刑事訴訟法 合格論証集 序 説 【論点】1条の解釈  刑事訴訟法の目的は,実体的真実の発見と,人権保障,特に適正手続(憲法31条)を実現する点にある。しかし,二つの要請は時には矛盾することがある。ここで,いずれを優先すべきか問題となる。  思うに,人権保障は憲法上の要請である以上,真実発見も人権保障の要請に矛盾ない限度でなされるべきである。そこで,真実発見とは,無辜の者を一人も処罰しないという消極的な真実主義を指すと解する。 【論点】現行法における訴訟追行の主導権  現行刑事訴訟法においては,訴因制度が導入され(256条3項,312条1項),被告人の反対尋問権が保障(憲法37条2項,320条)されている。また,証拠調べの請求は,原則として当事者が行う。以上から,現行刑事訴訟法は,当事者主義の建前を採用しているといえる。  起訴状一本主義(256条6項),忌避の制度(20条,21条,規則13条)など,裁判所が,公平な第三者の地位にあることを担保する制度が採用されている点も,当事者主義の現れといえる。  しかし,当事者主義にも一定の限界がある。刑事訴訟の主題が国家刑罰権の問題であるうえに,裁判所の監視によって適正手続の保障(憲法31条)を実現する必要があるからである。たとえば,アレイメントは否定されているし(319条3項),検察官の訴追裁量もまったくの自由ではない(検察庁法4条)とされている。 【論点】公平な裁判所の意義 一 憲法は「公平な裁判所」(37条1項)によって裁判を受ける権利を保障している。この理由は,適正手続を保障し,法の支配を実現する点にある。かかる「公平な裁判所」とは,偏頗や不公平のおそれのない組織と構成をもった裁判所による裁判をさす。 二1 刑事訴訟法では,上記憲法の要請を担保するため,様々な制度が設けられている。  まず,除斥・忌避・回避の制度により,裁判官の公平な判断を担保している(20条,21条,規則13条)。  ここで,忌避の事由には争いある。  思うに,忌避事由を無闇に広げると,制度の濫用のおそれがある。一方,忌避事由は当該事件の審理過程に属さない要因による場合をさすと解すれば,十分に制度趣旨を実現することができる。  したがって,訴訟手続における態度・方法は忌避事由にならないと解するべきである。 2 次に,刑事訴訟においては起訴状一本主義(256条6項)が採られ,書類の添付・書類の引用が禁止される。また,第一回公判期日前の勾留に関する処分は受訴裁判所は行えないものとし(280条),検察官の冒頭陳述についても予断を抱く恐れのある陳述は禁止される(296条但書)。  これは嫌疑の引継ぎを可及的に分断することで,予断を排除し,裁判官の公平な判断を保障するものである。 【論点】検察官の性格  現行法は当事者主義を採用しているが,これを受けて検察官は,訴訟における一方当事者のうちの原告としての地位を占める。  しかし,検察官は公益の代表者(検察庁法4条)として,法と正義の実現,公平・公正たるべきであり,単なる一方当事者であってはならない。たとえば,有罪に追い込むことだけがその役割ではなく,被告人の無罪証拠を集めるべき義務があるといえるし,被告人の利益のための上訴権も認められる。  かような役割を十分に果たすことができるよう,法務大臣の検察官への指揮権には制約が加えられることで,検察官には職権行使の独立が保障される。 【論点】被告人の地位  刑事訴訟においては,訴訟審理において当事者主義が採用されたことに伴い,被告人は訴訟における一方当事者として主体的地位を獲得している。このことは黙秘権の保障(311条1項),反対尋問権の保障(320条1項)に現れている。 【論点】弁護権保障の意義  現行訴訟法は,刑事訴訟の目的たる真実発見,適正手続の保障(憲法31条,刑事訴訟法1条)の要請を実現するため,当事者主義的構造(256条6項,298条,312条)を採用している。  にもかかわらず,被告人は法律的素養も乏しく,時には身柄を拘束されて心理的衝撃を受けている上に,その防御能力は劣弱である。  かように圧倒的劣位にある被告人を保護し,実質的にもその地位を捜査機関と対等な地位にまで高め,当事者主義の趣旨を実現する必要がある。  そこで,法は被告人に資格のある弁護人による弁護権を保障している(憲法34条,37条1項,刑事訴訟法30条)。かつ,かかる趣旨を十分実現するため,弁護人は被告人の代理人のみならず,保護者の役割を果たすことが要求される。 【論点】国選弁護権 1 仮に被告人に私選弁護人選任の機会しか与えられなければ,裕福とはいえない多くの被告人が弁護権を行使する機会を失う。  これでは,弁護人依頼権保障の実質が損なわれるから,法は国選弁護権を保障し,国費をもって被告人に弁護人を付すことを要求した(憲法37条3項,36条,37条,289条2項)。  国選弁護権の保障により,はじめて真に弁護人の援助を受ける権利が実質化されたといえる。したがって,かかる弁護人選任権の告知の際には,形式的な告知にとどまらず,具体的な意義,選任方法などについてまで説明することが要求されていると解するべきである。加えて,公訴提起後,請求を照会し,回答を求める手続を踏むことが要求される。 2 上記国選弁護権の趣旨からすれば,国選弁護の放棄については慎重に考えなければならない。すなわち,事情を熟知して,明確に請求権を放棄したといえるような場合のみ放棄が可能であると解する。 3 次に,国選弁護人の辞任の要件が条文上明らかでなく問題となる。  思うに,国選弁護制度の保障を実効あらしめるためには,弁護人の自発的な辞任を自由に認めるべきではない。したがって,選任行為の法的性質は裁判長の行う命令であると解するべきである。  とすれば,国選弁護人の辞任は解任命令によらなければならず,一方的な辞任はできない。自発的辞任をするには,裁判所に解任命令を発する用に申し立てることになる。  かかる解任命令は,正当な理由あるとき発せられるが(弁護士法24条),この正当な理由の意義をいかに考えるべきか。  思うに,弁護人の恣意や被告人による弁護人の選り好みを許せば,国選弁護制度自体が成立し得なくなる恐れがある。したがって,単なる個人的な信頼関係の喪失は含まれず,両者間の信頼関係には,客観的信頼関係があれば足りると解する。具体的には,被告人による弁護人への重大な侮辱,暴行があったという場合でなければ,正当理由は認められないというべきである。 【論点】弁護人への退廷命令(暴言をはいた場合など)の根拠  弁護人が暴言を吐いた場合,退廷命令を出す必要があるが,その法的根拠が明らかでない。  思うに,裁判官には法廷を秩序あるものに保ち,適正手続を維持するための手段として,相当な処分(288条2項)をすることが認められている。とすれば,かかる趣旨を実現のため,弁護人への退廷命令は同条を根拠になしうると解する。 【論点】必要的弁護制度 1 特定の重大事件は弁護人なしで公判手続をすることができない(289条1項)。ここで,冒頭手続も弁護人がいなければ開廷できないかが問題となる。 思うに,冒頭手続でなされる(において審判対象を明らかにするための)求釈明や,形式裁判の主張は法的知識に優れた弁護人でなければできない。 したがって,冒頭手続も弁護人なく開廷することは許されないと解する。 2 しかし,(本件では)被告人が弁護人の出頭確保を妨げる事態を生ぜしめたような(,解消が困難である。かかる)場合も,弁護人不在廷のまま,公判審理は進めることは許されないのだろうか。(られないのか。) 思うに,必要的弁護制度の趣旨は弁護権を後見的に保障する点にある。とすれば,(しかし,このような場合,)被告人が正当な防禦活動を行う意思がないことを自らの行動によって表明し,そのような状況を維持存続させたというべき場合には,形式的な国選弁護人選任請求があっても,権利の濫用として無効となると解するべきである(規則1条2項)。(被告人は保護するに値しない。この場合,弁護人の出席を実現しても,実効ある弁護活動も期待できない。) かかる場合には(したがって,)請求を却下し,このまま公判を審理することが可能であると解する。 【論点】弁護人の真実義務 1 弁護人は真実義務を負う。とすれば,有罪を確信するとき,無罪弁論することは許されないのか。真実義務の内容が問題となる。 思うに,弁護人の職務は主として被告人の保護にあり,真実の発見は,裁判官・検察官に任される。(ここで,)弁護人に積極的な真実義務を要求することは被告人の保護と大きく矛盾するものである。(制度の自殺というべきである。) したがって,弁護人は消極的な妨害回避義務を負うにすぎない。具体的には,有罪の心証を得ていても,証拠不十分による無罪の主張は可能であると解する。 2 では,被告人が無罪であるにもかかわらず,身代わり犯として有罪の弁論をしている場合,弁護人はいかなる態度を採るべきか。 思うに,弁護人は(刑事手続において,)被告人の利益を守るために行動をしなければならないが,一方で(。しかし,弁護人は,公益目的達成のため,)被告人の保護者としての役割を果たすものである。被告人個人の利益を確保するためだけに働くのではない。  したがって,弁護人が守るべきは,被告人にとっての客観的な利益というべきである。  たとえば,身代わり犯としての処罰は,無辜の不処罰という刑事手続の目的に反するものであり,被告人の客観的利益にかなうものとはいえない。したがって,弁護人はかかる場合は無罪であるとの弁論をすべきである。 第1編 捜 査 【論点】検察官と司法警察職員の関係 1 検察官は司法警察職員の捜査への指示権・指揮権・懲戒,罷免の訴追権限を有する(193条1項,2項,3項,194条)。捜査の不備・欠陥を検察官が補完し,捜査の行き過ぎや偏向の抑制を期待したものである。 2 一方,捜査機関としては,司法警察職員に対して,検察官は二次的な捜査機関に立つに過ぎない(189条2項,191条1項)。  当事者主義の建前が採られた現行訴訟においては,捜査の主催者は検察官である必要がない。また,検察官は公判に向けた準備活動をしなければならないから,その負担を軽減する必要がある。検察官の地位が上記のようなものに止まる理由はここにある。  ただし,旧法からの伝統,捜査の糾問的傾向,法の規定の存在などの理由から,現実には捜査は検察官の重要な職務にあたる。  また,経済事件,贈収賄事件など,捜査に高度な法律的知識が必要である,または独立した地位が保障された捜査機関による捜査が望ましい事件もある。かかる事件については,むしろ検察官は,積極的に捜査活動をすることが期待される。 【論点】捜査構造論 1 糾問的捜査観とは,捜査を捜査機関が被疑者を取り調べるための手続とし,被疑者を取調べの対象と考えることである。一方,弾劾的捜査観からは,捜査は捜査機関が単独で行う準備活動とされる。被疑者は,検察官と対等な当事者として,同様の準備ができるとすることになる。  糾問的捜査観,弾劾的捜査観それぞれの帰結として,まず令状の必要性の判断権者(199上2項但書参照)が異なる。前者は捜査機関に,後者は裁判官にあるということになる。 また,被疑者の取調受忍義務の有無(198条1項但書参照)について,前者からはこれを認める方向に考え,後者の立場は否定的に考えることになる。  被疑者の弁護人との接見指定の制度について(39条3項本文),前者はその指定要件の認定において,捜査の便宜,後者は当事者の防御の重要性に重点を置くことになる。 さらに,捜査の公判との関係については(において),前者は捜査は終局的なものとされるが,後者は準備的なものとされる。 2 現行法の態度は必ずしも明らかでなく,折衝的制度を採用していると言い得る。  すなわち,逮捕など強制捜査の根拠を示す条文の主語は検察官・検察事務官・司法警察職員とされており,糾問的捜査観にそぐう。一方で,令状主義が採られているから,令状裁判官こそが権限の源ともみうる。被疑者の取調べに関する198条も,糾問的とも,弾劾的にも解釈できる。 【論点】行政警察活動と司法警察活動  行政警察活動とは,犯罪の発生予防を主たる目的とする警察の活動であり,司法警察活動とは,特定の犯罪の発生を前提とするものである。具体例は,職務質問・所持品検査などである。  行政警察活動は,捜査ではないが,捜査と同様の規制を受けると解するべきである。かかる活動においても,人権を侵害する可能性がある以上,適正手続が要求されることは当然と考えるべきだからである。  したがって,いずれも任意処分たるべきで(197条1項,任意捜査の原則),強制は許されない。処分が強制にわたらない場合でも,活動の適法要件としては必要性・相当性が認められなければならない(197条1項,捜査比例の原則)。 【論点】職務質問の法的性質 1 法的性質  職務質問は,行政警察活動の一形態である。ただし,捜査と同様の規制を受ける。適正手続の保障を及ぼし,人権侵害を予防するためである。 2 この点,職務質問の際に有形力の行使が認められるか,警職法2条1項の「停止」の意義が明らかでなく,問題となる。  思うに,行政警察活動は任意捜査と同様の規制が及ぶべきであるから,「停止」も,任意の停止をさすと解するべきである。しかし,犯罪の予防・鎮圧など目的を達成するため,任意とは純粋に任意の意味に解することはできない。すなわち,処分にあたってはある程度の有形力の行使が認められなければならない。  したがって,強制手段にあたらない有形力の行使も,一定の場合に許容される。具体的には,その必要性が認められ,具体的状況のもので相当と認められる限度において適法とされると解する。 【論点】自動車検問 1 自動車検問の種類としては,@交通違反の予防検挙を主たる目的とする交通検問,A不特定に行って一般犯罪の予防検挙を目的とする警戒検問,B特定の犯罪が発生した際,犯人の検挙と情報収集を目的として行う緊急配備検問がある。 2 自動車検問を許容する法的根拠としては,Bについて197条の任意捜査,特定車両についてなす@Aについて警職法の職務質問,道路交通法上の交通違反があげられる。  しかし,@Aの類型の,一斉検問については,上記条文を根拠とすることはできない。そこで,検問の適法性か問題となる。  まず,@交通検問については,自動車利用者には取締りに協力する義務がある。また,警察法2条1項は警察の職務として交通取締りをあげている。したがって,かかる職務の実現のため,交通取締目的の一斉検問は許されると解する。 (また,Aについても,警察の行政警察活動の一種として適法と解することができると解する。) 3 しかし,以上の処分が無制限に許されるわけではない。  @の適法要件として,たとえば交通違反の多発する地域に限定するなど,処分は必要な限りで行われなければならない。また処分は,目的達成のため相当なものに止まらなければならない。具体的には,短時分の停止を求め,相手方の任意の協力を求める形で行われるなど,自動車利用者の自由を不当に制約しない方法,態様で行われること,が必要であると解する。 【論点】所持品検査 1 まず所持品検査なる処分は適法か。明文の根拠がなく問題となる。  思うに,所持品検査は犯罪の予防・鎮圧という,行政警察活動の目的を達成するために必要性・有効性の認められる行為である。また,これは職務質問(警職法2条)と密接な関連性がある行為と評価することができる。  したがって,所持品検査は職務質問の付随行為として適法と解する。 2 ただし,所持品検査は職務質問の付随行為として許容される以上,所持人の承諾を得て行うことが原則である。  しかし,本件鞄の開披は,承諾ないままなされているから,これが適法といえるか。承諾がなき所持品検査の適法性が問題となる。  思うに,これを安易に許せば,捜索・差押などの強制捜査に令状を要求した法の趣旨が潜脱される可能性がある。  