民法 論点修得編 第1部 民法総則 第2章 人 3、意思能力と行為能力 【論点】詐術の意味 本問Aは未成年者であり、制限能力者であるから、自分がなした法律行為を取り消すことができる(4条)。しかし、Aが法律行為をした際の態度により、BはAが能力者であるとの誤信を強めているとも思える。そこで、Aは詐術をした者として、取消権の制限を受けるのではないか。制限能力者の「詐術」(20条)の意味が問題となる。 思うに、単に制限能力者であることを黙秘しているのみで詐術とすることはできない。しかし、これを積極的に詐欺の手段を用いた場合に限定するならば、相手方を十分に保護することはできない。 そこで、黙秘も一定の場合には「詐術」にあたるとすべきである。具体的には黙秘が行動と相まって、相手方が能力者であると誤信させ、もしくは能力者であるとの誤信を強めるという事情が認められる時には黙秘も「詐術」にあたると解する。 第3章 法人 1、序説 【論点】法人の法的性質 法人の法的性質が条文上明らかでなく、問題となる。 思うに、法人は社会の重要な構成要素であるから、その点を無視すべきでない。また、団体自身に帰属する一定の利益をもち、それを実現する機構を備えていれば、法人格を与えるにふさわしい。法人はこのような社会的実体であるというべきである。 2、法人の種類 【論点】権利能力なき社団の取扱 1、ある特定の目的のために結成された団体に関する法律関係を規律するため、民法上組合に関する規定がおかれている。権利能力なき社団の取扱いについてはこの組合と区別すべきか。 思うに、組合は個人目的のために一時的に結びついた、契約で成立する集団である。しかし、個人の意思を超越した目的がある団体については、団体としての実体が認められる。したがって、権利能力なき社団は組合とは区別し、異なった取扱をすべきである。 2、これを受け、具体的に権利能力なき社団の取扱をいかにすべきかが問題となる。 思うに、構成員の便宜の観点からすると、公益を害しない限り法人の成立を制限すべきではない。もっとも、権利能力なき社団は主務官庁の監督、許可などの法の規制を経ていないから、まったく法人と同じ扱いをすることはできない。したがって、できる限り法人に準じた取扱いをすべきであるということになる。 以上を踏まえて、具体的取扱い方法を検討する。まず、財産の所有形態について、団体に権利能力はないが、構成員と団体所属の財産とを分離した取扱いを可能にすべきである。 したがって、財産の所有形態は全構成員の総有と解すべきである。総有とは実質的に団体に財産が帰属しており、組合員の持分が認められないというものである。 この帰結として、構成員の債権者は団体財産を差し押さえることはできない。逆に、社団の債権者が構成員の財産を差し押えることも不可能である。 次に、団体財産について団体名で登記を備えることができるか。 かかる団体について団体名義の登記を認める規定は、登記法に存在しない。しかも、代表権の公証の方法がなく、登記官にも審査権限がないので、法人の実態を知りえない。このような事情の下で、団体名義の登記を認めるならば、団体名を利用した虚無人名義の登記発生のおそれがある。 したがって、団体名による登記は許されない。 3、法人の能力 【論点】43条にいう目的の範囲内の意味 1、法人は目的の範囲内において権利を有し、義務を負う。そこで、「目的ノ範囲」(43条)の意義をいかに解すべきであろうか。 思うに、法人格は法が目的達成のために認めたものであるが、目的の範囲外の事項についてまで法が権利能力を認めたとは考えにくい。したがって、「目的ノ範囲」とは権利能力を制約する概念であると解する。 ただし、目的の範囲内の行為とは、目的に直接役立つ行為のみならず、それに付随する行為も含む。さらに目的の範囲内といえるか否かは、行為の客観的性質から抽象的に判断されると解する。 このように解さなければ、逆に法人の目的達成を阻害するおそれがあるし、取引の安全も不当に害するからである。 2、右のように「目的ノ範囲」の意義を解した場合、代表者がなした目的の範囲外の行為の効果は、絶対無効と解されることになる。 したがって、目的の範囲外の行為について追認は不可能であるし、表見代理の成立の余地もない。 【論点】法人の不法行為能力 理事が不法行為をなした場合、法人には賠償責任が定められている(44条)。しかし、法人は目的の範囲内でしか権利能力を有しないはずである(43条)。かかる法人の損害賠償責任の法的性質をどのように考えるべきか。 思うに、法人は社会的実在であるが、その行為は理事の行為によって実現される。しかし、職務に関連して、理事が不法行為をなす場合がある。となると、この不法行為が法人の不法行為として評価できることがあるはずである。この様な場合には、相手方を保護する必要性がある。 したがって、法人にもその限りで不法行為能力が認められると解すべきである。 【論点】「職務ヲ行フニ付キ」の意義 44条の要件として、「職務ヲ行フニ付キ」理事の不法行為が行われることが要求される。そこで、「職務ヲ行フニ付キ」といえるか否かをいかに判断するかが問題となる。 思うに、被害者を十分保護するためには、外形上職務行為に属する行為の他、これと適当な牽連関係に立つと見られる行為も含むというべきである。 さらに、不法行為としてなされた行為の外形に対する被害者の信頼を保護する必要がある。したがって、「職務ヲ行フニ付キ」といえるか否かは、客観的に行為の外形から判断されるべきである。 ただし、当該行為の内実が職務行為でないことについて悪意もしくは重過失ある相手方は保護されないと解する。 【論点】44条と110条との関係 本問のような取引的不法行為においては、44条、110条のいずれも適用される可能性がある。そこで、いずれが優先して適用されるか。その適用関係が問題となる。 思うに、取引の相手方の保護をはかるというのは取引の安全を図ることである。とすると、取引を有効にするのがもっとも直接的である。 したがって、110条の適用を優先的に考えるべきである。 *54条と110条の関係 内部的制限について善意 → 54条 内部的制限について悪意だが、必要な授権があると信じた場合 →110条 第4章 物 【論点】87条の趣旨 いわゆる主物・従物の関係にある物は、法律的運命を共にすることになる(87条2項)。このような取扱いは当事者意思に合致する。また、物の効用を高め、社会経済上の利益にもなる点にその趣旨がある。 【論点】従たる権利と主たる物の関係 いわゆる従たる権利は、主物が処分されたとき、どのような取扱いを受けるか。 従たる権利は、物ではない。しかし、従たる権利が物の効用を高めている場合、当該物と権利は法律的運命を共にさせた方が社会経済上好ましい。このような取扱いは、当事者意思にも合致する。 したがって、かかる従たる権利は、主たる物の処分にしたがって処分されると解する(87条類推)。 第5章 法律行為 2、法律行為と強行規定及び公序良俗 【論点】動機の不法 例 麻薬購入代金として、金銭を借り入れる場合 不法な法律行為は無効となる(90条)も、本問で締結された金銭消費貸借自体は何ら違法ではない。しかし、目的物を麻薬購入代金にあてる動機があるから、かかる動機は契約の効力に影響を与えないのか。 思うに、動機は法律行為の要素ではないから、原則として動機の不法は法律行為の効力を左右しない。取引の安全を図る点からもこう解するべきである。 しかし、動機の不法に対し、無条件に法が助力するわけにはいかない。また、動機が不法な法律行為によって違法な結果が生じることから、行為全体が反社会性を帯びるとみることができる。 そこで、動機が表示された場合、動機が法律行為の内容になる。したがって、この場合に限り当該不法行為は無効になると解する。このように解すれば取引の安全を不当に害することもなく妥当である。 第6章 意思表示 2、無効及び取消 【論点】無効と取消の二重効 本問では制限能力者が意思無能力状態において行為をしている。当該行為は無効であるが、取消の対象にもなるか。 この点、無効行為を取消すことはできないかにみえる。 しかし、無効・取消は自然的存在ではなく、法律行為の効力を否定するための法的な理論構成の手段に過ぎない。とすると、無効行為の取消も論理的には可能である。とすれば、表意者に取消を認めた方がその保護に資する。 したがって、表意者には無効と取消の選択的主張を認めるべきである。 3、意思の欠缺 【論点】94条2項の適用要件(判例の考え方) 1、「第三者」(94条2項)の意義が明らかでなく、問題となる。 条文上は当事者とその包括承継人以外の第三者をさすかに見える。 しかし、虚偽表示について利害関係がない者に無効主張への対抗を認めても法的に無意味である。 すなわち、「第三者」とは94条2項による保護に値する者だけをさす。具体的には、@当事者及び包括承継人以外の者で、A虚偽表示の有効・無効について新たに独立の利害関係を有するに至った者をさすと解する。 次に、「善意」(94条2項)とは善意・無過失まで要求するものか。 思うに、条文上そのような要求はない。しかも、虚偽表示をした者の帰責性は強く、その前では過失ある者も保護に値する。 したがって、無過失は要求されないと解する。 なお、94条2項の保護要件として、登記の要否が問題となる。 思うに、94条2項は、第三者との関係で虚偽表示を有効になされたものとして扱うものである。となると、第三者は承継取得によって目的物を取得した者ということができ、対抗関係にならない。 したがって、保護要件として登記は不要と解する。 2、本問ではAB間で虚偽表示による権利の移転があるに過ぎないのに、BがCに権利を移転し、かつDへと転売した。かかるDは「第三者」(94条2項)として保護されないか。「第三者」に転得者も含むかが問題となる。 思うに、転得者も無権利者(本問ではB)が権利者であると信頼することはありうる。となると、転得者を直接無権利者と取り引きした者と区別する理由はない。 したがって、第三者には目的物の転得者も含まれると解する。本問ではDが善意(94条2項)ならば保護されることになる。 3、それでは、Cが善意、Dが悪意の場合の場合はどうか。善意者からの権利の譲受人はいかに取り扱われるか この点、悪意であることからすると、Dを保護しないとすることも考えられる。 しかし、Cを追奪担保責任から逃れさせる必要性があるし、法律関係を早期に安定させることも要請される。論理的には、転得者は善意者たる地位を承継した者とみればよい。 よって、一人でも善意者がでたら、以降悪意者の存在に関わらず、虚偽表示に基づく行為は有効になると解する。 ただし、悪意者が、善意者を介在させることで、脱法的な権利取得をねらうおそれがある。このような事情が認められる場合は、例外的に善意者の後の悪意者といっても保護されないと解する。 【論点】94条2項類推 本問Aは勝手にB名義に登記を移転したので、Bはそのことを奇貨として、Cに権利を移転した。 原則として、Cは無権利者Bと取引をしたに過ぎない。また、AB間に通謀はないので、94条2項の適用もできない。そこで、Cは一切保護されないかに見える。 しかし、CはB名義の登記を信頼した者であるから、その保護の必要性は94条2項の「第三者」と変わりはない。そこで、Cを保護する法律構成が問題となる。 思うに、94条2項の趣旨は虚偽の外観を信頼した者を保護するため、信頼通りの効果をその者に認める点にある。 とすれば、虚偽の外観を信頼した者は、同様に94条2項を類推適用することによって、保護すべきである。本問Cは94条2項の類推適用によって保護される可能性がある。 その要件としては、@外観の存在、A相手方の外観への信頼が挙げられる。この場合の信頼は原則として条文通り「善意」で足り、無過失は要求されない。(ただし、本問と異なり、本人による虚偽の外観作出に無権利者が関わっていた場合は、本人の帰責性が小さい。とすると、単に相手方の善意をもって保護するのは妥当ではない。110条の法意からしても、善意に加え、無過失を要求すべきである。) さらに、本人保護の要請も無視できないから、B本人の外観作出の帰責性も要件とすべきである。 【論点】代理と通謀虚偽表示 代理人が相手方と通謀して虚偽の意思表示をした場合、かかる意思表示の効力は無効となりそうである。とすると、本件意思表示の当事者は相手方と本人であるから、本人は意思表示の有効を主張できないことになる。 しかし、かかる意思表示の効力を有効と信じた本人を保護することはできないか。 思うに、代理人には通謀して本人をだます権限はない。となると、この場合代理人は相手方の意思を伝える使者として行動しているに過ぎないと見るべきである。 とすると、相手方がそうと知りながら、効果意思にない表示をしていることになる。したがって、93条によって本問題は決すべきである。 具体的には、かかる代理人の表示は有効なのが原則であるが(93条本文)、本人が相手方の効果意思について悪意・有過失の場合は、無効となると解する(同条但書)。 【論点】動機の錯誤 動機の錯誤は「錯誤」(95条)にあたるか。 錯誤というためには、効果意思と表示とに不一致があることが必要である。しかし、動機の錯誤においては、かかる不一致はないから、動機の錯誤は錯誤(95条)にあたらないのが原則である。かかる結論は動機が内心に止まる限り、それを知り得ない相手方の取引の安全を図るという点で妥当である。 しかし、表意者を保護すべき場合は動機に錯誤ある場合が多い。しかも内容の錯誤と動機の錯誤との違いは紙一重である。したがって、動機の錯誤について、いかなる場合も表意者の無効主張が許されないという結論は取りえない。 思うに、動機も表示されたときには、法律行為の内容となる。また、表示を要求すれば、取引の安全を不当に害することもない。そこで、このような場合は表意者に無効主張させてよい。なお、表示については明示はもとより黙示でもよいと解する。 【論点】錯誤と詐欺の関係 錯誤による意思表示をしたことにつき重過失ある者は、錯誤無効の主張が制限される(95条但書)。しかし、本問錯誤は相手方の詐欺によって引き起こされたものである。このような表意者でも一切錯誤無効の主張はできないのか。 思うに、無効主張が制限されるのは相手方の取引の安全を図るためである。しかし、錯誤の存在について悪意ある者は保護する必要はない。したがって、相手方が錯誤について悪意である場合、表意者は重過失あっても錯誤無効の主張ができると解する。 錯誤が詐欺によって引き起こされた場合、詐欺者は表意者が錯誤に陥っていることことについて当然悪意であるといえる。したがって、本問表意者は錯誤無効の主張をすることができる。 このように解すると、表意者には錯誤無効の主張と、詐欺取消の二つの主張をなすことが考えられる。 そこで、……(無効と取消の二重効の論証 → 前述) 4、瑕疵ある意思表示 【論点】「第三者」(96条3項)の保護要件 Cは詐欺した者Bから権利を譲り受けた者である。ここで、Cは元の権利者Aの取消に対抗することはできないか。「第三者」(96条3項)の意味が問題となる。 思うに、96条3項の趣旨は、詐欺取消しの遡及効を制限し、権利を有効に取得できると信頼した第三者を保護する点にある。となると、「第三者」とは、当事者と包括承継人以外の者で、詐欺によって作出された法律関係を前提として利害関係を有するに至った者をいう。つまり、取消前の第三者を意味すると解する。 次に、「善意」(96条3項)は善意に加え、無過失まで要求するものか。 この点条文上は善意しか要求されていない。しかも、詐欺を受けた者の要保護性は上記第三者に比べて低い。 したがって、「善意」は無過失まで要求するものではないと解する。 最後に「善意」の「第三者」として保護されるには、登記は必要か。 思うに、条文ではかかる要件は要求されていない。しかも、詐欺取消しをなす者と第三者は前主後主の関係にあり、対抗関係に立たない。 よって、第三者の保護要件として登記は不要であると解する。 【論点】取消後売買契約を締結した第三者 このように取消後の第三者には96条3項は適用されない。形式的にみても、取消後の第三者は、単なる無権利者と取引をしているに過ぎないといえる。 となると、第三者は一切保護されないかにみえる。しかし、かかる結論を貫くのは、取引の安全を害すことはなはだしく、妥当でない。 思うに、取消の遡及効といっても法的擬制に過ぎず、現実には取消がなされた時点で、被詐欺者への復帰的物権変動を観念しうる。とすると、詐欺者を起点として二重譲渡類似の関係が見られることになる。 したがって、本人と第三者との優劣は登記の具備の先後で決するのが妥当である。 【論点】代理行為と詐欺 1、代理人が本人を詐欺した場合 本人が代理人に詐欺されて代理権を与えた場合、本人はかかる代理権授与行為を、基礎となる事務処理契約とともに無制限に取り消せる。この場合、既に取り消される前に代理人がなした行為は、取消の遡及効によって無効になる。 ここで、取引をした相手方を保護する必要がある。法的構成としては、112条は代理権が遡及的に消滅した場合の規定ではないが、相手方保護の必要性は同じである。したがって、112条の類推適用が考えられる。 また、相手方は96条3項によっても保護されると考える。詐欺取消前に詐欺によって作出された法律関係を前提として利害関係を持ったという意味で、本条第三者にあたるというべきである。 2、代理人が相手方を詐欺した場合 代理人の詐欺によってなされた法律行為を相手方は取り消すことができると思われる。しかし、相手方は本人と取引をしているのであるから、代理人による詐欺は第三者による詐欺にあたり(96条2項)、取消権が制限されるのではないか。 思うに、本人は代理人によって利益を受ける者であるから、代理人によるリスクは本人が負うべきである。法的構成としては、代理人は本人のために行為をする者であるから、実質的には96条2項の第三者とはいえない。 したがって、相手は無条件に当該行為を取り消すことができると解する。 この点、判例は101条1項を根拠に、相手方は当該行為を無制限に取り消しうるとする。しかし、101条は代理人が詐欺された時の規定であり、本件において同条を用いるのは妥当でない。 3、相手方が本人を詐欺して代理権を与えさせた場合 相手方の詐欺によって与えた代理権授与行為を本人は取り消すことが考えられる。しかし、この場合は、相手方という第三者の詐欺として、取消しは96条2項によって制限されるのではないか。 思うに、代理人にとっては代理権を取り消されても何ら不都合はない。となると、本人保護を重視すべきである。 したがって、この場合96条2項の適用は排除され、本人は代理権を無制限に取り消せるというべきである。 4、相手方が代理人を詐欺した場合 相手方が代理人を詐欺して意思表示をさせた場合、瑕疵ある意思表示として詐欺取消権が発生する。代理人の意思表示の効果が本人に帰属することは、瑕疵ある意思表示であっても変わらないから、本人がこの取消権を行使できることになる。当該行為を代理人自ら取り消せるか否かは、代理人に取消権行使の権限が与えられているか否かによる。 しかし、本人が代理人が詐欺されたということについて悪意であった場合、本人を保護する必要はない。また、取消権を行使できなくても代理人に不利益はない。 この点「本人ノ指図」(101条2項)ある場合、本人は詐欺取消しができなくなる。「本人ノ指図」は具体的な指示をさすとも思えるが、代理人をコントロールしうる可能性があったのであれば、本人を保護する必要はない。 したがって、「指図」とは右にいうコントロールしうる可能性を指すというべきである。本人が事情に悪意ならば、代理人に適切な指示を出すことはできる。したがって、本人が悪意の場合、本人は取消権を行使できなくなる。 5、本人が代理人を詐欺した場合 本人が詐欺をして代理人に代理権の付与を承諾させた場合である。 この場合、代理人は基礎となる事務処理契約と一緒に代理授与行為も取り消しうる。その効果は遡及的無効(121条本文)となるはずである。 しかし、遡及的無効とせずとも、代理人に不利益はない。むしろ遡及効を制限した方が、相手方の保護をはかりうる。 したがって、代理人が代理権授与行為を取り消しても、その効果は遡及しないと解する。結果として、代理人が取消までに既に行った法律行為の効果は本人に帰属することになる。 6、本人が相手方を詐欺した場合 本事案における相手方と代理人からすると、本人という第三者による詐欺の問題になるかに見える。となると、相手方の取消権は制限されることになる。 しかし、本人は代理行為によって利益を受けるものである。にもかかわらず、自らの相手方を詐欺した者は保護に値しない。一方、代理行為が取り消されても代理人には何ら不利益はない。 したがって、この場合の本人は「第三者」(96条2項)にはあたらない。結果、相手方は、代理人の代理行為について無制限に詐欺取消しできる。 第7章 代理 1、序説 【論点】代理の根拠 代理行為によって他人効が生じる理由をいかに解すべきか。 思うに、私的自治の観点から、法律効果の帰属は帰属主体の意思に基づくと考えるべきである。 したがって、他人効の本質は本人の代理権授与行為にあると解するべきである。 【論点】表示機関の錯誤 例 保証債務負担の意思表示をするための使者がなぜか、金を借りてくる。 本人の意思表示についてみると、表示と効果意思が不一致になっているので、錯誤無効(95条本文)の主張ができる。 しかし、錯誤無効については重過失ない限り無制限に主張できる。これでは代理において表見代理が成立することとの均衡を失し、取引の安全をあまりに害する。相手側から見れば、表示の効果が本人に及ぶと信頼する点は変わらないからである。 そこで、本問のような場合は、110条を類推し、相手方保護をはかるべきである。すなわち、使者がそのような表示をなすことについて本人に帰責性ある場合、使者の意思表示を無過失で信頼した第三者は保護されると解する。 2、代理権 【論点】代理権授与行為の法的性質 代理権授与行為の法的性質が問題となる。 この点、代理権は代理人に何の不利益も与えるものではないとして、単独行為であると解する見解がある。 しかし、このように解すれば、知らぬ間に代理人にされることがあり得る。私的自治の観点からいってかかる結論を認めるわけにはいかない。双方の合意があって初めて代理権が授与されると解するのが妥当である。 *無名契約説 したがって、代理権授与行為は無名契約であると解すべきである。 さらに、代理権は委任契約等他の契約の目的を達成するための手段として与えられる。したがって、他の契約と代理権授与契約とは有因であると解するのが妥当である。 *事務処理契約説 思うに、代理権は事務処理契約から直接発生すると解するのが簡明である。そのように解して不都合ある場合は妥当な結論を解釈によって導けばよい。したがって、代理権授与行為を独自に観念する必要はない。 【論点】授権行為取消の効果 @本人が取り消した場合 取消しの効果は法律行為の遡及的無効である(121条)。遡及効の根拠は表意者保護にあるから、かかる効果は代理行為の効果が帰属する本人保護のため、そのまま維持されて問題ない。この場合、代理行為の相手方は表見代理の規定(109条類推)によって保護されることになる。本人が詐欺取消しをする場合ならば、相手方は96条3項によって保護される可能性がある。*112条類推も考えられる。 A代理人が取り消した場合 委任契約など、代理権の基礎となる事務処理契約については、原則通り遡及的無効とされてよい。