千葉県の城



        「佐貫城」

        2017年10月に行きました。
        佐貫町からバスで「牛房谷」下車 (200円)。バス停前に、大手門・櫓台の石垣が!
        (写真)これは、近世の遺構ですので、綺麗に積まれていました。説明板もあります。

佐貫城
見学後、三の丸を登っていき、一旦ルートをはずれて、二の丸と三の丸の間にある岩盤 空堀をみにいきました。それから、元の道まで戻って二の丸へ。本丸との間は土橋が 掛かっていました。堀は空堀だそうなのですが、雨の後なので水堀になってしまって いました。 本丸には土塁があり、物見台も2つありました。まず、西の物見へ。遠く山の中に 観音様がみえます。(あとから調べると、東京湾観音でした。)そして、東の物見も 見晴らしが良かったです。 それから、本丸を東に下って行きます。本丸の北東に空堀があり、その堀底道を搦手の 方に進みました。搦手虎口まで辿り着くと、そこには真里谷武田氏時代からの古い石垣 がみられました。丸い石で積んでありました。
「千葉城」 猪鼻城(亥鼻城)とも呼ばれています。千葉氏が、大椎城から移ってきたそうです。 本千葉駅から徒歩15分です。 1回目は、2005年2月にいきました。4層5階の模擬天守が建っています。 中は、郷土博物館とプラネタリウムがあり、博物館には鎧などが展示してあります。 (入館料:60円)また、5階の展望室からは外に出られ、遠くに石油コンビナート や東京湾がみえました。
千葉城
2回目は、2017年10月に行きました。前回は、ホントに模擬天守のみだった ので、今回は遺構も確認しました。 現在、神明社がある郭は物見だったと言われていて、「猪鼻城址」の碑がありました。 堀切を隔てた郭には、南東と南西に土塁が残っていました。ちゃんと気にしながら 散策すれば、遺構も見つけられますね。 そして、模擬天守の中は、千葉市立郷土博物館になっています。入場無料に変わりま した。千葉を中心とした合戦の歴史などが紹介され、なかなか充実していました。 (プラネタリウムは閉館) 最後、お茶の水という井戸跡(源頼朝や徳川家康が喉を潤したという伝承あり)を見学 し、散策を終えました。
「万木城(万喜城)」 2017年4月に行きました。 いすみ鉄道の国吉駅から城の麓まで25分でした。まず、上行寺の仁王門を見学。 北側から城山に登ります。二の郭(本丸)に模擬展望台(写真)があります。金色の鯱 でした。双眼鏡は無料です。
万木城
周りには、現在遊具のある馬出だったとされる郭、祠のある郭、井戸があります。 そして、一の郭である倉の台に登ります。降りてきて、搦手の小鳥の森遊歩道から 下ります。途中、右手に岩盤の大堀切がありました。さらに、あずま屋の奥の道なき 道を進むと、左手に堀切が!素敵でした。で、あずま屋まで戻り下山。最後に、 土岐氏の墓所、海雄寺の寝釈迦仏をみて、駅に戻りました。
「大多喜城」 いすみ鉄道の大多喜駅から徒歩20分の所にあります。本多忠勝も城主でした。 1回目は、2006年8月に行きました。 お城の中は、2階から4階まで千葉県立中央博物館の大多喜城分館(写真)になって いて、刀剣、鎧などが展示してありました。(入館料:200円)
大多喜城
帰りに、大多喜名物の「十万石最中」を買おうと思ったら、まだ、お昼の12時半 なのに既に売切れでした。人気がありすぎです。 2回目は、2017年4月に行きました。 駅からの途中、前回見忘れた、大多喜高校の中にある薬医門、大井戸を見学。 そこから本丸に登ります。真っ白な模擬天守。瓦は、本多氏と松平氏の2つの家紋 でした。4階には展望室があり、ジオラマも。本丸の土塁をみて、帰り道には鐘楼、 そして大手門跡(標柱しかない・・・)をみてから駅まで戻りました。 お土産は、前回買えなかった最中十万石を買えました。大量のあんこが入っており、 包み紙も城の絵図なので保存しました。 p.s.あとから知ったのですが、駐車場の奥からの道を10分くらい歩くと堀切が   残っているそうです。(比企下総さん情報)
