突然現れた公儀のものだと名乗る―――その割には全員の風体がバラバラでみるからにうさんくさい―――集団に、店の主人の彦衛はとまどいを隠さなかった。
しかし一番見かけがしっかりしていそうな小笠原が、最近娘ごになにか変わった様子がないかと尋ねると、じつは、と顔をくもらせた。
「娘の桜がここ数日ひどくふらつくようになってしまい、ずっと頭が重い、と。医者に見せてもまったく原因が判らず困っております」
「娘さんにお会いできますか?」
彦衛は妻に娘を呼びにやらせた。しばらくして大儀そうにやってきた娘を見て、あやしの五人はあっと叫んだ。娘の頭からみごとな桜が生えていたのだ。
「こないだより大きくなっている………」
一度見ていたアビですら驚く大きさだった。
娘の頭のやや上を凝視するあやしたちに、彦衛は不安そうな顔をした。
「あの………もしや娘の頭になにかごらんになれるのですか?」
「なにかって、あんたには見えないのか?」
往壓が聞くと主人も妻も首を振った。
「も、申し訳ありません。わたしどもにはなにも。ただ………この娘には年の離れた弟がおりまして、その子が最近、おねえちゃんの頭に木が生えているとか抜かすのですが」
「生えてるな」
「ああ、生えてる」
「みごとなもんだ」
「あの」
口々に言うあやしたちに彦衛も娘も泣きそうな顔になった。
「な、なにが生えているんでしょうか」
「桜だ」
往壓は両腕を広げた。
「このくらいでかい。見事な桜が真っ盛りだ。花見でもしたくなるくらいにな」
往壓の言葉に宰蔵がぷくっと頬をふくらませ、笑いをこらえた。
「あんた心当たりはないのかい?」
「さ、桜、ですか」
彦衛はたたみに両手をついた。
「ご、ございます、ございます。実は先祖代々我が家に伝わってきた桜の木を最近伐ってしまいました。思えば娘の具合が悪くなったのもその頃。これは桜のたたりでしょうか」
「考えられるな」
ふと元閥が思いついたように言った。
「そういえば娘さんのお名前も桜ですね」
「え、ええ」
「その、伐られた桜にちなんだお名前なんですか?」
「それは―――」
主人は娘を振り返り、
「これが生まれた時、ちょうど春でして―――桜がそれはみごとに咲いておりました。それで……」
「思わず娘さんにつけるくらい美しかった桜を………伐ってしまったのかよ?」
往壓の言葉に彦衛はうつむいた。
「そういえば思い出しました。私は娘を抱いてその木に、どうか娘をいつまでも見守っていてくれと頼んだのです。なのに………それを忘れて木を伐ってしまった…」
「もしかしたらその桜はあんたの言葉を守って娘さんに憑いたのかもしれねえな」
往壓が立ち上がった。
「だがこのままだとおそらく娘さんの気が弱っちまうだろう。俺が娘さんの中から桜を取り出してみるよ」
「お、お願いします」
往壓は娘の前に立ち、家の人間には見えない桜に手をかざした。
「お前にもいろいろ言い分はあるだろうが、まあこらえてくれ。主人も昔の気持ちを思い出したみたいだし、許してやっちゃくれねえか」
見るものが見れば往壓の手が光を発したのが見えたかもしれない。
「漢神―――抜かせてもらうぜ」
往壓は身震いする桜から漢神を引き出した。その途端、部屋の中は薄紅の桜吹雪に包まれた。娘も主人もその花の中に幼い頃の記憶を見た。仰ぎ見た桜の美しさ、立派さ、優しさを。
「すまなかった………すまなかった………」
主人の彦衛はつっぷして泣き出した。やがて渦を巻いていた桜吹雪も収まり、青ざめていた娘の頬に血の色が上ってきた。
往壓は握っていた手を開いた。そこには小さな芽を出している桜の実生(みしょう)が乗っていた。
「よかったらこれを庭に植えてみちゃくれないか」
往壓は主人に実生を渡した。
「あの立派な桜になるまではずいぶん時間がかかるだろうが」
「………こんなに小さなものだったんですね」
主人は手に乗せた実生をいとおしげに見つめた。
「人の生より長く時間をかけて美しい花を咲かせてくれる木を………人の勝手で伐って………申し訳ないことをしました」
主人と娘はなんどもあやしに礼を述べた。土産だといって高級な茶もくれた。
「うーん、いい香りですね」
彦衛がくれたお茶を淹れ、元閥はうっとりと目を閉じた。他の四人も黙って極上の茶をすすっている。
「それにしても」
往壓がぽつりと呟いた。
「すげえ図だったな」
とたんに宰蔵がぶふーっと吹き出す。
「う、うん、すごかった。笑いをこらえるのがたいへんだった!」
「あれが他の人に見えないとはもったいないですね」
元閥もころころ笑いだす。小笠原でさえ、口元をゆるめていた。
アビは四人が床を転げて笑っているのをぼんやりと見ていた。また今度も自分は笑えない。自分の頭は他の人間とそうも作りが変わっているのだろうか?
「アビ」
黙っているアビに気づいて往壓が声をかけた。
「どうした、具合でもわるいのか」
「いえ」
アビは急いで首を振った。
「その、―――お茶が苦くて」
「苦い?」
往壓は首を傾げると、「そうだ」と言って懐から何か取り出した。
「漢神の残りだ」
ふわっと手を開くと桜が舞った。
「ほお」
「わあっ」
「きれいなものですね」
ひらひらと花びらが一枚、アビの湯飲みに入る。
「これは―――飲んでも桜は生えないですか?」
「どうかなあ」
往壓はにやにやしていた。アビは茶に浮かんだ花びらを見つめていたが、やがてぐいっと湯飲みを煽った。
「生えてきたら俺がまたとってやるよ」
往壓が笑う。
桜が頭に生えてきたら自分は笑えるだろうか?
アビはそんなことを思いながら空中に舞う桜の花びらに目をやった。花びらは木もないのにあとからあとから舞い落ちてきた。