しかし、代理権については、遡及的無効とせずとも、代理人に不都合はない。代理権は代理人に拘束や不利益を与えるものではないからである。相手方保護の必要性もある。 そこで、代理権に関しては取消しの効果は将来効に止まると解する。 3、代理行為 【論点】直接本人名で代理行為をした場合 代理人が直接本人名を示した場合、顕名として有効か。 思うに、代理の他人効の本質は代理権授与にあり、顕名は相手方保護のため、効果の帰属先を明確にするものに過ぎない。 ここに、本人名の代理行為でも帰属先は明確になるから、本人名による顕名も特段の事情ない限り有効であると解する。 *特段の事情 = 本人か代理人かの人柄が重要になる場合 【論点】代理人の権限濫用 例 代金着服のつもりで土地売却の代理行為をし、代理人が代金を持ち逃げした 代理行為として意思表示する際、本人の為にすることを示すことが必要であるが、本人の利益をはかる必要はない。したがって、本問の法律行為は代理行為の要件に欠けることはなく、法律行為の効果は有効なのが原則である。代理人の意図を知る由もない相手方保護の観点からもこの結論は妥当である。 しかし、権限濫用された代理行為がいかなる場合も有効であるとすれば、本人にとって酷である。 確かに、表示と効果意思との間に不一致はないから、本件事例における代理行為は原則有効である。しかし、本人に効果帰属させる意思と自己の利益をはかる効果意思との間には心裡留保類似の関係が認められる。 そこで、本問事例は93条但書を類推し、相手方が代理人の効果意思について知り、または知りうべき時には代理行為は無効になることになる。 代理人に関するリスクは本人が負担すべきであるから、本人が立証責任を負うことになる右結論は妥当である。 【論点】代理行為の瑕疵 代理行為の瑕疵は代理人につきこれを決するとされる(101条1項)。したがって、相手方が心裡留保による意思表示をした場合、本人は相手方に法律行為の有効を主張できることになる。 しかし、代理人が心裡留保による意思表示を受けたところ、本人が悪意であった場合、本人を保護する必要はない。 この点「本人ノ指図」(101条2項)ある場合、本人は代理人が善意であることを主張できなくなる。「本人ノ指図」は具体的な指示をさすとも思えるが、代理人をコントロールしうる可能性があったのであれば、本人を保護する必要はない。 したがって、「指図」とは右にいうコントロールしうる可能性を指すというべきである。本人が事情に悪意ならば、代理人に適切な指示を出すことはできる。したがって、本人が悪意の場合、本人は心裡留保による意思表示の有効を主張できない(93条但書)。 4、無権代理 【論点】無権代理人の責任と表見代理の関係 無権代理行為の相手方は、無権代理人の責任(117条1項)と表見代理(109条等)の制度によって保護される。しかし、両制度について、その適用関係をいかに解すべきか。 この点、無権代理人の責任は表見代理が成立しないときの補充的規定であるかにみえる。しかし、表見代理が成立しない場合の多くの場合、相手方が善意・無過失の要件を満たさない場合である。となると、右のように解すると、表見代理が成立しない場合に無権代理人の責任も成立しないから、後者が機能する場面がほとんどなくなる。 思うに、かかる二つの制度は要件・効果が異なる。特に表見代理は証明が難しいから、かかる制度の成立を相手方に証明するよう必ず試みさせることは妥当ではない。証明しやすい方を選択主張させることが相手方保護にかなう。 したがって、相手方はいずれの制度も選択的に主張できると解する。 なお、無権代理人が、表見代理の成立を証明したとしても、その責任を免れるわけではない。表見代理制度は無権代理人の責任を免れさせるための制度ではないからである。 【論点】代理権消滅後、元の代理権からしても越権された行為が行われた場合 本件AはBに抵当権設定の代理権を与えているが、Bは事務処理終了後、手元に残った実印などを利用し、代理人としてA所有の土地をCに売却している。この場合、Bに土地売却の代理権はないから、Cは土地の権利を取得できない。しかし、Cについて表見代理が成立して、有効に土地を取得できる場合はないのか。 本問事例は112条、110条のいずれにもあたらない。しかし、本問のような場合も、取引の安全を守る必要性は112・110条が本来適用される場合と同じである。条文に規定された場合だけ相手方を保護するのが民法の趣旨であるとは考えられない。 したがって、本問のような場合にも相手方は保護されると解する。具体的には、112条・110条の重畳適用によって解決することになる。 *109条と110条の重畳適用されることもある 抵当権設定の代理権を与える計画ながら結局代理権は授与されなかった → その時に与えられた委任状を利用して無権利者が代理人として土地を売却した場合 【論点】表見代理の相手方 「第三者」(110条)の意義が明らかでなく、問題となる。 110条における第三者とは代理行為におけるものだから、本人・代理人に対しての第三者、すなわち代理行為の相手方をさすと考えるのが素直である。また、相手方のさらに転得者が代理権を信頼することはほとんどあり得ないので、このように解しても取引の安全を不当に害することにはならない。 したがって、「第三者」とは代理行為の直接の相手方を指し、転得者は含まないと解する。 ただし、無権利者たる相手方から権利を転得した者は即時取得や94条2項の類推適用によって保護される可能性がある。 代理権の範囲を超えている場合(110条) 【論点】正当事由の意味 110条における「正当ノ事由」の意味が明らかでなく、問題となる。 思うに、正当事由とは、本人と相手方の利益調整のための概念であり、信頼するのが当然だといえるだけの事情があることを指す。具体的には代理人の越権についての善意・無過失をさすと解する。 【論点】基本代理権の範囲 公法上の行為は原則基本代理権にならない。公法上の行為は私法における取引の安全とは関係がないからである。 しかし、私法取引の一環としてなされる公法上の行為の代理権については、その行為の私法上の作用を無視することはできない。相手方はこれを信頼して取引をなす可能性が高いからである。 したがってこのような場合は、公法上の行為についての代理権も基本代理権になると解する。例えば、登記は私法取引の一環としてなされるものであるから、登記を具備するために与えられた代理権は110条の基本代理権となる。 【論点】日常家事債務(761条)と110条 1、本件Aは自己の借財の返済のため、妻B名義の土地について無権限で代理人としてCに処分した。この場合、Cはいかなる法的構成で保護されるか。 まず、BがAに黙示のうちに何らかの代理権を与えている場合、少なくともこれを基本代理権として110条の適用によって相手方を保護することができる。しかし、かかる代理権の授与がなくても基本代理権の存在を認めることができないか。 思うに、民法は日常家事債務について夫婦の連帯責任を定めている。しかし、761条にあたる旧民法の規定は夫婦相互間に日常家事債務に関する代理権が発生する旨を定めていた。また、通常日常家事債務については明示・黙示の代理権の授与があるし、かかる代理権の存在が認められなければ日常家事の処理が不便で仕方がない。 したがって、夫婦相互においては日常家事債務についての代理権が法律上当然に認められると解する(761条)。 2、しかし、かようにして認められた代理権は法定代理権の一種である。そこで法定代理権も110条における基本代理権に該当することがあるか。 法定代理権は法律上当然に与えられるものであり、その場合本人の外観作出の帰責性は観念できないかに見える。 しかし、法定代理権についても代理権の外観への信頼を保護し、取引の安全をはかる必要があるのは任意代理権と変わらない。 したがって、本論点は積極的に解するのが妥当である。 3、となると、日常家事債務における法定代理権を110条にいう基本代理権とすることができるかに見える。 しかし、夫婦別産制(762条)を維持するためには、761条の代理権をそのまま基本代理権とすることはできない。もっとも、日常家事の範囲は不明確であるから、相手方保護の必要性も無視できない。 そこで、本件事案には110条の趣旨を類推適用すべきである。具体的には、当該法律行為について、日常家事債務の範囲であると信ずるに正当な事由が存する場合、相手方は保護されると解する。 【論点】無権代理と相続 例1 子供が父親の土地を無権代理で売却 → 父親が亡くなり、子供が相続し、本人の地位を得る 例2 父親が子供の土地を無権代理で売却 → 父親が亡くなり、子供が相続し、無権代理人の地位を得る *表見代理は成立しないとする 本件の相手方は無権代理人と取引をしたに過ぎないから、原則として土地の権利を取得できない。しかし、本人の追認があれば、取引が有効になり保護される。 ところが、本問では相続によって本人たる地位と無権代理人たる地位が同一人に帰属している。そこで相手方は、当然の追認の効果発生を主張することはできないのか。 本論点を肯定すると、相手方は取消権や無権代理人としての責任追及などの手段が当然に奪われることになる。無権代理人たる地位を相続した本人も、相続という偶然の事情で追認強制をさせられるという結果は妥当でない。 思うに、両地位が同一人に帰属した場合、その地位は一人に併存すると解するべきである。したがって、本人はいずれの地位に基づく主張も選択してできるのが原則である。 ただし、例1の場合は、相続人が自ら無権代理行為をなした場合である。とすれば、本人の地位をもっての追認拒絶は信義則に反し、許されないと解する(ただし、他の共同相続人がいる場合、その者まで追認拒絶される理由はない。しかも、無権代理人であった者の持分だけ追認の効果が発生すると解するのは法律関係が複雑になる。したがって、この場合は相続人全員が追認を拒絶できると解する)。 一方、例2の場合は、もともと本人であった相続人が偶然の事情で追認強制されるのは酷である、という次第は前述の通りである。したがって、本人の地位をもって追認拒絶できると解する。 追認拒絶できる場合、相続人は無権代理人としての責任を負うことになる(117条1項)。ただし、この時履行の責任は負わない。これを負えば、追認拒絶を許した意味がなくなるからである。したがって、損害賠償責任が発生するのみである。 *【論点】他人物売買と相続 代理人としてではなく、自己物として土地を処分した場合 処理方法 → 基本的には右の論点と全く同じ。ただし、主張内容が変わる。 他人物売主が本人の地位を相続した場合、履行責任を負う。 本人が他人物売主の地位を相続した場合、本人は契約の履行を拒絶できる。 ただし債務不履行に基づく損害賠償請求を受ける可能性がある。また、他人物売主として担保責任を負う。具体的には売買契約を解除されるし、相手方が善意の場合はさらに損害賠償責任を負うことになる(561条)。 第九章 時効 1、序説 【論点】時効の制度趣旨 時効制度は単に時間が経過するのみで責任が消滅したり、他人の財産を取得したりできる制度である。これは考えようによっては不道徳であるとも思われる。このような制度を法はなぜ認めたのか。その趣旨が問題となる。 まず、永続した事実状態についてはそれに基づいて法律関係が積み重なるから、積み重なった法律関係を覆滅させるのが適当でない場合がある。時効制度とは、そのような場合、事実状態を尊重し、現在の事実関係を権利関係にまで高めることを認めたものである。 また、権利は不断の努力によって獲得されるものであるから、権利をの行使しない者は法による助力を与えるに値しない。 さらに、年月が積み重なると、正当な権利関係を確認するに必要な証拠が散逸することが考えられる。このような場合に、訴訟における権利証明の困難さを救済する役割も果たす。 以上のような理由が複合的に作用して、時効制度が正当化されていると解する。 【論点】時効完成後の債務の承認(自認行為) 1、時効完成後に完成を知らずに、債務の存在を前提とする行為をした場合、当該行為にはいかなる効果を付与すべきか。 思うに、自認行為がなされた際に、かかる相手方は債務の弁済についての信頼を抱くから、この信頼を保護する必要性がある。また、自認ある場合債務の存在は明確になるともいえる。 したがって、自認行為をした者の消滅時効の援用は許されないというべきである。 かかる結論を導く法律構成として、かつての判例では、自認行為ある場合、時効の利益放棄の意思があるものとみなすとしていた。しかし、放棄というには時効完成を知ってなさねばならないが、自認行なする者が時効完成を知っているのは例外的である。かかる構成は無理があるといわざるをえない。 そこで、自認行為ある場合、信義則上時効の援用権を喪失すると構成するのが妥当である。 2、承認した債務が保証債務の場合、右に述べたように、自己の債務について時効の援用はできない。では、主債務の時効は援用できるか。(*援用権者の範囲の論証もしてから) 【判例】保証人の自認行為によって援用ができなくなったのは保証債務である。主債務は別個の債務であるし、保証人に生じた事由は主債務に影響を及ぼさない。 したがって、主債務が独立に消滅時効の要件を備えたならば、(主債務者が消滅時効の援用権を放棄するなどの事情がない限り)保証人は改めて保証債務の消滅時効を援用できると解する。 【学説】 思うに、主債務者が時効の援用をしない状態で保証人が主債務の消滅時効の援用をなしうるのは、相手方保護の観点から妥当でない。 したがって、信義則上主債務の時効の援用も認められないと解する。 *ただし、主債務者が時効を援用して主債務が消滅した場合は、この時は保証債務は自認行為の有無に関わらず、附従性から消滅する。 【論点】援用権者の範囲 時効の援用権者をどのように解すべきか。145条の「当事者」の意義が問題となる。 思うに、145条は時効利益を享受するか否かの自由を「当事者」に認めているものである。ここで、間接的に時効の利益を受けるに過ぎない者が時効を援用できるとすることは、時効の利益を直接に受ける者の意思を無視するものであり、妥当でない。 したがって、時効の援用権者とは時効の利益を直接に受ける者に限ると解する。 【論点】時効の効果(162条、167条、145条) 時効の効果について、162条。167条では、時効期間の満了によって時効の効果が発生するかのように規定されている。一方、145条で時効の利益を受ける場合に援用を要求している。そこで、時効の効果をいかに説明するかが問題となる。 (この点、援用を要求しているのは、訴訟における弁論主義の現れであるとする説がある。しかし、なぜに時効にのみ、そのような理を実体法で断ったのかが不明である。) 思うに、期間の経過によって権利の得喪は生じると解する。しかし、その効果は不確定的であって、援用・放棄によってその効果を確定させると解する。 このように解すれば、援用・放棄が良心に基づく制度であるという説明とも整合性があり妥当であると考える。 2、取得時効 【論点】自己物を時効取得しうるか 例二重譲渡 → Aは10年間善意で占有し、 その後登記を備えたBが、Aに明渡請求 この場合、AはBに取得時効の完成を主張することが考えられる(162条2項)。しかし、Aは自己物として本件土地を占有してきたから、「他人ノ物」(162条)ではなく、時効取得はできないのではないか。 思うに、自己物であってもその上に積み重なった権利関係を保護する必要性や、訴訟上における証明の困難を救済する必要がある点は変わらない。 したがって、「他人ノ物」は例示であり、自己物についても時効取得の対象になると解する。 【論点】相続と新権原 例 父親が家を借りて住む → 相続した子供が、自分の家だと思い、税金を払ったりしていたところ、突然、貸主が契約解除・建物明渡を請求した。 まず、相続も一つの権利取得原因であるから、187条1項は相続の場合も適用されるというべきである。したがって、子は自己の占有についてのみ主張することができる。 次に、目的物を時効取得するには、占有の態様が自主占有でなければならない。父親の占有態様は他主占有であるから、時効取得するには185条所定の要件を満たし、占有態様が自主占有に転化しなければならない。 そこで、相続が185条の新権原たりうるかが問題となる。 思うに、相続は包括承継だから、単に相続があったのみでは占有がその質を変じることはない。 しかし、相続に加え、相続人の所有の意思を示すべき外形的事実が存在した場合は、占有態様が自主占有に変じたと見うる。とすると、このような場合は、相続も185条にいう新権限にあたると解する。 したがって、相続をし、かような外形的事実が生じたときから一定期間の経過によって時効取得ができることになる。 【論点】善意占有の承継 例 Aが無権限占有 → Bに譲渡 Aが5年間善意占有、Bが6年間悪意占有 → Bは時効取得できるか? 187条2項では、占有の承継取得者は、「瑕疵モ亦之ヲ承継ス」としているが、この意義をいかに解すべきか。 思うに、187条1項が自己の占有を前主の占有と併せて主張できるとしているのは、前主・後主の占有が一個であるとみなしているからに他ならない。 そして、単独で占有をしていた場合、途中で悪意となってもかかる占有は善意占有とされるから、この場合との均衡をはかる必要がある。また、「瑕疵モ亦之ヲ承継ス」(187条2項)は瑕疵のないことも、瑕疵も承継するということを意味すると読める。 したがって、後主が自己の占有と前主の占有を併せ主張する場合は、前主の占有の性質をもって占有を主張できると解する。 第1章 物権法総論 一、序論 【論点】一物一権主義の根拠 一物一権主義とは、一個の物の上に一つの所有権が、一個の所有権は一個の物の上に成立するという原則をいう。 取引社会においては、右原則に反する物権を認める必要が乏しい。しかも、本原則を採らなければ、物権の客観的範囲が不明確となって公示が困難となり、取引の安全を守ることができない。一物一権主義の趣旨は以上の点にある。 【論点】物権法定主義の根拠 封建社会における重層的な権利関係を整理し、法定された制限物権以外の制約を受けない近代的な物権を確立する点に物権法定主義の趣旨がある。 また、かかる主義を採用すれば、物権の公示が可能になるので、取引の安全・迅速に資することになる。 二、物権の効力 【論点】物権的請求権の根拠 物権的請求権には民法上明文の根拠がない。 しかし、物権の円満な支配を実現するためには、かかる請求権をその手段として認める必要性がある。しかも、占有権では占有訴権が認められるから、より効力の強い物権では同様の請求権を認められてしかるべきである。 よって、物権の効力として物権的請求権は認められると解する。 【論点】物権的請求権と費用負担 例 塀が倒れ、隣のうちに倒れ込んだ 塀を隣家から取り除く費用は誰が負担するのか? 物権的請求権は、本来相手に積極的な行為を促す権利というべきであるから、費用は請求された者が支払うのが原則である。 しかし、本問のような物権的な返還請求が衝突する場合、請求した者勝ちといった事態に陥る可能性もある。そこで、相手方の行為によらないで物権侵害が発生した場合は、返還請求権の場合に限り、行為者が費用を負担すべきであると解する。 三、物権の変動 1、序論 【論点】公示・公信の原則両者の関係 公示の原則とは外界から認識しうる表示がなければ物権変動の効力を認めない原則をいう。民法上は、登記・引渡という公示手段に対抗要件としての機能を認め、消極的に公示の具備を促進している(177条、178条)。 一方、公信の原則とは、公示を信じた者にその信頼を保護するため公示通りの効力を認める制度である。 いずれの原則も取引の安全を守るための原則である。しかし、前者は、公示のない者には物権がないという信頼を保護するものである。一方、後者は公示のある者には物権があるという信頼を保護するものであるという違いがある。 【論点】登記と公信力 登記を信頼して取引をした者を保護するため、登記には公信力は認められないのか。 思うに、177条は登記の具備に加えて、善意であることは要求していない。また、同趣旨の178条については、別に公信力を認める規定である即時取得(192条)の規定がある。したがって、登記には公信力は認められない。 ただし、不実の登記を信頼して不動産を取得した者は、94条2項の類推によって保護される可能性がある。具体的保護要件としては、不実の登記という外観の存在、相手方の外観への信頼、本人の外観作出への帰責性が要求される。 2、物権変動を生ずる法律行為 【論点】物権変動の時期 物権変動は当事者の意思表示のみによってその効力を生ずる(176条)。この物権変動の意思表示としては、争いあるも債権契約の意思表示で足りると解する。したがって、契約締結時に物権変動が生じ、登記・引渡は第三者に自己の権利を主張するための要件に過ぎないことになる。 (論証はここまでもよい) しかし、右のような結論は当事者の意思にあまりにも反する。 当事者意思からすれば、ある程度取引の相手方が目的物を支配したときに物権変動が生じるとすべきである。 具体的には、代金支払・引渡・登記移転があったときに所有権も移転すると解するのが妥当である。 3、不動産物権変動における公示 【論点】二重譲渡の法的構成 不動産が二重譲渡された場合、第2譲渡の譲受人も登記を備えれば、もう一方の譲受人に対抗できる(177条)。しかし、物権変動は既に契約成立時に生じていると考えられるから、第2譲受人が目的物を譲り受けることはあり得ないのではないか。 思うに、所有権は意思表示のみで移転するが、登記を得ないうちは不完全な物権変動しかなく、登記を備えた者にはじめて完全に物権が移転すると構成するのが妥当である。このように考えれば、元の所有者が第2譲渡をすることが可能になる。 【論点】第三者の意義 「第三者」(177条)の意義が明らかでなく、問題となる。 これは条文上は何の限定もないが、全くの無権利者に権利を主張するために登記が必要とされるいわれはない。思うに対抗要件制度の趣旨は、自由競争関係にある者の間で優劣を決する点にある。となると、自由競争の枠外にある者に対して権利主張をするのに登記を要求する必要はない。 したがって、「第三者」とは、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者のみであると解する。 具体的に、悪意者は正当な取引の範囲を逸脱する者ではないから、第三者にあたると解する。一方、背信的悪意者について、その行為は正当な自由競争の枠を超えている。したがって、背信的悪意者は「第三者」にはあたらない。なお、ここにいう背信的悪意者とは、高額に目的物を第一譲受人に譲り渡す目的がある者等である。 *不動産登記法4条5条参照 【論点】背信的悪意者からの譲受人 背信的悪意者からの譲受人も他の譲受人に全く対抗できないのか。 思うに、背信的悪意者は、信義則上権利を主張できないだけであって、全くの無権利者ではない。右のごとき譲受人も目的物の権利を承継取得しているというべきである。 したがって、このような場合は原則通り登記の有無によって問題を決するべきであると解する。 【論点】二重譲渡で売主と買主の地位が同一に帰した場合 事例 SがAとBに二重譲渡、Aが登記を得る @その後AがSに目的物を譲渡 本問事例において、Sは登記をBに移転する売主としての義務を未だ負うか。 原則として、Aが登記を得た時点でABの優劣は決定し、Sの義務は履行不能となり消滅する。