しかし,一切の所持品検査ができないとなれば,国民の利益保護を図ることができない。任意捜査の原則といえども,純粋な任意の意味ではない。したがって,捜索に至らない行為は,強制にわたらない限り許容され得ると解する。  その適法要件として,これは非常例外的処分であるから,検査の必要性,緊急性が認められる必要がある。かつ,検査により害される個人の利益と得られる公共の利益との権衡を考慮し,具体的状況のもとで相当と認められることを要するというべきである。 【論点】告訴がない親告罪の捜査の可否 1 親告罪とは,告訴を訴訟条件とする犯罪である。告訴がない限り公訴提起はないから,その準備としての捜査も告訴がない場合は許されないのではないか。  思うに,告訴は訴訟条件にすぎない。また,告訴を待っていたのでは証拠が散逸するおそれもある。しかも,捜査機関は,犯罪があると思料するときは捜査の権限をもち,公訴提起の可能性はそこに捜査開始の条件に含まれていない(189条1項)。  以上から,告訴がないままの捜査は,原則として認められると解する。 2 ただし,これを無制限に許せば,ある罪が親告罪とされた趣旨を没却するおそれがある。したがって,その趣旨に応じて個別の制約が課される解しなければならない。  まず,毀棄罪等,被害の軽微を理由とする場合は,被害者の意思を尊重する必要がある。したがって,告訴を期待できないような場合には,捜査は許されないと解する。  次に,窃盗罪等,家族関係の尊重を理由とされている場合には,捜査自体が家庭への介入となるおそれがある。したがって,告訴がない限り,捜査は許されない。  最後に,強姦罪等,被害者の名誉を保護する趣旨の場合,かかる趣旨に反しない限り捜査は可能である。ただし,告訴訊期間が満了しているなどの事情があり,公訴提起の可能性がない場合は別論である。 【論点】近代的捜査手段と強制処分法定主義 1 強制処分法定主義(197条1項但書)から,明文にない強制捜査は一切許されないのか。  思うに,197条は有体物に対する捜索・押収等古典的な処分を念頭に置いており,科学技術の発展に伴う新しい人権を侵害する処分は予定していない。とすれば,かような捜査方法は,任意捜査として許容するよりは,強制処分として令状主義の抑制下においたほうがよい。  思うに,197条の趣旨は司法的抑制による可及的な人権保障にある。とすれば,かかる趣旨に反しない限りで,厳格な制約の下,明文にない強制処分も許されると解する。 2 かように明文にない強制捜査を認めるとなると,何をもって任意捜査と強制捜査の区別をするかが問題となる。  従来,強制捜査とは,直接または間接に強制の契機を含むものであるとされていた。しかし,197条1項但書の趣旨は,捜査機関による人権侵害を防止する点にある。ここで,強制捜査の範囲を上記に限定することは狭きに失し,本条の趣旨の実現はできない。  そこで個人の法益,すなわち重要な人権を侵犯するおそれがあるものは強制捜査としてこれを認め,厳格な規制下におくべきであると解する。 【論点】任意捜査の限界,任意捜査の際の有形力の行使  任意捜査にも,適正手続が要請される。条文上,被疑者その他の関係人に名誉を害しないように注意し(196条),「必要な」限度を超えてはならない(197条1項)とされる。  しかし,任意処分といえども,捜査比例の原則による制約は受ける(197条)。ここにおいて,任意捜査における有形力の行使が問題となる。  思うに,犯罪の予防・鎮圧など目的を達成するため,任意とは純粋に任意の意味に解することはできない。すなわち,処分にあたってはある程度の有形力の行使が認められなければならない。  したがって,個人の意思を制圧するに程度に至らない有形力の行使は任意捜査においても許容される場合がある。  ただ,人権を侵害する可能性は否定できない以上,@必要性,A緊急性なども考慮したうえ,具体的状況のもので相当と認められる限度において許容されると解するべきである。 【論点】捜査に承諾ないし同意がある場合 1 捜査に承諾ないし同意がある場合,これを任意捜査として適法と解することができるか。 2 個人的利益を放棄することは可能であるから,この場合,法益の放棄があったものとして,基本的に捜査は,強制捜査としての要件を満たさずとも適法と見てよい。  しかし,放棄が,権利内容・効果について熟知してなされたかどうか,疑問がある場合がある。時には,官権への屈服として権利放棄がなされたおそれもあり,安易な脱法行為を許す危険性がある。  したがって,任意捜査として適法と認めるには,任意の放棄を訴追側が積極的に立証したときに限るというべきである。 3 また,承諾留置・女子の身体検査などは,任意の承諾が通常は認められないものであり,特に令状主義が採用されているものである。このような趣旨を貫徹するため,上記捜査は承諾があってもおよそ許されず,必ず令状が必要であると解する。 【論点】任意同行と実質的逮捕との区別 1 任意同行の種類としては,職務質問を目的とするもの(警職法2条2項),任意捜査としての任意同行がある。まず,後者については明文上の規定を欠き,これがなし得るかは問題となる。  しかし,いきなり逮捕をせず,任意の手段を取ることは,被疑者の名誉,プライバシーに資するものである。したがって,197条を根拠に認められると解する(*この2行の意味はこれでいいですよね)。 2 とはいえ,いずれの任意同行においても人権侵害を防止するため,適正手続の保障を及ぼさなければならない。かような任意同行の限界として,実質的逮捕との区別が問題となる。  思うに,197条1項但書の趣旨は,捜査機関による人権侵害を防止する点にある。ここで,強制捜査の範囲を上記に限定することは狭きに失し,本条の趣旨の実現はできない。  そこで個人の法益,すなわち重要な人権を侵犯するおそれがあるものは強制捜査としてこれを認め,厳格な規制下におくべきであると解する。  とすれば,被疑者の意思決定の自由が抑圧されている限り,当該処分は実質的逮捕にあたるというべきである。  かかる要件を満たすか否かは,まず同行の客観面として@同行の時間・場所,A同行の方法,態様に加え,B同行を求める必要性などを検討する。さらに,C取調べの状況,D捜査官の意思,E被疑者の態度,F逮捕状の準備の有無等を総合判断して,個別的に決するべきである。 *Cは取調べの客観面,Dは主観面。Eは被疑者側の事情,Fは捜査官の意図を把握するための状況証拠 【論点】任意出頭を求めて行う取調べの限界  任意の取調べは198条で許容されるが,任意であるとしても無制限に許容されるわけではない。  そこで,取調べが任意捜査として適法とされる判断基準であるが,強制的手段によることができないというだけでなく,社会通念上相当と認められる方法ないし態様および限度において許容されるものと解するべきである。これは,@事案の性質,A容疑の程度,B被疑者の態度等,諸般の事情を勘案して決することになる。  たとえば,徹夜の取調べならば,これが任意といえる場合は通常ありえない。したがって,原則として違法捜査となるといってよい。 【論点】おとり捜査の適法性 1 おとり捜査とは,捜査官が第三者に犯罪を行うよう働きかけ,犯罪に着手した第三者を逮捕し,あるいは証拠を収集を行うという捜査をいう。かかる捜査は任意捜査であるが,国家が不法を作出するものとして捜査として許容されるかが問題となる。  この点,既に犯意を有する者に犯行の機会を与える機会提供型の場合は,問題なく任意捜査として許容される。犯人が自分の意思で犯罪行動を起こしているからである。  これに対して,機会を与え,あらためて犯意をおこさしめた犯意誘発型の場合はどうか。 これは国が犯罪を作り出したようなものであるから,捜査のやり方としてフェアといえない。したがって,適正手続の要請に反し(憲法31条),許されないと解する。 2 となると,かかる機会提供型か犯意誘発型か,両者の区別が問題となる。  この点,通常の誘惑の程度を超えたか否かという,官憲の働きかけの度合いに応じて,その区別をすべきであるとする考え方がある。しかし,かように解すれば,通常の誘惑の程度を超えなければおとり捜査も許されるという結論が導かれかねない。  そこで,このような危険を避けるため,被誘惑者に犯罪性向のある者か否かで分けるべきである。 3 次に,違法なおとり捜査が行われたとき,その後の手続にどのような影響があるか,明らかでなく問題となる。  この点,訴追・処罰に影響を与えないという立場も考えられるが,違法行為の禁圧のため,何らかの限定を加えるべきである。  違法なおとり捜査が行われたとしても,犯人が犯罪を犯したのは変わりないから,これを無罪にはできない。  思うに,このような捜査により,司法の廉潔性が失われ,適正手続に反する結果が生じたといえる。結果,国家は公訴追行権を失ったといえるので,被告人には裁判で免訴(337条準用)を言い渡すべきである。 【論点】捜索・差押の許容条件  捜索・差押許可状を下すにあたって,捜索・差押の必要性を裁判所は判断できるか。  必要性を裁判官が判断できなければ,司法による違法捜査への抑制機能を働かせることはできない。そこで,同趣旨である,逮捕についての199条2項但書の趣旨を解釈によって及ぼすべきである。  したがって,裁判所は捜索・差押の必要性を判断できるというべきである。具体的には,犯罪の捜査をするについての必要性(218条1項)が判断できることになる。  かかる「必要性」の判断基準として,犯罪の態様,差押物の証拠としての価値,重要性など諸般の事情を考慮し,差押の必要があるかどうかを判断することになる。 【論点】捜索する場所・押収する物の明記 1 捜索・差押許可状には捜索する場所・押収する物の明記が必要である(憲法35条1項,219条1項)。これにより,被執行者に受忍範囲を明示する必要を満たし,かつ捜索・差押という強制捜査権の濫用を防止しうることになる。 2(1)では,場所はいかなる程度に特定される必要があるか。  思うに,特定を要求する趣旨は被執行者への受忍限度を明示するためのものである。かかる観点からして,人の住居権の個数を基準として場所の基準を特定すべきと解する。 (2)これに対して,押収する物についてはどうか。  思うに,捜査の初期段階では,差押物が捜査機関にも具体的に判明しないことが多い。ここで,特定性の要求が厳格に過ぎると,捜査の困難から,被疑者の早期逮捕,自白の強要など好ましくない捜査を誘発するおそれがある。  したがって,ある程度包括的な表示でも許される場合を認めるべきである。具体的には,@十分な例示が付されており,かつ,A被疑事実の記載があり,これらの記載事項があいまって令状の特定の趣旨を満たせばよいと解する。たとえば,罪名の記載によって限定されればよいということになる。 【論点】緊急捜索・差押 1 本件では,窃盗罪により令状を得て差押を実施したにもかかわらず,他の犯罪に関する物が発見されている。これの押収はできるか。 2 思うに,令状記載の嫌疑事実と無関係の罪についての差押は,無令状の差押になるから,これは原則として認められない。 (この点,緊急捜索・差押という概念を認め,他罪の証拠物件の差押を認める見解がある。  しかし,令状は,捜索・差押の対象を限定し,捜査官による捜索・差押権限の濫用を防ぐために発行されたものである。にもかかわらず,他罪に関する証拠物件の差押を認めれば,かかる趣旨が没却されるおそれがある。  したがって,緊急捜索差押なる概念は認められない。) 3 @ただし,麻薬,覚せい剤,銃刀類など所持をしているだけで犯罪を構成するような物件については,その場で現行犯逮捕ができる。そのうえで,逮捕に伴う捜索・差押を行うことは適法である。  Aまた,任意提出を求め,これを領置(221条)することも可能である。  Bさらに,新たに令状を取得し,その間の現場への出入りを禁止することもできる(222条,112条)。 【論点】別件捜索・差押  A罪により令状を得て差押を実施し,B罪の証拠固めをする行為は適法か。  この点は,別件逮捕と同様に考えることができる。つまり,別件の証拠収集のため,ことさら本件に名を借りた捜索・差押については,令状主義の潜脱となるから,違法捜査になると解する。 *別件逮捕とは,本件別件の呼称が反対になっていることに注意 【論点】捜索・差押に伴う実力行使  実力によって捜索・差押が妨害された場合,捜査機関はこれに対して捜索・差押えをなすため,実力行使ができるか。  思うに,捜索・差押には妨害が伴うことが通常予想されるから,これが可能でなければ,執行が不可能となるおそれがある。かように執行を可能にする必要性から,令状にも,ある程度の実力行使の許可が含まれているとみることができる。  したがって,必要最小限度の実力行使は「必要な処分」として(222条,111条)許されると解する。 【論点】逮捕に伴う捜索・差押が無令状で許される趣旨 1 逮捕に伴う捜索・差押は無令状で許される。しかし,その趣旨が明らかでなく,問題となる。  思うに,逮捕の現場には,証拠の存在する蓋然性が高い。また,その場で保全しなければ意味がない証拠が存在することも多い。すなわち,逮捕に伴う捜索・差押は合理的な証拠収集手段の一つとして認められたものであると解する。  以上から,捜索・差押が許されるには,必ずしも緊急事態である必要がなく,その許容範囲も捜索・差押の一般原則によることになる。 2 逮捕前の捜索が許されるか否か,「逮捕の現場」の意義が問題となる。  思うに,逮捕着手時の前後関係によって,証拠存在の蓋然性・必要性の程度が変化するわけではない。したがって,これを特に区別する理由はなく,逮捕着手前の捜索も許されると解する。ただし,220条に基づく捜索・差押は逮捕を前提として許容されるのであるから,逮捕との時間的接着を必要とするべきである。 3 次に,「逮捕の現場」の意義として,場所的限界が問題となる。  この点,同一管理権の及ぶ場所ならば証拠の存在する蓋然性が認められる。したがって,被疑者の近辺に限らず,同一管理権の及ぶ場所ならば捜索・差押は許されることになる。   【論点】身体に対する捜索・差押が連行先でされた場合  身体に対する捜索・差押が連行先でされた場合,「逮捕の現場」の要件を満たすといえるか。  思うに,身体という現場に実質的変更がなければ,証拠の存在する蓋然性は同様といえるから,連行先においても捜索・差押は可能である。その場における身体検査が,共同行為者による身柄の奪還,現場の混乱などの危険などを生む場合が考えられる。  しかし,捜索・差押が逮捕に伴う範囲に限定されることから,逮捕と捜査・捜索との接着性が必要であるから,これが無制限に許されるわけではない。  具体的には,@被疑者の名誉・プライバシーを害し,A被疑者の抵抗による付近の交通を妨げるといったおそれがある場合に,B速やかに最寄りの場所まで連行することは,「逮捕の現場」として許容されると解するべきである。 *Bの速やかに関し,逮捕の前後1時間程度に限られる。連行から捜索開始までの時間がそれ以上になった場合,違法逮捕になる可能性がある。例外的に,逮捕現場から連行先までの間に捜索・差押をするに適当な場所がなかった場合,これ以上の時間が経過しても適法になる可能性がある。 【論点】承諾の下になされる捜索・差押  個人的利益については,承諾による放棄は可能である。したがって,任意捜査として,無令状で捜索・差押をなすことはできる。  しかし,その意味・効果を知らないで承諾がなされる場合も少なくなく,濫用の危険性もはらんでいる。したがって,その要件は厳格に解するべきである。具体的には,@権限ある者による真意による承諾であり,かつA自由意思に基づき,積極的な承諾があることを要求すべきである。  また,Bこれらの要件を捜査機関の側が証明する必要があると解するべきである。 *捜索・差押,承諾があってもは一切許されないと考えることもできる。 【論点】呼気採取 *強制処分法定主義,任意捜査と強制捜査の区別についての論述も必要 1 まず,呼気採取は明文にない捜査方法である。この法的性質をいかに考えるべきか。  思うに,呼気は飲酒運転等の立証の有力な資料となるから,この採取をする必要がある。しかし,呼気の採取は,身体の外表を検査する以上のものであり,身体の自由を侵害する危険性をはらんでいる。  したがって,これは適法としつつも,強制捜査として,厳格な規制下におくべきである。例外的に,被験者の真意による同意ある場合には任意捜査として許容されると解する。 2(1)とするならば,呼気採取は,原則として,令状がなければできない。このとき,いかなる令状が必要か。  思うに,呼気は無機物であり,体内で恒常的に機能するものではない。かような呼気の性質にかんがみて,捜索・差押令状によるべきである。 3 では,同意がない場合には一切,呼気採取は出来ないのだろうか。例えば,飲酒運転の摘発など,その場で呼気採取を行わなければ証拠の保全ができない場合がある。このような場合,令状によらない呼気採取が例外的に認められないか。  思うに,呼気採取は,採血・強制採尿などと比較しても,身体への危険も,人権侵害の度合いも低い。  したがって,厳格な要件下で無令状による場合も許される場合があると解する。  具体的には,@自然に排出された呼気の採取であり,A意思の制圧・苦痛を与えておらず,B必要性・緊急性が高いことなどを要求すべきである。 【論点】採血 *前提として,強制処分法定主義,強制か任意かの区別についての論述が必要  採血は身体への損傷を伴い,健康状態に障害の危険があるから,被験者の真意に基づく同意ない限り,強制捜査にあたると解する。したがって,採血をなすには,令状が必要である。  ならば,いかなる種類の令状が必要か。明文になく問題となる。  採血には,専門的知識と経験を必要とする。また,採血は体内の物を採取するものであり,身体の外表を見たり触れたりする検証にとどまるものではない。 そこで,採血は鑑定処分許可状によるべきである。しかし,鑑定処分には*直接強制をする根拠条文がなく,これをすることができない。  そこで,身体検査令状によって,身体検査も併用すべきであると解する。  なお,これは,被験者が意識不明の場合であっても同様であり,無令状の例外は認められない。ただし,体内から排出された血液は呼気採取に準じ,例外的に無令状による場合がありうると解する。 *225は172条を準用しておらず,また,225条で準用する168条6項は139条を準用していない 【論点】強制採尿 1 強制採尿は,麻薬・覚せい剤使用罪など密行性があり,証拠の確保が難しい犯罪捜査において有力な捜査方法になるものである。かように強制採尿は実際上の必要性はあるが,身体に対する危険を伴い,被疑者に屈辱感を与えるものである。そこで,強制採尿は強制処分としても認められないのではないか。その適法性が問題となる。  思うに,同程度の不利益は身体検査においても有り得ることであり,強制採尿のみを別異に解する必要はない。法は,公益のために人格の尊厳をある程度犠牲にすることを法は予定しているとみうる。また,医師による医学的な方法によれば,身体の障害のおそれはほとんどない。  したがって,一定の条件の下,許容されると解する(注:厳密には,強制処分法定主義などの関する論証も必要)。 2 しかし,その人権制約の程度の高さにかんがみ,許容要件は厳格なものである必要がある。具体的には,@被疑事件の重大性,A嫌疑の存在,B証拠の重要性,C取得の必要性,D代替手段がないことを要求すべきである。加えて,捜査執行の際には,生理的機能障害を引き起こすことを防ぐため,医師等がなすことが必須であると解する。 3 また,強制採尿は強制捜査である。したがって,上記要件が整った上で,令状が発布されて,初めて強制採尿が可能になる。しかし,強制採尿に明文の規定はない。したがって,強制採尿を行うためには,いかなる令状が必要となるか。  思うに,尿は人体の一部ではないから,本件処分は,証拠となる有体物の発見・占有取得を目的とするものといえる。したがって,捜索・差押令状によるべきである。  ただし,身体検査の場合と同様の人権侵害の危険性がある。したがって,218条5項を準用して,医師をして医学的に相当と認められる方法によって行わせることを令状の記載要件とする,条件付捜索・差押令状によるべきである。 【論点】写真撮影とビデオ録画 1 身柄拘束中の被疑者への写真撮影は無令状で可能である(218条2項)。それ以外の個人の容貌について写真撮影が認められるか。  写真撮影は肖像権ないしプライバシーを侵害するおそれがあるから,その法的性質は強制捜査というべきである。ただし,公道においては肖像権ないしプライバシーは適法に開示されているといえるから,任意捜査と解するべきである。  本問は公道での撮影が問題となっているから任意処分が問題となる。しかし,任意であるといっても,捜査は必要な限度でなされなければならない(捜査比例の原則,197条)。  そこで,これを認めるにはまず,@現に犯罪が行われ,またはこれから間がない場合であって(現行性),証拠保全のA必要性およびB緊急性がなければならない。かつ,かかる撮影が一般的にC相当と認められる必要があると解する。 【論点】電話盗聴 1 電話盗聴は,プライバシーないし人格権の侵害であり,通信の秘密を侵すものである(21条)。したがって,強制捜査の一種にあたる。  しかし,密行性が高い犯罪が増加傾向にある状況の下,かかる捜査手段を認める必要性がある。そこで,適正手続の保障の要請に反しない限度で,電話盗聴は許される(通信傍受法)。  その具体的許容基準は,重大な権利侵害であることから,写真撮影などプライバシー侵害のおそれがある他の捜査方法よりも,より厳格に規定されている。すなわち@犯罪の重大性,A嫌疑の十分性,B証拠方法としての重大性と必要性ある場合に,C他の手段に出る困難性などから,D真にやむをえないと認められる場合に限るというべきである。 さらに,緊急事態ではないことから,電話盗聴には,そのための令状が必要である。 2 公開講座の録音については明文で許容する規定はない。  しかし,講座の公開性から,プライバシーの権利は放棄されているといえる。したがって,本処分は,任意捜査の一種として適法というべきである。  ただし,任意捜査であっても,必要な限度で相当な場合のみ認められることになるのは,当然である(捜査比例の原則,197条)。 3 会話の一方当事者の承諾があるときの盗聴,または通話中の秘密録音は許されるか。明文なく問題となる。  思うに,プライバシー・人格権の侵害の可能性はあるから,かかる捜査もまったく自由ではない。しかし,会話の内容はそもそも他方当事者に委ねられている事項である。そこで,具体的事情から,他に漏れないことが合理的に期待されるべき会話である場合でない限りで,その聴取は適法と解する。  ここに,脅迫電話の逆探知は,正当防衛的な場合であり,他に漏れないことが合理的に期待されるべき会話とはいえないから,適法であると解する。 【論点】逮捕の必要性(199条2項)  逮捕の必要性が肯定される場合として,逃亡または罪証隠滅のおそれがある場合があげられる(刑訴規則143条の3)。これとは別に,被疑者が正当な理由なく出頭を拒んだときにも逮捕の必要性は肯定されるか。  思うに,刑訴規則143条の3は「等」としており,逮捕の必要性が肯定される事由を限定していないと解し得る。また,199条1項但書は,軽微な事件についてすら,住居不定,正当の理由がなき不出頭についても,逮捕の必要性を肯定している。したがって,「必要性」は,逃亡または罪証隠滅のおそれがある場合に限定されるわけではない。  とするならば,現に必要性が認められる以上,正当な理由なく出頭を拒む者の身柄を拘束できる場合を認めてよいと解する。  ただし,これは無条件に認められるものではない。その必要性は高度でなければならないし,事前に任意の出頭をするよう,逮捕の前に説得・勧告などの任意的手段を尽くすことが要求されると解する。 【論点】現行犯逮捕の要件  現行犯逮捕が無令状とされる理由としては,犯罪の実行が明白で,誤認逮捕のおそれがないからである。  そこで,現行犯逮捕しうる要件としては,@現場の状況から,被逮捕者が犯人であることが明白であることA逮捕の場所が犯行現場,および,その延長と見られる場所であることが要求されると解する。 【論点】現行犯逮捕の必要性  現行犯逮捕では,条文上必要性は要求されていないが,現行犯逮捕の要件として,必要性を要求すべきか。  この点,適正手続の観点から,現行犯逮捕と通常の逮捕を区別をする必要性がないものとして,この点を肯定する立場がある。  しかし,現行犯逮捕にあたっては,要件を判断する暇がないし,被逮捕者が犯罪を行ったことはきわめて明白な場合でもある。  とすれば,必要性は現行犯逮捕の要件として改めて要求する必要性はないと解する。 【論点】緊急逮捕の合憲性  逮捕には,現行犯逮捕の場合を除き,令状が必要である(憲法33条)。しかし,緊急逮捕は,逮捕の当時に,令状を不要とするものである。かかる制度は合憲といえるか。  思うに,緊急逮捕は,重大な犯罪について,犯罪の嫌疑が十分であって,急速を要して令状を求めることができない場合に限定される。また,社会治安上の必要性もある。  したがって,緊急逮捕は合憲というべきである。 【論点】逮捕前置主義  逮捕前置主義については,明文の根拠はない。しかし,204条〜206条が,すべて勾留手続の前提として,逮捕の履践を要求していることから,その採用が伺われる。  この点,逮捕前置主義を採用した場合,逮捕の長期化を招くとの見解もある。しかし,勾留しないことがありうるので,逆に身柄拘束の長期化防止になるとみるべきである。  かかる逮捕前置主義の趣旨は,裁判官に身柄拘束の要否を二度判断させ,可及的に身柄拘束への司法的抑圧を及ぼす点にある。 【論点】事件単位の原則 1 逮捕・勾留は,いかなる単位をもって行われるべきか。  この点,勾留は身柄処分であることを理由に,一度勾留されれば他の事実による勾留はできないという人単位説がある。しかし,かかる見解には,現実の必要性から,余罪を理由とした勾留の延長を認めるものがみられる。かかる結論は令状主義を潜脱する結果となりかねず,妥当でない。  したがって,逮捕・勾留は事件を単位にして行われるべきである。 2 事件単位の原則からは,逮捕・勾留は,同一の事実に基づいてなされる必要がある。ここで同一の事実をいかに判断するかの基準が問題となる。  思うに,社会的にみて同一事実に関するものなのに,罪名の変化のたびに逮捕を繰り返すことは不当である。その意味で,本原則は完全に同一の事実であることを要求するものではない。  そこで,A罪とB罪が同一の事実によるといえる判断基準であるが,公訴事実の同一性(312条1項)を援用するのが妥当である。かかる概念は訴因変更の限界を画する概念であり,同一手続で処理すべきか否かという判断をする点で,ほぼ同一の機能を営むものといえるからである。 【論点】付加して行う勾留請求の可否  A事実によって逮捕した被疑者甲を,B事実を付加して勾留することは可能か。 (逮捕前置主義について事件単位説→その判断基準→公訴事実の同一性の判断基準を論証してから)  この点,A事実とB事実が科刑上一罪の関係にあるなど,公訴事実の同一性の範囲にあれば,かかる勾留も認められる。  では,A事実とB事実が併合罪等の関係にあり,公訴事実の同一性が認められない場合はどのように解するべきか。  この点,B事実について,逮捕の前置がないことからすれば,勾留は(これは)認められないかにみえる。  しかし,被疑者がA事実によって勾留されることには変わりがない。しかも,別に逮捕・勾留されるよりも被疑者に有利である。  したがって,このように被疑者に有利な限度で,B事実の付加は肯定すべきである。たとえば,勾留後,A事実の勾留の要件が欠けたときは,直ちに被疑者を釈放しなければならない。 【論点】違法逮捕に続く勾留請求  違法逮捕の後,勾留請求がなされた場合,かかる請求が認められることがあるか。 思うに,逮捕が違法な場合,拘束の法的根拠がない以上,被疑者は釈放すべきである。しかも,勾留は,逮捕で始められた身柄拘束をそのまま継続する処分である。とすれば,最初の逮捕による身柄拘束ができない以上,引き続いて身柄拘束することはできないというべきである。  したがって,逮捕による身柄拘束が認められない限り,原則としてそれに基づく勾留も認められない。  但し,軽微な違法があるに過ぎないにも捜査の必要性をあまりにも害し,妥当でない。そこで,令状主義の精神を没却するような重大な違法がある場合に限って,勾留を却下すべきである。具体的には逮捕の時点で@緊急逮捕の要件が存在し,かつAその時点から起算して制限時間内に勾留請求がなされた場合には,勾留は認められると解する。 【論点】10日よりも短期の勾留状を発行できるか  勾留期間は,原則として10日である。では,それよりも短期の期間を定めた勾留状を,裁判所は発布することはできるか。  思うに,法は,勾留状に期間を記載することすら予想していない(207条,64条1項参照)。すなわち,10日を当然の限度としていると解しうる。  したがって,かような勾留状の発行は否定すべきである。身柄拘束の必要性がなくなった場合,検察官の判断によって途中釈放を認めればよい。 【論点】検察官の途中釈放は許されるか  勾留期間は,原則として10日である。しかし,勾留の必要性がなくなった場合,検察官は被疑者を途中釈放できるか。条文上明らかでなく問題となる。  思うに,勾留の請求権者である検察官が,身柄拘束が不必要であると判断した場合にまで拘束を継続するのは不当である。法的根拠としては,被疑者の利益処分であるから,208条1項を準用すれば足りると解すべきである。  したがって,途中釈放を肯定すべきである。 【論点】釈放命令の執行停止を求めることができるか  検察官による準抗告がなされた場合,釈放命令の執行停止(432条,424条)を求めうるか。  この点,執行停止ができないと,逃亡・罪証隠滅が避けられない。思うに,却下の裁判には被疑者の釈放命令が含まれるから,この執行の停止を求めることは可能である。  したがって,執行停止を求めることはできると解する。 【論点】一罪一逮捕・一勾留の原則 1 一罪につき,逮捕・勾留は一回を原則とし,これを分割して逮捕・勾留を繰り返すことはできない。  かかる一罪一逮捕・一勾留の原則についての明文はない。しかし,本原則を採らなければ,逮捕・勾留について厳格な期間制限(203条〜208条の2)を置いた法の潜脱を認める結果となる恐れがある。  したがって,刑事手続においては,本原則が採用されていると解される。 2 この一罪の基準については,実体法上の罪数を基準とするのが妥当である。一罪とされるものに対して,刑罰権は一個しか発生しないから,訴訟上も同様に扱うべきだからである。 3 しかし,釈放後に同一犯罪の一部と見られる行為(常習行為)を行ったとき,後の事実を根拠に逮捕・勾留することは可能か。  かかる逮捕・勾留は本原則に反するかにみえる。しかし,本原則の根拠は検察官の同時処理義務にある。通常,検察官は一罪の全部を同一に処理すべきであるも,この場合は,それが物理的に不可能な場合である。ここで,後の事実について罪証隠滅・逃亡のおそれがあるならば,逮捕・勾留を認める必要性がある。 したがって,例外的に逮捕・勾留は認められると解する。 【論点】再逮捕・再勾留禁止の原則,例外(再逮捕の要件,再勾留禁止の例外) 1 1個の被疑事実に対して,時を異にして逮捕・勾留を繰り返すことはできない。