「御茶屋御殿」 2017年3月に行きました。モノレールの千城台駅からバスか徒歩です。 私は、移築門を見たいので、おまごバス(コミュニティバス)に乗り、バス停八幡神社 で下車。宝泉寺の御茶屋御殿表門を見学しました。象の彫刻があるらしいのですが 良くわからなかったです。 そこから、徒歩で御茶屋御殿へ。家康の鷹狩場だったそうで、薬研堀と土塁で四角く 囲われています。
御茶屋御殿
堀底からの土塁の高さは4メートルくらい(写真)。土塁の上を歩いたり、堀底を 歩いたりと楽しめました。内部には井戸があり、北と南には虎口、土橋があります。 最後に、御茶屋御殿裏門が移築されている金光院に寄って、駅に戻りました。
「生実城(北小弓城)」 2017年3月に行きました。京成の学園前駅から徒歩です。 歩いていくと、まず、 大手門跡があります。お地蔵さまと石碑があり、後ろには土塁も残っています。 さらに行くと生実神社があり、その西側には大きな堀が!(写真)当時は薬研堀 だったそうですが、埋まって底が平らになってしまったらしいです。
生実城(北小弓城)
神社には、説明板、絵図が載っている石碑などがありました。さらに北西に行くと、 本丸跡があり、小さな公園になっています。ここにも説明板がありました。
「小弓城」 2017年3月に行きました。最寄り駅は京成の学園前駅ですが、私は生実城から 歩きました。 まず、埋蔵文化財調査センターの裏側の堀をみようとしましたが、柵で囲まれていて 遠くから凹みを確認するにとどまりました。 本丸跡は墓地になっており、石碑と説明板があります(写真)。
小弓城
そして、墓地の南西に土塁があるとのことで探し、高さ数十センチのこれかな?と いうものを見つけました。 最後に、八剱(やつるぎ)神社の西側の堀跡を見学。現在は道になっていますが 面影が残ります。
「本納城」 2016年9月に、フォロワーさん(じゅんこモンさん、橘さん、バンバンさん トオルさん)と行きました。 蓮福寺というお寺の裏にあります。蓮福寺には水堀跡があります。そして「抜穴」 の遺構もありました。本丸への登城路は、通常、女坂なのですが、これが、先日の 台風での倒木により通れず。直登となる男坂からなんとか登りました。切通しの ような登城道は「袋狭間」と呼ばれるそうです。
本納城
本丸には石碑(写真)がありました。本丸の一段下、北東側に伸びる郭の先端は 「狼煙台」だったようです。北西側に伸びる郭は藪で見学を断念しました。東の ほうにある右衛門郭も今回は行きませんでした。
「土気城」 2016年9月に、フォロワーさん(じゅんこモンさん、橘さん、バンバンさん トオルさん)と行きました。 726年、土気城の前身である貴船城(土気古城)が築城されたそうです。 善勝寺に車を止め、馬出曲輪から三郭へ向かいます。馬出曲輪と三郭の間には、堀と 土塁の上に貴船大明神があります。三郭には案内板があり、さらに二郭との間に堀が あります。二重堀だそうですが、藪で明確にはわかりませんでした。 二郭は、現在 老人ホーム「ひまわりの郷」になっています。高い土塁があり、なぜかその前に モアイ像が7体並んでいます。
土気城
「ひまわりの郷」の裏側(善勝寺曲輪)を見学し、いよいよ実城(本郭)へ。 石碑(写真)があり、また、二郭との間には、高い土塁と三日月型の堀があります。 最後に「クラン坂」と呼ばれる坂を見学。「やぐら」と呼ばれる穴(中世の横穴墓) があいています。
「善勝寺城」 2016年9月に、フォロワーさん(じゅんこモンさん、橘さん、バンバンさん トオルさん)と行きました。 土気城の出城ということです。善勝寺というお寺の山門をくぐり、石段を登ると 本堂があり、その隣にある墓地との間に土塁状の地形(写真)がありました。