(その後Aは誰に権利を処分するも自由であるから、Aの権利移転は完全に有効であり、Sが完全に権利者になる。) しかし、いかなる場合もSの地位を保護するとすれば、Sが契約を解除するために、登記制度を悪用するおそれがある。したがって、上記のような目的が認められる場合に限り、本問Sは登記をBに移転する義務を未だ負うと解する。 ASが死亡してAが相続 本問事例において、Aは登記をBに移転する義務あるか。 Aが登記を得た時点でAの権利が優先することは確定する。結果、Sの債務は履行不能となり消滅すると解することになる。 Aが相続によりSの地位を受け継いだとしても、登記を移転する義務を改めて負ういわれはない。そもそも、相続は偶然事情であるから、かかる事情によりAが所有権を失うのはAに酷である。 したがって、Aは登記移転義務を負うことはないというべきである。 *Aが死亡してSを相続した場合も同じ結論にしてよいでしょう。 【論点】危険負担との関係 例 二重譲渡の目的物(特定物)が債務者の責めによらない事由によって滅失した場合 本件では目的物が債務者の責めによらない事由によって滅失している。この場合危険は誰が負担すべきか。 契約の目的は特定物の権利の移転にあるから、債権者主義になると考えられる(534条)。しかし、売主は両方の買主から代金を受け取ることができるということになり、これは不合理である。 思うに、危険負担における債権者主義を貫くことは妥当性に反するから、その適用範囲は制限的に解するべきである。具体的には債権者が目的物に対する支配を取得したといえる事情があって初めて債権者主義が適用されると考えるべきである。目的物の支配があって初めて債権者主義を正当化できるといえるからである。 特に、二重譲渡の事案では目的物の帰属主体が決していないから、両債権者とも目的物に対する支配を取得しているとはいえない。したがって、債務者主義(536条1項)が適用され、両譲受人は目的物の代金を支払う必要はないと解する。 (ただし、いったん登記が移転され、優劣を決した後は登記の移転を受けた者が支配を取得しているので、危険も負担することになる。) 【論点】不法行為との関係 例 不法行為によって二重譲渡された目的物が登記移転前に滅失 → 誰が損害賠償を請求できるのか? 本問事例において、誰が不法行為者に損害賠償を請求できるか。 不法行為に基づく損害賠償請求をなすには、損害の発生を証明しなければならない(709条)。かかる損害を被るのは、目的物の支配を有し、危険を負担する者である。したがって、まずはこの者が損害賠償請求をなし得ることになる。 本問のようにいずれの譲受人も登記を備えていない場合、譲受人はいずれも目的物の代金を支払わなくてよい。つまり、彼等には原則として損害は発生しない。自らが確定的に権利者となりえ、目的物を取得して転売し、差額について利益を得られたなど、特別の事情を立証できない限り、不法行為に基づく損害賠償請求はできない。 ここでは、代金を得られない一方で、自己の財産を失っている目的物の譲渡人が一次的な請求権者となる。(二重譲渡の帰趨が決している場合は、登記を備えた者が請求権者となる。その者は既に目的物の確定的な所有権者だからである。) 【論点】取得時効と登記 所有者がBに甲不動産を売却後、甲不動産の占有者Aに取得時効が完成している。この場合、Aが時効取得の効果として、Bに所有権を主張するには登記が必要か。 取得時効の効果は占有開始時に遡る(144条)が、これは法的な擬制に過ぎない。現実には、目的物の所有権は所有者、買主、占有者と移転しているとみうるので、占有者は買主から承継取得を受けた者と同視できる。また、時効完成前に登記を具備することはできない。ここで登記を要求すれば、AがBに権利を主張できることはほとんどあり得ないことになる。 したがって、権利主張にあたりAが登記を具備することは不要と解する。 これに対して、目的物の占有者Cが時効取得した後で、元の所有者からDに目的物が売却された場合はどうか。 この場合、時効取得者Aと買主Dとは売主を起点として、二重譲渡類似の関係にある。また、時効取得したならばその者は遅滞なく登記すべきである。したがって、かかる場合時効取得の主張のためには登記が必要であると解する。 なお、取得時効の起算点をずらして主張することは否定すべきである。時効期間の起算点は占有開始時であるし、右のような区別をしたことが無意味となるからである。 【論点】解除と登記 債権者Aと解除の相手方から権利を取得したBとの権利の優劣を確定する基準が、条文上明らかでなく問題となる。 解除とは、債務不履行をされた債権者が自らの債務から逃れるために、契約関係の離脱を認めた制度である。このような趣旨からすれば、解除の効果は、契約関係の遡及的無効と解するのが直截である。となると、545条1項但書は解除の遡及効を制限し、第三者を保護する趣旨の規定とみることになる。したがって、ここにいう「第三者」とは、解除前の第三者をさすということになる。 となると原則としてAは解除により権利者に復帰するが、例外的にBが解除前の「第三者」であれば保護されることになる。 ここで「第三者」の保護要件について、解除原因の善意・悪意は関係ないと解する。解除原因があっても、第三者は取引の相手方に債務の履行を期待しうるからである。ただし、「第三者」は何の帰責性もない本人の犠牲の下に保護されるものだから、ある程度強力な地位を得る必要がある。そこで、「第三者」は権利保護要件として登記の具備が必要である解する。 一方、BがAの解除後に権利を取得した場合であるが、解除によるAへの復帰的物権変動と、取引による物権変動とが観念できる。となると、ABは二重譲渡における対抗関係にたつ。したがって、ABは登記の有無でその優劣を決することになる。 【論点】相続と登記 ●相続後の共同相続人間の法律関係 例 共同相続人Aが勝手に甲土地を全て自己名義にして、他の共同相続人Bの持分をCに処分した場合 まず、Aは自己の持分については有効に処分しうる。それに対して、Aが無権限で処分したBの持分についてBCの優劣関係をいかに考えるべきか。 思うに、本問のごとき登記のうち他の共同相続人の持分に関する部分は単なる無効登記でしかないし、登記に公信力はない。また、近い将来に遺産分割で変更されるべきものだから、相続分に関する登記を相続人に要求するのは酷である。 したがって、Bは登記なくしてCに権利主張できると解する。Cは、94条2項の類推適用によって保護されることになる。 ●放棄と登記 例 @AがBに自己の持分を処分 → にもかかわらず、Aが相続放棄 AAが相続放棄後自己の元の持分をBに処分 相続放棄をなした者から相続財産を譲り受けた者はいかなる取扱を受けるか。 相続放棄の効果は遡及的無効であるし、939条には第三者保護規定はない。したがって、Bは一切保護されないと解する。これはBがAの放棄前に権利を譲り受けても、放棄後に譲り受けても結論は変わらない。 このように解すると、Bの取引の安全を害するかに見える。しかし、放棄の熟慮時間は3ヶ月と短いので、放棄前に利害関係を取得する者は事実上現れない。また、放棄後、放棄者と取引をする者は家庭裁判所に問い合わせることで放棄の有無を知りうる。したがって、取引の安全を不当に害することはなく、問題はない。となると、条文がない以上、安易に相手方を保護する構成をとるべきではないと解する。 ●遺産分割と登記 例 甲土地 → 遺産分割によって全部がAのものに確定したが、Bがもとの自己の持分を含めて甲土地をすべてCに譲渡した場合(遺産分割後に第三者が現れた場合) まず、本来のAの持分については、登記なくしてAは第三者Cに対抗できる。もともとAの物であるから、その部分についてはBの登記は単なる無効登記であるからである。 それに対して、Bの持分であった部分については別の考慮を要する。 思うに、遺産分割後は財産を取得した者は遅滞なく登記をすべきである。また、元の相続人から遺産分割を受けた者と取引の相手へと、それぞれへの二つの物権変動を観念できる。 したがって、二重譲渡類似の関係にあるものとして、登記の有無によって勝敗を決すると解すべきである。 *遺産分割前にBが自己の持分を処分し、その後遺産分割協議により土地の全体がAの所有に確定した時(遺産分割前に現れた第三者)も、同様にAC間の優劣は登記で決することになる。 【論点】登記の実質的有効要件〜中間省略登記 現在の不動産の権利者は中間省略登記を登記の名義人に対して、請求できるか。 確かに登記は権利変動の過程も公示するものであるから、実際の権利移転の過程と異なるような登記の移転請求は進んで認めるべきではない。 しかし、現在の正しい権利関係を示していれば、一応登記の目的を達しうる。また、登録免許税は不動産価格によっては馬鹿にならない額になり、これを節約させる利益が当事者に認められる。したがって、中間省略登記をなすことが許される場合があると解する。 もっとも、無条件に中間省略登記を認めた場合、中間者の登記請求権を害するおそれがある。したがって、中間省略登記の有効要件として、中間者の同意が必要と解する。 それでは、同意なく中間省略登記がなされた場合、中間者は当該登記を無効登記として無条件に登記の抹消請求をなしうるか。 思うに、現在の権利関係が正しければ一応は登記の目的を果たしうるのは前述の通りである。ここで無条件に登記を復帰させることは抹消し改めて登記をする過程で多額の費用・手間がかかる可能性があり、Cに酷である。 したがって、中間者は抹消をすることについての正当な利益がない限り、抹消請求をなすことはできないと解する。 4、動産物権変動における公示 【論点】即時取得の目的 まず、登録済みの自動車は即時取得(192条)の目的となるか。 これは「動産」(192条)であるから、条文上は即時取得の対象となるかに見える。 しかし、即時取得制度が認められる趣旨は、「引渡」(178条)と、公示方法が不完全な動産について取引の安全を図る点にある。とすると、登録による公示が完備されている自動車については即時取得制度の適用はないというべきである。 一方、未登録の自動車については、現時点で占有しか公示方法がない。したがって、即時取得を認めるべきである。 *立木も同様に考えられる(立木法の登記あるもの、ないものにわける) 即時取得の要件 【論点】占有改定と即時取得 占有改定の方法(183条)で対抗要件を備えた者でも即時取得できるか。 占有改定は完全な引渡方法である。しかし、占有移転の有無が他の引渡の方法に比べ、外形上不明確なものである。ここで、占有改定を受けた者が、真の所有者が現実に目的物の占有を取得した後も、これに返還請求をなし得るとするのは妥当でない。 また、この場合即時取得を認めるならば、最初の占有者の二重三重譲渡によって、いつまでも権利関係が確定されないことになりかねない。 したがって占有改定によっては、即時取得できないと解すべきである。 cf.指図による占有移転による即時取得は肯定するのが判例 【論点】取消前の転得者と即時取得 例 A → B → C @制限能力者による譲渡 Aさらに譲渡 B取消 Cは取消の遡及効の影響を受け、目的物をAの請求に応じて返還しなければならないのが原則である。 この場合、Cが取引をした時点ではBは権利者であったのだから、即時取得(192条)の適用はないかにみえる。 しかし、Aの取消後にCがBと取引をしたのであれば、即時取得できることになる。このようにCの譲受の時点によって結論が相違するのは妥当でない。動産取引の安全を図るため、本問の場合も即時取得の規定が適用されると解すべきである。 ただし、Bは権利者であるから、Aの善意・無過失の内容はBの無権利ということはできない。この場合は、Aが制限能力取消をなし得ることについての善意・無過失であると解する。 5、明認方法 【論点】明認方法と登記 例 Aが立木と土地を譲り受け、明認方法を施す Bも立木と土地を譲り受け、登記を施す。ABの優劣は? 本件事案について、土地の権利は登記を具備したBが優先する。一方で、立木についてはどうか。 この点、Aは先に明認方法を備えているから、Aが優先すると解することもできるかに見える。 しかし、明認方法は、立木が土地と独立の所有権の客体になることを示すものであるから、立木のみを取引の対象とする場合に用いるものである。土地と立木をまとめて転売する場合は、法定の制度である登記によって権利を公示しなければならない。 したがって、本件のように土地と立木を譲り受けた者は明認方法に対抗力は認められない。したがって、Aは立木所有権もBに対抗することはできない。 *発展問題 Aが土地を譲り受け、立木を植裁、明認方法を備える Bが土地を譲り受け、登記を備えた場合 → 立木所有権の帰属は? 【論点】所有権が権原にあたるか まず、Bは登記を備えているから、Bが土地の所有権を取得するのは間違いない。さらに、立木は土地の付合物といえるから、立木所有権もBが取得することになりそうである(242条本文)。しかし、Aが立木を「権原」(242条但書)によって立木を植裁していれば、立木の所有権を留保できる。そこで、未登記不動産の所有権が「権原」にあたるかが問題となる。 本来権原とは永小作権、賃借権など他人の物を使用・収益する権利をさすので、そこでは所有権は予定されていない。しかし、他人の所有権によって自らの権利を失うおそれがあるという点では、未登記不動産の所有権者の保護の必要性は変わらない。 したがって、本論点は積極的に解するべきである。ただし、所有権者に権利を主張するには、明認方法が必要というべきである。原則立木は土地に付合するから、公示がなければ取引の安全を害するからである。 第2章 占有権 4、占有権の効力 ●占有訴権(物権的請求権の根拠) 【論点】善意は善意・有過失を含むか 目的物の素性について「善意」の者には占有回収の訴えを提起できない(200条2項但書)。 その場合、「善意」とは善意・有過失も含むか。 この場合、有過失者は保護に値せず、「善意」者に含まれないとみえる。 しかし、善意者の下に占有が移転した場合、占有状態が平穏に落ち着いたといえる。本条の趣旨は、そのような平穏な占有を保護する点にある。 ここで、有過失であっても善意者が占有を承継したならば、右の理に変わりはない。したがって、有過失ある占有者にも占有回収の訴えは提起できないと解する。 第3章 所有権 2、所有権の取得 【論点】請負の目的物たる工作物の所有権の帰属 AがB工務店に建物の建築を注文 → 材料をBが供して建物を築造(未だ不動産となっていない)→ しかしBが工事中止、Cが残りの材料を支出して工事を完成した場合、目的物の所有権は誰に帰属するか *これは所有権請負人原始取得説に立つ場合に出てくる問題。注文者帰属説ならば論点は出てこない。 本問におけるB、Cいずれが建物の所有権を取得するかが問題となる。 この点、動産の付合に関する規定を用いることも考えられる。そうなると、事例によるが、原則は先に工作された物が主たる動産とされ、Bに権利が帰属するということになりそうである。 しかし、不動産は材料となった動産の価額を単純に合わせた価値よりも価値が著しく高い。そのような価値は請負人による工作によって発生するものといえる。したがって、加工の規定をもって所有権の帰属を定めるのが妥当である。 本問の場合Cが供した材料の価格に工作によって生じた価値を加えたものが、Bの組み立てた工作物の価値よりも高い場合、Cが所有権を取得することになる(246条2項)。 第4章 用益物権 2、地役権 【論点】地役権と時効取得 地役権を時効取得するには「継続且表現」(283条)の要件を満たさねばならない。 例えば、通行地役権ならば、「継続」とは継続的通行のことであり、「表現」とは通路の開設などをさす。 この場合、通路の開設は自らなす必要があるか。 *判例 思うに、他人の土地の通行は好意によって許される場合が多く、かような場合に安易に事実状態を権利関係に高めるのは妥当でない。通行者が自ら通路を開設するという例外的事情あって始めて、権利者は権利の上に眠る者という評価ができる。「表現」の要件はこの場合に始めて満たされると解する。 *学説 判例はこの点を必要としている。しかし、何人が開設したかということは時効制度の趣旨からすれば関係がない。当該通路を自らの費用・労力で維持・管理しているならば、かかる土地通行は社会的承認を受けるだけの公然性を有しているとみることができる。 したがって、自ら通路の開設をなすことは必ずしも必要ないというべきである。 第七章 留置権 2、留置権の成立要件 【論点】物と債権との牽連性の有無 例 Sからの建物二重譲渡で Aが引渡を受け、Bが登記を得る → AはSへの損害賠償請求権を原因として建物を留置できるか 一般に、「物ニ関シテ」(295条本文)の要件を満たす場合とは、@債権が物自体から発生した場合(例 物の費用償還請求権)と、A債権と物の返還義務が同一の法律関係から生じた場合の二つであるといわれる。 それでは、本件Aが建物を留置できるか。当該損害賠償請求権が「物ニ関シテ」生じた債権といえるか問題となる。 留置権は、物の留置によって間接的に弁済を促す効力がその核心をなす物権である。したがって、債権と物との牽連関係の有無は物の留置によって債務の履行を促す関係にあるかを検討すればよいと解する。 これを当該損害賠償請求権についてみると、Aが建物を留置したところで、損害賠償債務を負うSに対して履行を促すことにならない。また、留置権の根拠は当事者間の公平を根拠としており、第三者Bを犠牲にすることまで予定していない。 したがって、「物ニ関シテ」の要件は満たされず、Aは建物を留置できない。 【論点】不法行為状態に中途からなった場合 例 明渡請求に応じず、不法占有を続ける借主A → 目的物に対して有益費を支出 本問Aは不法占有者であるが、有益費を被担保債権として留置権を主張することは認められるか。 本問の賃借人は占有を不法行為によって始めたわけではない。 しかし、留置権の成立に本要件が要求される趣旨は、不法行為者に留置権を認めることは公平に反する点にある。かかる理は、債権者が中途から不法占有者になった場合もかわりはない。 したがって、本問賃借人は有益費をもって賃貸目的物を留置できない。 cf.賃借人が契約期間中に費用を支出した場合、その時点で留置権が成立 → その後留置権を行使し、目的物の占有を継続してもそもそも不法占有にならない 【論点】悪意・有過失者と留置権(悪意の占有者に留置権は認められるか) 悪意の占有者は必ずしも詐欺・強迫などをして占有を取得した不法行為者とは限らないが、そのような悪意の占有者に留置権は認められるか。 *判例 思うに、留置権は物の返還請求を制限するという強力な効果を、法律上当然に発生させるものである。したがってその適用範囲は限定すべきである。ここに、不法占有者であるならば、その者は保護に値せず、債権者・債務者間の公平を図るという留置権の前提は維持されない。したがって、悪意占有者が費用を支出したときは留置権は成立しないと解する(295条2項類推)。 *学説 思うに、法は悪意者にも正面から費用償還請求権を認めている(196条1項、同条2項本文)。また、留置権を認めることが不都合な場合、期限の許与(196条2項但書)によって留置権を奪うことはできる。逆に悪意者に留置権を認めなければ、法が期限の許与を認めた意味がなくなる。 したがって、特段の事情ない限り、悪意者にも留置権の主張が認められるというべきである。 第9章 質権 2、動産質 【論点】責任転質の法的性質 責任転質は@被担保債権の額、存続期間、実行時期などが原質権に拘束される。一方で、A原質権設定者が債務を弁済し、一方的に原質権を消滅させることも禁じなければならない。このような効果を説明するには、責任転質の法的性質をどのように説明するのが適当か。 この点について、債権と質権を共同質入するとする見解がある。しかし、この見解では責任転質をなす場合、質権付債権を質入れするのと同じ結論を導くことになる。そうなると、責任転質を別に認める必要はなくなる。 そこで、原質権の負担が課された質物を質入れすると解するのが妥当である。自らの把握する担保価値を質入れするということである。このように解すれば、@における責任転質の効力も無理なく説明できるからである。Aについては債権質に関する364条、367条の規定を類推適用して効果を実現すべきである。 【論点】質権者が任意に占有を失った場合の効果 質権者は占有を失った場合、対抗要件を失うので、少なくとも第三者に対し質権を主張し返還請求をすることはできない。また、占有回収の訴えは占有が奪われた場合に限定して認められる(353条)。 それでは、任意に占有を失ったり、遺失した物を質権設定者が占有した場合、質物の返還を請求できるのか。 この点留置的効力が質権の中心的効力であるとすれば、この点を放棄した質権者に質権の効力を主張させる必要はないかに見える。しかし、質権の本来の目的は、優先弁済的効力にあり、留置権は右の効力を高めるものとして役立つに過ぎない。 したがって、質権の占有を喪失しても、質権は消滅せず、対抗力が消滅するに過ぎないと解する。 第10章 抵当権 1、序説 【論点】被担保債権が無効であった場合の抵当権 被担保債権が無効であれば、抵当権は付従性により成立しないのが原則である。 しかし、本件貸金債権のような主債務が錯誤無効の場合も同様に解し、抵当権は無効というべきなのか。 すなわち、錯誤無効によって発生する不当利得返還請求権は実質的に貸金債権と同一の債権である。にもかかわらず、不当利得返還請求権が無担保となれば、本来の債権を請求する場合に比べ債権者にとって著しく不利な結果となる。錯誤無効は表意者を保護する制度であるのに、その主張によって不利な結論が導かれるのは背理である。 したがって、原債権の抵当権は引き続き不当利得返還請求権を担保すると解する。 【論点】流用登記の可否 例 被担保債権が弁済・抵当権消滅 新たに借り入れ、抵当権設定した場合、前の登記を流用できないか 思うに、現在の権利関係の内容が登記されていれば、公示機能をそれなりに果たすことができる。 したがって、抵当権の流用は認められると解する。 ただし、新債務成立までの間に現れた第三者に対して、新しい抵当権の効力を主張できない。かかる第三者は、原債務の消滅に伴う抵当権の消滅に対して期待するものであり、その期待を保護する必要性があるからである。 3、抵当権の効力 【論点】付加一体物の意義 1、まず、主物に設定された抵当権の効力は、従物にも及ぶか。「附加シテ之ト一体ヲ成シタル物」(370条)に従物が含まれるか問題となる。 思うに、抵当権の効力が付加一体物に及ぶとしている趣旨は、目的物の交換価値を高めて、抵当権者を保護する点にある。となると、一体物とは物理的一体物のみならず、経済的一体物もさすというべきである。 したがって、主物の効用を高める従物も付加一体物にあたると解すべきである。すなわち、従物にも抵当権の効力が及ぶことになる(370条)。この結論は、従物が主物に附加された時期が抵当権設定前と後と関わりない。 2、従たる権利にも効力が及ぶのか(例 建物と借地権) 従たる権利は、主物の処分に従うと解される(87条2項類推)。抵当権の設定は目的物の処分といいうるから、従たる権利についても抵当権の効力は及ぶと見るべきである。 3、物が目的物から分離されて動産となった場合 抵当権は目的物の全交換価値を把握するものであるから、分離前に既に本件目的物に抵当権の効力は及んでいる。