この原則も法が身柄拘束については厳格な期間制限を設けていることから,帰結されるものである。 2 とはいえ,再逮捕は明文で許容される(199条3項参照)。ただし,逮捕・勾留の期間制限を無に帰するような不当な蒸し返しにならないよう,逮捕の要件は厳格に判断しなければならない。 3 再勾留については許容する明文の規定はない。しかし,再逮捕が認められる以上,それに続く処分である勾留も認められるというべきである。そして,その要件も逮捕の継続的処分であるからほぼ同様に考えて良いと解する。 【論点】先行する逮捕が違法な場合,再逮捕が許されるか  本問では,逮捕が違法なため,勾留請求が却下され釈放された場合である。かかる場合でも,違法性の理由が形式的瑕疵にあるにすぎないならば,再逮捕は可能と解する。  一方で,被疑者の権利侵害があって勾留請求が却下された場合は,原則として再逮捕は禁止される。適正手続違反ある場合であるから,これは看過できないし,将来の違法を抑制する必要もあるからである。  しかし,一切再逮捕ができないとすることはあまりにも捜査の必要性を害するおそれがある。そこで,@犯罪の重大性,A事情の変更が認められ,B不当な蒸し返しといえない場合には,例外的に再逮捕も認められるというべきである。 【論点】黙秘権と自白法則の関係 1 被疑者には黙秘権が認められる(198条2項)。  黙秘権も自白法則も供述強要を防ぐための手段であり,後者を認める場合,前者を認めないとする必要はない。198条2項が存在するからである。 2 それでは,黙秘権の行使において,黙秘しうる事項の範囲をどのように考えるべきか。  憲法は,「不利益な供述」を強要されない(憲法38条)としているにすぎない。これを,刑事訴訟法は「自己の意思に反して」供述をする必要がないとしている。  以上から,被疑者の黙秘権は憲法の要請を,刑事訴訟法が拡張した包括的黙秘権であると解する。  したがって,被告人自身の氏名についても,供述は強制されない。包括的黙秘権の対象となるからである。 3 交通事故の際の報告義務について,黙秘権違反の問題は生じないか。  たしかに,刑事責任に関する事項を報告すれば,不利益な供述を強要するものとして憲法違反の問題が生ずる。この点を捉えて違憲とする見解もある。  しかし,行政目的を達成するうえで必要な事項について報告義務を課すのは問題ない。刑事責任の追及と関係がないからである。道路交通法は,かかる範囲で義務を課しているにすぎないから,合憲であるというべきである。 【論点】取調受忍義務の有無  逮捕・勾留中の者は取調受忍義務を負うか。  この点,被疑者には黙秘権が保障され,供述義務がない。にもかかわらず,滞留義務があるとすれば,実質的に黙秘権を侵害する恐れがあるとも思える。  しかし,198条1項但書の反対解釈をすれば,逮捕または勾留されている場合は,出頭を拒むことができず,途中退去もできないと読める。法的構成としては,逮捕・勾留の効果として,受忍義務を読み込みうる。  また,取調べの捜査における重要性からすれば,これを認める現実の必要性があり,実務上もそのような運用がなされている。  したがって,逮捕・勾留中の被疑者には取調受忍義務が認められると考える。 cf.受忍義務否定説  逮捕・勾留中の者は取調受忍義務を負うか。198条1項但書の解釈が問題となる。  この点,198条1項但書の反対解釈をすれば,逮捕または勾留されている場合は,出頭を拒むことができず,途中退去もできないと読める。  しかし,取調受忍義務を肯定することは黙秘権の保障に反する。結果として取調べのための逮捕・勾留を認めることにもなり,賛成できない。198条1項但書も,出頭義務がないことを明らかにした定めであり,身柄拘束された被疑者が除かれているのは,既に身柄拘束がされている以上,出頭の必要がないからに過ぎないと考える。  以上より,身柄拘束された被疑者の取調受忍義務は否定されるべきである。 【論点】別件逮捕の適否 一 本件の取調べを目的として,あえて別件で逮捕することは適法といえるか。  この点,別件について逮捕の要件が備わっていない場合,かかる逮捕は明白に違法である。問題は,別件について逮捕の要件が備わっている場合の逮捕の適法性である。  逮捕は証拠隠滅・逃亡などを防ぐためにあり,自白獲得の手段とすることは許されない。また(しかも),これを許せば本件について法定の拘束期間・令状主義の潜脱を許すおそれがある。さらに,かかる逮捕は実質的にみて,黙秘権を侵害する恐れがある。  したがって,実質上本件の取調べを目的としてなされる逮捕は,別件逮捕として違法となると解する。 二 さらに,別件逮捕が違法とされた場合,本件による後の逮捕は許されるか。  思うに,違法な別件逮捕は実質的には本件の逮捕に他ならない。とすれば,これは再逮捕の問題として扱うことになる。  再逮捕は原則として許されない。しかも,本件による逮捕は不当な違法逮捕に引き続くものである。したがって,本件による後の逮捕は違法であり,許されない。 【論点】取調べの適否の判断基準 1 違法な別件逮捕にあたるか否かを判断する基準が問題となる。  別件逮捕が違法とされる理由は,令状主義を潜脱して本件の逮捕をする点にあるから,かかる潜脱があるかどうかをもって,その違法性を判断すべきである。 2 しかし,かように,本件を基準に別件逮捕の違法性を判断するならば,逮捕段階において別件逮捕か否かを判断することは難しい。本件の取調べを目的としているかどうかは捜査機関の主観にかかわる事項だからである。  そこで,捜査機関が違法な目的を有していたかは,@本件についての捜査の状況,A別件についての逮捕の必要性,B別件と本件との関連性,犯罪の軽重,C取調べの状況等の客観的要素を総合判断して決すべきである。 【論点】余罪取調べの可否  別件逮捕が違法である場合,身柄拘束中に行われた取調べも違法となり,そこで得られた供述も証拠とすることができない。  一方,逮捕が別件逮捕として違法とはされなくても,余罪を取調べることについて,何らかの限定はされるか。  たしかに,取調べ受忍義務を認めるとするならば取調べが強制捜査であることは否定できない。となると,受忍義務を認めるとしても,逮捕・勾留理由に含まれる事実に関するものに限定すべきであるかのようにみえる。  しかし,198条1項但書には特に限定はない。また,余罪捜査は捜査にとって有利である。さらに,被疑者にとっても,改めて他罪で逮捕・勾留された上で取り調べられるよりも,同時に取調べをされたほうが,便宜であることがある。  したがって,余罪取調べは可能であり,限定はないと解する。 【論点】自由(接見)交通権の趣旨  身柄拘束され,捜査官の尋問を受ける被疑者は,攻撃防御の能力が低く,検察官に対して,圧倒的劣位にある。そこで,被疑者を検察官と実質的に対等な地位におくため,弁護権が保障されている。  具体的には弁護人は違法な捜査がなされないかチェックし,被疑者と公判に向けての打ち合わせを行う。また,身柄を拘束されている被疑者の精神的な支えとなる。  ここに,接見交通権は,弁護人が上の職務を果たすための手段であり,有効な弁護を受けるために必要不可欠な権利であるということになる。 【論点】指定の要件  指定の要件である「捜査のため必要があるとき」(39条3項)の内容が明確でなく問題となる。  思うに,接見交通権は憲法の保障する弁護人選任権を実質化した重要な権利であるから,接見は自由なのが原則である。また,罪証隠滅のおそれなどの判断は裁判所がなすべきものである(81条参照)。  したがって,「捜査のため必要があるとき」とは現に取調べ中であるとか,実況見分,検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合に限られるべきである。  また,捜査の中断による支障が顕著な場合には,間近い時に取調べ等をする確実な予定がある場合も上記の要件を満たすとみてよい(学説は否定する見解が多い)。 【論点】余罪捜査を理由とする接見指定  被告人への接見指定はありえない。それでは,A事件で被告人とされ,B事件で被疑者とされている者への接見について,B事件の捜査を理由に接見指定は可能か。  思うに,被疑事件についての捜査の必要性を無視することはできない。しかし,当事者としての地位が認められた,被告人としての地位を尊重する必要がある。  以上より,余罪で逮捕・勾留されていれば,接見指定はできる。ただし,被告事件の防御権の不当な制限にわたらないことが要求されると解する。 *被告事件の防御権を不当に制限する場合として,AB事件の弁護人が同一人物である場合が,これにあたる可能性がある。かような場合,弁護人はB事件についての接見指定によって,事実上A事件についての接見まで自由にすることができなくなるからである。 【論点】一般的指定書の合法性  接見の一般的指定書は,接見の禁止を原則とし,指定要件を不問とするに等しいものである。したがって,その適法性は,内部的な事務連絡文書として,弁護人・被告人に法的効力を与えないかぎりで維持される。  なお,被疑者・弁護人への処分となるような違法な一般的指定は準抗告の対象になる。 【論点】具体的指定書の持参要求 1 検事からの具体的指定書がない限り(かぎり)接見させないとの指示が,監獄長などへされることがある。一般的指定書の交付に代わって実務で行われている制度である。  かかる制度において具体的指定書の持参を要求することの適法性が問題になる。  具体的指定書が接見の許可書として働くならば,接見ができないことが原則になるかrあ,かかる具体的指定書の持参要求は違法である。しかし,具体的指定書の持参が指定内容に関して生ずる過誤を防止し,接見手続を円滑に図るという目的もある。  また,指定の方法は刑事訴訟法上規定されていないから,いかなる方法によるかは捜査機関の合理的裁量に委ねられているともいえる。  したがって,その方法が著しく合理性を欠き,弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときには,違法となると解するべきである。 2 では,具体的にいかなる場合に,具体的指定書の交付要求が適法となるか。  具体的指定までの待機時間が不当に長い場合は違法である。また,具体的指定書の持参要求についても,電話などの代替手段がないことが必要とするのが原則と解するべきである。  指定の内容についても,検察官は目的に応じた合理的な範囲の接見時間を弁護人が確保できるよう配慮すべきである。かかる要求を満たさない指定は違法の疑いが強い。 【論点】違法捜査に基づく公訴権濫用  公訴権濫用論とは,違法収集証拠の排除法則ではまかなえない重大な違法がある場合,そのような捜査に基づく公訴提起を無効とするものである。公訴追行を違法とするものであるから,裁判所は337条を準用して免訴の判断を下して訴訟を終了させることになろう。  しかし,訴追をするかどうかの裁量は検察官に認められる。したがって,これを裁判所が否定するには,条文の根拠が必要であると解する。  したがって,かかる免訴を認めるべきではないと解する。 【論点】公訴提起後の捜査 1 公訴提起後の捜査は許されるか。当事者主義との関係で問題となる。 2 まず,被告人の取調べである。これは,なるべく避けるべきではあるが,任意処分であれば(るかぎり)許されると解する。公訴維持のため許す必要があるし,特に明文は禁止していないからである(197条)。但し被告人は一方当事者たる地位を有しているから,真意に基づく同意,弁護人の立会いを要求するべきである。 3 さらに,別件Bの被疑者としてA事件の被告人を取り調べることの可否を検討する。  まず,別件での逮捕・勾留がない場合,任意捜査の限度で許される。逮捕・勾留がない者は,いかなる者も任意捜査の限度でしか取調べができないから,当然である(198条1項但書)。ただ,本件では被告人としての勾留がある。これは被疑者としての勾留よりも長期にわたるものであるから,これを利用した不当な取調べに注意する必要がある。  他方,別件での逮捕・勾留がある場合,取調受忍義務が認められる以上,これと別異に解する必要はない。B事実について強制処分(捜査)としての取調べができると解する。  ただし,本件Aの被告人としての地位が脅かされないように配慮する必要がある。たとえば,B事件の捜査の必要性などから,A事件について接見指定による制限があってはならない。 第2編 公 訴 【論点】一部起訴の可否  たとえば,強盗行為をした者を恐喝罪の訴因で公訴提起したり,住居侵入窃盗のうち窃盗の訴因だけで公訴提起したりするといった,一部起訴は可能か。  刑事手続では検察官処分主義が妥当し,裁判所は検察官が設定した訴因に拘束される。 また,検察官は罪の一部についての起訴猶予(248条)ができるとされる。このことに対応し,訴因を事実の一部に限定した一部起訴も許されるというべきである。  ただし,これにも限界がある。まず,殺人罪を毀棄罪で起訴するなど実体的真実発見の要請に著しく反するような場合は一部起訴は認められない。また,強姦罪を暴行罪で起訴するなど,親告罪の意味が失われる場合があり得る。かような濫用的な一部起訴は否定すべきである。 【論点】起訴便宜主義 1 起訴便宜主義は,不必要な起訴を減少させ,被告人の手続の危険を軽減するものである。すなわち,犯罪が軽く,処罰が不必要な場合は起訴を見合わせるのが妥当である。また刑事政策上,犯人の早期改善・個別処遇の観点から起訴を行わないことが望ましいことがある。そこで,起訴をするか否かの判断を検察官に委ね,かかる場合に起訴を見合わせることを認めたものである。 2 しかし,起訴便宜主義(かかる建前)の採用によって,起訴が恣意に流れる可能性がある。  また,起訴便宜主義によると,前提において検察官に事実上の実体判断をさせてしまうとの側面を否定できない。これは,捜査の糾問化を招き,結果として公判中心主義や当事者主義に矛盾するおそれがある。  そこで,このような弊害を防止するため,刑事訴訟法上以下の制度が規定されている。  まず,告訴人,告発人への不起訴処分の通知がなされる(260条)。この通知は,次に掲げる検察審査会制度(検審法1条),準起訴手続(262条)を利用するための前提となるものである。  検察審査会制度とは,市民から選出される検察審査会により,起訴不起訴についての当否が審査されるものである。但し,これは法的な拘束力を有するものではない。  さらに,準起訴手続とは,公務員犯罪等一定の犯罪については,告訴人等裁判所に直接事件を審判することを請求することができるとするものである(262条)。 2 これに対して,現行法は不当な起訴処分については明文の防止規定を設けていない。そこで,かかる不当な起訴を回避する方法を検討しなければならない。  まず,嫌疑なき起訴をいかに扱うか。  これを訴権濫用論の問題とする立場もある。しかし,予断排除の原則(256条6項等)から,裁判官が起訴段階で嫌疑の有無を判断することは許されないはずである。したがって,端的に,無罪という方向で処理すべきである。  次に,起訴猶予相当の場合にあえて起訴した場合はどうか。  思うに,起訴猶予の判断について,検察官には広範な裁量が認められる以上,原則として,あえて起訴猶予相当の場合に起訴がされた場合も公訴棄却はされない。  とはいえ,検察官は公益の代表者であるから,権限の濫用は許されない(1条)。その意味で,公訴棄却がありえないわけではない。具体的には,公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限り,公訴棄却の対象になると解する。 