善勝寺城
善勝寺城の中心部は、この寺から南に200〜300m行ったところで、墓地の 向こう側の農地(?)の奥の森の中だそうなので、写真の土塁状の地形が遺構で あるのかは定かではありませんが、外郭の遺構であると信じましょう。
「大椎城」 2016年9月に、フォロワーさん(じゅんこモンさん、橘さん、バンバンさん トオルさん)と行きました。 千葉市のチバリーヒルズと呼ばれた高級住宅街「ワンハンドレッドヒルズ 」の 南側の山にあります。西から東に、T、U、V、Wの4郭からなる連郭式の城で、 それぞれの間に堀があります。 登城口はお城の北西にあり、そこに案内板もあります。比較的整備された散策路を 進みましたが、途中から道なき道を直登し、T郭とU郭の間の堀に出ました。 そこに、石碑(写真)があります。T郭は広く、その西側には低い土塁の痕跡が ありました。
大椎城
T郭の見学を終え、U郭の南側を通る散策路をすすみます。途中、U郭に登って みましたが完全な藪でした。 U郭とV郭の間の堀は、クランクがあり見事です。そして、最後、V郭の南側の 道を通り、V郭とW郭の間の堀へ。こちらは竹藪でしたが、こちらもクランクが あることを確認出来ました。 大椎城、期待以上に遺構が残っており、オススメ出来る城でした。
「松ヶ崎城」 2016年4月にTwitterフォロワーさん(じゅんこモンさん、ふみさん、トオル さん、あいこさん)と車で行きました。 本曲輪を囲むように土塁と堀(写真)があり、西側虎口は喰い違いになっています。
松ヶ崎城
さらに、南側の曲輪にも土塁がありました。物見台は元・古墳だったそうで、その そばに門跡がありました。また、南側の曲輪のさらに南には腰曲輪があり、そこを 歩いていくと井戸跡がありました。
「根戸城」 2016年4月にTwitterフォロワーさん(じゅんこモンさん、ふみさん、トオル さん、あいこさん)と車で行きました。 まずは2郭の堀、そして土塁を確認しました。2郭から1郭へは土橋があります。 そこから、堀底道に降りて時計回りに回ります。北西、そして北東の隅に 「落とし穴遺構」という凹んだ地形があり(写真は北東の隅)1郭の東側には 眺めの良い櫓台があります。
根戸城
1郭には南側の虎口からはいり、1郭を囲む土塁の上をぐるっと歩きました。 1郭の南西には横矢をかけられるように土塁が少し出っ張っていますのでお見逃し なく。そして、説明板は城跡の東側の道路にあり、少し離れています。
「増尾城」 増尾城址公園になっている中世城郭です。野田線の増尾駅から徒歩20分です。 主郭と副郭からなり、副郭の南西には櫓台があります。 1回目は、2015年1月に訪れました。高い土塁で囲まれており、土塁の上を 歩けます。写真は、副郭にある説明板です。こじんまりしていますが、虎口など 遺構が良く残っておりなかなかの城でした。
増尾城
2回目は、2016年4月にTwitterフォロワーさん(じゅんこモンさん、ふみさん トオルさん、あいこさん)と車で行きました。 今回は、前回みつけられなかった地形をみつけられました。縄張図で、北側の 土塁の外に3箇所、西側の土塁の外に2箇所描かれている「四角い高まり」です。 みつけられたのはいいのですが、これが何のための場所なのかよくわかりません。
「前ヶ崎城」 2016年4月にTwitterフォロワーさん(じゅんこモンさん、ふみさん、トオル さん、あいこさん)と車で行きました。 まずは、公園になっている1郭への階段を登ります。1郭は東側と南側が土塁で 囲まれており(写真)、なかでも南西の櫓台跡はよく残っていました。
前ヶ崎城
