「紙上生講義」憲法開講にあたって

●紙上生講義とは

 こんにちは、本講座の担当講師の柴田孝之です。幸いにも民法で好評を博した紙上生講義が、憲法版として帰ってきました。

 とはいっても、紙上生講義という言葉が聞き慣れないという人がいるでしょう。これは入門民法での開講にあたって、説明しましたが、ここでも簡単に説明します。

 兼ねてから、法律学の説明には、口頭による説明と書面による説明の両方を組み合わせることはできないかと考えてきました。というのも、口頭による説明は、直感的に理解しなければならないことの理解に優れています。また印象が新鮮で、分かりやすいという利点があります。本だけで勉強していると、実感がつかみにくいとか、印象に残りにくく、何度勉強しても、右から左へと知識が流れていくということになりかねません。

 口頭による説明は、特に初心者の人で、まだ法学という新しい世界に慣れていない人に、その内容を解説するのに非常に適した指導方法だと思います。

 しかし、口で説明したことは、このポイントを記録に残しておくことが難しく、説明を聞いたことも、後で考え直してみると何だったかな?ということになることが多いといえます。また、論理的に込み入ったことを説明するには、どうしても説明を順々に積み重ねていかなければなりません。そうすると、最後の点を説明する時には、最初に説明したことを、聞いている人が忘れているという困ったことになります。

 口頭による説明をテープやMDに記録しておくという方法もあります。しかし、これは頭出しが大変だし、ちょっとちょっと流し読みすれば復習できることをいちいち口で発音したものを聞くとなると、どうしても時間がかかってしまいます。説明したことを復習をするときにも、書面の方が便利だということになるでしょう。

 このように見てくると、口頭による説明と書面による説明は、どちらも一長一短でこれを組み合わせていかなければならないということになるでしょう。この両者の長所を兼ね備えた講義はできないだろうか。そう考えた結果が形になったのが紙上生講義であるということになります。

 会話口調で説明した上に、普通の憲法の概説書では絶対に出てこないような、くだけた具体例もいれました。文字を二色にしたり、挿し絵のような図をたくさん挿入することで印象を強くつけるように努力しました。

 一方で検索性を高めるために、小見出しをたくさんつけ、ポイントをつけ、目次の他に索引もつけています。

 これらの工夫によって、自分ではねらいはある程度達成できているんじゃないか。だから、民法講義も支持していただいたのではないかと考えています。

 

●講義内容の特徴

 説明の形式を工夫しても、内容が従来のものと変わらないならば、魅力は半減してしまいます。内容にも一工夫、二工夫しなければ、世に憲法講義を送り出す価値はありません。

 特に気をつけた点は、二つあります。一つは、丁寧に説明することです。専門用語が出てきたときには、分かりやすい言葉で言い換えました。少々の重なりはおそれず何度も説明することで、調べる手間を省くと同時に、くり返し学習が自然とできるようにしてあります。したがって、知識も定着しやすくなっているはずです。これは講義による説明の特徴を導入したものです。

 さらに、これは強調したいのですが、普通の本では当たり前のようにして飛ばしている難しい論理があります。どの参考書をみても同じような説明をしていない部分というものがあるものです。普通の受験指導者は、そういうものを自分の言葉で言い換えたりしません。自分で考えた具体例をあげたりするのにも躊躇します。

 それは、教えるその人も自分の教える内容が正しいか自身が持てないからです。しかし、そのように教える方に自身がなければ教えられる方も、自分の理解で本当に正しいのか不安に思うでしょう。予備校講師の重大な仕事のうちの一つに、受験生の不安感を取るというものがあります。そこで、普通の講師がごまかしたり、避けて通ったりするような箇所も、おそれずに説明を試みています。だから、他の説明ではどうもしっくりこないということについて、本講義を見れば疑問が解決するかもしれません。

 もう一つ重要なのは、憲法を本格的に勉強するために最初に学ばなければならないことを中心に教えたことです。最初に学ぶことというのを単に簡単なことであるといえば、そうではありません。小学校・中学校での勉強では、頭の発達の度合いの関係で、簡単なことから順番に勉強したと思いましたが、大人が勉強をするときには、必ずしもそういう順序が効率がよいとはいえません。

 確かに、憲法の説明を読んで理解できるようになるためには、基本的な専門用語とか、条文に書いてある内容などをしっかり知らなければなりません。しかし、このような知識を暗記し、理解するというのが初学者が勉強すべきすべてではありません。

 憲法という法を使って事件を解決するとか、憲法上の問題点=論点を検討するという場合には、いくつかの思考パターンがあります。この思考パターンを知っていると、本講義の説明の理解が進み、私も講義をしやすいというだけでなく、未知の論点を勉強する時の理解する速度が速まります。また、試験で未知の論点が問われたときも、ある程度の対応ができ、手も足も出ないということがなくなります。例えば、統治の問題で、二つの問題が出てくる場合は、たいていが民主主義的な視点と自由主義的な視点の二つから検討したものだ、などです。

 このようにして、本講義は憲法を学問として理解したい人が、その後スムーズに勉強が進むような工夫をしてあります。

 