【論点】被告人の特定基準 1 本問では,捜査の結果罪を犯したと思われるAが,Bの名を冒用した結果,起訴状にBと記載され,Bが公判手続に関与している。この場合,裁判所がいかなる措置をとるべきか検討する。  まず,被告人はABのいずれか,被告人の特定基準が問題となる。  思うに,氏名が起訴状に記載され,これが人定質問で確認される。このことから,被告人の特定は,起訴状の記載を基準に決せられるのが原則である。  しかし,具体的妥当性を図るため,訴状の記載の他に検察官の意思・被告人としての挙動・手続の段階などを考慮し,合理的に誰が被告人かを決するとが許されると解する。  本問では,起訴状の記載はBとあるが,公訴事実の記載などから,検察官の冒用者Aへの訴追意思が明確であるといえる。したがって,本問の場合,Aが被告人になる。 2 それでは,被告人がAであると明らかになった後,形式的に被告人として訴訟に参加したにすぎないBをどのように扱うべきか。  本問のように,実質審理の結果,身代わりの者が訴訟に関与していることが明らかになった場合,この者が被告人になるわけではない。この場合,冒頭手続の人定質問で冒用が判明した場合は,Bに訴訟係属は生じていないから,Bを排除して,Aを呼び出すことになる。さらに訴状の表記が誤っているので,表示の訂正の問題となる。  しかし,審理が進行した場合は,既に訴訟係属が生じてしまっている。したがって,これを終了させるために338条4号を類推適用して公訴棄却すべきである。  一方,有罪判決が下された場合は,控訴によって,判決が取り消される。また,有罪判決が確定した後は,争いあるも無罪を言い渡すべき事由がある場合といえるから,再審(435条6号)によるべきである。 【論点】訴因の特定の程度  訴因特定の基準をどのように考えるべきか。  思うに,訴因特定の趣旨は,裁判所に対して審判対象を明確にするとともに,被告人の防御の範囲を示す点にある。かかる趣旨からすれば,訴因はできる限り明確に特定していることが望ましい。  しかし,過度に特定を要求すると,公訴提起を困難にするおそれがある。場合によっては,特定のために徹底した捜査が行われ,自白の強要など捜査の糾問化を招くおそれすらある。したがって,例外的に,特殊の事情がある場合はできるかぎり特定してれば足りると解するべきである。  具体的には犯罪の種類,犯罪が行われた際の事情を考慮して,訴因ができるかぎり特定しているといえるかを判断するべきである。  たとえば,犯罪の日時を6年余の期間内,場所を本邦とするものでは訴因が特定されたとはいえない。ただし,国交のない国への出国が訴因の内容になっているという特殊事情あるならば,訴因はできるかぎりは特定されたとみるべきである。かような犯罪では,旅券などから対象となる犯罪行為が一回であることが明らかだからである。  また,日時について8日の幅をもたせ,場所を吉田町内及びその周辺とするのみでは,本来はアリバイの証明などにおいて被告人にとって不利になるから,原則として訴因が特定されたとはいえない。  しかし,覚せい剤・麻薬使用罪が問題になっている場合には,別途の考慮を要する。かかる犯罪は通常,密室で単独に行われるから目撃者が少なく,かつ被害者が存在しないという特殊な犯罪である。  したがって,上記の程度の記載であっても,訴因は特定されているというべきである。ただし,訴因を明確にするため,冒頭手続において検察官による補完が必要であると解する。   【論点】起訴状一本主義の趣旨・あらわれ  起訴状一本主義(256条6項)は,裁判官をまったく白紙の状態で,公判に臨ませることで,公平な裁判所(憲法32条,37条1項)たることを担保し,当事者主義を実現するものである。  また,かかる建前によれば,(公訴提起時には検察官から証拠が提出されることはありえず,)証拠は公判廷において初めて両当事者から提出されることになるから,公判中心主義が採られることにつながる。 *予断排除の原則を実現するための他の制度  勾留に関する処分は公判担当裁判官以外の者が行うとされ(280条),公判開始まで準備手続,証拠調請求は禁じられる(規則188条但書,規則194条1項但書)。また,冒頭陳述において検察官は事件に予断を生ぜしめるおそれのある事項は述べることができない(296条)。さらに,自白調書は最後に取調べることとされ(301条),捜査記録の一部のみに証拠能力が認められる場合には,他の部分と分離することが要求されている(302条)。 【論点】いかなる程度の引用・余事記載を許すか 1 起訴状における証拠文書などの引用は起訴状一本主義(256条6項)に反する可能性がある。そこで,脅迫文書の全文を掲載することは,本条違反として許されないのではないか。  この点,いかなる引用も許さないとすることはできない。起訴状には訴因を明示することが要求されており,これに必要な場合が考えられるからである。訴因の明示は,被告人に防御の範囲を示し,訴訟追行の指標を与える点で重要である。  しかし,特定の不備は釈明によって修正され得るのに対し,一度生じた予断は拭い去ることはできない以上,起訴状一本主義の要請(256条6項)が,特定の要請(256条3項)に優位すると考えるべきである。  そして,起訴状一本主義の趣旨は,裁判所が予断を抱くことを排除し,白紙の状態で公判に望ませることで公平な裁判所(32条,37条1項)たることを担保する点にある。かかる趣旨に反しない限度で,引用は許されると解するべきである。 2 この点,本件で問題となっている脅迫文全文の記載は,内容によっては,かかる要請に反するおそれが高く,原則として256条6項に反すると考えるべきである。  しかし,脅迫文言は構成要件にあたる事実そのものであるから,訴因の明示のためには,これをある程度は記載せざるをえない。また,文書によっては,表現が相当婉曲であり要約をしては脅迫文書であるとの趣旨が不明確になるものがある。このようなものについては,文書の趣旨が判明させる限度で,掲載の必要性がある。  しかも,本件についてはこのような内容を起訴状に記載することで,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれはない。逆に訴因を明示しない起訴を許すほうが被告人にとって不利である。  したがって,訴因を特定するに必要不可欠であれば,本件においては脅迫文全文の記載も許されると解するべきである。 3 起訴状には余事記載を行うことは禁止される。では,被告人の前科・前歴は余事記載か,256条は「書類その他の物の添付…引用」と規定されていることから,問題となる。  思うに,起訴状一本主義の趣旨は,裁判所の不当な予断を排除し,公平な裁判所を担保することにある。  ここに,かかる記述は,裁判官に予断を生ぜしめるおそれがあるものといえる。したがって,原則としてこのような記述は,起訴状一本主義に反し,違法であるみるべきである。  ただ,常習犯罪など,前科が構成要件要素となる場合,犯罪事実の内容になっている場合がある。このような場合は,前科を記載しなければ,訴因の特定・明示ができないから,前科の記述は許される。 【論点】刑事訴訟における審判対象,訴因と公訴事実との関係  刑事訴訟における審判対象は何かが問題となる。  思うに,不告不理の原則(378条3号),当事者主義の採用(256条6項,298条1項,312条1項)からすると,審判対象は検察官の主張である。この検察官の主張は,起訴状には訴因として明示される。  以上から,審判対象は検察官の具体的事実の主張たる訴因であると解するべきである(ことになる)。公訴事実は,訴因変更の限界を画する機能概念にすぎないと解する(312条1項)。 【論点】訴因の変更の要否  検察官が掲げた訴因と,裁判所が抱いた心証の内容が異なる場合,裁判所はそのままでは,訴因にあたる事実がないものとして無罪判決をすることになる。しかし,検察官に改めて適正な訴因で公訴提起をさせることを要求するのは訴訟上不経済であるし,被告人にとっても負担を課すことになる。  そこで,検察官は審理の途中で(,裁判官が抱いた心証にあわせて)訴因を変更することが認められる(312条1項)。 ただ,検察官の判断と裁判所の判断が食い違う限りで,常に訴因変更が必要とすればかえって被告人の迅速な裁判を受ける権利が侵害される恐れがある。  そこで,いかなる基準をもって,訴因変更を(が)必要とするか(否か)が問題となる。  思うに(まず),訴訟の審判対象は,一方当事者である検察官の主張する具体的事実たる訴因ある。とすれば,事実について変化があるか否かをもって訴因変更の要否を判断するのが原則である。  ただし,訴因を変更するのは被告人の防禦のためであるから,わずかな事実の変化では訴因変更は不要である。すなわち,被告人の防御活動にとって重要な変化があり,そのまま判断をすれば被告人に防御上の不利益が生じるかどうかによって,その要否を判断するべきである。 【論点】いかなる場合に防御上の不利益になるか  前述の通り,訴因変更の要否は,被告人の防御活動にとって重要な変化があり,被告人に防御上の不利益があるか否かによって決するべきである。  では,かかる不利益の有無は,いかにして判断すべきか。  この点,公判ごとの具体的事情に応じて被告人の防御に不当な影響があるかどうかで判断をする立場も考えられる。  しかし,かかる見解によれば,たまたま防御活動をしていれば訴因変更の必要がなくなるので,多くの場合,防御は尽くされているとして訴因変更が不要になるおそれがある。  思うに,訴因が変更されると被告人は防禦上,不利益を被る恐れがあるから,その変更の要否は明確であり,かつ,被告人の利益に十分配慮する必要がある。  そこで,訴因変更が不要な場合は,一般的に防御活動が及びうる範囲に限定すべきである。かく解すれば,訴因変更が必要な範囲が被告人にとって明確になり,便宜であるからである。  したがって,訴因事実と認定事実を対比し,抽象的一般的にいって被告人の防御に不利益を及ぼす場合に訴因変更が必要になると解する。 【論点】過失の態様の変化と訴因変更の要否  前方不注意の訴因のまま,訴因変更手続を踏まずに一時停止義務違反の事実ありと認定できるか。 (審判対象論→事実記載説→訴因変更の要否→抽象的防禦説を論じてから)  確かに,過失の態様が変化しても構成要件に変化はなく,訴因変更は不要とも思える。  しかし,過失犯における過失の態様に差異があれば,法律的な意味が違ってくる。また,過失の態様は,被告の防御にとって大きな意味がある。  したがって,一時停止義務違反の事実ありと認定するには,訴因変更は必要であると解する。 【論点】縮小認定されるべき事実が親告罪の場合  縮小認定する場合,事実の変更を伴うが,訴因変更は不要であるとされる。当初の訴因のすべてが審判対象になるものとして防御活動をした被告人にとって,防御上の不利益はないからである。  したがって,縮小認定が許されるためには@旧訴因が新訴因を包含する関係(大小関係)にあり,A縮小事実について検察官の黙示的予備的な訴追意思が認められ,かつB被告人の防禦に不利益がないことが必要であると解するべきである。  たとえば,強盗罪の訴因で審理がされていた際に,訴因変更がないまま,裁判所は,恐喝罪の訴因で審理をすることができる。  では,当初から告訴がない場合,強姦致傷罪を親告罪である強姦罪に縮小認定できるか。  この点,両者には@大小関係が認められ,B被告人の防禦も問題ないが,強姦罪について訴訟条件がない以上,A検察官の訴追意思は看取できない。  したがって,かかる縮小認定はできない。強姦致傷罪の訴因が認められなければ,裁判所は無罪の判決を下すことになるのが原則である。 【論点】訴因と罪数〜事実に変更なく,罪数の評価のみが食い違った場合 1 併合罪で起訴されたところ,科刑上一罪であることが判明した場合のように,事実に変化はないが,数罪が一罪と評価できるとき,いかなる手続をとるべきか。  思うに,事実の法的評価は裁判所の自由である。したがって,事実に変化ないかぎり裁判所はそのまま判断してよい。訴因変更手続や訴因の補正は必要ないと解する。  ただし,訴因の記載が一個の訴因と解釈できない場合には,一罪一訴因の原則に反するから訴状は不適法であり,訴因の補正が必要である。 2 一方,一罪によって起訴されたが,実体法上二罪たる併合罪であることが判明した場合のように,一罪が数罪と評価できる場合はどうか。  思うに,この場合も事実に変化がないかぎり,一罪か数罪かの評価は法的なものであり,裁判所に委ねられるべきものである。したがって,前段と同様に訴因変更は必要ないと考えられる。  この点,前段とは異なり,一罪を数罪と裁判所が判断ができるとすれば,不告不利の原則,および一罪一訴因の原則に反し,被告人の防御が十分にできないことになりかねないとも思える。  ただ,起訴事実の中に数個の犯罪事実が含まれると認められる記載があれば,検察官の訴追意思はすべての訴因について認められる。また,初めの訴因が数罪と認められる場合はありうる。  以上より,必ずしも訴因の補正を要しないと解する。 【論点】訴因と罪数〜事実の変化を伴う場合  前論証のとおり,数罪が一罪と評価できる場合,一罪が数罪と評価できる場合とも,罪数は裁判所の専権である以上,原則として訴因の補正は不要である。ただし,事実の変化を伴うから,訴因変更手続が必要である。 【論点】訴因逸脱認定の効果 審判対象は訴因であるから,訴因の逸脱は,不告不理の原則に違反するもので(が)ある(378条3号(項))。したがって,訴因の逸脱認定は絶対的控訴理由にあたるというべきである。 【論点】公訴事実の同一性の内容(基本的事実同一説,判例)  訴因を変更するには公訴事実が同一である必要がある(312条)。では,かかる内容をいかに解するべきか。 (審判対象論→事実記載説を論じてから)  以上からすれば,公訴事実の同一性とは,訴因変更の限界を画する機能概念に過ぎないと解するべきであり,その内容は,訴訟経済を図りつつ,被告人の防御も可能にするという訴因変更の目的がよく果たされるべく,決するべきである。  とすれば,公訴事実の同一性とは公訴事実が単一であって,かつ,両者の基本的事実が同一である必要があると解するべきである。  そして,基本的事実が同一であるかの判断は,両者の近接性,関連性,共通性を基準として判断し,補助的要素として両者が非両立の関係にあるかを基準とすべきである。  けだし,両者に共通性が認められたり,一方の事実があれば他方の事実は存在しないという関係があれば,両者の基本的事実は同一であると考えられるからである。 【論点】時機に後れた訴因変更  訴因変更の申立については,条文上制限がない。では,訴訟の進行段階からして,時機に後れた訴因変更をすることも無制限に認められるか。  このような訴因変更は,被告人側に立証の努力や負担を課すものであり,被告人の利益を著しく害するものである。したがって,訴因変更は許されない。 【論点】裁判所による訴因変更命令の義務  原則として裁判所には訴因変更命令を下す義務はない。当事者主義の下では,審判対象の設定・変更権限は検察官にあるからである。  となれば,原訴因のままでは裁判所は無罪を言い渡すしかないのが原則である。しかし,そうなると,新訴因について,検察官は一事不再理効から再起訴ができなくなる。これは, 真実の発見の要請,司法的正義の要請に反する。  したがって,かかる場合には釈明(規則208条)で対応すべきである。  では,これに検察官が従わない場合,裁判所は訴因変更命令を出す義務があるのか。  思うに,当事者主義も刑事訴訟法の目的たる手続保障と真実発見のための手段である。  とすれば一定の場合に限り,例外を認めるべきである。すなわち,@相当重大な事件で,A証拠上犯罪の成立が明らかな場合に限り,真実発見という法の目的を達成するため,裁判所は訴因変更命令を下す義務を負うと解する。 