南側に降りていくと1郭と2郭の間の堀がありますが、現在は建物が建っており よくみえませんでした。そして、折角なので、住宅地になっている2郭と3郭も 散策しました。ほとんど遺構はないのですが、地形としては2郭と3郭の間の堀 (現在は道路)、そして3郭南の堀の面影が残っていました。
「花輪城」 2016年4月にTwitterフォロワーさん(じゅんこモンさん、ふみさん、トオル さん、あいこさん)と車で行きました。 公園になっています。良く残っているのは土橋と空堀の跡(写真)であり、その そばに説明板があります。また、琵琶首観音堂の跡(礎石)も、すぐそばに ありました。
花輪城
帰りに近くの「浅間神社の富士塚」と「新選組の流山陣跡」にも寄りました。
「造海城」 2016年3月にTwitterのフォロワーさん(じゅんこモンさん、トオル さん、バンバンさん)と車で行きました。大手口の燈籠坂大師から登りはじめ、 まずは4郭から北に延びる長細い郭を見学。眼下に井戸がみえました。 次に、横堀といわれるところを通ろうとしましたが水びたしで無理だったので、 1段下の郭経由で水堀とその周辺の石垣、切通しといわれる虎口を見学。 そこで、一旦戻って、次に4郭、3郭、2郭を順に見学。4郭は藪こぎですが、 「くの字状の土塁」を確認しました。3郭は広く、2郭の東側には岩盤堀切。 先人たちによるロープがありましたので降りられました。ここまでで引き返し、 今度は西側の郭を攻めます。こちらも石積が随所にあり、虎口も両側が岩盤で 素晴らしい。
造海城
一番下の砲台跡がある郭は降りるのが大変でしたが、砲台跡の凸が5つ並ぶのを 確認できました。(写真)
「峰上城」 2016年3月にTwitterのフォロワーさん(じゅんこモンさん、トオル さん、バンバンさん)と車で行きました。 車は峰上支所の駐車場に止めました。登山口がわかりにくいので事前に調べると いいでしょう。登山口に行く途中に「唯一の案内板」がありました。 登っていくと、いくつかの堀切があり、民家があるところを通ります。 さらに何段か登っていくと本城(1郭)の一番南に環神社があります。その 南が、一番の見どころの「七つ堀切」なのですが、神社からは絶壁過ぎて 降りるところをみつけられず、一旦引き返しました。そして、本城の東側から 滑り落ちながら必死に降り、回り込む形で「七つ堀切」へ向かいます。 途中、七つ堀切の北東に、石積や垂直な岩盤を発見!!くの字型に折れていて 巨大でした。(ウモさんのサイトによると搦手の坂入虎口となっています)
峰上城
そして「七つ堀切」に到着し、1つ、2つと数えながら進みます。そして、 6つ目を終えたところで「あれ?7つ目がない!」。戻ってみると、東側から 回り込んだため、1つ目の堀切を見忘れていたのでした。(^^;  (写真は2つ目の堀切です) 最後に殿井戸を見学。尾崎曲輪もみたかったのです が、夕方になってしまったので散策を終了しました。
「秋元城」 2016年1月に訪れました。小糸城とも呼ばれています。 今回は、城好きさん4人(じゅんこモンさん、トオルさん、橘さん、WOLFさん) と車で行きましたが、君津駅からバスがあるようです。車の場合、道路の向かい 側に駐車場があり、たまたま通りがかった駐車場の隣の家のおじさまから 「秋元城跡」のパンフレットを頂けました。ラッキー! 根古屋から登っていくと、いくつかの虎口を通り、まずは広い空間である千畳 に着きました。そこから、西向三段と呼ばれるところにいきました。そこには 御殿があったと推定されています。
秋元城
そこから、土橋を渡り堀切を2つ見学。そのあと、横堀をみに行きました。この 横堀は、降りるのにロープを使わないといけません。横堀には、高さ1m以上も ある畝〔障壁〕(写真)が残っており、よじ登るのも大変なほどで感動もので した。帰り道に、八幡社のある郭と稲荷社のある郭をみてから下山しました。