いったん及んだ抵当権の効力が分離によって失われるとする理由はない。しかも、抵当権者保護のため、抵当目的物の価値を維持する必要性がある。 したがって、抵当権の効力は、分離された目的物に対しても及ぶと解する。 【論点】分離物と第三者(抵当権設定者と取引をした者) 例 山の立木が伐採・搬出され、第三者が取引によって取得 抵当権設定者による処分が通常の使用収益の範囲にあるならば、取引は完全に有効である。しかし、そのような範囲を超えて、抵当権設定者が目的物を処分した場合、伐木について、抵当権者と右のような第三者といずれが優先するか。 (抵当権の効力が伐木に及ぶことを認定して)したがって、抵当権者は未だ伐木に自らの権利を有し、かかる伐木を一括競売の便宜のため、元の山林へ返還するよう請求することができることになりそうである。 しかし、木材の取得者を保護する必要があるから、右結論をそのまま維持することはできない。 (我妻説) 思うに、抵当権の公示手段は登記であるから、抵当権という公示手段によって公示できる限度で対抗できると解すべきである。したがって、木材が抵当目的物である土地から搬出された後は、抵当権者は第三者に抵当権をもって対抗できないと解する。 (有力説) 思うに、所有権者はかかる形による処分をすることについては無権利である。そこで、無権利者と取引をした第三者は、即時取得(192条)の要件を具備した場合に保護されると解する。 【論点】371条の果実は法定果実を含むか 371条の「果実」は法定果実を含むか。 特に条文上限定はないから、「果実」は法定果実も含むとも見える。また、法定果実に抵当権の効力が及べば、抵当権設定者による目的物の使用収益が害されるとも思われる。 しかし、法定果実が弁済充当の対象となれば債務が減少するので、抵当権設定者による目的物の使用収益が害されるわけではない。また、370条は附加一体「物」に関する条文であるから、それを受ける371条にいう果実とは物であると解するのが論理的である。しかし、法定果実は物ではない。 したがって、法定果実には371条は適用されないと見るべきである。結果、法定果実は目的物の交換価値の具体化といえるので、抵当権の効力は及ぶと解する。 (賃貸料に物上代位できるかの論点で重要) 【論点】物上代位の本質 *判例〜制度説 目的物が滅失・毀損した場合、その部分について抵当権は消滅するのが原則である。 しかし、滅失・毀損に伴い所有権者が受ける金銭は、いわば抵当目的物が姿を変えたものである。これによって所有権者のみ保護されるという結論は公平に反する。そこで、抵当権者を保護するために法律によって特に認められた制度が物上代位制度である。 *当然説 抵当権は交換価値を把握する権利であるから、交換価値が具体化した場合、価値代表物に抵当権の効力が及ぶのは当然である。すなわち物上代位の制度は、抵当権の本質から導かれる当然の制度というべきである。 【論点】物上代位と差押 物上代位の要件としては払渡しまたは引渡前の「差押」が要求されている(304条但書)。かかる差押えの意義が問題となる。 *制度説から(判例) 物上代位は公平を図るための法定の制度である。とすれば、差押えの意義は抵当権者と他の利害関係人との利益調整の観点からもっとも妥当な結論が導けるように解するべきである。 まず、物上代位をするにはそのような意思を表示しなければ利害関係人の利益を害する。例えば第三債務者は誰に弁済すればよいのか分からなくなる。 そこで、差押えは抵当権者が自らなさねばならないと解する。ただし、抵当権者の優先権は未だ保護に値するし、上記意思さえ見せれば、抵当権者の優先権は登記によって公示されている以上、他の権利者を害することはない。 したがって、物上代位をするために、他の債権者に先んじて差し押さえる必要はないと解する。そのような要件は条文上も要求されていないことからも結論を根拠づけられる。 *当然説から 物上代位が抵当権の性質から導かれる当然の制度とすれば、物上代位を第三者に対抗する要件は、元の抵当権の登記と見るべきである。 一方で、物上代位の要件である差押(304条但書)は価値代表物を特定するための要件に過ぎないと解する。とすれば、抵当権者が自ら差押をなす必要もないと解する。 【論点】物上代位の目的 ●保険金 保険金は「目的物ノ…滅失…ニ因リテ…受クヘキ金銭」(304条本文)にあたるか。 保険金を保険料の対価とみれば、これは目的物の価値代表物ではないとも見える。しかし、物上代位制度は抵当権の実効性を確保するための制度であるから、価値代表物か否かにこだわる必要はなく、抵当権者保護を考慮した解釈をするのが妥当である。 しかも、保険料と保険金とではその価額の差があまりにも大きく、保険金を保険料の対価と見ることも無理である。 したがって、保険金は物上代位の目的となると解する。 ●賃料 賃料に抵当権の効力は及び、物上代位の目的とできるか。 371条は物に関する規定である370条を前提とするから、天然果実に関する条文である。したがって、法定果実たる賃料に抵当権の効力が及ばないとする理由にならない。 さらに、抵当権は設定者に目的物の使用収益をさせ、債権の弁済を容易にさせる点にその主眼がある。となると、賃料に抵当権の効力を及ぼすことはその趣旨に反するかに見える。しかし、賃料の債務充当によって債務が減少することは債務者も望むと考えるべきである。 304条は明文で賃料が物上代位に目的になるとしている。また、先取特権も抵当権も抵当権設定者に物の占有をさせ、権利者は交換価値を把握するのみであるという性質に変わりはないから、両者で結論を異にする必要はない。 以上から、賃料は物上代位の目的となると解する。 抵当権と用益権との関係 法定地上権 【論点】抵当権設定後に建物が建築された場合(判例) ●新築の場合 抵当権設定後に建物が建築された場合、当該建物に法定地上権(388条)は成立するか。明文から明らかでなく問題となる。 この点、条文上は抵当権設定当時に建物が建築されていることは要求していない。しかし、更地と建物の建っている土地では前者の方が資産価値が高い。これを前提として資産評価し抵当権を設定した抵当権者を保護する必要性がある。 したがって、抵当権設定時に土地上に建物がない場合、法定地上権は成立しない。 ●建て替えの場合 土地に抵当権を設定したところ、旧建物が取り壊されて新建物が建築された場合、法定地上権は成立するか。 この場合、抵当権者は建物が存在することを前提として土地の資産価値を評価したと考えられる。となると、抵当権者が不当に害されることはない。この場合は法定地上権は成立するというべきである。 (一方、土地と建物に共同抵当を設定した場合、建物再築後の法定地上権の成立はどうか。 この場合に法定地上権を成立させると、抵当権設定者は建物の再築によって容易に建物の抵当権を消滅させ、法定地上権がついた建物を取得することができる。抵当権者にとって建物の取り壊しによって資産価値を減少させられた上で、土地に法定地上権の負担がついた価値しか認められないという結論は酷に過ぎるし、執行妨害を助長することにもなりかねない。 したがって、本件では法定地上権の成立は否定すべきである。) 【論点】別人所有の土地・建物が同一人所有に帰した場合 抵当権設定当時別人所有であった建物・土地が同一人の所有に帰した場合、法定地上権は成立するか。 思うに、抵当権設定当時、何らかの約定利用権が建物所有者に認められていたはずであるが、後に同一人の所有に帰しても、抵当権の目的となる限り、かかる利用権は混同によって消滅しない。 しかも、利用権としては強力な地上権をあえて成立させるならば、抵当権者を害するおそれがある。 したがって、この場合、法定地上権は成立しないと解するべきである。 【論点】共有と法定地上権 1、建物共有の場合、抵当権の実行の結果、法定地上権は成立するのか。 この場合、強力な法定地上権の成立は他の共有者の利益になる。また、土地所有者は、そのような不利益を予測できる。 したがって、法定地上権は成立すると解する。 2、一方、土地共有の場合はどうか。 このような場合、土地には建物所有者のための約定利用権が設定されているはずであるから、法定地上権を成立させる必要がない。あえて法定地上権を成立するとなれば、他の土地共有者に不利益になる。 したがって、特段の事情がない限り法定地上権は成立しないと見るべきである。特段の事情とは他の土地共有者が抵当権を設定した者に共有土地の処分を委ねていたとみられる事情などである。なお、建物共有であっても土地共有がされている限り、上記結論に違いはない。 【論点】短期の意義 抵当目的物について602条の期間を超える賃貸借がなされた場合、短期賃借権による保護はないのか。 このような場合も602条に定める期間は保護すると解することができそうである。抵当権者は、そのような期間において不利益を被る可能性があることを覚悟できるからである。 しかし、「超エサル」(395条)との文理からすれば、約定期間が602条の範囲にあることは絶対である。しかも、短期賃貸借制度は濫用されることが多いので、395条による保護の幅は限定すべきである。 したがって、本件事例では、短期賃借権の保護はないと解するべきである。 (ここまででよい) ただし、建物所有目的の土地賃借権では別異に解すべきである。 すなわち、この場合、賃借権の存続期間は特別法によって30年とされる(借地借家法3条)。ここで短期賃借権の保護を否定すれば、借主保護のための借地借家法が借主に不利に働くことになり、背理である。 したがって、このような場合602条に定められた5年の期間のみ借地権者は保護されると解する。 【論点】短期賃貸借に対抗するための賃貸借の効力 短期賃借権者を排除し、抵当権の担保価値の確保を図るための賃借権の効力をいかに解するべきか。 形式的にはかかる賃借権に問題はないかに見える。しかし、本件賃借権は抵当権担保のための実体のない賃借権に過ぎない。 このような賃借権に対抗力を認めるならば、真に用益をなすために目的物の賃借を受けた者を害する結果になる。これは、短期賃借権を保護し、抵当権設定者に十全に目的物を用益させようという法の趣旨に反する。 したがって、かかる賃借権をもって後にあらわれた短期賃借人に対抗することはできない。 【論点】抵当権による明渡請求 1、395条但書によって解除されたにもかかわらず、短期賃貸借権者が目的物を明け渡さないとき、抵当権に基づく明渡請求ができないか。 思うに、抵当権は占有を要素としないから、抵当目的物の占有関係に干渉することはできないともみえる。また、通常の使用収益の範囲内ならば、不法占拠者の存在は物理的に担保目的物の価値を下げるものではない。 しかし、本件事情における占有者の存在は実質的に競売価格の下落を招くので、これは担保価値の減少をきたすものといえる。また、抵当権の実行が開始した時点ならば、そのために抵当権者が占有取得をすることを認めてよいと解する。 したがって、本件のような場合に限り、抵当権に基づく明渡請求は認められると解する。 2、さらに債権保全のため、債権者代位権を行使できないか。 既に述べたように、抵当目的物の担保価値を減少させるから、債権保全の必要性はある。 問題は短期賃貸借の解除の効果によって賃貸人に賃貸建物の返還請求権が帰属するかである。これが帰属しなければ代位の目的となる権利はない。 思うに、短期賃貸借の解除請求訴訟は、貸主借主の双方を対象とする必要的共同訴訟の形態をとる。これは両者間の賃貸借契約を解消する形成訴訟であることを意味するというべきである。 したがって、解除請求が認められた場合、賃貸借の当事者間でも賃貸借契約は終了したことになる。したがって、貸主に目的物の明渡請求権が発生する。これを抵当権者が代位行使することができるということになる。 【論点】抵当権の侵害に対する救済 ●抵当権設定者に対して 本件では抵当権設定者が通常の使用収益の範囲を超えて、担保目的物の山林から立木の伐採・搬出を始めている。これは、担保の毀滅にあたるので、期限の利益を喪失する(137条2号)。この結果抵当権者は債務者への即時弁済の請求、及び抵当権の即時の実行を主張できることになる。 また、かかる行為は抵当権設定者の債務不履行にあたるので、抵当権者は損害賠償請求ができる(415条)。 ●不法行為者に対して 1、物権的請求権の行使は認められるかについて 例 山林から無権利者が立木を伐採・搬出を始める → 伐採、搬出の差止めができるか 抵当権も物権であるから、物権的請求権の行使は当然認められる。具体的には第三者が不法に立木の伐採を始めた場合、現在及び将来の伐採を禁止できる。 さらに、搬出された伐木にも抵当権の効力は及ぶ。伐採によっていったん及んだ抵当権の効力が失われるとする理由はないし、このように解して抵当権の実効性を高める必要性があるからである。したがって、第三者が即時取得しない限り、外部に搬出された伐木の返還請求もなしうる可能性がある(注 この場合処分しているのは不法行為者であるので、抵当権者と第三者との関係は対抗問題になるのではない。前述の分離物と第三者の論点とは区別すること)。 ただし、かかる返還請求権は、一括競売の便宜のため、当該山林へ返還することを要求できるに過ぎない。自己の占有下に置くことを請求できるわけではないので注意すべきである。これは、抵当権が占有を要素としない権利であるからである。 2、不法行為に基づく損害賠償請求 さらに、第三者が立木の伐採・搬出を行った場合、不法行為に基づく損害賠償請求をなし得る。もっとも、具体的に損害が発生していない限りかかる請求はできない(709条参照)。 さらに、かかる請求をなすには、損害の額の算定が不可欠である。そこで、損害額の算定時期をいつとすべきか問題となる。 この点、抵当権実行時にならねば正確な損害額の算定はできず、この時期まで損害賠償請求はできないともみうる。しかし、抵当権者保護のためにはより早期の請求を認めるべきである。また、損害額はある程度の額を確定できればよい。となると、弁済期になればある程度の損害額は算定できる。 したがって、弁済期後であれば本件請求は可能であると解する。 第11章 非典型担保 1、序説 【論点】物権法定主義に反しないのか 物権は法律によって定められたものしか認められない(175条)。となると、明文にない担保物権の創設は認められないかに見える。 しかし、典型担保では満たせない要請を実現するため、非典型担保の効力を認める社会的必要性がある。また、物権法定主義の重要な機能としては、公示方法を完備させ、取引の安全を守る点にある。ならば、公示方法があるならばその例外を認めてよい。 したがって、公示方法があれば、非典型担保物権は有効であると解すべきである。 2、譲渡担保 【論点】譲渡担保の法的構成 譲渡担保の法的構成をいかに解すべきか。 この点、所有権を移転するという形式を重視する見解がある。しかし、債権者が弁済期前に目的物を処分した場合、かかる譲渡も有効になる危険がある。 思うにかかる譲渡担保契約の主眼は債権担保にあるので、形式面である所有権の性質のみからこれを把握することは不可能である。したがって、実質面を重視し、現実には債権者には担保権が移転するのみであると解するべきである。結果、担保権設定者と権利者の双方に目的物の権利が分属すると考えることになる。 *判例は所有権的構成から担保的構成に近づいているといわれている。所有権留保では判例は未だ所有権的構成をとっていることに注意 【論点】集合物の担保化は許されるのか 集合物への担保の設定は許されるか。一物一権主義との関係で問題となる。 思うに、一物一権主義の趣旨は、その例外を認める必要性がないことと、物権の範囲を明確にし、公示を可能にすることで取引の安全を図ろうとする点にある。 しかし、かかる担保権の効力を認める社会的必要性がある。また、目的物の存在する場所、範囲を指定することで権利の公示は可能である。 したがって、一物一権主義には反せず、かかる担保設定も認められると解する。 ここで、集合物への譲渡担保権設定はいかなる法的構成によるべきか。 これは、集合物全体の上に一個の譲渡担保権が設定されると見るのが、当事者意思に合致し妥当であると解する。すなわち、物が集合物に加わることで担保の効力が及び、対抗要件も備わるが、集合物から離脱されれば、その物は担保の拘束力から免れることになる。 【論点】譲渡担保の対外的効力 例 債権者が債権の弁済期到来前に目的物を第三者に処分 → この効力は? 債権者に所有権が移転するという形式面を重視すれば、かかる権利の譲渡も完全に有効であり、権利者が設定者に対し債務不履行責任を負うに過ぎないかに見える。しかし、債権者は無資力であることが考えられるので、設定者の保護としてこれだけでは十分でない。 思うに、……(譲渡担保権の法的構成について論じてから) このように譲渡担保権の実質は担保と見るべきであるから、かかる譲渡は、物権的に効力がないとすべきである。したがって、第三者は目的物の権利は取得しない。ただし、相手方は、即時取得または94条2項ではかられることになる。 *債務者の処分の効力 所有権的構成 → 譲渡の効力はないが、相手方が即時取得などをする可能性がある。このとき一物一権主義から権利者は一人しか認められない。 担保的構成 → 担保権付きで有効に権利を処分できる。担保も複数設定することが可能である。 3、所有権留保 【論点】所有権留保の目的物の転得者の保護 例 問屋A → 小売店B → 消費者C Aが所有権留保、CはBに代金完済 → Bが倒産して、AがCから目的物引き上げを主張 まず、本問においてCが目的物を即時取得しないか。この点については、担保権の設定についての善意・無過失、その他の要件を満たせば、即時取得できると解する。 しかし、登録自動車など、即時取得できない動産の場合はCの保護をいかに解すべきか。 思うに、AはBを用いて利益をあげているし、Bの履行においてAは協力もしている。にもかかわらず、Bによって引き起こされた代金回収不能の危険を全て他人に転化できるとするのはCに不足の損害を被らせ、公平に反する。 したがって、Aの所有権に基づく返還請求は権利濫用として許されない。AはCに対して目的物に引渡を請求できないことになる。 債権総論 第1章 債権の目的 3、種類債権 【論点】特定の生じる時期 特定の生じる時期は、債権者の同意を得て目的物を指定した場合の他、「物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為」を完了した時があげられる(401条2項)。この「物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為」とはいかなる行為をさすか。明らかでなく問題となる。 特定の結果、種類物債権の履行の目的が定まると、取扱いが特定物債権と同じとなる。となると、債務者は完全履行義務から解放されるから、債務者はその恩恵を受けるに見合うだけの行為をなすことが必要であるというべきである。 すなわち、現実に目的物を提供して始めて「物ノ給付ヲ為スニ必要ナル行為」がなされたといえるのが原則である。 一方、取立債務など給付に債権者の行為が必要な場合、履行に債権者の協力は欠かせない。ここでは、債務者がなすべき行為としては現実の履行までは必要なく、準備・通知でたりる。ただし、特定とは履行すべき物が具体的に確定することであるから、目的物を他の種類物から分離することまで必要であると解する。 【論点】瑕疵物の提供と特定 債務者が瑕疵ある物を提供した場合、特定するか。 思うに、特定した場合、追完義務等の債務者の責任は軽減される。瑕疵物の提供では、債務者は、このような効果が与えられるにふさわしい責任を果たしたとはいえない。 したがって、瑕疵物の提供では、特定しないというべきである。 【論点】債務者の変更権 特定後、債務者が目的物と同種のものを用意して履行することは許されるか。 思うに、これを認めても、特段の事情ない限り債権者に不利益はない。もともと特定とは、種類債権の履行の過程に過ぎない。つまり履行の目的物を変更するというのは、特定前から履行し直すことに過ぎない。 したがって、許されると解する。 5、利息債権 【論点】制限超過利息が支払われたときいかに扱うか 利息制限法1条1項は制限利息の超過分は無効とする。一方で、同条2項は任意に超過分を支払った場合、利得の返還請求ができないとする。この一見矛盾する規定の関係をいかに解すべきか。 思うに、利息制限法は高利から金銭の借主を守るためにあるから、同条2項は制限的に解すべきである。 そこで、制限超過分の金銭は元本に充当されると考えるべきである。 また、元本に充当しても支払った金銭が余る場合、既に債権は消滅している。したがって、被債弁済として、不当利得返還請求ができると解する。 第2章 債権の効力 1、総説 【論点】債権侵害に対して不法行為責任を追及できるか 債権侵害に対して不法行為責任(709条)を追及できるか。 思うに、第三者が債権の円満な実現を妨害するとき、これを認めなければなんら債権者を救済できない可能性がある。また、債権にも不可侵性を認めることは不可能ではなく、債権侵害に違法性を認めることはできる。 したがって、債権侵害に対しても不法行為責任は追及できると解する。 しかし、債権は自由競争の原理の上に成り立つものであるから、その原理内でお互いに債権を侵し合うことはやむを得ない。そのような観点から、債権侵害が成立する場合はある程度制限的に解する必要がある。 そのためには、債権侵害を類型にわけて検討することが有用である。まず、@債権の準占有者として弁済を受けてしまうように、債権の帰属自体を侵害する場合がある。 さらに、給付を侵害する場合があるが、後者のうちでもA目的物を毀滅するように、目的物を消滅させて債権を履行不能にする場合と、B二重譲渡で登記を得るように、履行不能になっても目的物は消滅しない場合がある。 以上の類型において、Bについては自由競争の範囲に該当し、客観的な違法性が認められない場合がある。また、債権は公示性に欠けることからして債権侵害の結果を発生させることにやむを得ない場合がある。 したがって、Bの類型では、客観的な違法性が認められ、かつ故意ある場合に限り、不法行為が成立するとみるべきである。 3、債務不履行 【論点】履行補助者の故意・過失 1、債務者の「責ニ帰スヘキ事由」(415条)として、履行補助者の故意・過失が含まれるか。 この場合、債務者自身には帰責事由がない。しかし、債務者は履行補助者を使うことによって活動領域を広げ、利益を得ている。そうであるならば、履行補助者の行為についても債務者自身の責任を認める必要がある。 したがって、履行補助者の故意・過失は、債務者自身の故意・過失と信義則上同視すべき事由として、「責ニ帰スヘキ事由」にあたる、と解する。 ただし、履行補助者といえどもいくつかの類型にわけることができ、それごとに債務者が負うべき責任に違いを認めるべきである。したがって、類型ごとに具体的に債務者の「責ニ帰スヘキ事由」の有無を判断するのが妥当である。 2、まず、債務者の手足として使用される真の意味の履行補助者の故意・過失は、常に債務者の責めに帰すべき事由とされる。債務者はこのような者をいつでも手足として使用して、利益をあげることができる。したがって、補助者による損失も又、負担すべきであるからである。 3、また、債務者に代わって履行の全部を引き受けてなす、履行代行者については、さらに場合をわけて考えなければならない。 まず、履行代行者の使用が許されない場合(104条等)は、使用のみで過失を認められる。