【論点】訴因変更命令の形成力の有無  訴因変更命令が下された場合,検察官は,これに従って訴因変更の手続をする義務を負う。これに加えて,裁判所の命令には,形成力が認められ,当然に訴因が変更されたことになるのか。  思うに,法は,当事者主義を採り,裁判所は公平な第三者的機関としての位置づけを与えている。すなわち,訴因の設定・変更権限はあくまで検察官にある。にもかかわらず訴因変更命令に形成的効果を認めれば,裁判所にも訴因の変更権限を与えたことになり,かかる建前に矛盾する。  したがって,当然に訴因変更の効果が発生するのではなく,命令は勧告的なものにすぎないと解する。 【論点】罰条の変更  裁判所の判断と起訴状に記載された罰条が食い違うのに,検察官が罰条をすすんで変更しない場合,裁判所は変更命令を発することになる(312条2項)。  この変更命令は裁判所の義務に属し,命令に形成力があると解する。法令の適用は裁判所の職責であるし,適用法条も弁論の対象にすべきであるからである。  もっとも,特に被告の防御に実質的な不利益が生じない場合は,罰条変更手続は不要であると解する。 【論点】公訴時効の本質  公訴時効の制度について,その本質をいかにとらえるかについては争いがある。 思うに,この問題は,公訴時効制度の内容・機能から遡って(逆算して)考えるのが妥当である。 この点,時効制度一般の目的は,一定期間訴追されていないという既成事実の尊重にある。 また(一方),公訴時効の制度内容をみると,刑の軽重によって,時効期間が異なるとされている(250条)。さらに(また),公訴時効が完成した場合,免訴の判決が下されることになる(337条4号)。 以上をあわせて考えると,公訴時効の完成とは,国家が訴追権を発動しないことによる国家の訴追権の消滅を意味すると解するべきである(みればよい)。加えて,反射的に,長期間訴追されなかったという,被告人になるべき者の地位を安定をさせる制度であるとみるのが妥当である(新訴訟法説)。 【論点】公訴時効の停止  公訴時効の停止とは,一定の停止事由が発生した時点で時効期間が進行しなくなるが,停止事由が消滅した後に,残存期間が進行する制度のことである  公訴時効が停止する事由として公訴提起が必要である。したがって,公訴提起が不存在とみられる程度の瑕疵がある場合,時効は停止しない。  では,訴因不特定で公訴棄却された場合,すべて時効は停止するか。 思うに,特定の事実について検察官が訴追意思を表明したものと認められるときは,停止を認めるのは差し支えないと解するべきである。けだし,公訴時効が停止する範囲は明らかになるし,訴追意思の表明があるかぎり,停止を認める趣旨に合致するからである。  したがって,このような場合には,公訴時効が停止すると解する。  そして,この訴追意思を表明したと認めうるかは,起訴状の公訴事実に表示された犯罪が同一であるか,検察官の釈明内容などの事情を総合考察して判断すべきである。 【論点】時効停止の客観的範囲  審判対象が訴因であることから,時効停止の客観的範囲(254条,「事件」)も訴因に限られるかが問題となる。  確かに,訴因は検察官によって訴訟の主題とされたものであるから,この範囲で公訴時効も停止するとみることが素直である。  しかし,公訴時効の停止は,公訴の存在の付随的効果であるから,訴因事実に限定される必然性はない。  思うに,判決が確定した場合,公訴事実の同一性の範囲で一事不再理効が認められるが,これは訴因変更により同時訴追の可能性があった以上,検察官の同時処理義務が認められるからである。かかる義務の遂行のため,訴因変更をした先の事実について公訴時効が停止せず,時効が完成することを認めるわけにはいかない。  したがって,公訴時効が停止する範囲もまた,公訴事実の同一性が認められる範囲で認めるべきである。 【論点】時効停止の主観的範囲  さらに,停止の主観的範囲について検討する。  まず,犯人でない者に対する公訴提起では,真犯人に対する時効の停止の効果は発生しない。公訴は人的に可分であるからである。また,そもそも公訴の効力は被告人以外の者に及ばない(249条)。  ただし,身代わり犯人の場合,身代わり犯人と真犯人との間には,事後共犯的関係がある。したがって,254条2項の準用によって,真犯人との関係でも時効は停止すると解する。 【論点】科刑上一罪・牽連犯における時効期間の起算点 1 科刑上一罪の時効期間の算定基準となる罪,および起算点をどのように解するべきか,条文からは明らかでなく問題となる。  思うに,科刑上一罪の関係に立つ複数の罪は,実体法上刑罰権が一つであることに対応させ,一体として扱うべきである。そこで,観念的競合においては,科刑の基準となるもっとも重い刑を基準として,最終結果発生時から時効期間を起算すべきである。 2 また,牽連犯においても原則として,もっとも重い刑を標準に,最終行為のときから起算する。  ただ,目的行為が手段行為の時効期間満了後に実行されたとき,一体的に考えるとすれば,目的行為が行われない限り手段行為の時効が完成しないこととなる。かかる結論を避けるため,この場合に限り,個別的に判断すべきである。 【論点】訴訟条件の追完〜親告罪の告訴の追完  刑事訴訟における訴訟条件は,公訴追行条件である。したがって,訴訟条件は,公訴提起時に備わっている必要がある。  これは,親告罪における告訴も同様である。したがって,親告罪については,起訴時から告訴が必要である。では,始めから告訴がないにもかかわらず,親告罪で起訴し,後に告訴が得られた場合,告訴の追完を認めることができるか。  思うに,訴追側のミスは看過できないほど大きい。また,公訴提起のやり直しを認めても,親告罪においてはいったん公訴棄却する間に示談が行われる余地があり,必ずしも訴訟経済に反するとはいえない。  したがって,告訴の追完は許されないのが原則である。  ただし,被告人が追完に同意した場合,または冒頭手続までに追完された場合は,例外的に訴訟条件を具備したものといえると解する。このような場合,被告人に不利益はないし,被告人の負担を考えれば,例外を認める必要があるからである。 【論点】訴因変更による訴訟条件の追完 1 時効完成した単純横領罪から,時効未完成の業務上横領罪への訴因変更は可能か,訴因変更によって訴訟条件を追完し得るのかが問題となる。  思うに,単純横領罪の起訴は不適法であり,免訴の判決が下されるべきものである。したがって,不適法起訴の免れるための訴因変更となるから,本問のような訴因変更は認められないと解する。  そして,一事不再理効は公訴事実の同一性の範囲で発生するから,検察官に再訴を可能ならしめるには,公訴の取消(257条)によるしかないと解する。 (*肯定説 1 時効完成した単純横領罪から,時効未完成の業務上横領罪への訴因変更は可能か。 思うに,公訴事実は訴訟を通じて明らかになる性質がある。とすれば,審理の進行により,時効が完成したか否かの判断が後から覆されるおそれがある。  にもかかわらず,時効未完成の訴因への変更を否定すれば,完璧な訴因を掲げるため捜査が糾問化するおそれがあ(る。)り,(これは,)被疑者の人権保障の観点からは問題が大きい。  思うに,訴因変更による不備の追完は,事の性質上,その必要性を法が認めていると解することができる。  したがって,訴因変更により時効が完成した訴因から未完成の訴因への変更をすることは認められると解する。 3 これに対して,時効未完成の業務上横領罪から,時効が完成した単純横領罪への変更は可能かが問題となる。  思うに,変更がなされると時効完成により免訴判決(337条4号)を受けることになり,これは被告人にとって利益となる。  したがって,かかる変更は可能と解する。 【論点】不適法訴因への訴因変更  不適法訴因への変更が認められるか。  思うに,当事者主義の下,訴因設定権限はあくまでも検察官の専権である。また,形式裁判により,再起訴の可能性を留保しておく必要性がある。  したがって,不適法訴因への変更も原則として可能と解する。ただし。公訴棄却となる訴因への変更を認めるには慎重である必要がある。無罪判決の回避だけを目的とする変更がされるおそれがあり,これを許すことはできないからである。 【論点】管轄違いの訴因への変更の可否  過失致死罪で簡易裁判所に起訴されたが,審理の結果,殺人罪と判明した場合,裁判所はいかなる手続をとるべきか,管轄違いとなる訴因への変更の可否が問題となる。  まず,前提としてそもそも訴因変更が必要かが問題となるが,(審判対象論→事実記載説→訴因変更の要否→抽象的防禦説を論じてから)  本件では(思うに,)審判対象である訴因について,殺人罪の訴因と過失致死罪の訴因との間には,主観的要件の点で事実変化が認められる。したがって,本件でも(は)訴因変更が必要である。  しかし,殺人罪は簡易裁判所に管轄権がないから,このような訴因変更は認められるか。 思うに,訴因変更を認めなければ,無罪判決を下すことになる。しかし,一事不再理効は訴因変更が可能な範囲で認められるから,このままでは殺人について再起訴をすることが不可能になる。  かように,管轄違いという違法によって殺人罪という重大事件について再起訴の可能性を奪うのは妥当でない。また,そもそも訴因の設定権限は検察官の専権である。  したがって,簡易裁判所における訴因変更を許したうえで,管轄違いの形式裁判をなすべきであると解する。 第3編 公判手続 【論点】迅速な裁判を受ける権利の趣旨  憲法上,被告人には迅速な裁判を受ける権利が保障されている(37条1項)。  迅速な裁判の実現は,国家側にも,証拠が散逸し,真実発見が困難になることを防ぐという利益をもたらす。  しかし,被告人は,被告人勾留により人身の自由が奪われるのみならず,被告人というレッテルが張られるなど,物心両面において精神的経済的な負担を負う。  被告人には,かかる被告人たる地位からの早期解放という利益があり,迅速な裁判実現の趣旨は,かかる地位を有する被告人救済の点に重点をおいて考えるのが妥当である。 【論点】迅速な裁判を担保するための各種の規定  憲法上保障された,迅速な裁判を受ける権利を実現するため,さまざまな制度がおかれている。  まず,公判開始前には,逮捕・勾留に期間制限があり(203条以下),告訴期間も制限される(235条)。また,公訴時効制度(250条)も迅速な裁判の実現に資する。  次に,訴追後審理前には,起訴状謄本の遅滞なき送達(271条1項),訴因の特定(256条3項)が要求される。さらに,事前準備,準備手続の制度(規則178条の2以下,規則194条以下)も審理の促進を図るための制度である。  また,審理中は,職権進行主義(273条),訴因変更の制度(312条),集中審理の原則(規則179条の2)(証拠開示制度)により審理が促進される。  さらに,上訴段階においては上訴提起期間の制限(373条,414条),即時抗告制度などにより迅速性を担保している。  最後に手続自体を簡易化する制度として,簡易公判手続(291条の2),略式手続(461条以下),交通事件即決裁判手続(,交通反則金の制度)などがあげられる。 【論点】長期訴訟の打ち切り 1 現に裁判が遅延した場合,被告人をどのように救済すべきか。  まず,量刑について,未決通算することや,国家賠償の請求を認めることが考えられる。2 さらに,端的に審理の打ち切りを,憲法37条1項を根拠に認めることができるか。  思うに,憲法37条1項は単なるプログラム規定ではなく,審理の著しい遅延の結果,被告人の権利が害されるという異常事態が生じた場合には,同条を根拠に訴訟の打ち切りを認うる,具体的権利を定めたものと解するべきである。  そして,そのような異常事態にあるというためには,@遅延の期間,A遅延の原因・理由,B被告人が被る不利益など諸般の情況を総合判断して決するべきである。(期間,理由,被告人の生じた損害を総合勘案して判断することになる。) 3 ここで,かかる救済をなすためには,被告人からの積極的な申出を必要とするべきか,要求法理を採用すべきかが問題となる。  思うに,無罪判決が確実に予想されるような事案でもない限り,被告人の申出を要求することは酷であり,申出を被告人に期待することはできない。  したがって,要求法理は採用すべきではないと解する。 4 また,打ち切りのために,いかなる手続を採るかも明らかでない。  思うに,公訴時効期間以上の審理の中断があった場合については,時効完成の場合に準じて考えることができる。また,既判力のある免訴の方が被告人にとって有利である。  したがって,337条を準用して免訴判決によるのが妥当である。 【論点】裁判所が行う捜索・押収 1 まず,公判廷内で行われる捜索・押収に限り,令状は不要である(106条参照)。他方,公判廷外で行われる捜索・押収は,現実には捜査機関による捜索・押収と同視し得るから,令状は必要である(だからである)。 これに対して,捜査機関による場合は,220条にあたる場合以外の無令状の捜査・捜索は許されない。 2 さらに,裁判所が行う捜索・押収では,弁護人などの立会権が保障される(113条)。裁判所の職務執行の公正を図るためである。  これに対して,捜査機関による場合,立会権を保障した113条の準用がない。結果,立会権は認められないと解される。捜査遂行上の便宜から,被疑者を立ち会わせる場合があるにすぎない(222条6項参照)。 3 最後に検証は裁判所自身が行う(108条)から,無令状でなしうると解する(128条)。 【論点】証拠開示が認められるか  被告人への検察官の証拠開示は認められるか。  確かに,当事者主義の観点からは両当事者は自ら証拠を収集提出するのが自然とも思える。しかし,証拠収集・訴訟遂行の能力について劣弱な地位にある被告人と検察官の立場との実質的対等を図る必要がある。(証拠開示はこのための有力な手段になる。)  また,現行法の規定では証拠開示に関する制度として不十分である(40条,99条,299条,300条等)。  さらに,証拠開示請求を一切認めないならば,被告人の当事者としての地位,裁判を受ける権利が害される。しかも,被告人による防御が尽くされない場合,えん罪事件を呼び,真実発見の要請にも反する可能性がある。  したがって,真実発見,人権保障のいずれの要請を実現するためにも,証拠開示は認めるべきである。具体的手段・根拠としては,裁判所の訴訟指揮権による(294条)。 【論点】弁護側はいかなる程度の証拠を閲覧できるか  では,そうであるとしても,裁判所は,弁護人の請求に応じて,無条件に開示命令を出しうるか。  確かに,全面開示を肯定した場合,被告人による証人威迫・罪証隠滅のおそれがある。弁護活動の低調化を招くおそれもある。  かかる問題を避けるためには,裁判所が各証拠ごとに開示を認めるか否かの判断をし,コントロールをする必要がある。したがって,裁判所は個別開示命令をするにとどめるべきである。  すなわち,かかる命令を出すためには,@予断排除を防ぐため,証拠調べに入った後でなければならない。また,A濫用を防ぐため,弁護人は具体的必要性を明示する必要がある。そして裁判所は,B事案の性質,審理の状況等諸般の事情に照らし,防御のために重要であり,C罪証隠滅などの弊害のおそれがなく相当と認められるときに,訴訟指揮権に基づいて(294条)証拠開示命令を出すことができる。 【論点】証拠裁判主義の趣旨 1 事実の認定は証拠によるとされる(317条)。かかる規定の趣旨は,歴史的には,自白によって犯罪事実を認定するという法定証拠主義の排除を意味する。 2 また,現行法は証拠能力および証拠調手続について厳格な規制を施し,合理的認定を担保していることに鑑みれば(319〜320条,304条〜310条),(さらに,証拠は適法なものが予定されている。