「わたしは認めないぞ!」
宰蔵は憤然として言った。いつものように前島聖天の境内で肉を食いながら円座になっているときだ。
「いくら江戸っ子の人気者だと言ってもあやかし、妖夷ではないか。放っておいていいのか?」
「だけど人に災いをなすわけでもないし
元閥がなだめる。
「しかし九枚目を聞いたら死んでしまうのだぞ」
「そりゃあ自分が間抜けだったと嘆くしかないな」
往壓が肉をほうばりながら笑った。
「あれだけ優しい約束事があるんだから、それを守れない方がどうかしてる」
「おかしらっ!」
宰蔵は取り合わない往壓や元閥を見限り、小笠原に詰め寄った。
「お頭のお考えは?!」
「いや、その・・・」
「ああ、無駄無駄、宰蔵」
往壓が箸で人を指すという礼儀知らずな真似をして言う。
「お頭はあれからしょっちゅう井戸詣でだ。なにせ好みどんぴしゃ射的の的ってくらいツボなんだから」
「竜導!」
小笠原が顔を赤くして怒鳴ったのが答えだ。宰蔵は冷たい目で大人たちを見下ろした。
「不潔だ!」
「あ、宰蔵さん」
言い捨ててどかどかと出て行く宰蔵の背中にアビが声をかけたが、無視された。
「やれやれ、うちのお姫さまは固いなあ」
「肉を柔くするには酒につけたりするが、宰蔵さんはどうすりゃ柔くなるんでしょうかね」
往壓と元閥が笑いながら言う。
あんたたちは柔らかすぎだ、とアビは声に出さずに胸のうちで呟いた。
小笠原が屋敷に戻り、元閥が酔ったと言って神殿に横になりにいった。
もう肉も残ってないのでアビは手早く片付けはじめた。
皿を取り上げようとしたら、さっと箸でそれを押さえられた。
「まだある」
端の方にわずかにひっかかっているだけの肉を往壓は未練がましくさらった。
「まだ食べたいなら出してくるが」
アビの言葉に「そんなにはいらねえんだ」と首を振る。そのくせ箸の先にくっついた肉をしゃぶるようにする。
「酒はどうする? まだ飲むんですか?」
「あー・・・」
往壓は徳利を振ってみた。
「うん、もう少し飲みたい」
二十も年上なのにどうしてこう甘え上手なんだろうか。たぶん雲七という男が十六年かけて甘やかしたせいだろう、とアビは思う。こんどあの馬に文句言ってやらなきゃな・・・。
酒樽から往壓の持つ徳利に注いでやっていると、空いてる方の手で往壓がアビの腕に触れてきた。
「すごい腕だな、岩のようだ」
「鍛えていますから」
「この肉も酒につければ柔くなるのかね」
「少なくとも飲んでも柔くはならないな」
「ふーん」
往壓の指先がアビの手首からひじまで、腕の内側を行きつ戻りつする。くすぐったかったが樽を抱えているのでどうしようもない。
「女ァやわくするのに一番いいのは男とつがわせることだが」
往壓が呟く。
「男をやわくするには女だけじゃあねえんだ」
「どういう意味です?」
「酒にばくち、それから悪い仲間。そんなもんでも男はどんどんやわくなる。まあ言ってみれば男の方がだらしねえってことだ」
「なるほど、あなたは三拍子揃ってたと言うわけだ」
往壓はくっくっと肩を揺すって笑った。
「まあおかげでこんなこんにゃく玉だ」
あぐらをだらしなくほどき下帯まで見せた状態で、往壓は高欄によりかかっていた。
右の内腿に黒子がある――、と、アビが気づいた時、手が揺れた。
「おっと」
樽からあふれた酒が徳利を逸れて往壓の手にかかる。
「もったいねえ」
往壓は酒の伝った手首からひじの内側まで――さっきアビに触れていたのと同じ部分をつうっと舌でなめあげた。
「・・・・」
アビは思わず自分の腕を押さえた。いたずらされていた箇所が熱く疼いたような気がしたからだ。
手首をなめている往壓の舌はなめらかで柔らかそうだった。
「アビ、どうした?」
往壓が笑っている。
その柔らかな肉を味わってみたい、とアビは思った。するとそのことしか考えられなくなった。
アビが大きな手を伸ばしてくるのを往壓は黙って見ていた。