したがって、常に債務者は責任を負うことになる。一方で、履行代行者の使用が積極的に許される場合(106条)については、選任・監督に過失がない限り責任は負わないと見るべきである。条文上も、105条、658条2項などに同様の例がある。 いずれでもない場合、履行代行者の使用によって本人が利益を得る点は2で述べた狭義の履行補助者と同様である。したがって、履行補助者の場合と同様債務者は責任を負うと解する。 なお、債務者が契約上の権利を享受する場合も、以上の類型論はそのままあてはまる。例えば同居家族のような利用補助者の故意・過失も原則として本人の故意・過失とすべきである。賃貸借でいうと、目的物の保管義務と家族を住まわせるという使用・収益権というように、権利と債務とが密接な関係にあるので、これも債務者に責任を負わせるべきである。 【論点】損害賠償の範囲 条文上、「通常生スヘキ損害」「特別ノ事情ニ因リテ生シタル損害」について損害賠償請求ができるとされている(416条1項2項)が、その内容をいかに解すべきであろうか。 思うに、自然界の因果関係は無限に進展する可能性があるから、損害も意外な範囲になる可能性がある。 そこで、損害賠償の額の算定の基礎となる事情から特別の事情を除去し、類型化することで、損害を普通に予想される因果関係の範囲に限定する必要がある。そのための理論が相当因果関係理論であり、これが416条に具体化されていると解する。 すなわち、「通常生スヘキ損害」とは、通常損害について債務者は責任を負わなければならないとする相当因果関係の原則を述べたものである。一方で、「特別ノ事情ニ因リテ生シタル損害」とは、予見可能性があるときに限り、基礎事情として特別事情を取り込むべきであることの表明であると解する。 なお、右特別事情についての予見可能性は、債務者にとって予見可能か否かをもって判断すべきである。この場合、特別事情により発生した損害は、債務者に不測の損害ではなく、請求を認めても酷ではないからである。ただし、これは例外的な請求であるから、予見可能性の有無は債権者が立証すべきである。 【論点】損害賠償額の算定(中間最高価格の問題) 損害額は履行期の到来から口頭弁論終結時までの、いずれで算定するかによって変更されるものである。そこで、損害賠償額の算定時期をどのように解するべきかが問題となる。 損害賠償額は意外な額となることを防ぐため、債務不履行時の予見可能性を基準として決定される。となると、算定時期についても、原則は債務不履行発生時と見るべきである。 となると、目的物の価額が騰貴した後下落した場合は、騰貴前の価格を元に損害賠償額を算定することになろう。 ただし、債権者が騰貴時に転売してその価額に相当する利益を確実に利益を得たであろうという事情がある時、特別事情として騰貴時を算定時期としうると解する。 さらに、価格が単純に騰貴している場合は、事実審の口頭弁論終結時が賠償額の算定時期になると解する。この場合は債権者がその目的物を現在有していたらその価格であったといえ、そのことは債務者も予見可能だからである。 ただし、これらの事情は特別事情であるから、債権者が立証しなければならない。 【論点】安全配慮義務 本問では、被用者が仕事中に同僚の機械の操作ミスによって、怪我・死亡している。この場合、同僚は不法行為責任を負い(709条)、結果として使用者も使用者責任(715条)を負う。かかる構成によって、被用者またその遺族は、使用者に不法行為責任を追及することができる。 しかし、不法行為責任の追及は、消滅時効の期間、故意・過失の立証責任等の面で、債務不履行責任によるよりも被害者に不利な点がある。そこで、使用者に契約責任(415条)を認めることはできないか。 思うに、ある法律関係に基づいて特別な関係に入った当事者間では、相手方に対して安全を配慮する義務を、付随義務として信義則上負うと解しうる。これは使用者・被用者間においても同様であり、使用者は、契約に明示がなくとも、被用者を安全に働かせる義務を信義則上負うと解するべきである。 したがって、被用者の使用契約等の法律関係の付随義務として、使用者には安全配慮義務が認められると解する。 ただし、かかる契約責任的構成による責任追及が常に不法行為による構成よりも被害者にとって有利であるとは限らない。遅滞に陥る時期や請求権者の点では不法行為による構成の方が有利である。 したがって、かかる契約責任に拘泥することなく、いずれの責任による構成も選択的に主張することを被害者に認めるべきである。 4、受領遅滞 【論点】受領遅滞の要件・効果、受領遅滞の法的性質〜*法定責任説 債権者に受領遅滞があるとき、債権者が負う「遅滞ノ責メ」(413条)の内容が明らかでなく問題となる。 (この点債権者にも債務者と協力して債権の目的を実現する義務があるから、これに反した場合の債務不履行責任であるとする立場がある。しかし、債権の中には受領義務を論ずる余地がないものが少なくないのに、一般的に債権者に受領義務を認めるのは妥当でない。) 思うに、債権はあくまで権利であって、義務ではない。しかし、給付の実現において債権者の行為が必要なのに、債権者の協力が得られないことから債務者が何ら義務を免れないのは公平に反する。 したがって、受領遅滞はこのような場合に、債務者の責任を免れさせるために認められた法定の制度であると解する。 したがって、かかる責任を認めるには、債権者の帰責事由は不要である。 また、受領遅滞の直接の効果としては、注意義務等の債務者の責任を軽減させるのみで、損害賠償請求・解除請求までは認められない。受領遅滞責任は弁済提供の効果であると解することになる。 ただし、事情によっては給付の実現に非協力的な債権者に対し、信義則を根拠に右請求を債務者に認めることができると解する。 5、責任財産の保全 【論点】債権者代位権の効果 債権者代位権行使の効果であるが、債権者は第三債務者に対して、自己への給付を求めることができる。債務者が給付を受領しないおそれがあるからである。 この場合、債権者は債務者への給付の返還義務を負うが、相殺によって自己の債権について事実上の優先弁済を受けうる。 ただし、登記請求権を代位行使した場合、登記の自己への名義移転を請求することはできない。裁判所の判決をもって債務者名義の登記ができ、給付が受領されないということがありえないからである。 債権者代位権の転用 【論点】債権者代位権の転用と無資力要件 債権者代位権を特定債権を保全するために利用する、いわゆる債権者代位権の転用は認められるか。 債権者代位権は本来は強制執行の準備としての責任財産保全の制度にすぎず、特定債権を保全するために用いられるものではない。 しかし、条文上は債権者代位権行使の要件として、被保全債権を金銭債権に限定しているわけではない。しかも、転用を認める社会的必要性がある。 したがって、本論点は肯定的に解するべきである。 次に「保全スル為メ」(423条1項)とは、代位権を金銭債権保全のために行使するときは、債務者の無資力がそれにあたる。 しかし、特定債権の保全において、保全の必要性と債務者の無資力とは関係がない。したがって、転用の要件として債務者の無資力は必要ない。 債権者取消権 【論点】債権者取消権〜被保全債権が特定債権の場合 本問事例では、債務者が自己の唯一の財産である土地を他人に処分したことによって、債務者は無資力に陥っている。 しかし、債務者による土地の処分の時期は債務不履行による損害賠償請求権発生の前である。このように被保全債権発生の前に詐害行為がなされた場合でも、債権者取消権を行使できる場合はないのか。 債権者取消権は責任財産保全の制度であるから、あくまで金銭債権保全のためにしか用いることはできない。これは債権者取消権の効果が「総債権者ノ利益」(425条)のために生ずることからも明らかである。 ただし、特定債権も損害賠償請求権という金銭債権に変じうるから、かかる金銭債権保全の必要がある。そして、現実に債権が損害賠償請求権に変じれば、債権者取消権の行使を認めるのに何の差し支えもない。 したがって、詐害行為と被保全債権の成立時期との関係において、特定債権成立後に詐害行為があれば債権者取消権の行使は可能であると解する。 【論点】債権者取消権の法的性質 債権者取消権の法的性質について、まずは形成権であることは間違いない。法文上、詐害行為を取り消す権利であることは、明らかだからである。 しかし、単に取り消しただけでは、責任財産保全という債権者取消権の目的を達成することはできない。 したがって、債権者取消権は、形成権に加え、請求権の性質を併せ持つと見るべきである。 【論点】「債権者ヲ害スル…法律行為」にあたるか 1、一部債権者への弁済は「債権者ヲ害スル…法律行為」(424条1項本文)にあたるか。 弁済は債務者の本来の義務の履行に過ぎない。また、弁済には消極財産の減少を伴うから、原則として詐害行為にはあたらない。 しかし、実価の下がった債権に名目通りの弁済を与えれば、責任財産の減少をきたす場合がある。 したがって、弁済行為も特段の事情がある場合、詐害行為にあたることがあると解する。特段の事情とは、実質的に無資力に陥った債務者と一部の債権者が通謀し、満額の弁済を与えようとする場合などである。 2、不動産の換金 不動産の換金は「債権者ヲ害スル…法律行為」(424条1項本文)にあたるかについて、不動産を不当な安価に処分するならば、明らかに詐害行為にあたる。 しかし、適正価格による処分ならば、責任財産に減少はきたさないのではないか。 思うに、不動産は債権者にとって確実な担保の一つといえる。そのような不動産を費消・隠匿しやすい金銭に換える行為は実質的にいって責任財産に減少をきたす結果を生む。 したがって、不動産の換金は、適正価額によるか、不適正かに問わず、「債権者ヲ害スル…法律行為」と解する。 3、債権者への担保供与 債権者への担保供与は「債権者ヲ害スル…法律行為」(424条1項本文)にあたるかについて、事情によってその詐害性が異なるので、分けて論ずる。 特定の債権者に新たに担保を差し出す行為は弁済と同視できる。弁済が詐害行為にあたりうる以上、この場合も詐害行為にあたることがあると解する。 それに対して、新たな借入れと共に担保供与をなすことはどうか。 思うに、借入れの際に債権者が担保を差し出させるのは当然である。これを封じるならば、債務者の金融の途を閉ざし、債務者の経済的再建を困難にする。 したがって、借入れ自体が詐害行為となるならば格別、借入れにおいて担保を差し出すのみならば原則として詐害行為にはあたらないと解する。 【論点】財産分与は詐害行為取消の対象となるか 本件Aは財産分与として離婚した配偶者に全財産を提供している。かかる財産分与は詐害行為取消の対象となるか。 本来財産分与は財産的行為ではないから、詐害行為取消権の対象にはならない。 しかし、財産分与の額が過大である場合、形式的に財産分与の形をとっているが、実質的には財産を隠匿するための詐害行為に過ぎないといえる場合がある。 このように財産分与に仮託した財産処分であると認められる場合は、財産分与も債権者取消権の対象となるというべきである。 本問Aの行為を検討するに、全財産を分与する必要は、よほどの事情がない限り必要ないはずである。したがって、この場合は財産分与に仮託した財産処分といえ、Aの行為には詐害性が認められるといってよい。 【論点】二重譲渡と債権者取消権 例 SがAとBに二重譲渡、Bが登記を備える → AがSB間の譲渡を取消ができるか Aの債権はもともと特定債権であるが、現在は損害賠償請求権として金銭債権に変じている。しかし、かかる請求権が発生したのは、SのBへの譲渡の後である。となると被保全債権の成立前に詐害行為があったともいえなくもない。 そこで、特定債権を保全するために、債権者取消権を行使することが許されるかが問題となる。 (→ 論証は既述) しかし、本問ではAは二重譲渡において劣後する。にもかかわらず、優先する権利者Bへの譲渡行為を取り消すことができるか。 この点、取消しを認めることは、登記制度を無にするものであるかに見える。 しかし、債権者取消権と登記制度とは目的・要件・効果のいずれも異なる制度である。 したがって、債権者取消権の要件を満たす限りで、債権者取消権の行使は認められると解する。 ここに取消の効果について、AはBに土地の引渡を請求できる。Sが土地を受領しないおそれがあるからである。 しかし、登記の移転については別に考える必要がある。登記については、Sが受領しないという自体はありえない。また、取消権はあくまで、Aの損害賠償請求権行使の前提として認められるものである。にもかかわらず、これを認めることは、まさに登記制度を無にすることになる。 したがって、取消によってAが自己への登記移転を請求することはできない。 【論点】詐害行為取消権行使の効果 詐害行為取消権行使の効果として、まず債権者は現物の返還請求権を取得する。現物返還が不可能な場合は価額賠償が請求できる。かかる請求権の行使の際には、いずれも自らの下に目的物の返還請求できる。いずれも債務者が給付を受領しないおそれがあるからである。 なお、現物返還が原則とされている理由は、債権者が相殺によって事実上の優先弁済を受けることをできるだけ避けることにある。 取消しの効果は総債権者の利益のために生じるので(425条)、回復された財産は総債権者の共同の責任財産を構成する。 一方、債権者取消権の効果は債務者の法律行為を債権者との関係で無効とするのみであり、受益者と関係で法律行為が無効となるわけではない。私的自治への介入の度合いをできる限り少なくするためである。したがって受益者は債務者に債務不履行責任(415条)や担保責任(561条)などの契約責任を追及することはできない。 ただし、目的物を有償で取得した受益者は債務者に対して不当利得返還請求(703条)を持つ。債権者取消権は、第三者を不当に犠牲にして、責任財産の保全をはかることを予定していないからである。 第3章 債権譲渡及び債務引受 2、指名債権の譲渡 【論点】譲渡禁止特約の法的性質 債権は自由に譲渡できるのが原則である(466条1項本文)が、反面債務者は債権の譲渡に伴い、債権者が誰であるかの覚知が難しくなる。結果誤って弁済をしてしまうという危険性が増大するので、これを避けるために債権には譲渡禁止特約をつけることができる(466条2項本文)。 しかし、特約に反した債権譲渡契約の効力について、条文上明らかでなく問題となる。 この点、特約には債権的効力しかないとする見解がある。となると、譲渡禁止特約違反効果としては、債権の譲渡人が債務者に債務不履行責任を負うのみであり、債権譲渡自体は有効であるということになる。 しかし、これでは債務者保護が十分ではない。思うに、契約自由の原則から、かかる特約を結ぶことができるのは当然であり、債権譲渡を明文で認めた点を重視した解釈をすべきである。 したがって、譲渡禁止特約の効力としては物権的効力を生じ、かかる特約に反する債権譲渡の効力は発生しないというべきである。 【論点】第三者保護要件は善意で足りるか〜判例 譲渡禁止特約に反した債権譲渡は無効であるが、「善意」の第三者にはかかる特約をもって対抗することはできない(466条2項但書)。この「善意」には、善意・有過失者も含まれるのか。 思うに、債権は自由譲渡性を有するのが原則である。しかも、譲渡禁止特約は公示性に乏しいから、譲渡禁止特約の効力を広く認めると、債権の譲受人の信頼を害する結果となるおそれがある。 このような事情からすれば、債権の譲受人は可及的に保護すべきである。ただし、重過失は悪意と同視できる。 したがって、「善意」は軽過失ある場合のみを含む。すなわち、第三者の保護要件としては、善意・無重過失が要求されるということになる。 【論点】悪意の第三者への債権譲渡を債務者が承諾した場合 譲受人が悪意の場合、譲渡禁止特約に反した債権譲渡の効力は無効である。しかし、本問では債務者が譲渡に対し、承諾を与えている。この承諾は債権譲渡にいかなる影響を与えるか。 思うに、譲渡禁止特約の趣旨は、債権者が不明確になり、二重払いの危険を負うなどの不利益を債務者に回避させる点にある。 とすれば、保護されるべき債務者が譲渡に承諾しているのだから、本問のごとき譲渡も有効とすべきである。 【論点】譲渡禁止特約ある債権を差し押さえ、転付命令を取得できるか 差押えから転付命令にいたる一連の手続は、実質的な債権譲渡である。そこで、譲渡禁止特約ある債権について転付命令を得ることができるか。 思うに、差押えは裁判所の厳格な手続による公的執行手段である。したがって、差押禁止債権を特約で発生させることを認めるべきでない。 しかも、善意・悪意は取引行為において、紛争が生じた場合の利益調整の概念である。しかし、転付命令は取引行為ではないから、善意・悪意は問題とすべきではない。 したがって、譲渡禁止特約ある債権について転付命令を得ることはできると解する。 【論点】事前の通知・承諾 事前に通知・承諾を得た場合、対抗要件としての効果は認められるか。 思うに、譲渡の事実・時期が不明確な状態で、かかる通知を認めるならば、債権者の覚知が難しくなり、債務者を害するおそれがある。 したがって、事前の通知に対抗要件の効果は認められない。 一方、事前の承諾の有効性はどうか。 思うに、保護されるべき者が承諾しているならば特にこれを否定する必要はない。ただし、債権譲渡の対象が明らかでなければ、債務者を害するおそれがあることは否定できない。 そこで、譲渡人と債権が特定されていれば、事前の承諾は有効であると解する。 【論点】異議なき承諾の法的性質 異議なき承諾がなされた場合、債務者は債権者に対抗し得た事由があっても、新債権者に主張できなくなる(468条1項)。かかる効力の根拠をいかに解するべきか。 もともと異議なき承諾は準法律的行為であり、承諾をなした者の意思とは関係なくそれを要件とした一定の法律効果が認められるものである。となると、人的抗弁切断の効果を債務者の意思に求めることはできない。 思うに、異議なき承諾がなされた場合、譲渡の相手方は抗弁が存在しないとの信頼を抱く可能性があるので、かかる信頼を保護しなければならない。 したがって、異議なき承諾に所定の効果が認められるのは、法が債権取引の安全をはかるために、かかる承諾に一種の公信力を与えたものと解するのが妥当である。 【論点】異議なき承諾による第三者保護要件 (公信力説を前提として) このように解するならば、債務者の債権者に対抗すべき事由について悪意の者は、その部分については保護されないと解すべきである。(有過失者は保護するというのが判例) 【論点】異議なき承諾後の解除 債務不履行が異議なき承諾後に成立した場合、解除の効果を債権の譲受人に対抗できるか。対抗できなくなる「事由」(468条1項)の内容が明らかでなく、問題となる。 (思うに、この「事由」は同条2項にいう「事由」と同義であると思われる。ここに、2項の趣旨は、債権者による一方的な債権譲渡によって債務者に不利益を生じさせることを防ぐ点にある。となると、この「事由」の内容は、抗弁を生じさせる原因が既にある時まで広く含むと解するべきである。) したがって、同条1項にいう「事由」も、抗弁を生じさせる原因が既にある場合についても、債務者は譲受人に対抗できなくなるとすべきである。 ここに、双務契約においては反対給付が未履行である限り、常に解除の可能性がある。この場合、双務契約によって発生する債権の譲受人保護の必要性がある。したがって、「反対給付が未履行の双務契約であること」は「事由」の一つといってよい。 したがって、譲受人は債務者の解除に対抗できることになる。ただし、譲受人が、かかる事由につき悪意の場合は、抗弁の切断はなく、債務者は解除をもって新債権者に対抗できることになる。 【論点】異議なき承諾と抵当権 弁済済みの抵当権付き債権に対して異議なき承諾(468条1項)がなされた場合、弁済によっていったん消滅した債務が復活する。ここに、いったん弁済によって消滅した抵当権も復活するか。 思うに、抵当権による担保の有無は債権の価値を大きく左右するから、この点に関する債権の譲受人の期待も保護すべきである。ただし、債務者による異議なき承諾によって、抵当権の消滅に利害関係ある第三者に不利益を及ぼすべきではない。 したがって、債務者が抵当権設定者である限り、抵当権は復活すると解する。ただし、異議なき承諾の前に、抵当目的物に利害関係を有するに至った第三者との関係では、抵当権の復活を主張できない。 このような第三者として、異議なき承諾前に目的物に抵当権を設定した後順位抵当権者や、抵当目的物を債務者から取得した者があげられる。 *第三者として物上保証人も挙げられる。保証人の保証債務の復活も右の第三者との関係と同様(=つまり復活しない)に解しうる。 【論点】譲受の先後はいかにして決定すべきか 債権が二重譲渡された場合、確定日付ある通知又は承諾を備えた者が優先する(467条2項)。しかし、かかる通知を備えた者が複数現れた場合、債権譲受の優劣はいかにして決定すべきか。条文上明らかでなく、問題となる。 (この点、確定日付は債権の譲渡人、譲受人、債務者の通謀によって譲渡の日付を遡らせることを防ぐために要求されたものである。この点を重視すれば、確定日付の先後で優劣を決すべきであることになる。 しかし、到達が後ながら、確定日付が先の通知を債務者が受け取った場合、債務者に問い合わせた債権の譲受人は不正確な情報を与えられることになる。このように利害関係人に不利益を及ぼす結論は認められない。) 思うに、通知による対抗要件制度は、債務者の認識を通じて、不完全ながら公示機能を果たさせることで成り立っている。かかる公示機能を十分に発揮させるためには、優劣は認識の先後を基準として決するべきである。 以上から、通知の到達の先後によって譲受の優劣を決すべきである。 *承諾の場合は確定日付を以て優劣を決することで争いはない。その日時が債務者の認識の日時といえるからである。 【論点】確定日付ある通知が同時到達した場合 かように債権の二重譲渡における優劣を、到達時を基準に決すると解するならば、通知が同時到達した場合、優劣を決定できない。 1、まず、各譲受人は債務者に権利を行使できるか。 思うに、債務者との関係における対抗要件は通知の具備で足りるから、それぞれの債権者は完全に債務者に対抗できる。しかも、このような事情があれば、債務者が履行を免れるという結論を認めるべきでない。 したがって、債務者に対しては無制限に権利を行使できる。債務者はかかる権利行使を拒み得ない。ただし、債務者は一方の債権者に弁済すれば免責される。 2、このようにして一方の譲受人Aが債務者から給付を受けた場合、もう一方の譲受人BはAに清算請求をすることができるか。 思うに、清算義務を認めないとすれば、単なる早い者勝ちということになり、公平に反する。いずれも完全な権利者であるからである。 そこで、清算義務を認めるべきである。具体的には、譲り受けた債権額に応じて按分することで清算額を決定するのが妥当である。 【論点】劣後する債権者に債務者が弁済をした場合の効果 誤って劣後債権者に債務者が弁済をした場合、かかる債務者の弁済の効力が明らかでなく問題となる。 思うに、確定日付ある通知・承諾によって優劣が決した場合、債務者もこれに拘束される。したがって、かかる弁済は無効であり、未だ債務者は優先する債権者に弁済する義務を免れない。先の給付は不当利得返還請求権(703条等)を行使して回復することになる。 