すなわち,)証拠とは,定式の手続を経た証拠能力ある証拠を指す。 3 加えて,(また,)事実は罪を断ずるためのものであるはずだから,公訴犯罪事実を指すと解される。  かくして,本条は,公訴犯罪事実は厳格な証明によらなければならないことを規定するものであるという規範的意義をも有すると解するべきである(ことになる)。 【論点】厳格な証明の妥当範囲 1 刑事訴訟上における事実の証明には,原則として厳格な証明が必要である(317条)。 法定手続による規制があって初めて,公平な裁判所による裁判が担保されるし,刑事訴訟法の目的(1条)も達成できるからである。 2 ただし,訴訟遅延を防ぐため,すべての事実につき厳格な証明が必要だとするべきではない。 では,厳格な証明が妥当する事実の範囲をどのように解するべきか。 思うに,刑罰権の存否,範囲の確定にかかる部分に関する事実は刑事訴訟の終局判決の内容に直接かかわるものである。したがって,刑罰権の存否および範囲を画する事実について厳格な証明が必要であると解するべきである。 3 では(これに関連し),アリバイ事実は,厳格な証明の対象になるかが問題となる。 条文上,被告人に有利な証拠も「犯罪事実の存否」と規定されており,「存否」を区別していない(る)(322条1項3号)ことからすれば,アリバイ事実も厳格な証明の対象になると考える(この点,肯定す)べきである。  このように解しても,実質的な挙証責任が検察官にある以上,かかる手続によっても過度の負担を被告人に課すものではない。  これに対して,自由な証明の対象になる例として,情状事実がある。犯罪事実とは重要性の質が異なるし,資料を限定しないためである。ただし,犯行の動機,手段,被害の程度等の犯罪事実に関するものは厳格な証明が必要である。  また,訴訟法上の事実の証明も自由な証明の対象となる。犯罪事実と根本的に異なるからである。ただし,自白の任意性についての事実は自由な証明でたりるかは争いがある。  思うに,自白の任意性は犯罪事実の証明についての影響が大きく,被告人に十分な防禦の機会を与えることが必要である。  したがって,被告人の利益保護の観点から,厳格な証明の対象になると解する。 【論点】実質的挙証責任を負う者 1 犯罪事実の挙証責任は,原則,検察官が負うと解するべきである(336条参照)。  けだし,刑事訴訟法の趣旨は,無辜の不処罰と,人権保障にある(1条参照)。とすれば,挙証責任の問題においても無罪の推定を働かせるべきである。また,刑罰権の発動を求めるのは検察官であるからである。  しかも,証明の程度は,被告人が有罪であることにつき合理的疑いを容れない程度であることが要求される。 2 また,挙証責任を負う範囲は犯罪事実全般である。具体的に,検察官が挙証責任を負う範囲として,構成要件該当事実・客観的処罰条件は問題なくこれにあたる。犯罪事実そのものを構成する事実だからである。  また,違法・責任阻却事由も刑罰権の不存在にかかわる事由として,検察官が挙証責任を負う。ただし,被告人は一応の証拠提出責任を負うと解するべきである。検察官の加重負担を避ける必要があるし,被告人の責任は証拠提出責任にとどまるから,過重な負担とはいえないからである。  さらに,訴訟の適法性は検察官が責任を負うべきであるから,訴訟条件についても挙証責任を負う。  最後に,訴訟法上の事実,刑の量定の基礎となる情状については,有利な効果を主張する者が事実を立証すべきであると解する。 【論点】法律上の推定・挙証責任の転換 1 法律上の推定とは,検察官が前提事実を立証すれば,推定事実不存在の挙証責任が被告人に転換されるものである。一方,挙証責任の転換は,無条件に被告人に挙証責任が転換されるものである。  これらの制度は,無罪の推定の原則(336条)に対する例外である。したがって,合法とされるには,法律に明文があり,転換に強い合理的理由が必要である。  具体的に,法律上の推定については,@転換を認める必要性があり,A許容的推定にとどまり,B推認が合理的であって,C被告人の反証が容易であることが必要である。  次に,挙証責任の転換については@挙証事項が他の部分から合理的に推認され,A被告人の挙証がむしろ便宜であって,Bその部分を除いても処罰が肯認される,ことが必要である。 2 具体的に,名誉毀損罪の事実の真実性の証明に関し,挙証責任の転換は合法か。  思うに,被告人の挙証事項は表現の真実性であり,@挙証事項は推認し得る。また,表現行為をなした者が挙証する方がA便宜である。さらに,本来真実であっても処罰されるからBも満たされ得る。  したがって,本規定は合法である。ただし,被告人にとって,挙証責任の転換が過酷なものにならないため,証明の程度を低減させ,証拠の優越の程度で証明ありとすべきである。 3 さらに同時傷害の特例については,因果関係の立証の困難性を救う必要性から@およびAの要件も満たすと考えられる。また,少なくとも暴行がある以上,Bその部分を除いても処罰が肯認され得る。  以上から,本条も合法であると解する。 【論点】被告人の証人適格  被告人自身がすすんで証人になることを求めたとき,これを証人とすることは可能か。 思うに,被告人には黙秘権(311条)があり,これは利益不利益を問わず一切の供述拒否を可能とするものである。これに対して,証人には原則として証言する義務があるから(143条参照),被告人の立場と証人の立場は相いれない。  本人の承諾があるからとはいえ,安易に被告人に証言義務を負わせることを認めるならば,すすんで証言をしない者には後ろめたいことがあるとの推認が働くおそれもある。  したがって,被告人の証人適格は否定すべきである。 【論点】共同被告人の証人適格  共同被告人といえども,当該手続においては被告人であるから,被告人の証人適格の問題と同様に考えるべきである。  とすると,黙秘権を有するのは同様であるし,肯定すると,共同被告人の意思に反して証言を強制し得ることになるおそれがある。また,証人適格を認めるための手続規定がない。以上から,共同被告人は,本人の同意があっても当該手続において証人となることはできない。  では,手続を分離(313条)すれば,どうか。  思うに,公訴は人的に可分であるから,ある共同行為者は,他の共同行為者に関する公判においては,被告人になるわけではない。証人として喚問することについて条文上の問題もない。また,証言義務を負わせても,自己負罪拒否の特権を有することは通常の証人と同様であるので,その防御に不当な影響が及ぶことはない。  以上から,手続分離後に共同被告人であった者を証人として喚問することは許されると解するべきである。 【論点】共同被告人の被告人としての供述  被告人の供述に証拠能力を認めうるか。  思うに,被告人には黙秘権がある。とすれば,被告人の供述内容のチェックのための反対尋問権は,当然には保障されない結果となりそうである。  しかし,被告人には任意の供述を求めうる(311条3項)し,事実上これを拒否されることもほとんどないと考えられる(はない)。したがって,事実上の反対尋問権の行使は確保できる。  したがって,この場合,証拠能力を認めるべきである。 【論点】悪性格の立証(証拠能力が認められるか)  いわゆる悪性格が立証された場合,かかる事実に証拠能力は認められるか。 まず,まったく異なる種類の前科などによる悪性格の立証はそもそも論理的関連性が否定される。けだし,訴因事実とは無関係だからである。  次に,論理的関連性が認められた場合の証拠能力が問題となる。 思うに,悪性格と犯罪との因果的結びつきは微弱であるにもかかわらず,裁判官が不当な偏見を抱く危険性が高い事実でもある。  このような事情から,法律的関連性が認められず,その証拠能力は原則として否定されると解する。  ただし,法律的関連性は政策的なものであるから,偏見を抱く弊害が少なく,かつ,立証の必要性が高い場合には例外を認めてよいと考えるべきである。  具体的には,犯罪の客観面が立証された場合における主観的要素の立証,犯罪の手口など際立った特徴がある場合の立証につき,例外を認めて良いと解する。 *被告人側が善良な性格の立証は,無罪の推定力を高めるから許される。この場合,被告人側の主張を理由なからしめるという事情があって初めて,検察側は悪性格を立証することは可能であると解する。  ただし,これらの証明においては,起訴事実との関連がある必要がある。たとえば,詐欺の事件において,暴行癖があることなどを証明することは許されない。 【論点】余罪と量刑  余罪を処罰する趣旨で,余罪を量刑の資料に考慮し,被告人を重く処罰することはできない。不告不理の原則や,証拠裁判主義に反するからである。  ただし,余罪を情状を推知するための資料として考慮することは許されると解する。 けだし,量刑は被告人の性格,経歴,動機,方法等すべての事情を考慮して判断されるべきものであるから,この一事情として余罪を考慮することも,禁じられないと解するべきである。 【論点】写真の証拠能力 1 現場写真とは,犯行の現場を撮影したものである。その証拠としての性質をいかに解するべきか。  思うに,写真の対象は物である以上,伝聞とはいえない。また,偽造・修正などがないか,これをチェックする必要はあるが,これは他の証拠一般にいえることである。伝聞証拠に含めて,証拠能力を大幅に制限する理由にはならない。  したがって,非供述証拠として,証拠能力が認められ得るというべきである。  とするならば,写真の証拠能力を認めるには,当該写真自体,またはその他の資料をもって写真と事件との一般的な関連性が認められればよいことになる。必ずしも,撮影者らを証人として喚問する必要はないことになる。 2 説明写真とは,供述内容を明らかにするために供述の一部として使われる写真である。 かかる写真は,供述と一体をなしているといえるから,独立して証拠能力を論じることはできない。したがって,書面自体の証拠能力が認められるかどうかの問題に帰する。 3 再現写真とは,立会人が犯行状況を再現したところを撮影した写真である。 これは,行動によって供述をなしていると考えられる。そして,その再現内容自体の真実性を立証するための証拠であるから,供述証拠というべきである(321条1項2号3号,322条1項)。 【論点】ポリグラフ検査 1 まず,ポリグラフ検査による取調べは黙秘権の侵害になり,違法捜査とならないか。  思うに,かかる検査によって採取されるものは生理的変化にすぎないから,その性質は非供述証拠である。しかも,ポリグラフ検査において,被験者は質問に必ずしも答える必要がない。  したがって,本検査は黙秘権を侵害するものではないと解する。 2 さらに,かかる資料に関連性があり,証拠能力は認められるか,問題となる。 思うに,検査結果が信頼性あることがうかがえる場合,論理的関連性(証拠能力)を肯定してよい。  かかる信頼性は,@検査者,A器具の性能,経過・結果のB忠実な記録がされているかなどの事情を総合勘案して決すべきである。 3 としても,検査の結果を記載した書面は伝聞証拠であるから,原則として法律的関連性が否定される(329条)。そこで,例外的に証拠能力が認められるためにはいかなる伝聞例外の規定によるべきか。 (鑑定受託者による鑑定書面の証拠能力の問題を論じる) 【論点】公判廷における有罪である旨の陳述  公判廷においてなされた有罪である旨の陳述は,憲法上補強証拠が要求された自白(憲法38条)にあたるか。文言上,公判廷の内外で区別がないので問題となる。  思うに,公判廷の陳述は拘束や陳述義務がなく,発言の証明力は高い。さらに,裁判所による被告人の態度の観察,質問権行使によって,公正さが担保される。  したがって,かかる陳述は憲法の保障が及ぶものではない。刑事訴訟法によって,補強証拠が必要とされる(319条2項)のは,憲法の趣旨が拡張されたものである。 【論点】排除の根拠と基準 1 不任意の自白の証拠能力は否定される(319条1項)。しかし,その根拠が明らかでなく,問題となる。  思うに,強制による自白の内容は虚偽である蓋然性が類型的に高い。そこで,かかる判断を誤らせる危険性がある証拠について,事前にその証拠能力を否定すべきである。また,自白の強制は供述の自由などの人権を侵害するものであるといえる。  自白法則の根拠は,以上の2点から判断すべきである。 2 それでは,何をもって不任意の自白と認定し,自白法則の対象となるか,その判断基準が問題となる。  上述のように,不任意自白の排除の趣旨は,虚偽のおそれがある自白を証拠から排除し,かつ人権侵害を防ぐ点にある。したがって,@虚偽の自白たるおそれがあるか否かに加え,A人権侵害のおそれが高いかどうかによって決するべきである。 3 以上の具体例を検討する。  まず,施錠下での自白については,反証のないかぎり,供述の任意性につき一応の疑いをさしはさむべきである。ただし,終始穏やかな雰囲気のうちに取調べがすすめられた場合ならば,この反証があったといってよい。  また,偽計による自白・約束による自白については,偽計の内容が,虚偽の自白を導くものでなければ,証拠能力を認めてよい。これは,提示された利益の内容,提示者と利益の関係,利益提示の態様など以上の内容を総合して判断すべきである。 【論点】補強を要する事実の範囲・証明力 1 まず,いかなる事実につき証拠による補強が必要かが明らかでなく,問題となる。  思うに,補強証拠法則は,自白偏重を防止し,万に一つの間違いを避けるためのものである。とすれば,事実の真実性を担保するにたりる証拠があれば,補強証拠と認めてよい。  また,補強証拠の証明力としても,どの程度のものが要求されるか。  上述のとおり,補強証拠が要求される範囲と,自白の証明力とのかかわりはない。とすれば,補強証拠に単独の証明力を要求する必要はない。  したがって,自白と相まって犯罪事実の認定ができればよいと解する。 【論点】被告人自身が記載した帳簿の補強証拠能力  このような帳簿について,補強証拠能力は認められるか。  たしかに,被告人の供述自体は補強証拠にならない。  しかし,犯罪の嫌疑を受ける前にそれと関係なく記載されたものであれば,独立の証拠能力が認められるといえるから,その補強証拠能力を否定する理由はない。この場合,万に一つの間違いを避けるという補強法則の趣旨に反しないからである。  しかも,証拠価値からみて,きわめて高度の信用性がある証拠については,積極的に証拠として採用する必要がある。かかる証拠の証拠能力を否定すれば,実体的真実に反し, 不当な結論を招くからである。  そこで@機械的に記載され,A客観的事実に照応するものであって,かつ,B犯罪事実を認めるという意識なく作成されているならば,補強証拠能力を認めてよいと解するべきである。 【論点】共犯者の自白(供述)と補強法則 1 供述は,共犯者との関係で自白ではないが,かかる供述に補強法則の拡張の必要性はあるか。  この点,自白した者が無罪となり,否認した者が有罪となるのは不合理であるとして,補強証拠を要求する見解もある。  しかし,かかる結果も自白は反対尋問を得た供述より,証明力が弱い以上当然であるといえる。  思うに,補強法則は自由心証主義の例外であるから,条文もなくその拡張を認めることはできない。その意味で,原則どおり,補強法則の拡張は否定すべきである。  ただし,他の共犯者の自白以外の証拠がないのに被告人の有罪の確信が得られるのは,まれである。すなわち,裏付け証拠がない認定は不合理な認定であることが通常であり,結果,それだけで他の共犯者を有罪に追い込むことはできない。その意味で,本論点を肯定的に解した場合と,結論はさほど異ならないことになる。 