「千本城」 2016年1月に訪れました。 今回は、城好きさん4人(じゅんこモンさん、トオルさん、橘さん、WOLFさん) と車で行きましたが、上総松丘駅から徒歩です。 登り口から少し行くと左右に分かれ、男坂と女坂になっていますが、女坂は荒れ 放題のようで、まずは男坂から登ります。登ったところが主郭にある北野神社で 参拝をしました。そこからが道なき道。神社の裏から「用替」と呼ばれる地区に 入ったものの、わかりやすい縄張りが準備できなかったこともあり、現在地が 分からず迷子になりそうになりました。
千本城
そこからなんとか抜け出ることができて、くの字型の土塁のある郭に辿り着き さらに鉄塔を目指すことで、城の中でも最大規模の高さ3mくらいの大土塁に 着きました。土塁の上を歩いた後、日没も近づいたので、そこで引き返し 神社経由で一旦男坂を下りました。 そして、荒れ放題になっている女坂を上っていくと目の前に、城最大規模の 大堀切がどーんと!!(写真)ここは、土壌が岩盤のように固いからなのか、 本当に崖が切り立っている深さ10m以上の迫力ある素晴らしい堀切でした。
「久留里城」 戦国時代は真里谷武田氏、里見氏、その後は、大須賀氏、土屋氏、黒田氏の 居城でした。 1回目は2005年2月に訪れました。 久留里駅から徒歩で30分。途中から高低差100mの急坂となっているため へとへとになりました。再建された天守は2層3階であり、山の上なので 眺めは抜群でした。
久留里城
その隣りには、天守台跡があり、また、本丸まで登る間に、いくつかの曲輪、 堀切、井戸が残っており、見応えがありました。2の丸には城址資料館があり 入館無料でした。 注:久留里線は本数が少ない為、事前に時刻を調べておきましょう。 電車の代わりに、高速バスを使う方法もあるようです。 (東京駅、千葉駅などから) 2回目は2016年1月にフォロワーさん(じゅんこモンさん、トオルさん、 橘さん、WOLFさん)と訪れました。 日没ギリギリに寄りましたので、後半真っ暗な中での見学でした。堀切、長屋塀 男井戸・女井戸などを見学しながら本丸へ。到着した頃には、ほぼ真っ暗。 その中で、フラッシュによってなんとか模擬天守と天守台跡を撮影出来ました。 帰り道、真っ暗な中で、ぼっとしてたら、側溝にはまり、手を擦りむき、 また、肩をひねってしまいました。やはり日没後の登城は危険を伴います・・・。
「真里谷城」 2015年11月に訪城しました。 城好きさん3人(じゅんこモンさん、トオルさん、橘さん)と車で行きましたが、 電車だとなかなか近くの駅がないですね。 上総武田氏が築城し、真里谷氏の城です。現在は、少年自然の家(キャンプ場) になってます。 まず、3の郭を散策。その後、2の郭の堀や土塁、虎口と思われるところを散策。 次に、城山神社のある郭へ行き、社殿の後ろにある大きな土塁に登りました。 (写真)
真里谷城
さらには、本郭(千畳敷)へ。虎口は蔀土塁のようになっていました。また、 本郭の周りは高い土塁で囲まれ、土塁に登ると幅も広く圧巻でした。 お昼は、ごんちゃんというお店でラーメンライス(600円)を頂きました。
「真里谷要害城」 2015年11月に訪城しました。 今回は3人(じゅんこモンさん、トオルさん、橘さん)と車で行きましたが、 電車の場合、最寄りは馬来田駅です。秋葉神社の裏から登ります。 ここが4の郭。いきなり深い堀があります。なんとか降りますが、朽ちた竹藪 が行く手を遮ります。登ったところが3の郭。さらに進めば、また深い堀。 降りて登って2の郭。そして本郭と2の郭の間にも巨大な堀。(写真) 甲府の熊城も凄い堀でしたが、この城は何度も堀とバンブー地獄が続きます。
真里谷要害城