ただし、誰が優先するかについて善意・無過失で弁済をした債務者は債権の準占有者への弁済として、免責されることになる(478条)。 第4章 債権の消滅 2、弁済 【論点】弁済提供制度の趣旨 弁済の提供があり、債権者が給付の実現に協力して始めて債務は消滅する。 ここで債権者が給付の実現に協力しない場合、弁済提供をなした債務者は給付義務を未だ免れない。しかし、弁済提供した誠実な債務者が何ら義務を免れないとするのは公平を失する。 そこで、法は弁済を提供した債務者は不履行によって生ずる一切の債務を免れることとした(492条)。 その効果は弁済提供により債権者を受領遅滞に追い込むことである。 【論点】弁済の提供 弁済提供があるというには、債務の本旨にしたがって、現実に給付を為さねばならない(493条1項)のが原則である。弁済提供の趣旨は誠実な債務者に責任を免れさせることにあるから、弁済提供があるというには、債務者がなすべきことをなしたといえねばならないからである。 ただし、債権者があらかじめ受領を拒んだり、履行において債権者の行為が必要な場合(例 取立債務の場合)は、弁済の準備と、その通知をして受領を催告するだけで足りる(493条2項)。 債権者が受領を拒んでいる場合に現実の提供をさせても無意味であるし、債権者の行為を要するならば、それ以上の提供はできないからである。 さらに、債権、債務の不存在を主張するなど、受領拒絶の意思が明白である場合などは、催告が不要となる場合があると解する。この場合、催告をさせても無意味であるからである。 【論点】一部弁済と代位 例 8000万円の債務が保証人1人・8000万円の土地への抵当権によって担保される → 保証人が4000万円を支払った場合、抵当権を単独で実行できるか (弁済をするに「正当ノ利益」を有する者は、弁済によって当然に債権者に代位できる(500条)。結果、弁済者は、債権者が有する「一切ノ権利」を行使することができる(501条1項)。) 「正当ノ利益」(500条)有する者により、債権の一部について代位弁済があった場合、弁済者は弁済した価額に応じて債権者の権利を行使できる。ここに、一部弁済者は抵当権の実行も可能か。 この点、条文上、代位を受ける者は代位された債権を行使できるから、抵当権も弁済した割合に応じて自由に行使できるとも見える。 しかし、抵当権の実行は一度に行われるので、代位者が実行すると債権者も配当加入せざるを得なくなる。となると、債権者は不利な時期に債権回収を強いられることになりかねず、その抵当権実行の自由を害する。 以上から、一部弁済者による抵当権の代位は否定すべきである。 【論点】501条2号の「第三取得者」の範囲 「第三取得者」は保証人に対して代位できない(501条2号)。かかる「第三取得者」の意義が問題となる。 思うに、抵当設定者が債務者である場合、保証人は、かかる抵当権の実行によって代位されることを予想していない。 にもかかわらず、債務者から抵当目的物を譲り受けた者が弁済による代位をなし得るとすれば、保証人その他の者は予想外の負担を負うことになる。 それに対して、もともと物上保証人は保証人に対して代位することができる。抵当目的物を物上保証人から譲り受けた者はそのような地位を譲り受けると解することができる。かく解しても保証人に不測の損害が発生するわけでもない。 したがって、かかる「第三取得者」とは債務者からの抵当目的物の譲受人をさす。物上保証人から抵当目的物を譲り受けた者は保証人に代位できると解する。 【論点】保証人の付記登記 保証人が抵当権を代位するには、付記登記を備えることが必要である。ここに、付記登記がなければ代位ができなくなる「不動産ノ第三取得者」(501条1号)の範囲が明らかでなく問題となる。 思うに、弁済までに抵当目的物について利害関係を有するに至った者は抵当権の負担を覚悟できる。とすると、この者は付記登記による保護の必要はない。付記登記前に不動産を取得したとしても、代位の対象とされる。 したがって、弁済後抵当目的物を取得した者が「不動産ノ第三取得者」にあたると解するべきである。 具体的には、弁済後付記登記前に現れた第三者は、抵当権の消滅について期待を有している。この期待を保護するため、代位はできない。それに対して、付記登記後現れた第三者は付記登記によって抵当権の負担を知りうるから、この者には代位が可能であるということになる。 債権の準占有者への弁済(478条) 【論点】保護要件に無過失まで必要か 「善意」(478条)には過失ある場合も含むか。 思うに、478条の適用の際には、真の債権者に帰責性は要求されないから、弁済者が単に善意であれば保護するというのは、真の権利者保護として十分ではない。 そもそも478条は表見法理の現れといえるが、他の表見法理では主観的要件として無過失が要求されるのが通常である。 したがって、主観的要件として、無過失を要求すべきである。このように解すれば、弁済者と真の債権者との間における利益衡量をなすことができ、妥当である。 【論点】詐称代理人に対する弁済 Aは自己を債権者の代理人と偽って弁済を受けているが、この場合誤って弁済した債務者は保護されないか。詐称代理人が債権の「準占有者」(478条)にあたるかが問題となる。 本来債権の準占有者は債権者らしい外観を備えた者をいうが、無権代理人は債権者本人らしい外観を備えているわけではない。 しかし、478条の趣旨は調査の暇もなく弁済強制される債務者が誤って弁済をした場合、免責してこれを保護する点にある。ここに、代理人からの請求であっても本人からの請求と同様、弁済強制される点は同じである。 したがって、詐称代理人も「準占有者」に含まれると解する。 【論点】預金担保貸付における相殺 例 出資者は預金名義人でない。銀行が預金名義人に預金担保貸付をしたところ、預金名義人が金を返さない。 銀行は相殺できるか? 1、相殺の有効性を判断するため、預金者は名義人と出資者のいずれと考えるべきか。 思うに、実際に経済的出捐をした出資者を保護する必要性がある。一方で銀行は真の債権者が誰かについて格別の利害関係を持たない。 したがって、預金者は出資者であるというべきである。 2、とすると、債権の対立がないことになる。この場合、相殺の要件に欠け、相殺の効力は発生しない。 しかし、かかる結論を貫くのは銀行の保護に欠ける。ここで、銀行を一定の場合に保護する法律構成が問題となる。 思うに、預金担保貸付は、預金の期限前の払戻しと同視できる。とすれば、銀行は貸付の時点で債権者らしい外観を有する名義人に預金債務を弁済したものと同視できる。 したがって、478条の類推適用によって銀行を保護するのが妥当である。 3、この場合、478条の要件たる善意・無過失は、払戻し時である貸付時を基準に判断することになる。 一方、貸付に応じるかは銀行の自由である。すなわち、478条本来適用の場合と異なり、本事例では銀行は弁済強制されているわけではない。 したがって、注意義務は通常よりも重いものを要求されるというべきである。 5、相殺 【論点】債権譲渡と相殺 本問では、債権の対立が発生した後、受働債権が譲渡されている。この場合、債務者は対抗しうる「事由」(468条2項)として、相殺の抗弁を債権の譲受人に主張できるか。 思うに、相互に債権を有する当事者の間では、これによって債務を決済したと考えるのが通常である。かかる、相殺の期待権は強く保護すべきである。 したがって、およそ債権の対立があった後であれば、債権譲渡されても相殺をもって対抗できるというべきである。 【論点】差押と相殺 (債権譲渡と相殺と同じ理論を展開すればよい) ただし、債権譲渡は468条2項の解釈、差押えではは511条を解釈することになる。 差押前に取得した債権によって、差押後でも相殺できる(511条)。 【論点】債権債務が同じ原因の不法行為から生じた場合 交通事故で衝突・物損だけ → 双方が不法行為の損害賠償責任を持つ 本問当事者が負う債務は、いずれも物損を原因とする、不法行為による損害賠償債務である。各当事者はかかる債務をもって相殺はできないのか。 条文上は両当事者とも相殺できない(509条)。この趣旨は不法行為による被害者の救済のためには現実の弁済を保証すべき点に求められる。また、債権者による不法行為の誘発を防ぐこともその趣旨とされている。 しかし、物損においては被害者救済の趣旨は当てはまらないし、既に両債権とも発生しているから、不法行為をこれ以上誘発することもありえない。つまり、本事例ではいずれの趣旨も当てはまらない。 とすると、簡易の弁済の方法を認め、公平な結論を導くため、相殺を認めるべきである。 【論点】相殺権者の優劣の判断方法 A 甲債権の譲渡人(Bに債務も負っている) B 甲債権の債務者(AC両者に債権をもっている) C 甲債権の譲受人(Bに債務を負っている) BはAに対して反対債権を有するから、相殺の抗弁を主張できる。Bは債権譲渡後も、異議なき承諾がない限り相殺は可能である(468条2項)。 しかし、CはAから債権を譲り受けた結果、自己のBへの債務と譲受た債権を相殺することができる。 このようにBCのいずれも相殺権を行使することができるが、この場合どちらの相殺を優先すべきか。 思うに、債権の回収に勤勉な者を保護すべきである。また、一方が相殺すれば甲債権は消滅するので、他方は相殺できなくなる。 したがって、相殺の意思表示を先になした者が優先すると解する。 第5章 多数当事者の債権関係 2、分割債権関係 【論点】多数当事者間の解除 1、賃貸人複数の場合 当事者複数の場合、解除は全員から全員に対してなす必要があるのが原則である(544条)。 しかし、共有物が賃貸目的物とされた場合、解除は管理行為だから、解除は過半数の決定によってできる(252条本文)。したがって、解除の意思表示を必ずしも全員がなす必要はない。 ただし、解除は法律関係を混乱させないため、全員の名義で行うことになる。 2、賃借人複数の場合 賃借人複数の場合、 賃料債務は、不可分に受ける利益の対価である。したがって、不可分債務と解すべきである。したがって、債権者は全債務者に賃料全額の請求ができる。 一方、賃貸人が賃借人に対して解除するに、その意思表示は全員に対して行う必要がある(544条)。 さらに、催告も全員に対して行うべきである。賃借人保護のため、全ての賃借人に履行する機会を与えるべきであるからである。賃料債務は不可分債務であるから、請求に絶対効がないことからも、右結論は根拠づけられる。 2、ただし、賃借人が夫婦・家族の場合、別の考慮を要する。 すなわち、催告、及び解除の意思表示は実際に賃料を払っていた者を代表者として、その者一人に対して為せばたると解する。 法的根拠としては、家族・夫婦は共同体をなしていると考えられるから、賃料債務を連帯債務と構成すればよい。 5、保証債務 【論点】保証人の責任の範囲 主債務が取り消されたり、無効とされた場合、不当利得返還請求権が発生する。かかる債務は保証債務により担保されるか。 元の債務と不当利得返還請求権は、形式的には別個の債務であるから、保証の対象とはならないはずである。 しかし、債権者は無効・取消しの結果、無担保の債権しか取得できない。取消し・無効の主張によって保護されるべき者がより不利な地位に追い込まれるというのは背理である。 思うに、法律行為の取消し、無効の結果発生する不当利得返還債務は、実質的には元の債務が変更されたものであり、両者は同一性を有する。 したがって、発生した不当利得返還請求権をも保証債務は担保するというべきである。 【論点】保証人の取消権 主債務者の取消権について保証人は、取消権を行使できるか。 この点、保証人は条文上取消権者に挙げられていない(120条)。実質的にも、主債務者が望まない取消を認めるわけにはいかない。したがって、保証人が直接取消権を行使することはできない。 しかし、保証人の履行後に取消がなされた場合、主債務は消滅する。結果、保証人は債権者に不当利得に基づく返還請求をすることになるが、この場合保証人は債権者の無資力の危険を負担することになり、妥当でない。 思うに、保証人は附従性から、債務者本人以上の債務は負わない。これを根拠として、保証人は、主債務者が取消権、または追認権を行使するまでは、支払いを拒むことができると解する。 【論点】主債務の時効消滅後に責任を果たした保証人の求償権 事例 主債務者が夜逃げし、主債務が消滅時効にかかる。にもかかわらず、保証人が債務を支払ってしまう。 本件において、保証人が求償権を行使したことに対し、主債務者が時効を援用することが考えられる(167条1項、145条)。この場合、保証人の求償権行使は認められないのか。 *求償権行使を認める説 思うに、責任を果たした保証人と夜逃げをした債務者との利益衡量をなすならば、債務者から債務を免れさせる理由はない。そこで、債務者の援用権行使は権利濫用として許されないというべきである。 以上から、保証人の求償権行使は認められる。 *求償権の行使を認めない考え方 思うに、消滅時効の制度は利益調整のための制度ではないから、かかる結果もやむを得ない。また、漫然と弁済をした債務者にも帰責性がないとはいえない。法律の要件事実を満たす以上、主債務者の時効援用は認めるべきである。 したがって、求償権行使は封じられる。 【論点】物上保証人の事前求償権 委託のある保証人同様、委託あって自己の不動産に抵当権を設定した物上保証人にも事前求償権は認められるか。 それを認める根拠条文はない。しかし、他人のために委託を受けて責任を負担するという点で、物上保証人と保証人は類似する。この点から物上保証人の事前求償権を肯定することもできるかに見える。 しかし、物上保証人は責任が限定されているから保証人ほど保護する必要はない。 思うに、保証人の事前求償権(460条)は、委託のある保証人と債務者の間に認められる委任関係から導かれるものである。しかし、物上保証人は債務支払の事務処理を行うわけではないから、類推の基礎に欠ける。 また、物上保証人に求償権を認めた351条は物権の「所有権ヲ失ヒタルトキ」としており、事後求償しか認めないことを予定している。 したがって、本論点は否定的に解するべきである。 cf.物上保証人は催告・検索の抗弁を主張することができるか → 保証人に関する452条、453条を類推適用することで肯定してよい 契約総論 序論 3、契約と信義誠実の原則 【論点】契約締結上の過失 本件別荘はその売買契約締結時には既に滅失している。この場合、給付の目的物が契約前に滅失しているから、契約は実現可能性を欠き無効となるのが原則である。 しかし、かかる契約が成立すると信頼して損害を被った買主は売主に契約責任を追及できないのか。 契約締結後ならば、目的物が債務者の責めに帰すべき事由によって滅失した場合、債務不履行責任を追及できる。とすると、契約成立の前後によって債権者の保護の程度が変化することになるのは妥当でない。 思うに、契約を締結した者は信義則の支配する緊密な関係に入る。したがって、契約当事者は、無効な契約を締結して損害を相手に負わせない義務を信義則上負うと解する。 ただし、かかる責任については明文がないから、その要件をたて、債務者の責任の範囲を限定しなければならない。 具体的には、@締結された契約の内容が客観的に不能であることA給付をなす者が不能を過失によって知らないことB相手方が善意であることの以上を要件とすべきである。なお、@について一部不能であり、担保責任が成立する場合は、その限度で契約締結上の過失の理論は不要となる。 この場合売主は損害賠償責任を負う。その範囲は、契約成立への信頼によって被る損害である信頼利益に止まることになる。 【論点】契約準備段階の過失 事例 歯医者Aが診療所開設用に部屋を購入する際に、契約締結の条件として「特殊な電源設備」を要求した。そこで、売主が設計変更して設備を整えるも、Aは契約を締結しなかった。 本問のように契約締結の事実がなければ、契約は成立せず、契約責任も追及できないかに見える。 しかし、契約準備段階にある当事者もある程度の段階に達すれば、信頼を保護する必要性があると解する。 したがって、契約準備段階において契約成立へ信頼を寄せた者に対しては、信義則を根拠に損害賠償請求ができると解する。 ただし、契約責任を追及できる場合を限定すべきである。契約自由の原則を無にするおそれがあるからである。具体的には、契約の成熟の度合い、信頼を惹起させる事情の有無等をもって判断すべきである。 第2章 契約の効力 2、双務契約の特殊の効力 【論点】同時履行の抗弁権が成立する場合 1、双務契約が取消されたり、無効主張されたりして、両当事者が不当利得返還義務を負う場合、義務の履行について同時履行の抗弁権が認められるか。 確かにこれらの義務は双務契約によって発生したわけではない。しかし、当事者間の公平を図る必要があるのは双務契約によって発生した場合と同様である。しかも、かかる義務は本来は一個の法律関係から生じたものである。 したがって、同時履行の抗弁を主張できると解する(533条類推)。 *解除における原状回復義務についての同時履行の抗弁の成立には明文がある(546条) 2、弁済と受取証書・債権証書の交付 債務の弁済と受取証書の交付とは同時履行の関係に立つか。 かかる二つの義務には対価的均衡があるわけではない。しかし、受取証書を返還されないまま訴えられることによって、二重弁済を強制される危険が債務者にはある。 したがって、かかる二つの義務に同時履行の関係を認めるべきである。 一方、債権証書の返還と弁済との同時履行関係は認められるか。 (これを認めた方が、同様に二重弁済の負担を債務者に負わせることを防止できるかに見える。しかし、この点は、受取証書の交付をさせることで防止できる。) 思うに、債権証書の返還と弁済が同時履行関係にあると、債権証書を紛失した場合、債権者が弁済受けることが不可能になりかねない。 したがって、両者は同時履行の関係に立たないと解する。 3、賃貸借関係 (1)建物買取と土地明渡 建物買取請求権が行使されると売買契約が成立したことになる。したがって、建物明渡しと代金支払いは当然に同時履行の関係に立つ(533条)。 さらに、土地を明渡しつつ、建物明渡を拒むことは不可能に近い。したがって、賃借人は、建物と同時に、反射的に土地についても明渡しを拒みうると解する。 (2)造作買取と建物明渡 造作買取請求権が行使された場合、売買契約が成立したと同様の効果が発生するから、造作の引渡しと代金支払いとは同時履行の関係に立つことになる。 一方、造作を付属させた建物の明渡しと代金の支払いは、同時履行とされるか。 思うに、造作の価値に比べ建物の価値は著しく高いので、建物の留置を賃借人に認めた場合の賃貸人の不利益は甚だしい。また、造作は取り外しが可能であるから、取り外して同時履行を主張すればよい。 したがって、建物の明渡しと買取り代金の支払いとは同時履行の関係に立たないと解する。 【論点】同時履行の抗弁権を奪うには(判例) 買主Aは目的物の受取についていったん受領遅滞状態に陥っている。それでも、売主BがAに代金債務の履行を主張した際、Aは物の引渡しとの同時履行を主張できるか。 思うに、同時履行の抗弁権の主張を否定するならば、受領遅滞後相手方が無資力になった場合債権者に酷な結果を招く。 したがって、債権者の同時履行の抗弁権を奪うには、債務者は履行を継続する義務があると解する。本問Bは目的物を提供しなければ、Aに同時履行の抗弁権を主張されることになる。 【論点】不安の抗弁 Aは商品引渡について先履行義務を負っているから、履行期には無条件にBに対して履行を提供しなければならない。 しかし、BがAの履行期に無資力に陥った場合にもAは無条件に履行を強制されるのか。 Bの後の弁済が期待できないのに、Aのみに履行を強制するのは公平に反する。 このような場合、信義則を根拠に、債務者は何らかの反対給付履行についての保証を要求でき、保証がないうちは履行を拒めると解する。 【論点】債権者主義の取扱 債権者主義(534条)は「利益の存するところにまた損失も帰する」とするローマ法からの沿革、契約締結時に所有権が移転することから根拠づけられる。 しかし、無条件に債権者主義を適用することは、具体的妥当性にあまりにも欠ける。得られる利益に対して、全ての損失を負担することが均衡しているとはいえないともいえる。 思うに、危険負担を正当化する実質的根拠は、物を支配している点に求めるしかない。 とすると、債権者主義が採られるのは、買主が目的物を支配したと認められる事情がある時に限定すべきである。具体的には登記移転・引渡時以降にはじめて債権者が危険を負担すると解する。 【論点】所有権留保と危険負担 例 自動車を所有権留保特約付きで割賦売買をなしたが、目的物が引渡後に滅失した場合 (債権者主義の論証をしてから) 本問の場合、所有権が売主にあることからすると、売主が危険を負担すべきである。 しかし、前述の通り危険負担の根拠は、目的物の支配を取得している点に求めるべきである。とすると、買主が何らかの支配を取得したといえるならば、買主が危険を負担すべきである。具体的には、登記移転、引渡し、物権変動があったときである。 【論点】請負と危険負担 請負目的物が完成後引渡前に滅失し、履行不能に帰した場合、報酬債権の帰趨をどのように解するべきか。 債権者主義を採れば、具体的妥当性に欠ける場合が多い。かかる建前の適用範囲はできるだけ制限的に解すべきである。 思うに、請負契約では仕事の完成が契約の主要な目的であり、特定物に関する物権の設定や移転を目的としているわけではない。 したがって、この場合は債務者主義をとり(536条)、報酬代金は消滅すると解する。 一方、仕事の履行は可能である場合、履行に伴う増加費用を誰が負担するかという問題も生じる。 思うに、報酬は仕事の完成に対して支払われるものである。その意味で費用が増加しても、注文者は増加費用を負担する必要はないと解するべきである。法的根拠は、履行不能の場合の債務者主義(536条)を類推すればよいと解する。 (ただし、建築請負契約においては、約款が設定され、注文者負担とされていることが多い)。 第3章 契約の解除 【論点】催告不要となる場合 履行遅滞解除の場合、解除権行使のためには催告をなすことが要求されている(541条)。その趣旨は、債務者に翻意させ、履行させる機会を与える点にある。 したがって、債務者が履行を拒否している場合も催告は必要である。催告によって翻意する可能性があるからである。 もっとも、定期行為においては、履行期に履行がされなければ意味がなく、改めて債務者に履行する機会を与えても無駄である。したがって、無催告解除ができる(542条)。 また、継続的契約は、一般に信頼関係を基礎とする契約関係である。このような契約関係において信頼関係を著しく破壊する事情ある場合、契約関係を継続させることは不適当である。 したがって、右のような特段の事情がある場合ならば、無催告解除できることがあると解する。 *債務者が絶対に履行しない旨を表明している場合、商事売買に限って、無催告解除を認めるのが判例。われわれは商事売買にこだわらず、上記論証を利用してよい。 【論点】二重催告の要否 期限の定めのない債務や、同時履行の抗弁権が付着した債権を、遅滞に陥らせるため、催告が必要である。この場合、解除のため、履行遅滞後に改めて催告をする必要はあるのか。 思うに、改めて催告を要求するのは公平の原則から見て債権者に酷である。 したがって、改めて催告をなす必要はないと解する。履行遅滞は解除の要件に過ぎず、催告の要件ではないということになる。 