2 補強証拠能力  さらに,共犯者の供述は,被告人の自白の補強証拠たりうるか,共犯者二名以上の供述を相互に補強証拠として被告人を有罪とできるかについて問題となる。 この点,供述は上記のように通常の証拠として扱えばたりる以上(よいから),いずれも肯定しうることになる。 【論点】伝聞法則の適用範囲  伝聞証拠とは公判廷外の供述証拠であり,その供述内容の真実性立証に用いるものをいう。よって,原供述を供述内容の真実性の立証に使う場合が,伝聞といえる場合である。したがって,伝聞法則の適用範囲は,要証事実との関係で相対的に決せられることになる。  たとえば,脅迫罪の訴因において,「被告人Aは『騒ぐと殺すぞ』といいました」という証人の法廷における供述ならば,脅迫的言辞があったこと自体が構成要件事実である。すなわち,「騒ぐと殺すぞ」という発言内容の真実性は証明の対象ではないから,これは伝聞ではない。 【論点】精神状態の供述  被告人甲について,証人乙が「被害者丙が『甲は恐ろしい』といっていました」という陳述は,伝聞か。  かかる供述は,精神状態を直接述べるものであるから,知覚・記憶の過程がないので,本来伝聞ではない。ただ,自己の心情を偽ってないかのチェックをするため,伝聞法則を適用すべきか。  思うに,供述の誠実性については,原供述がなされた情況,供述態度から推知しうるから,伝聞供述者を反対尋問すれば,そのチェックはできる。また,知覚・記憶の過程には問題がない以上,誤りが入りこむ恐れは類型的に低いといえる。  したがって,伝聞法則の適用は不要であると解する。 【論点】伝聞法則の根拠と例外  伝聞法則の根拠は,供述証拠は知覚・叙述・表現の過程で誤りが入りこむおそれがあり,これを反対尋問でチェックする機会を確保する点にある。  ただ,真実発見の見地からは一定の例外も認める必要性がある。そこで,@伝聞証拠を証拠とすべき必要性と,A反対尋問に代わる信用性の情況的保障が認められれば,伝聞例外として証拠能力が認められると解するべきである(321条以下)。 【論点】321条1項要件の解釈  「供述することができないとき」(321条1項)として条文には四つの事由があげられているが,これは限定列挙か。  思うに,伝聞法則の根拠は,供述証拠は知覚・叙述・表現の過程で誤りが入りこむおそれがあり,これを反対尋問でチェックする機会を確保する点にある。  そこで,伝聞例外は,信頼性のほか,伝聞証拠を利用すべき必要性があれば,認められる。  とすれば,死亡などの列挙は例示であり,同程度の障害があればよいことになる。  ただし,伝聞例外はあくまで憲法上要請されている権利の例外であるから(憲法37条2項),その要件は厳格に解するべきである。  具体的には,記憶喚起のための手段を尽くしても功を奏しないような場合に限るべきである。かつ,例示事由と等価というため,一時的事由でないことなどを要求すべきである。 【論点】検面調書 1 より詳細な記述は自己矛盾供述(321条1項2号)にあたるか。  本条にいう自己矛盾とは,法廷内での供述によれば,前にした供述と異なる結論を導く可能性があることを指す。  とすれば,より詳細な供述によれば,異なった結論を導く可能性はある。 したがって,詳細な供述も,自己矛盾供述に当たる場合があると解する。 2 特信情況について,証拠能力の要件か,証明力の要件か争いがある。しかし,特信状況は320条の一環であるから,条文の位置から証拠能力の要件というのが妥当である。 このような特信性は,外部的付随事情からその有無を判断することになる。ただし,判断資料として,供述内容そのものを使用してよいと解する(相対的特信状況)。 3 本問では,公判廷で有利な証言Aがなされ,証人尋問後に改めて,公判廷外で不利な証言Bがなされた結果を録取した検面調書が作成された後,また公判廷で有利な証言*Aがなされている。  この場合,Bは「前の供述」(321条1項2号)にあたるか。  思うに,*Aとの関係においては(で),Bは前である。*Aの証言がなされた際に反対尋問をすることができることからしても,趣旨に反しない。また,このような場合には前の供述にあたるとした上で,特信性の要件を厳格に検討した方が,具体的妥当性に資するといい得る。  したがって,Bは「前の供述」にあたると解する。  ただし,前述の通り,特信情況は慎重に判断されるべきである。特信状況が認められるには,公判廷の証言に信用性が欠けるとか,弁護士の立会いの下で調書が作成されたなどの事情が必要になると解する。 【論点】実況見分調書の証拠能力  実況見分調書は,捜査機関の検証調書(321条3項)として,証拠能力を認められるか。 思うに,検証と実況見分については,強制捜査か否かの違いがあるにすぎない。書面は正確を期しやすく,専門家による書面で信頼性がある点は同様である。また,公判廷で調書の内容にわたって反対尋問をすることは可能である。  したがって,証拠能力は認めるべきである。  これに対して,訓練を受けた私人たる専門家による見分書も同様に考える見解がある。 しかし,これを検証調書に準ずるものとして証拠能力を認めることはできない。本条の主体は捜査機関に限られる。また,このような書面の一般的な信頼性は,捜査機関によるものよりも劣るからである。 【論点】検証立会人の供述部分の証拠能力  検証に際して,立会人の指示・説明は調書と一体として証拠能力が認められるか。  この問題は,立会人の指示(現場指示)・説明の内容(現場供述),いかなる事実を証明するためのものであるかによって,結論は異なる。すなわち,指示・説明が検証の動機を示したものにすぎない場合は,検証と一体のものと考えられるから非供述証拠といえる。その意味で,証拠能力が認められる場合はあると解する。  これに対して,指示説明の供述内容を証拠とする場合は,説明の内容の真実性が問題となるから,通常の供述証拠として扱われることになる。 【論点】鑑定書受託者作成の鑑定書の証拠能力  捜査機関の嘱託を受けた鑑定受託者が作成した鑑定書について,証拠能力を認めるため法的根拠をいかに考えるべきか。  思うに,捜査機関の嘱託によるものといえども,訓練を受けた専門家による文書で信頼性が高く,刑事手続であることを自覚した正確性などは認められ,これは裁判所が鑑定を嘱託した場合と共通する。また,訴追側には裁判官に鑑定請求をする手段がなく,鑑定嘱託によらざるをえない。  したがって,321条4項を準用するのが妥当である。 【論点】診断書の証拠能力  鑑定書は検証調書に準じて扱われる(321条4項)。そこで,たとえば医師の診断書に準用できるか。  思うに,かかる診断書は,専門的知識・経験によって認知・判断した内容を記載したものであるから,広い意味で鑑定に含めてよい。  したがって,準用は肯定すべきである。 【論点】共同被告人の法廷外での供述  共同被告人の法廷外での供述は,伝聞証拠にあたる。これに証拠能力を認める要件としては,321条によるか,322条の要件も併せて必要か。  思うに,共同被告人は,他の共同被告人からすれば第三者であるから,その供述録取書などは,通常の伝聞証拠である。  したがって,被告人以外の者に関する321条によると解するべきである。 【論点】再伝聞の証拠能力  再伝聞証拠の証拠能力を認めることができるか。  かかる証拠は,伝聞が二重になっているので,信用性が乏しくなるように思われる。 しかし,再伝聞は二つの伝聞の複合である。それぞれ伝聞例外の要件を充足する場合,法文上も,実質上も,排斥する理由はない。  したがって,かかる証拠の証拠能力は認められる。 【論点】証明力を争う証拠  伝聞法則によって証拠とすることができない書面も,弾劾証拠として使用できるとされる(328条)。この点について,証拠として用いることができる範囲について問題となる。  思うに,328条は同一人が矛盾する供述をなした場合は,その供述自体で証明力が減殺されることを規定したものである。すなわち,弾劾目的で利用する場合には内容の真実性はそもそも問題とならないことを注意的に規定したに過ぎないと解するべきである。  したがって,自己矛盾の供述に限るとすべきである。 【論点】違法収集証拠排除法則における証拠排除の基準  違法に収集された証拠は証拠として用いることができるのか,違法収集証拠排除法則の採否が明文なく,問題となる。  確かに,証拠の収集手続に違法があるといっても,証拠物件自体の性質・形状に関する価値に変わりはない。とすれば,事案の真相をできるかぎり明らかにするため,直ちに証拠能力を否定することはできない。  しかし,真相の究明も,人権保障を全うしつつ適正な手続の下でなされなければならないものである。このことからすれば,将来の違法捜査を抑圧するために,違法収集証拠の証拠能力が排除される場合はありうると解する。  そして,その基準としては,令状主義の精神を没却するような重大な違法が存在することが必要である。具体的には,文字どおり令状主義に反する違法な捜索・差押の場合や,執行の際に重大な人権侵害があった場合がこれにあたる。  さらに,違法抑止の必要上排除が相当であることが要求される。相当とは,違法捜査抑止のために,必要かつ有効であると認められることである。 【論点】違法収集証拠排除法則の例外 1 違法の重大性と,排除の相当性が認められても,違法収集証拠の証拠能力が否定されないことがあるか否かについて検討する。 2 まず,合法的と信じて行動する捜査官に対して違法の抑止効は働かない。したがって,かような場合には,善意の例外として,違法収集証拠の証拠能力は否定される。 ただし,例外が認められるには,捜査官に法無視の態度がなく,偶発的性格が強い場合に限定すべきである。かような場合に初めて,違法抑止効が働かない場合だといえる。 【論点】毒樹の果実  違法に収集された証拠によって発見できた他の証拠に排除法則は及ぶか。 思うに,かような証拠に排除法則が及ばないとすれば,将来の違法捜査の抑止という目的を達成することはできない。  とはいえ,かかる証拠の証拠能力を全面的に否定するのは,真実発見の要請に反する。そこで,両者の調和の観点から証拠能力を場合によって肯定すべきである。  具体的に排除法則の適用がない場合として,@派生的証拠が独立の情報源から知られるところとなった場合,またはA最初の違法行為と派生的証拠の発見との因果関係が最初の汚れを除去するほど希薄になった場合があげられる。 *さらに,得られた証拠が違法行為の必然的な結果とはいえないならば,違法の抑止効の問題とは関係がない。かような場合も不可避的発見の例外として,認めてよい。 ただし,不可避発見の可能性が真に密着・高度である場合に限るべきである。 【論点】証拠とすることの同意・排除の申立適格  被告人が証拠とすることに同意したとき,排除法則の例外が認められるか。  思うに,手続違背が被告人の放棄可能な利益に関する場合は,証拠能力を肯定すべきである。この場合,利益侵害がないとみられるからである。  したがって,第三者の権利・利益の侵害という意味で違法手続が行われたとき,被告人に排除適格はないことになる。被告人にとって適正手続違反があったとはいえないし,かような場合にまで同意によって証拠能力を認めるとするならば,違法捜査抑止という趣旨に反するからである。 【論点】実質証拠外の利用  違法収集証拠は,弾劾証拠としての利用が可能か争いあるも,否定すべきである。 けだし,これを許容するとすれば違法捜査抑止の観点から許されないというべきである。 【論点】私人による収集  私人によって違法に収集された証拠には,原則,証拠能力が認められる。違法の抑止効とは無関係だからである。  ただし,捜査の一環と評価できる場合は,違法の抑止効の問題ということができ,排除法則の対象となる。また,違法の程度が高く,公正さを容認できない場合には,私人による収集であっても,証拠能力を認めることはできない。 【論点】択一的認定の可否 1 A事実またはB事実のいずれにあたるか不明確な場合,有罪判決を下すことは認められない。いずれの事実にあたるか不明である以上,犯罪事実の証明があったとはいえないからである。  仮にA事実またはB事実にあたることは確実だとしても,A事実またはB事実にあたる場合に犯罪を構成するという構成要件は,刑法には存在しない。にもかかわらず有罪判決を導くならば,罪刑法定主義に反する。  したがって,本件場合に裁判所が有罪判決を下すことは,原則としてできない。 2 ただし,共謀共同正犯の実行者または単独犯のいずれかにあたるという場合,つまり論理的択一関係にある場合ならば,例外的に,択一的認定により有罪判決をすることを認めてよい。  この場合は,いずれにしても特定の犯罪事実の証明はある。にもかかわらず,択一的認定は許されないとすれば,犯罪の証明があったにもかかわらず,処罰を免れさせることになり,不当であるからである。 【論点】一事不再理効と実質的確定力(既判力)の関係  判決が上訴によって争えなくなった状態を形式的確定力といい,当該手続内における効力ということができる。  これに対して,裁判に伴う本来的効力として,執行力,実質的確定力,一事不再理効がある。実質的確定力は,訴追側の矛盾行為の禁止,訴訟における判断の抵触を避けるための手続的効力である。  この帰結として,実体裁判の確定によって,これらの効力が認められることになる。とすれば,判決効の発生する範囲は同じとなるのが素直である。  ただし,一事不再理効の根拠は,二重の危険を回避させる点にある(憲法39条)。したがって,かかる危険にさらされる可能性があった限りで,一事不再理効を発生させるべきである。そして,公訴事実の同一性の範囲で訴因変更は可能であるから,この範囲で危険は生じていたといえる。すなわち,公訴事実の同一性の範囲で,一事不再理効は発生すると解する。 【論点】一事不再理効の根拠  思うに,一事不再理効の根拠は,争いあるも一度刑事訴追が行われた以上,くり返しはしないことに求めるべきである(憲法39条)。かように解すれば,一事不再理効が形式裁判である免訴判決に発生することなど,問題点を説明できるからである。 【論点】免訴の一事不再理効の有無  免訴に一事不再理効は発生しないのかを検討する。まず,免訴は実体裁判か,形式裁判か。  思うに,無罪判決に対して再起訴があった場合,免訴となるが(337条1号),無罪判決には,一事不再理効により実体審理を行うことはできないはずである。  したがって,免訴の裁判は形式裁判にあたると解する。  それでは,免訴に一事不再理効は認められないのではないか。  思うに,一事不再理効の根拠は争いあるも二重の危険を回避するという,政策的要請であると解する(憲法39条)。  また,免訴は,公訴提起権の消滅ないし不存在を宣言する実体的裁判である。とすれば,実体的裁判である免訴にも二重の危険を回避すべく,政策的に一事不再理効を拡張して及ぼすべきである。  よって,免訴判決に一事不再理効は認められると解する。 【論点】一事不再理効の及ぶ時間的範囲  単純窃盗の確定判決後,同種の窃盗事実が発覚し,これらは常習一罪の関係にある。発覚した窃盗事実について起訴された場合,どのように取り扱うべきか。  思うに,一事不再理効の根拠は,二重の危険から被告人を免れさせる点にある(憲法39条)。とすれば,訴因変更は公訴事実の同一性ある範囲で可能である以上,同一手続内で有罪の危険にさらされる点から,公訴事実の同一性が認められる範囲において発生することになる。  本件双方の事実は一罪を構成する以上,少なくとも確定判決前になされた窃盗事実については一事不再理効が及び,免訴の判決が下されることになる。 (*これに対して,確定判決後になされた窃盗については,一事不再理効を発生させるべきでない。けだし,確定判決後になされた窃盗については,同時捜査・同時審判の機会も,可能性もないからである。)