やっとのことで本郭に到着。本郭には一段低くなっているところ、そして虎口の ような竪堀のようなところがありました。 さらに北に向けて、いくつかの郭を抜け行軍。巨大な三重三日月堀に到着しました。 あまりに巨大な為、三日月堀の全容がわからないくらいで、圧倒される見事な遺構 でした。 さて、ここから戻らないといけないのですが、日没が近づき大急ぎです。 必死で堀を登り降りし、最後は暗い中、遭難しそうになりながら、スマホのGPS 機能を駆使して秋葉神社にたどり着けました。 マイナーなお城でありながら、巨大な遺構が残る真里谷要害城。見るのに3時間半 もかかるので、日没までに戻れる時間に登り始めましょう。
「国府台城」 2015年9月に訪城しました。「こうのだい」と読みます。 現在は里見公園になっており、京成の国府台駅から徒歩またはバスです。 今回は、川沿いを歩いていきました。公園に到着して、まず、羅漢の井戸を みました。続いて、時期は終わってしまいましたがローズガーデンのバラを みつつ、「夜泣き石」(心霊スポット?)と「里見軍将士亡霊の碑」を見学。 ちょっと場所がわかりにくかったです。 また、江戸川の向こうにスカイツリーがみえるので写真を撮りつつ、二重土塁 の方へ。途中の円形の大きな土塁が「物見の松」といって、櫓の跡だったよう です。
国府台城
それから、二重土塁とその間の空堀を散策しました。(写真) 土塁は、後世に 作られた石垣などで大きく改変されているため、どこまでが遺構なのかわかり にくいのですが・・・。 土塁の上に「明戸古墳石棺」というのがあります。城内の土塁を作る際に 古墳跡を盛り土代わりに利用した為に、この石棺は江戸時代からすでに出土 してしまっていたとの説明でした。 雨模様で早朝だったこともあり、公園には、私以外にバードウォッチングの おじ様方しかいませんでしたが、国府台合戦の舞台として歴史に残るお城を 楽しく散策できました。
「根木内城」 2015年9月に訪城しました。「ねぎうち」と読みます。千葉氏の重臣で ある高城氏のお城だそうです。常磐線の北小金駅から徒歩です。 元々は6つの郭と馬出からなる城でしたが、国道6号線や宅地化により 現在はお城の1/3しか残っていません。それでも、残った部分は根木内 歴史公園となっています。 公園の入り口(大手道)からいきなり空堀(深さ約4m)に掛かる土橋が 現れます。そして土橋を渡ると土塁(高さ約2m)があり、郭に入ります。 この郭の北側にも、堀底道と土塁(隣の北側の郭のもの)があるのですが、 この北側の郭の内部を眺められるように、土塁上の展望台への階段が設置 されているので、お見逃しなく!
根木内城
その後、堀底道を歩いていくと、堀底の両側に郭と土塁がある空間があり ワクワクしてきます。一旦、城の外の湿地帯に出ると、家族連れがザリガニ 釣りを楽しんでいました。 最後に、空堀の堀底から最初に渡った土橋の 写真を撮って、散策を終えました。 当時よりも面積は縮小されてしまいましたが、それでも良く堀と土橋、土塁 が残っている城でした。
「小金城」 2015年9月に訪城しました。別名を大谷口城とも言うそうです。 根木内城と同じく千葉氏の重臣・高城氏のお城です。流山電鉄の小金城跡駅 または常磐線の北小金駅から徒歩です。 元々は、10以上の郭からなる広大な城だったそうなのですが、その ほとんどは宅地になってしまっています。その中で、今も残っているのは 「達磨口跡」と「大谷口歴史公園」(金杉口跡)の2か所だけです。 まず「達磨口跡」を訪ねました。土塁が両側に残っており、ここが虎口だった のかなという感じでした。 次に「大谷口歴史公園」。こちらには、土塁、畝堀、障子堀の跡、冠木門 (模擬)がありました。畝堀(写真)は、発掘後、軽く埋め戻されたようで 2000年頃のネット上の写真を見るとまだ良く残っているのですが その後、風化したのか、現在ではわずかな凸凹があるのみで残念な状態でした。
小金城
もう一方の障子堀は、発掘調査で約2mもの高さの間仕切りが見つかったよう ですが、完全に埋め戻されてしまったようで、現在は全くわからない状況で 説明板の「発掘時写真」でのみ障子が確認できました。 それでも、当時の畝堀、障子堀を想像しながら楽しめるお城でした。