【論点】催告の内容 1、催告の内容 催告の内容は、債権の同一性を判断しうるものであれば足りると解する。 例えば、過大催告をなしても、給付すべき数量との差が僅少であれば、債権者の真意としては本来履行すべき数量を請求したと解することができる。この場合、催告は有効であるというべきである。 一方、過小催告では、権利の行使の範囲について債権者の意思を尊重し、催告の効力は催告した額だけに止まるのが原則である。 ただし、過小の度合いが非常に軽微であり、全体に対しての催告とみることができれば、債権全部について催告の効力が生じると解する。 2、「相当ノ期間」について 催告の際には相当の期間を定める必要があるが、「相当の期間」の内容が明らかでない。 思うに、債務者は催告があった際に履行の準備をなしていなければならない。それ以上の猶予を与えるとなると、不誠実な債務者と債権者を比較した場合、公平に反する。 したがって、「相当ノ期間」とは、準備が終わった者が履行するに必要な時間をさす。 *相当の期間を定めない催告の効力 期間を定めずとも、その趣旨からして催告の効力は認めてよい。Aは相当の期間経過後契約の解除をなしうる。 【論点】解除の法的性質 解除の効果として、契約当事者は契約関係から解放される。未履行の債務は履行する必要が無くなる一方で、既に受けた給付について原状回復の義務を負う(545条1項本文)。また、債権者は債務者に損害賠償請求をすることができる(545条3項)。 しかし、このような効果の発生を説明するためには解除の法的性質をいかに解するべきか。明文上明らかでなく、問題となる。 思うに、不誠実な債務者との契約関係から債権者を免れさせる制度が法定解除制度である。とすれば、解除の効果は契約関係を遡及的無効にするものであると解するのが、端的である。 となると、本来履行済みの部分は不当利得の法理によって決せられるはずである。545条1項本文はこれを原状回復まで返還の範囲を広げたものということになる。 一方、545条3項は遡及効を制限し、契約関係から発生する損害賠償請求権を存続させたものである。また、545条1項但書は、第三者を保護するために遡及効を制限したものと解することになる。 契約各論 第1章 売買・交換 【論点】「当事者カ…履行ニ着手スルマテ」の内容 1、売買契約当事者間で手付金の授受があった場合、「当事者カ…履行ニ着手スルマテ」(557条1項)は手付を放棄するか、手付金を倍返しすることで契約を解除できる。 しかし、上記文言の意味が条文上明らかでなく、問題となる。 2、まず、「当事者」の意味を検討する。 思うに、一方が履行に着手した場合、履行に着手した者は相手方の債務の履行に対し多大な期待を有するに至る。解約制限の趣旨は、かかる期待が害されることを防止する点にある。 とすると、履行に着手した当事者とは解約の相手方をさすというべきである。したがって、履行に着手した本人の解約は制限されないことになる。 3、次に、「着手スル」とは、当事者がいかなる程度の行為をすることを指すか。明らかでなく問題となる。 解約手付による解約は、履行着手によって制限されることになるから、履行の着手の有無が認識できなければ、解約を期待する者を害する。 とすると、履行の着手とは客観的に外部から認識しうる形で履行行為の一部をなした場合、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為がなされた場合をさすというべきである。 【論点】解約手付と違約手付の関係 手付が交付された場合、解約手付と推定されることになる(557条1項)。ここで、損害賠償額の予定として交付された違約手付について、さらに解約手付と推定することはできるか。 この点、違約手付は契約の効力を強めるものであり、解約手付は契約の効力を弱めるものであるとみれば、両者を兼ねることはできないかとも思える。 しかし、手付けの額が低廉である場合、必ずしも損害賠償額の予定として交付された手付が契約の拘束力を強めるとはいえない。むしろ、債務不履行の際その額を支払ってすむのであれば、当然解除もできると解するのが自然である。 したがって、違約手付の予定で交付された手付を解約手付と推定することはできると解する。 3、売買の効力 【論点】使用利益の返還義務 本問売主Aは代金受取後も買主Bに甲建物の引渡し期限まで住み続けている。契約成立から現在までの甲建物の使用利益をどのように決済するか、検討する。 目的物の引渡前は使用利益は売主に属する(575条1項)。となるとAは甲建物についての使用利益を一切Bに支払う必要はないことになりそうである。 しかし、その趣旨は、代金の利息と使用利益との価値に均衡あるとみなして、簡易の決済を図る点にある。 となると、代金支払がすんだ後、売主が使用利益を取得すると、代金の利息とで二重取りすることになる。この結論を認めるわけにはいかないから、売主は代金受取後の使用利益は返還すべきと解する。本件Aも代金受取後の使用利益をBに返還すべきである。 【論点】570条の法的性質・適用範囲・損害賠償請求可能な範囲 1、瑕疵担保責任の規定の適用範囲、損害賠償請求をしうる範囲が条文上明らかでない。これを明らかにするため、瑕疵担保責任の法的性質が問題となる。 特定物給付の際には、現状をもって引き渡せばたり(483条)、債務不履行とならない。しかし、給付の目的物に隠れた瑕疵ある場合、瑕疵ない物であることを前提として代金が決定されているはずである。 これでは有償契約における等価的均衡を維持できない。かかる均衡を図るため、法律が特別に認めた法定責任が担保責任であるというべきである。 2、一方で、瑕疵ある不特定物を給付しても、債務者は依然追完義務を負うから、担保責任の規定を適用する必要はない。そこで、570条は不特定物を目的とする契約には適用されない。 ただし、無制限に完全履行請求ができるとすると、権利関係が確定せず、買主に酷な結果を招くおそれがある。したがって、特定物を目的とする場合と同様、追完請求ができる期間は一年に限定すべきである(566条準用)。 3、さらに、損害賠償請求の範囲について、特定物に原始的瑕疵がある場合、瑕疵のない特定物はあり得ない。とすると、その部分については契約が原始的に無効であるということになる。 したがって、損害賠償の範囲は、信頼利益の範囲に止まる。 また、瑕疵修補請求は本条から当然に認められるものではないことになる。 【論点】法律的制限は瑕疵にあたるか 本問土地は住宅建築用として購入されたのに、法律的制限があり、建物を建てられない。 思うに、住宅建築に使用できるか否かによって土地の価値は左右される。とすれば、この場合も、有償契約の等価的均衡を維持することはできないから、買主による担保責任の追及を認めるべきである。 問題は責任追及の根拠条文である。権利の瑕疵は法律上の瑕疵であるから、566条を用いるとも思える。 しかし、566条には具体的に適用される場合が明示されているのに対して、570条にいう瑕疵には条文上の制限がない。ここに「瑕疵」とは物理的瑕疵がある場合に限らず、法律的制限がある場合も含むと解するべきである。 以上から570条を適用するのが妥当である。 【論点】担保責任と錯誤との関係 瑕疵担保責任の追及が可能な場合、同時に買主は錯誤に陥っている場合が多い。錯誤無効の主張ができる場合、双方の規定の適用関係をいかに考えるべきか。 *判例 そもそも無効な契約であれば、解除などの問題は生じない。そこで、錯誤の規定が優先適用されると解するべきである。 *学説 担保責任とは異なり、錯誤無効の主張に期間制限がない。ここで、錯誤無効の主張を許せば、売買における法律関係を短期に確定させようとした法の趣旨が没却される。 法的構成としては、総則は一般法、契約各論は特別法と考えることができる。 したがって、担保責任の規定が優先して適用されると解するべきである。 *一般に錯誤無効の主張には要素の錯誤があること、重過失がないことが要求され、担保適用の範囲の方が広い。 【論点】土地賃借権の瑕疵 本問土地賃借権付き建物売買において、土地に瑕疵がある場合、買主は売主に担保責任を追及できるか。売買の目的物に「瑕疵」(570条)があるかを検討する。 思うに、売買の目的物は建物と土地賃借権であるが、土地の瑕疵は建物の瑕疵でないことはもとより、賃借権の瑕疵でもない。 もともと土地の瑕疵についての責任は賃貸人に追及すべき筋合いのものである。かりに賃貸人が無資力であっても、かかる賃貸人の無資力まで権利の売主が担保すべき義務は当然に発生するものではない。 したがって、本件売買に瑕疵担保責任の規定は適用されない。 第3章 賃貸借 【論点】敷金返還請求権の発生時期 敷金の返還請求権が発生する時期をどのように考えるべきか。 (終了時説) この点、敷金の担保的機能を重視すれば、目的物の明渡時に返還請求権が発生するということになろう。 しかし、かく解するなら、敷金返還請求権を担保する方法がなくなり、賃借人にとって酷である。 そこで、賃借人に目的物の明渡請求と敷金との同時履行の関係を認めるべく、敷金返還請求権は賃貸借の終了時に発生すると解する。 なお、敷金返還請求権は賃貸目的物に関して発生した債権といえるから、留置権の成立も認められると解すべきである。 賃貸人は、敷金返還時にさらに相殺の意思表示をなせばよいから、その保護に欠けることはない。 なお、このように契約終了時には返還請求権は具体的な金銭債権として発生する。したがって、借主の債権者は、敷金返還請求権の差押えができることになる。 (明渡時説) 思うに、敷金は賃貸借契約から債務者が負う金銭債務の一切を担保するものである。これは契約終了後借主が不法占有を続ける場合の賃料相当分の損害賠償義務、もしくは不当利得返還義務も例外ではない。 敷金返還請求権の内容は、最初に差し入れられた額から、このようにして発生した借主の債務額を当然に差し引いた上で決定される。となると、敷金返還請求権が発生するのは、返還額が決定する建物明渡時であると解するべきである。 したがって、建物の明渡しと敷金の支払は同時履行の関係にはないし、留置権も発生しない。また、借主の債権者は借主が建物を明け渡すまでは、敷金返還請求権を差し押さえることはできないことになる。 【論点】賃貸人たる地位の移転・借地権の譲渡と敷金 1、賃貸人の地位が移転した場合 (*賃借人が、対抗力を備えているとする) この場合、敷金関係は新賃貸人との間に当然に移転するか。 思うに、当然移転を認めると、借主がいったん旧貸主との間で敷金の返還を受け、改めて新貸主に敷金を差し入れるという手間が省ける。また、一般に新賃貸人の方が建物を所有している分、資力があるといえるから賃借人保護に資する。 したがって、当然に承継するというべきである。 2、賃借人の地位が移転した場合 賃借人の地位が移転した場合、敷金関係も当然に移転されるか。 思うに、当然移転を認めれば、新賃借人の新たに負担する債務について、旧賃借人に担保させるのは酷である。この場合は、敷金契約が賃貸借契約とは別個の契約である点を重視すべきである。 したがって、当然承継は否定すべきである。 4、賃貸借の効力 【論点】信頼関係破壊の理論 1、賃貸借契約を含む継続的契約関係は当事者間の信頼関係を基礎として成立するものである。 したがって、形式的には解除原因があるかに見える場合も、信頼関係を破壊したと認められない特段の事情あれば、債権者は契約解除できない。 逆に信頼関係を著しく破壊したと認められる特段の事情がある場合、賃貸借契約の内容としての義務に反していない場合でも解除できる場合がある。 さらに、信頼関係が破壊された場合、催告の上で履行が得られたとしても、契約関係を継続させるべきではないことがある。そのような場合には債権者は無催告解除できると解する。 2、これを無断転貸・賃借権譲渡についてみる。賃貸借契約において無断転貸・譲渡は、解除原因となる(612条2項)。 しかし、無制限に解除を認めることは、賃借人保護に十分ではない。 思うに、賃貸借のような継続的契約は、信頼関係を基礎として成立するから、契約の解除の可否も信頼関係に重点において判断すべきである。 したがって、信頼関係を破壊したと認めるに足りない特段の事情がある場合は、信義則上解除権が制限できなくなると解する。 【論点】原賃借権の解除と転借人の保護 1、原賃借権が解除された場合、転借人の地位にどのような影響が与えられるか。 転貸は、原賃借権の存在を基礎とするから、原賃借権がなくなれば転貸関係も消滅すると解するのが論理的である。 しかし、この結論を貫くことは、転借人保護にあまりにも欠ける。無制限の転貸関係の消滅を認めるならば、転貸人保護の諸規定の潜脱になりかねない。 そこで、解除権を制限すべき法律構成が問題となる。 思うに、適法な転貸借関係においては、原賃貸借の当事者は、転貸借を承認していたといえる。にもかかわらず、原賃借権を合意解除によって消滅させるのは信義則に反する。 したがって、転貸借契約は存続すると解すべきであり、原賃貸借契約も転貸関係保存に必要な限度で存続するというべきである。 2、一方、原賃貸借契約が債務不履行解除の場合、原賃貸人保護の必要性がある。したがって、解除の効果は制限されない。 (以降学説) しかし、債務不履行解除を装うことで、合意解除の場合の制約を免れることを許すべきではない。 そこで、原賃貸人は転借人にも義務の履行を催告すべきである。催告した結果転借人が義務を果たさなければ解除できると解する。 3、原賃貸借関係が解除され、転借人がこれに対抗できない場合、結果として転貸人の貸す債務が履行不能となり、転貸関係が消滅することになる。ただ、転貸関係が消滅する時期が明らかでないが、これをいかに解するべきか。 思うに、原賃貸人が原賃貸借関係を解消したとしても、必ずしも転借人を排除する意思があるとはいえない。 したがって、かかる意思が表明されない限り、転貸義務は履行不能とならない。具体的には、原賃貸人による転借人への明渡請求があって始めて履行不能となると解する。 とすると、明渡請求時までは転貸借関係は存続しているから、原転貸人が転借人に追及できる責任の内容も、契約関係の内容によって規律されることになる。 【論点】賃借人が目的物を滅失させた場合 この場合、失火責任法の適用はあるか。 失火責任法は、「709条」と明記しており、あくまで不法行為の場合に適用される法である。また、同法は、耐火建築・保険が普及した現在において、現在ではその妥当性自体が疑われている。 したがって、本問法律関係に失火責任法の適用はないというべきである。 【論点】転借人が目的物を滅失させた場合 1、まず、原賃貸人は、原賃借人に責任追及することが考えられるが、その法的構成・要件を明らかにする。 思うに、転借人は債務の全部を債務者に代わって履行する履行代行者にあたる。 とすると、原賃借人が無断転貸している場合は、無断転貸の事実だけで債務不履行があると言える。したがって、この場合は無条件に原賃借人は責任を負うというべきである。 一方、適法な承諾転貸では、履行代行者の存在が積極的に許される場合といえる。したがって、履行代行者の選任・監督に過失ない限り、原賃借人は債務不履行責任を負わないというべきである。 2、次に、転借人に対する責任追及であるが、無断転貸の場合は原賃貸人と転借人との間に何ら契約関係はない。したがって、不法行為責任(709条)を追及するしかない。 一方承諾転貸の場合、転借人は、原賃貸人に対して直接の義務を負う(613条1項本文)。したがって、保管義務違反が認められる限りで、賃貸人は転借人に損害賠償請求ができる。 【論点】賃貸借と留置権 必要費、有益費などの費用償還請求権(608条)は賃貸目的物に関して発生した債権といえる。 したがって、他の要件を満たす限りで留置権の行使は認められると解する。 【論点】不動産賃借権と妨害排除請求 1、賃借権は債権である。債権者は第三者に対してその効力を主張できないと考えるのが原則である。 しかし、目的土地の不法占拠者排除の方法としては、貸主に使用収益をさせる義務(601条)の履行を請求するしかないというのでは賃借人保護として十分ではない。そこで、直接不法占拠者に対して建物の明渡を請求する手段を、賃借人に認める法的構成が問題となる。 2、まず、既に借主が占有を得ていたのであるならば、占有訴権(200条など)による方法がある。しかし、占有訴権には期間制限など様々な制約がある。 そこで、貸主の有する明渡請求権の代位行使はできるか。 (債権者代位権の転用について論じてから) したがって、使用収益の請求権を保全するため、貸主の権利を代位行使できると解する。 3、さらに端的に賃借権に基づく妨害排除請求をなせないか。 本来賃借権は債権だから、第三者に対して妨害を排除する効力は認められないかにみえる。 しかし、土地賃借権については、その機能は物権である地上権と変わらない。また、不動産賃借権は登記を備えれば所有権に対抗できるとされている(605条)。借地借家法による強化もあり賃借権は物権的効力を有するに至っている。 したがって、対抗力を備えた不動産の賃借権者は、賃借権に基づく妨害排除請求ができると解する。 【論点】不動産賃借権の時効取得 不動産賃借権を時効取得することはできるか。 思うに、賃借権は占有を伴う権利である。また、不動産の賃借権はその機能も実質的に地上権と変わらない。 したがって、時効取得しうると解する。その要件は、継続的な用益という外形的事実と賃借権行使の外形等の客観的表現が求められると解する。 【論点】不動産の二重賃貸借 不動産が二重に賃貸された場合、いかに優劣関係を判断すべきか。 賃借権は債権であるから、対抗要件は問題とならないかに見える。 しかし、不動産賃貸借は地上権と変わらない機能を有する。また、対抗要件を備えれば物権取得者に優先する(605条)とされている上に、特別法によって賃借権は物権的効力を取得するに至っている。 したがって、優劣は対抗要件の有無で決するのが妥当である。 【論点】賃貸人たる地位の移転 1、本問では、賃借人Aは対抗要件を具備しているので、賃貸目的物である甲不動産の譲受人Bに対し、賃借権をもって対抗できる。 この場合、Aにとっての賃貸人は誰か。賃貸人たる地位は当然に目的物の譲受人に移転するかが問題となる。 思うに、目的物の所有者と賃貸人が異なる解釈を採用することは、無意味に法律関係を錯綜させるものである。目的物の譲受人も、賃借権の対抗を受けるならば、賃貸人となり権利を行使することを望むと思われる。 したがって、賃貸人たる地位の移転において、目的物の譲受人・譲渡人間で特段の契約は必要ない。 しかし、賃貸人たる地位の移転には債務引受の側面があるから、かかる地位の移転の際に賃借人の承諾が必要なのではないか。 思うに、賃貸人の債務は所有者であるならば、誰でも履行できるものである。したがって、誰が賃貸人であるかについて賃借人は特段の利益を持たない。 したがって、賃借人の承諾は不要である。以上から、賃貸人たる地位は当然に移転するというべきである。 2、次に、賃借人に賃貸人たる地位を債務者に主張するため、登記の具備は必要か。 この点、賃借人と目的物の取得者とは相争う関係にあるわけではない。 しかし、賃借人の賃料の二重払いを防ぐため、誰が賃貸人であるかを確定する必要がある。 したがって、賃料請求には登記の具備を要求するべきである。 【論点】内縁の妻の居住権 内縁関係の夫が死亡した場合、他に相続人がいなければ、内縁の配偶者は賃借権を相続する(法36条) しかし、他に相続人がある場合、内縁の妻に相続権はなく、賃借権を妻が取得することはない。この場合、賃貸人による内縁の妻に対する明渡請求は認められるか。 思うに、賃借権の目的となる不動産は内縁の妻の生活の本拠となっている場合がほとんどであるから、賃貸人の明渡請求を認めることはできない。 法律構成としては、内縁の妻は相続人の賃借権を援用できるというべきである。 一方、別居の相続人が賃借権に基づく明渡請求をした場合はどうか。 内縁の妻は契約当事者になるわけではないから、対抗要件を具備した賃借権者が内縁の妻に明渡請求をすることができる。しかし、かかる結論を認めれば、内縁の妻の居住権を保護することはできない。 そこで、他の相続人からの明渡請求は権利濫用(1条3項)として認められないとすべきである。 6、建物所有のための土地の賃貸借に関する特別法(借地借家法) 【論点】債務不履行解除における建物買取請求権 債務不履行解除された賃借人は建物買取請求権(借地借家法13条)を行使できるか。 社会経済上の損失を避けるという観点からはこれを認めた方がよいかに見える。 しかし、法13条は期間満了の際の規定であることが明文上明らかである。しかも、債務不履行をして解除された者には制裁としても権利を認めないのが妥当である。 以上から、債務不履行解除の場合、建物買取請求権は認められない。 【論点】近親者名義の建物登記の対抗力 相続税対策のため長男名義で登記した場合、かかる登記は土地賃借権の対抗要件として有効か。 この点、判例は他人名義の無効登記に過ぎないから、対抗要件としても効力がないとする。 しかし、建物登記に土地賃借権の対抗力を認めた趣旨は賃借人を保護する点にある。したがって、公示の徹底の観点でなく、建物居住者保護の観点から考えるべきである。 ここに、土地を取り引きする者は通常現地検分を行うのが通常である。しかも、近親者の登記でも、借地権の存在を外部から知ることは十分可能であるから、取引の安全を害する可能性は少ない。 したがって、近親者の名義の建物登記も土地賃借権の対抗要件として有効というべきである。 (無効登記には何の効力も付与できないことを理由に、判例の立場を採ってもよい)。 第4章 請負 3、請負の効力 【論点】請負目的物の所有権の帰属 請負目的物の所有権は、引渡前は誰に帰属するか。 この点、特に請負人の報酬請求権担保のため、材料の提供者が誰かによって所有権の帰属を決するべきであるとの見解がある。 しかし、請負人には土地の利用権限がないから、所有権を取得したところで意味はない。代金の担保としても、同時履行の抗弁権・留置権を主張させれば足りる。 思うに、当事者意思からして、注文者に帰属するとするのが自然である。実際に保存登記を所有者名義で行う慣行もある。 したがって、注文者が所有権を原始的に取得すると解するのが妥当である。 *判例 思うに、建物は材料を組み合わせて建築するのだから、その材料を供した者が建物の所有権を取得すると考えるのが自然である。 しかも、請負人が材料を供給したときには特に請負人を保護する必要がある。この時請負人に目的物の所有権を原始取得させれば、請負人に代金債権の担保を確保させることができる。 以上から、材料の提供者が誰かによって決定するのが妥当である。 【論点】建前段階における工事の中止と建物所有権の帰属 Aが工事中止、Bが仕事完成した場合 → 所有権は誰に帰属するか。 加工の規定による(前出) 【論点】請負と危険負担 目的物全部滅失・履行不能の時 → 債務者主義とすべき(前出) *増加費用の支払いは特約・特別法などでは、債権者主義とされることが多い。 理由 建築業界の健全な発展、注文者に資力があることが多いことなど 【論点】損害賠償・報酬請求権の相殺の可否 報酬請求権、損害賠償請求権とも、同時履行の抗弁権が付いている(634条)。このように自働債権に抗弁権が付いているから、相殺は制限されるのではないか(505条1項但書)。 思うに、両債権は同一の原因に基づく金銭債権であるし、損害賠償は実質的には代金減額請求の意味を持つ。