところが入口。朽ちた竹藪なので、竹を     くぐったり、跨いだりの大変な城攻め!(写真)
貝原塚城
    空堀の中を北東に進むと、右側に分岐する空堀があらわれます。さらに     北東に進むと「北西〜南東にかけて二重の空堀の間に土塁があるところ」に     出ます。思った以上に凄い遺構!!     そしてさらに進むと、今度は「空堀に囲まれた細長い郭があるところ」に     着きます。この辺りにて主要部分の散策を終えたので戻ることにしました。     藪で進めないので、見学に1時間半ほども要する凄い城でした。
「観音寺館」     2017年6月に、ツイッターフォロワーさん(じゅんこモンさん、橘さん     トオルさん)と行きました。城跡の前に「観音寺」を散策しました。素敵な     仁王門、屋根に特徴がある本堂がありました。そこから、寺の東にある遺構へ     進みます。
観音寺館
    一番の見どころは、L字型に折れた土塁、そしてそれに沿った空堀跡(写真)     です。空堀はだいぶ浅くなってしまっていました。土塁の南東の隅には祠が     ありました。さらに西側にも、土塁と思われる部分がありました。
「久野城」     2017年6月に、ツイッターフォロワーさん(じゅんこモンさん、橘さん     トオルさん)と行きました。     駐車スペースがなく、近くの延命寺に車を停めました。城跡に南東から入る道     を行くと、墓地のある主郭に着きます。墓のほとんどが城主の野口氏のご子孫     のものでした。主郭の北東には土塁があり、南西には空堀、そして、北西にも     土橋と空堀があります。北西の堀は、6月なので草が生え放題でわかりにくい     ものの、幅7m、深さ2mありました。土橋を越え3の郭に進みます。
久野城
    3の郭の北西側には2つの堀(写真)で囲まれた「馬出」があるとのこと     でした。この季節、ドクダミだらけでわかりにくかったのですが、「馬出」     部分の確認がなんとか出来て良かったです。(2郭には祠があるらしいのです     が未訪)     久野城の近くには、牛久大仏がありますので一緒に訪れてはどうでしょう?
「下小池城」     2017年6月に、ツイッターフォロワーさん(じゅんこモンさん、橘さん     トオルさん)と行きました。小池城址公園となっています。駐車場そばに     説明板がありました。南に歩くと、2郭の空堀、土塁に着きます。虎口は     食い違っています。     さらに南に歩いていくと、主郭へ入ります。主郭は、ぐるっと土塁と空堀で     囲まれていて、土塁の上を歩き散策できます。西側には虎口、北側には     折れ(写真)がありました。
下小池城
    そして、主郭東側には相横矢!土塁が、内側に凹んでいて、両側から横矢     を掛けられるようになっています。中世城郭で、相横矢を見た記憶がない     ので、思わず「すごーい!」と感動物でした。
「福田城」     2017年6月に、ツイッターフォロワーさん(じゅんこモンさん、橘さん     トオルさん)と行きました。     高照寺の所に、福田城跡であるとの説明板がありました。当初、説明板だけ     で遺構は無いかなぁ・・と思っていたのですが、「余湖さんの縄張図」を、     みてみると寺の北西に「コの字型」に堀と土塁が現存。
福田城
    さっそく行ってみることに。折れのある大きな堀が残っていて、おー!     すごい。特に、南西側の堀が素晴らしかったです。そして、北東側の土塁の     上には祠がありました。(写真)期待してなかったのに、大満足な城でした。
「額田城」     2016年8月に弁天堂さんと行きました。     額田地区交流センターに車を止めました。遊歩道が整備され、三郭     二郭、主郭と回れます。主郭の周りの堀は、普段も泥でドロドロだ     そうなのですが、雨だったのでさらにドロドロのようでした。(写真)
額田城
    主郭には土塁もあり、ぐるっと回りました。二郭で草刈りをしていた     ボランティアの方々に声をかけていただき、スイカを頂いてしまい     ました。
「石神城」     2016年8月に弁天堂さんと行きました。     石神城址公園になっているので整備されています。二の丸に案内板が     あり、土橋を渡った本丸は土塁に囲まれ、二重土塁になっている所     もあります。
石神城
    そして、本丸の東側に遠見城という一画があり、深い堀と土塁で     囲まれています。(写真は遠見城の堀です。)遠見城に行ける明確な     散策路はないのですが、本丸から堀を下って上りたどり着けました。     少し藪でしたが、土塁の上も歩けました。
「岡見城」     2016年8月に弁天堂さんと行きました。     まず、四角く土塁に囲まれた本殿に行きました。北側に堀跡があり、     北西部分に石碑(写真)があります。
岡見城
    本殿の東西には虎口のようなところがありましたが、中は藪で断念     しました。さらに、溜池を挟んだ西殿にもいってみたところ、西側の     土塁が大きくなかなかでした。
「小坂城」     2016年8月に弁天堂さんと行きました。     よく整備されており、駐車場、案内板(10か所程)があります。     三の曲輪、四の曲輪、二の曲輪、一の曲輪の順でみていきました。     堀がよく残っており、二重になっているところもあります。
小坂城
    一の曲輪(写真)は、残念ながら南側を道路工事で削られてしまって     いますが、土塁に囲まれていて、櫓台跡があります。
「牛久城」     2016年8月に弁天堂さんと行きました。     南側に駐車場があります。城に入っていくと、土塁で囲まれた腰郭     に出ました。まずは、本丸と二の丸の間の堀底にはいってみました。     凄く深い!!(写真は、本丸西側の堀)
牛久城
    そして、二の丸へ。二の丸の北東の隅にL字型の突き出た部分があり、     そこを歩いてみました。さらには、木戸口までいくと、牛久城案内板     がありました。戻って、本丸の入り口を探すと南西にありました。     本丸も見学して、一旦車に戻り、結構離れた大手門跡を目指します。     大手門跡には、石碑と説明板がありました。
「牛久陣屋」     2016年8月に弁天堂さんと行きました。     四角形の陣屋だったそうですが、今は陣屋の西側だけが「河童の碑」     がある公園として残っています。さらに、雲魚亭(小川芋銭記念館)     があり、土日は無料で入れるようでした。「河童の碑」案内石柱     (写真)の下が西側の土塁の遺構であるとネットで見た気がするの     ですが、さだかではありません。
牛久陣屋
    北東側に土塁と堀の遺構があるということですが、事前調査が不十分     でみられませんでした。残念です!