「臼井城」 2015年1月に訪れました。京成臼井駅から徒歩15分です。本丸と 二の丸からなり、間の堀を土橋で繋いでいます(写真手前が二の丸)。
臼井城
二の丸の周りの深い堀が凄かったです。土塁は、低くなってしまっては いますが、本丸にも二の丸にもあります。本丸からは印旛沼が望めました。 中世城郭ですが、本丸の北側に石垣が残っている所もありました。 近くに、臼井城を攻め討ち死にした太田図書の墓もあり、また、支城の ひとつ、臼井田宿内砦にも行ってみました。
「師戸城」 2015年1月に訪れました。京成臼井駅からバスです。 現在は、印旛沼公園になっています。臼井城の支城で、印旛沼を挟んで 臼井城と向かい合う位置にあります。
師戸城
縄張は、本丸、二の丸、三の丸、道場台からなり、それぞれの間の堀は 深く、土塁も登れない程の高さがあり圧倒されます(写真は本丸と三の丸 の間の堀)。展望台から印旛沼が眺められ、堀底道も楽しめます。
「館山城」(千葉県) 館山駅からバスで5分で、城山公園になっています。 1回目は、1992年に海水浴のついでに訪れました。小さい城だった という印象しかありませんでした。 2回目は、2014年5月に訪れました。天守までは急な坂道で、天守は 丸岡城をモデルにした模擬天守です。中は館山市立博物館分館になって おり、南総里見八犬伝の資料がたくさんありました。見晴らしも良く 館山湾が一望できます。
館山城
その後、博物館本館を見学、また、今回は行かなかったのですが、城山 公園内には、白い孔雀もいる孔雀園があるそうです。 最後に遺構として残っている「鹿島堀」を見に行きました。当初行く予定 なかったのですが、天守の入口に「館山城跡の痕跡を探す地図」なる印刷物 があり、地図を頼りに歩きました。 お土産は、お城の前から日東バスに乗り、道の駅・枇杷倶楽部に行くと 色々あります。(枇杷カレー、枇杷ゼリー、枇杷飲料など)
「本佐倉城」(千葉県) 2014年1月に訪れました。京成線の大佐倉駅から徒歩10分です。 一つの山が、城山、奥ノ山、セッテイ等の郭に分かれていて、城山には 主殿、会所などの建物や櫓があったそうです。
本佐倉城
写真は、東山馬場にある「千葉氏の家紋の盾」が並んでいるところ。 残念なことに、盾のいくつかが倒れてしまっていますが・・。 酒々井町のサイトにある散策マップを利用し、番号順に散策したのですが、 一番良かったのは、高低差が16mもある見事なセッテイ空堀でした。
「関宿城」(千葉県) 2013年10月に訪城しました。川間駅か東武動物公園駅からバスです。 まず、川間駅からのバスで民家に移築されている埋門に行きました。 そこから、関宿城博物館までてくてくと歩きました。
関宿城
模擬天守ではありますが、平成7年に出来た白く美しい天守があります。 中の展示は、川に関するもの。関宿は、利根川と江戸川の分岐点です。 4階の展望室からは富士山とスカイツリーがみえました。 最後に、石碑のある本丸跡、堀跡、関所跡をまわってから帰りました。     (お土産は、お城の前の売店で売ってた関宿城まんじゅう!)
「佐倉城」(千葉県) 2011年6月に訪城しました。京成佐倉駅から徒歩15分です。 現在は佐倉城址公園になっており、天守跡、櫓跡、角馬出し空堀(復元) 出丸跡、土塁等があります。
佐倉城
出丸跡には、ひっそりと移築門が建っていました。 (あまりにも目立たなくて、誰もみにきていなかった・・・) 公園内に国立歴史民俗博物館があるのでそちらにも行ったのですが、 展示量が膨大なので、さっとみただけでも2時間かかりました。

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