●試験対策のために

 受験生の傾向として、暗記したもの、自分にとって見たことがあるものしか問題が解けないという人が非常に多いように思います。この原因の一つは、基本的な思考パターンとか、考え方について、丁寧な説明を受けていないからです。これを自力で発見するのは大変だと思います。このような情報について、本講義では、紙面の許す限り公開して、能力アップができるように工夫してあります。

 また、本講義は受験対策のための講義です。学問として学ぶ憲法と試験に出題されるものとが、根本的な違いがあるわけではありません。しかし、問題に答えるには、単に教師による説明を聞いて理解できればそれだけで済むというものではありません。どうしても、試験問題に答えるために知っておくとよい作法とか、出題形式ごとの対応の仕方というものがあります。憲法が苦手な人というのは、必ずしも学問としての憲法が苦手だとは限りません。試験問題への答え方が分からないという人が少なからずいます。本講義はそういう人が憲法の問題が解けるようになるためのヒントにもたくさん触れてあります。

 例えば、論文を書くときの発想方法、よく正誤の判定をさせられる選択肢の紹介を、解説の中に織り込んであります。また、誤った理解によって不正解を導いてしまわないように、受験生の人にありがちな誤解を取り上げて、それがなぜ誤っているのかを解説しました。さらに、ポイントでは、特に試験問題を解く時に、誤解して理解したおかげで誤った答えを導いてしまわないための盲点をついたものがなるべくたくさんはいるようにしました。

 このように、試験に強くなるための工夫もたくさん入れてあるのが本講義です。

 

●本講義の対象

 本講義はタイトルを入門生講義としていますが、憲法をはじめて学ぶ人だけを対象としているのではありません。これまで本を読んだり、他の講義を聴いたがどうも憲法が分からない、見えてこないという人のために書きました。試験の受験経験がある人でも、ある一定以上に点数が伸びない、カベが突き破れないという人にとってのヒントを説明の中にたくさん入れてあるということは、本講義に私が施した工夫からうかがえるはずです。

 もちろん、はじめて学ぶ人も、最初から本講義による説明を受ければ、悩みを最小限にして勉強を進めることができるはずです。

 

●憲法の勉強の仕方

 開講前の予講として、少し憲法の勉強の仕方について触れておきたいと思います。まず、憲法も国法=日本で通用している法の一つです。これを勉強するには、どんな法にも共通する法律の構造などの知識が必要です。

 あまりにも当たり前だからか、憲法に限らないで、民法の概説書でも刑法の概説書でも、およそ法とは何かという点の説明が全くありません。法学入門という本がありますが、とりあえず勉強するにあたっては不要な知識がたくさん書いてあり、そのような部分ばかりが目にはいるので勉強をする気がしないということになってしまいます。

 しかし、すべての法に共通する知識を知らないと、憲法も民法も刑法も、およそ全ての法律科目における説明が理解できない箇所が多々あるのです。そこで、憲法を学ぶ前に「およそ法学」という部分についての勉強を絶対にしてほしいのです。

 また、憲法は普通の法律でいう実体法にあたる部分と、訴訟をするための訴訟法に関する説明の両方をいっぺんに扱います。その理由は、民事法に関する民事訴訟法、刑事法に対応する刑事訴訟法など、訴訟法にあたる憲法訴訟法が存在しないからです。

 憲法の説明の中で扱う訴訟に関する事項は、他の訴訟法の応用です。そのため、訴訟の基礎的な知識を知らなければ、憲法の完全理解はできません

 生講義 入門民法1の予講 法学入門の入門は必読です。これを知らずには、憲法はおろかどの法律科目も勉強できません。お金が勿体ないという人は、立ち読みでも構いません。たったの19ページなので必ず読んでください。

 

●他の法律との関係

 本来、うるさいことをいえば、憲法の勉強は、民法・刑法、民事訴訟法を勉強した後に学ぶのが効果的です。というのは、憲法というのは、民事事件・刑事事件の中で扱われることが多いからです。特に憲法の判例の意味を理解するには、先に民法や刑法を知らなければ分からないこともたくさんあります。

 そこで、本講義がはじめて試みている点として、民法で学んだ知識を憲法の理解に応用するというものがあります。他の本や説明では、民法や刑法は他の科目だという意識が強すぎて、憲法の理解を深めるのに有効な手段を捨ててしまっています。

 もちろん、民法の知識を知らなくても、民法講義を読まなくても、きちんと憲法講義の理解ができるように作ってあります。本講義の中で適宜参照ページをあげているのは、参照ページを読めというのではありません。憲法の知識の理解のどこに民法の理解が役立つかを明確にするためです。民法を復習したくなった部分だけ、自由に参照すればよいし、一つも参照しなくてもよいと考えています。

 最後に、世間一般では、なんだか憲法がすごく感動的なもので、宗教のようにすばらしい内容が規定されているとかそういうことをいう講義もあります。しかし、正しくは憲法というのは、そんなすごいものではなく、もっとみなさんにとって、すっと受け入れられる、意外と常識的なものなのです。

 憲法を学ぶことによって、新しいものの見方ができるようになるとか、新聞のニュースを理解しやすくなるということがありますから、試験問題が解けるようになる以外には、そういう実利的ないいことがあるというぐらいが正しいところです。

 本講義が憲法を過大評価することも、過小評価することもなく、みなさんが等身大の憲法をありのままに理解する役に立つようなものであってほしいと思います。

 

 平成131月吉日 柴田孝之