「往壓さん」
往壓の住むなめくじ長屋にアビがやってきた。体の大きなアビは長屋の入り口にいつも頭をぶつけそうになる。
「どうした? お前が迎えにくるなんて珍しいな」
往壓は床に敷いた万年床から顔を上げた。まだとろんとした目で大きな欠伸をする。
「三体目の首なし死体が出た―――一緒にきてくれ」
往壓の顔つきが変わった。
死体は往壓の住む深川の近く、木場・隅田川の河口に上がっていた。すでに番所に運び込まれていたが、話を通してあるらしく、往壓たちも死体を改めることができた。
「ホトケさんの出来上がりからすると、死んでからそう古くないな」
「そうですね………」
アビは野や山で獣の死体を見慣れている。見れば大体死後どのくらいか計ることができた。
「昨日死んでそれから川に落ちた………あるいは落とされた」
「おいおい、お前さんも首を取られてからしばらく歩き回ったなんて話、信じてるんじゃないだろうな」
「妖夷が関わっているならすべての可能性を考えにいれないと」
往壓はアビの顔を見た。
「小笠原さんがコレを蛮社改所【うち】で扱うと?」
「首なし子の話が大きくなりすぎました。実際、見たという人間が出ています。まあ首はとられていませんが………泣いている首のない子供を」
往壓は死体の首を指した。
「見ろよ。切り口はきれいだ。こりゃあヤットウの腕に長けたサムライの斬り口だぜ?」
「殺人だと?」
「そのカノウセイも頭に入れておきな」
揶揄する口調にアビはムッとした顔をした。
「当然だ」
「お前さんはこれが妖夷の仕業の方がいいんじゃないのかい?」
珍しく皮肉っぽい言い方にアビは往壓の顔を見た。
「どういう意味です」
「妖夷なら討てるからな」
「………それは」
「あやかしだって生まれた以上生きているんだ」
往壓はそう言うと、言い過ぎた、という顔をして目を伏せた。
「往壓さん」
「ちょっとヤボ用を思い出した」
アビは往壓の背中に呼びかけた。
「俺だって―――すべての妖夷が憎いわけじゃない」
往壓は答えず、背を向けたままひらひらと手を振って見せた。