とすれば、現実に履行をなさしめる必要はない。逆に相殺を認めた方が、公平・便宜に資する。 したがって、この場合、当事者は両請求権をもって相殺ができると解する。 【論点】除斥期間にかかった債権による相殺 請負の損害賠償請求権が除斥期間にかかった場合、報酬と損害賠償請求権は相殺できるか。 この場合、有効な債権の対立がないかにみえる。 しかし、有効な債権の対立がなくとも相殺を認める規定がある(508条)。この趣旨は、いったん債権が対立した後には相殺の期待権が生じるので、その期待を保護する点にある。 かかる趣旨は時効による場合と、除斥期間による場合とで変わりはない。特に、請負の担保責任における損害賠償請求権は実質的には報酬減額の意味合いが強いから、右趣旨はより強く当てはまる。 したがって、除斥期間にかかった債権をもって相殺をなすことは508条の趣旨を類推して、許されると解する。 第6章 和解 和解と錯誤 【論点】錯誤と和解の効力 1、和解契約はたとえ真実と違っても、特定の条件を定め、争いを終結させる契約である。かかる契約の性質から、要素の錯誤(95条)があってもその主張を制限すべき場合がある。そこで、錯誤無効の主張ができるか否かの区別が問題となる。 この点は、真実と違っても法律関係を確定するものである点から、和解契約で合意した事項自体の錯誤か否かによって区別すべきである。 例えば、疑いのない事実として予定されていた事項についての錯誤は主張の対象になる。また、争いの対象外の、与えることを約した物の品質に欠陥があったときも和解契約で合意した事項以外の部分に錯誤があるといえ、錯誤無効の主張が可能であることになる。 【論点】示談と後発損害 加害者が一定の金額の支払いを約し、被害者がその余の請求権を放棄するという内容の示談がまとまったとする。この場合、後に判明した損害について、被害者は一切損害賠償を請求できないのか。 予期しない再手術・後遺症により損害が増大した場合、原則通りの処理では被害者保護に欠け、妥当性を欠く。 問題はその法律構成である。思うに、当事者の合理的意思からすれば、その示談は現在発生が判明している損害に関するものと解するべきである。その後発生した損害まで放棄した趣旨であると解することはできない。 とすると、かかる予期しない損害は、示談で合意し、放棄された損害とは別損害であることになる。したがって、被害者は改めて加害者に損害賠償を請求できることになる。 第6部 契約関係によらずに発生する債権 第1章 事務管理 1、序説 【論点】事務管理の趣旨 人は自由に自己の事務を管理できるのが原則である。他人の事務を無断で管理した場合、場合によっては不法行為となるおそれすらある。 しかし、社会生活の円満を図るためには、相互扶助の観念も重要である。 そこで、他人のための管理行為を一定の場合適法とし、費用償還請求権が認められた(702条)。代わりに、いったん管理を始めた以上、管理者に管理継続義務が負わされる(700条)。これが事務管理制度である。 3、事務管理の効果 【論点】代理と事務管理 本問事務管理者Aは、本人であるBの名で工務店と雨戸を直す契約を結んだ。 ここで、Aのなした法律行為はBと工務店との間に何らかの法律効果を発生させるものではない。民法の事務管理の規定は、事務管理者と本人の間の法律関係を規律するのみだからである。私的自治の原則からしても、本人の意思によらないで当然に代理関係は発生しない。 すなわち、事務管理者の行為は無権代理行為に過ぎない。そこで、表見代理か、無権代理行為の追認の制度を用いて処理することになる。 【論点】事務管理者の損害賠償請求権・報酬請求権 1、事務管理者に損害賠償請求権は認められるか。 この点、法は委任契約における損害賠償請求権の条文である650条3項を特に準用してない。これは、事務管理者に損害賠償請求権を認めない趣旨であると解される。 しかし、一切損害賠償請求を認めないとすれば、事務管理者にとって酷な結論が生じる場合も考え得る。 そこで、事務処理にあたって当然予期される損害は、事務管理費用に含ませて管理者の償還請求を認めるべきである。 2、一方、報酬請求権は認められるか。 これを認める明文はない。また、これを法的義務とするならば、個人生活への過度の干渉となるおそれがある。したがって、原則として否定すべきである。 ただし、社会通念上、当該状況のもとでは事務管理の引受が有償でしか期待し得ないような場合がある。そのような場合は、「費用」として報酬の請求を認めるべきである。具体的には管理者の職業ないし営業について職務の提供がこのような場合に当たる。 4、準事務管理 【論点】準事務管理の肯否 例 AはSの講義内容を本に書き直して大もうけした。 本問の場合、SはAに対して、著作権料相当の金銭を不当利得、または不法行為によって請求ができる。しかし、Aがそれ以上の利益を上げている場合、かかる利益の帰属をどのように解するべきか。 この点、準事務管理の概念を用い、全ての利得を返還させるべきであるとする説がある(701条、646条類推)。権利の無断使用者が利得を保有することは適当でないことを理由とする。 しかし、事務管理制度の核心は相互扶助の精神に求めるべきである。この要素が欠ける場合に事務管理の法理は準用すべきでない。また、個人の才覚にかかる部分については返還を認めないのが公平であるというべきである。 したがって、準事務管理の法理は否定すべきである。 第2章 不当利得 2、不当利得の成立要件 【論点】騙取金による弁済 例 乙が甲を詐欺して金銭をだまし取る 乙がその金を使って事情を知っている丙に弁済 1、甲は金銭をだまし取られており、その金銭によって丙は弁済を受けているから、甲の損失と丙の利得が認められる。次に、この利得と損失の間に因果関係があるか、検討する。 この点、直接の因果関係が必要とする見解がある。しかし、このような解釈はあまりに硬直的である。不当利得制度の理念たる公平・正義にかなう結論を導くには、社会通念上の因果関係があれば足りるとすべきである。 本問事例では、このような意味の因果関係は存在する。 2、次に、Cは「法律上ノ原因カナク」利得を得たといえるか。判断基準が明らかでなく、問題となる。 不当利得の制度は、実質的、個別的に不当な結論となる場合に、矛盾の調整を試みる制度である。とすると、実質的に考えて、利得の保有が正義・公平の観点から是認されないか否かを判断基準とすべきである。 ここに、金銭は所有と占有が一致するから、動産が即時取得制度によって保護されることとの均衡を考慮に入れなければならない。 したがって、法律上の原因がないというには、事情について悪意もしくは重過失あることを要すると解する。 【論点】転用物訴権 例 ブルドーザーの借主MがAに修理に出す → 借主が倒産・ブルドーザーを所有者Bが引き上げる。この時、所有者に不当利得返還請求ができるか? 本問Bの修理代金をMから回収することは事実上できなくなっている。そこで、Aは代金回収のため、Bに対して、不当利得に基づく返還請求をすることが考えられる。 Bは修理済みのブルドーザーを手に入れ、Aは修理をしているので、損失が認められ、利得と損失の間の因果関係も認められる。 最後にBの利得は法律上の原因がないものか、検討する。この判断は、不当利得制度の趣旨である正義・公平の観点から利得の保有が実質的にいって是認できるかどうかをもって判断すべきである。 まず、特約ない限り、MはBに修理代金債権を保有していることになる(608条)。すなわち、Bは利得に対応する債務を負っているから、この場合のBの利得は理由あるものといってよい。 それでは、Bが特約によって修理代金債権を負担しないとしている場合はどうか。 ブルドーザーが特に安い値段で賃貸されている場合、その引替えに借主が必要費・有益費を負担する趣旨であると解される。となると、Bの利得は法律上の原因があるものといってよい。 一方で、ブルドーザーが普通の価格で賃貸されている場合はどうか。この場合、Bは十分の賃料を得ておきながら、必要費・有益費も負担しないことになる。これは、有利な地位にある物の所有者が有利な契約を借主に押しつけたものであるとも思われる。 したがって、この場合、Bの利得に法律上の原因がないといえる。AはBに不当利得に基づく返還請求ができる。 3、不当利得の効果 【論点】703条と189条の関係 思うに、189条は703条に対応する、物に関する特則である。したがって、利得の返還の根拠について、現物を返還できる場合は189条、そうでない場合は703条を用いることになる。 4、不当利得の特則 【論点】708条の不法の意味 不法の原因のため給付をなした者の給付の返還請求権は否定される(708条)。本件はこの場合にあたらないか。「不法」(708条)の意味が明らかでなく問題となる。 708条は90条と同様、不法に法は助力しないとする規定である。 すなわち、両規定は表裏一体の規定でありるから、708条の不法とは、90条にいう公序良俗違反のことを指すと解する。 【論点】708条の「給付」の意味 1、「給付」(708条)の意味が明らかでなく、問題となる。 思うに、返還請求権が否定される根拠は、法が不法に助力しないことに求められる。ここで、一部でも給付がなされればすべて本条が適用されるとなると、給付の相手方の請求に応じて国家の強制執行を認めざるを得なくなる。かかる結論は本条の趣旨に反する。 したがって、「給付」とは終局的給付を意味すると解する。 具体的には、登記済みの建物については、登記移転まで必要である。移転登記は判決がない限り独力ですることはできないからである。一方、未登記の建物については、保存登記は所有者単独でできる。したがって、引渡をもって終局的給付ありといってよい。 【論点】不法行為・所有権に基づく返還請求の可否 不法行為に基づく返還請求権は否定すべきである(708条類推)。不当利得による返還請求をを否定した意味がなくなるからである。 同様に所有権に基づく返還請求権も認められない。708条の趣旨を貫徹するためである。 それでは、利得の返還請求が制限される結果、所有権の帰属はどうなるのか。 本来708条は返還請求権を認めないだけであり、所有権を被給付者に当然に移転するものではない。しかし、いかなる方法によっても本来の所有者は返還請求できないから、このまま矛盾した法律関係を存続させるのは妥当ではない。 したがって、返還請求が封じられる結果、被給付者に反射的に所有権が移転すると解するのが妥当である。 【論点】強制執行免脱目的の仮装譲渡 本件のような目的を有する仮装譲渡は刑法に触れる行為(刑法96条の2)であり、その不法性は高い。 しかし、給付の返還がなされない場合、不法に手を染めていない債権者を害する結果になる。逆に708条が不法に手を貸すことになりかねない。 したがって、このような場合、仮装譲渡は708条の不法にはあたらないとすべきである。 【論点】不法の程度の比較 条文上不法原因が受益者にいて「ノミ」(708条但書)とある。となると、双方に不法の原因がある場合、708条但書は一切適用されないのか。 思うに、公平な結果を導くためには弾力的な解釈をなすべきである。 したがって、一方の不法の程度が軽微で、もう一方の不法の程度が強度な場合も708条但書を適用できると解する。 【論点】不法原因給付物返還契約の効力 不法原因給付にあたり、給付の返還請求が阻止される場合、当事者が改めて目的物返還の契約を締結した場合、かかる契約は有効か。 思うに、708条の趣旨は、例外的に不法をなした者を救済しないという点にある。とすると、当事者が任意にそのような特約を結んだ場合、それに効力を認めてもよい。 したがって、かかる契約は有効であると解する。 第3章 不法行為 2、一般不法行為の要件 【論点】権利侵害の意義 条文上「権利ヲ侵害」することが要求されている(709条)ので、不法行為責任の成立は、この場合に止まるのか。 思うに、侵害の対象が「……権」の名をもたないものでなければ、いかに利益が害されても不法行為制度の対象にならないとするのはあまりに不当である。 この場合も制度の射程範囲に入れるため、「権利…侵害」(709条)は、加害行為に違法性があること、に読みかえるのが妥当である。そして、かかる違法性の有無は、加害行為と被侵害利益との相関関係で決定されると解する。 3、特殊的不法行為 【論点】責任能力ある未成年の不法行為についての監督者の責任 未成年者が責任能力ある場合、まず未成年者自身が不法行為責任を負う(709条)。この場合、当該未成年者の保護者は一切不法行為責任を負わないのか。 この点、714条が制限能力者の監督者の責任を、制限能力者に責任能力がない場合に限定していることから、これを反対解釈することもできそうである。 しかし、714条の趣旨は、被害者保護のため、監督義務を怠った点についての立証責任を監督者側へ転換した点にある。とすれば、714条は加害者に責任能力ある場合に、監督者への損害賠償請求を封じるものではない。 したがって、被害者は保護者が監督義務を怠ったことについての立証さえ行えば、監督義務者に責任追及できることになる(709条)。 【論点】失火責任法と714条 責任無能力者が失火を出した場合、その保護者に責任追及するにあたって、失火責任法をいかに適用すべきか。失火責任法と714条の関係が問題となる。 1、まず、重過失を誰において認定すべきかが問題となる。 思うに、714条は監督義務を果たせなかった監督者に責任を追及するものである。したがって、監督者について過失を認定すべきである。 2、さらに、714条と失火責任法との適用関係が問題となる。 思うに、失火責任法の趣旨は、木造建築物の多い我が国の事情に鑑み、失火者の責任があまりにも拡大することを防ぐ点にある。 しかし、保険契約・耐火建築の普及によって、右のような失火責任法の趣旨は現在ではその妥当性が失われている。 したがって、適用範囲は限定すべきである。すなわち、失火によって生じた直接の損害つい適用を否定し、延焼部分には適用を肯定するのが妥当である。 延焼によって被害が拡大した部分について責任を免れさせるのが失火責任法の趣旨に合致するといえるからである。 【論点】「事業ノ執行ニ付キ」の意味 使用者責任の追及のためには、「事業ノ執行ニ付キ」(715条)不法行為が行われる必要がある。そこで、この要件の有無に関する判断方法が問題となる。 まず、職務行為に属する行為の他、事業の執行行為と密接な関連があるといえる行為も含むというのが妥当である。 また、内実として事業の執行にあたらない行為であっても、その行為によって損害を受けた被害者の信頼を保護する必要がある。 そこで、本要件の判断については、客観的に行為の外形を標準として判断されるというべきである。 ただし、その内実についての信頼を欠く者を保護する必要はない。したがって、悪意・重過失ある被害者は使用者責任を追及することはできないと解する。 【論点】使用者責任における求償制限 使用者は損害賠償責任を果たした後、被用者に求償ができる(715条3項)。この求償額はいかにして決せられるか。 使用者責任は本来は代位責任であるから、責任を果たした使用者は被用者に賠償額全額を求償できるかに見える。 しかし、被用者の不法行為によって発生した損害については、使用者に責任の一端が存する場合もある。過酷な労働条件で被用者を酷使していた場合などである。 したがって、求償の範囲は事案ごとに信義則上相当な範囲に制限されると見るべきである。 【論点】工作物の範囲 「工作物」(717条)の意義をいかに解すべきか。 思うに、717条は危険責任を根拠とする規定である。とすると、右危険があるものを放置した者には広く責任を問えるというべきである。 したがって、土地の工作物の範囲としては、土地に接着して人工的に作り出されたあらゆる設備を指すというべきである。 さらに、建物と実質的に一体化した建物の設備についても、工作物に含まれるというべきである。 【論点】失火責任法と工作物責任 失火責任法と監督者の責任と同様に考えられる → 直接損害部分には717条が適用され、延焼部分には失火責任法が適用される。 【論点】共同不法行為成立の要件 719条1項前段の共同不法行為の成立において、各行為者についていかなる要件を満たすことが必要か。 思うに、本条前段は各人が損害の原因となり、別個に責任がある場合を前提としている。したがって、各行為が独立して不法行為の要件を備えていることを要求すべきである。 さらに被害者保護の観点から、本条の適用範囲は広く解するべきである。したがって、客観的な共同関連があれば「共同ノ不法行為」(719条1項前段)の要件を満たすと解する。 (以上で止めるのがオススメ) *学説 本条成立に各行為者に一般不法行為の要件の具備を要求するのは、719条の存在意義を希薄にするものである。 そこで、共同行為と損害との間に因果関係があればよいと考えるべきである。この場合において、主観的な関連共同がある時、因果関係が擬制され、反証が許されないと解する。 一方、客観的な関連共同がある場合は、自己の行為と結果との間に因果関係がないことを証明すれば、免責されると考える。 【論点】共同不法行為の効果 共同不法行為者は、互いに連帯債務を負うと解される(719条)。しかし、被害者保護の観点から、民法の絶対効に関する規定(434条以下)のうち、債権の効力を弱める関係にあるものについては、適用すべきでない。そこで、それぞれの責任は不真正連帯債務の関係に立つというべきである。 この場合、主観的共同関係がないから負担部分は観念できず、求償関係は成立しないかに見える。 しかし、不真正連帯債務であるという理由のみで、直ちに負担部分・絶対効の有無を論じるべきでない。各場合ごとに妥当な結果を導くべく、具体的な効果を考えるべきである。 この場合、一方の加害者の払い損という事態を回避する必要がある。また、過失割合に応じて負担部分を観念することもできる。 したがって、不法行為者の一部が責任を果たした場合、この負担部分にしたがって、他の共同不法行為者への求償を認めるべきである。 4、不法行為の効果 【論点】711条に列挙されない者による固有の慰謝料請求権 711条は遺族の固有の慰謝料請求権を認めているが、列挙者以外の慰謝料請求は認められるか。 711条を反対解釈すれば、この点は否定される。 しかし、711条の趣旨は被害者の近親は通常強度の苦痛を感じるのが通常だから、かかる者に故意・過失、損害の発生についての立証責任を軽減した点にある。 とすれば、右要件の具備を立証すれば本条所定の者以外も損害賠償請求ができるというべきである(709条、710条)。また、711条所定の者に準じる地位にある者については711条を類推適用し、立証責任を軽減させるべきである。 *711条所定の者に準じる者 内縁の妻、未認知の子など 【論点】精神的苦痛を感じる能力のない幼児は711条の主体たりうるか。 確かに幼児は精神的苦痛を感じる能力がない。しかし、このような者も長じるにしたがって苦痛を感じるはずである。損害賠償の請求可能額が低廉になることを防ぐ必要もある。 したがって、精神的損害についても慰謝料請求の主体たりうると解する。 【論点】711条の対象は生命侵害に限るのか 被害者の親族は、被害者が「生命」(711条)を害された場合以外も固有の慰謝料請求ができないか。 思うに生命侵害の場合、近親者は精神的苦痛を被るのが通常である。そこで、そのような場合近親者の立証責任を軽減した点に711条の趣旨が存する。 そこで、被害者の近親者が生命侵害に比肩しうるほどの苦痛を感じる身体的傷害については709条、710条によって損害賠償請求ができるというべきである。 【論点】損害賠償の範囲 自然界の因果関係が無限に進展する虞があることから、損害賠償責任が発生する範囲を限定する必要性がある。 そこで、損害賠償の範囲と額の算定には、同趣旨の条文である416条が類推適用されると解する。 【論点】過失相殺能力 過失相殺における「過失」(722条)とは、709条における過失と同趣旨か。 思うに、過失相殺とは、損害額についていかに被害者の不注意を斟酌すべきかの問題であり、責任を負わせるための概念ではない。 とすると、722条の過失とは、709条におけるそれとは別に考えるのが妥当である。 思うに、上記722条の趣旨からして、事理弁識能力があれば、過失相殺における過失を斟酌できると解するべきである。 *能力不要説をとってもよい 【論点】被害者側の過失 被害者に事理弁識能力もない場合、一切過失相殺はできないのか。 思うに、誰が請求するかによって過失相殺の斟酌の有無が左右されるのは、不均衡である。例えば、子の治療費相当の損害賠償において、親が請求すれば、子の過失は斟酌されないという結果は妥当でない。 そこで、当事者以外の者の行為を被害者の計算に帰すのが公平な場合、被害者以外の者の過失も賠償額の算定において斟酌すべきである。 具体的には、被害者と身分上生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失も過失相殺の際に斟酌すべきであると解する。 *斟酌される場合 親 … 斟酌される 教師・保母 … 斟酌されない 配偶者 … 夫婦関係が破綻している場合は斟酌されない 【論点】損害賠償請求権の譲渡性・相続性 物的損害は金銭債権だから、問題なく譲渡性がある。 一方、精神的損害は一身専属的権利である。しかし、請求の意思表示があれば単純な金銭債権に変化するから、請求の意思表示があった後は譲渡可能になる。 【論点】被害者即死の場合の請求権の発生 死亡した瞬間には既にその者には権利能力ない。それでも死亡した被害者の損害賠償請求権は発生するのか。 思うに、重傷後死亡の場合との均衡を図る必要があるし、遺族保護の必要性もある。 そこで、生命侵害は身体侵害の極限概念ととらえ、損害賠償請求権は発生するというべきである。 しかし、慰謝料は一身専属権だから、行使の意思表示なく発生するのか。 被害者の請求額が低額になりがちな実状に鑑みると、損害賠償責任の発生はできるだけ緩やかに認めるべきである。また、重傷後死亡の場合との均衡を考慮する必要もある。 したがって、慰謝料請求権は即死した被害者の特段の意思表示なくても発生するというべきである。 そして、発生した後の慰謝料請求権の本質は単純な金銭債権にすぎない。したがって、慰謝料請求権も相続されることになる。 【論点】原状回復請求・差止請求の可否 まず、不法行為に基づく損害賠償請求においては、金銭による賠償が原則となる。 金銭は可分であるから、責任の範囲を確定しやすい。一方原状回復を請求する場合、過大な負担を加害者に課す結果になるおそれがあるからである。 したがって、原状回復は特則ない限り認められない。 一方、不法行為の差止請求は認められるか。 公害等による継続的侵害があった場合、このような請求も認める必要性がある。 問題はその法律構成である。まず、物権が侵害された場合、物権的請求権による妨害予防請求をなし得るから、問題はない。 一方、被侵害利益が物権でない場合はどうか。 人格的利益は、710条などで承認された保護に値する利益と言える。 ただ、この場合は物権侵害があるわけではないから、金銭による損害賠償しかできないかにみえる。 しかし、人間の身体が害された場合、身体は財産と同程度かそれ以上に価値が高い。にもかかわらず、妨害の排除・予防請求ができないのは均衡を失する。 そこで、人格的利益への侵害と評価できる場合、妨害排除・予防請求を肯定すべきである。