「東林寺城」     2016年8月に弁天堂さんと行きました。     連郭式の城です。最初に、一番南の1郭の堀と土塁を見学しました。     そして、「2郭と3郭の間の土塁、堀」をみにいこうと思いましたが     道がわからなくなってしまい東林寺の裏から再度登ることで確認でき     ました。虎口は食い違っていました。そして、「3郭と4郭の間の     土塁、堀」(写真)へ向かいました。
東林寺城
    写真ではわかりにくいですが、3郭と4郭の間の堀は深くて、土塁の     上には祠がありました。     「東林寺城跡五輪塔」(市文化財)が東林寺にあり、これもみどころ     です。
「古河城」     2016年6月に行きました。     古河駅から徒歩です。まずは、大手門跡、そして、獅子が崎土塁と堀跡。     土塁の前には、家老屋敷の長屋門があります。次に、坂長本店になっている     文庫蔵と乾蔵を見学。さらに、福法寺山門になっている二の丸の乾門も。     そして、古河歴史博物館の前にある諏訪曲輪の土塁と堀跡を見学。石碑は     2ヶ所にあります。博物館には、古河城のジオラマがあり、三重天守が     あったことがわかります。
古河城
    そして、渡良瀬川の河川敷、サイクリングロードのところにポツンとある     本丸跡の碑(写真)を見学。散策を終えました。
「古河公方館」     2016年6月に行きました。     古河城とセットで古河駅から徒歩です。現在は、古河総合公園の一部になって     います。水堀に囲まれたところに石碑と案内板(写真)があり、その後ろが     一の曲輪です。土橋と空堀、土塁がみられます。
古河公方館
    二の曲輪は民家園になっています。公園の北の方にあるハス池は、6月から     8月にハスの花が咲きますので、この時期に訪れてはどうでしょう。とても     綺麗でしたよー。
「結城城」     2016年6月に行きました。     結城合戦で有名な城です。結城駅から徒歩です。沢山の蔵づくりの建物や     お城風の白壁のある小学校を抜けて、たどり着いたのが城跡歴史公園に     なっている結城城の中心部(実城)。地形は高台になってて、案内板が     あり、北側のあじさい坂には綺麗に紫陽花が咲いてました。
結城城
    遺構としては、公園西側の「西館との間の堀跡」(写真)があり、ここには     案内板もあります。そして、公園から南に向かう道を進むと「中城との間の     堀跡と土橋」があります。ただし、こちらの堀跡はスゴい竹藪で写真が     上手く撮れませんでした。(>_<) 整備してほしいです!     
「小幡城」     2015年2月に訪城しました。常磐線の水戸駅か石岡駅からバス。     (本数が少ないです)バス停 新小幡から徒歩15分です。(途中、     高速道路を渡る出前に大手門跡がありますので、お見逃しなく)
小幡城
    約10mと深く迷路のような堀底道を進みます。途中、階段を上がると、     櫓跡があります。そして、土塁の間に少し凹んだ「変形武者走り」という     珍しい空間があります。また、主郭は、土塁で囲まれて井戸跡もあります。     今回、頑張って藪を抜けて、外郭に抜ける土橋の方まで足を延ばして     みました。地図を準備していかないと迷子になりそうな凄い中世城郭でした。
「逆井城」 2013年11月に訪れました。最寄り駅が無いのですが、宇都宮線     古河駅から大網行きバスで終点下車。そこから60分歩きました。     古河駅からレンタサイクルでも行けるそうです。戦国時代風の二重櫓が     あり、中に入れます。
逆井城
    また、井楼櫓が2ヵ所に建っており、こちらはぐらぐらして危険なので     現在は登れません。関宿城から移築された薬医門、堀ノ内大台城の主殿、     古河城書院の礎石もあります。蕎麦屋さんがあり、美味しいと評判らしい     ですけれど、当日は休みでした。残念!orz
「笠間城」 2013年7月に訪城しました。水戸線笠間駅から山麓まで徒歩 20分です。関東では珍しい石垣造りの山城で、本丸には八幡櫓跡が さらに一段上の天守曲輪には佐志能神社がありました。 東日本大震災の為に石垣が崩れてしまっている所があり痛々しかった です。 近くの真浄寺に八幡櫓が移築されています。(写真)
笠間城
また、2つの城門が民家の門としてですが移築現存していますので あわせて見学に行くと良いでしょう。

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