私の女城主

女城主との出会い

2008年12月25日クリスマス、私は初めて恵那市岩村町に行き女城主に出会いました。 岐阜のはずれの小さな町のあちこちに「女城主」の看板を見つけ、興味を持ったことが始まりです。 私が調べた中でわかってきたことを主観を含めて以下にまとめてみます。

3度の政略結婚

1544年(天文13年)頃 愛知県勝幡城で織田信長の父信秀の末妹として生まれ、岩村城の遠山景任のところへ嫁ぐ前に二度嫁いでいます。一度目は、斉藤龍興の部下(重臣)で日比野下野守(ひびのしもつけのかみ)清実と言い、 結城(岐阜県安八町)の城主で1561年(永禄4年)森部の戦いで戦死。。二度目は、信長に仕える武将で、どちらも甥の信長による政略結婚だそうです。再び岐阜に戻った後、1562年 甲斐武田に対する前線基地ともなる美濃の岩村城へ三度目の政略結婚で嫁いできました。子供が出来なかったため、後の岩村城主として信長の五男、五坊丸を養子として迎え入れて養母として育てることになりました。当時五坊丸は6〜8才の幼い男の子ですから、きっと実の母のように可愛がって育てていたのではないかと思います。

女城主に

1570年(元亀2年)武田の家臣 秋山信友が信玄の命を受けて、岩村に侵攻、上村合戦となりました。その時の戦いが元で、景任は病死。それまでのように夫が討死した後は、岐阜へ戻ることも出来たのでしょうが、お直の方は城に残る道を選びました。五坊丸の母としての責任感と景任の生前より夫の留守を守る姿が領民や城兵にも信頼されていたことから、岩村への愛着や城を守りたいという闘志が芽生えていたのではないかと思います。また 三度の政略結婚という甥の信長に振り回される自分の人生を振り返り、自分の人生を自分で選びたいと切望したのではないかとも思います。現代の女性ならともかく、戦国時代の女性は男性の道具のように扱われるのが常という世の中で、彼女は自己というものをしっかりと見つめられる、覚悟と勇気のある女性だったのでしょう。そうしてお直の方は、「女城主」となりました。しばらくは、城主として母としての仕事をこなし、岩村も平和な時が過ぎたようです。

女城主と秋山信友のイメージ

秋山信友との結婚

しかし そこは戦国、1573年 再び秋山信友が岩村城侵略を企ててやってきました。女城主は、領民たちと共に長い籠城を覚悟して、攻防します。信長の援護を待ちながら三ヶ月の間城に立て籠るのです。その間も使者を信長のもとに送ったり、また敵の情報を得るために乱波を放ったりと城主としての働きは見事だったようです。 しかし 当時の信長は、長島の一向一揆などで道を阻まれ、結局岩村への援軍を出すことはできませんでした。そのような状況を知った秋山信友は、和議を申し入れてきたのですが、その内容は受け入れがたいものでした。開城すれば五坊丸や領民、城兵の命を守る、その代わり信友の妻になれというものだったのです。敵の武将との結婚はすなわち信長への裏切り行為となり、城も取られることになります。女城主は1人悩んだと思います。当時は、開城の条件で城主の首を差し出すのが習わしで、実質はお直の方が城主であっても、男子である五坊丸の命を差し出すことになります。可愛い五坊丸の命、領民や城兵の命を守りたいという母の愛と女性としてのプライドの狭間で相当悩んだのではないかと思うのです。しかし 自分だけのプライドよりも城主として母として、信友との結婚を受け入れたのです。もう一つ、実は以前に信友とお直の方は顔を合わせています。信長の子奇妙丸と信玄の子お松の方の婚姻の使者として信友が岩村城を訪れているのです。当時はまだ景任の妻として迎え入れたわけですが、信友はお直の方の美しさに、お直の方は信友の精悍な姿に実はお互いに一目惚れをしていたのではないかと私は思っています。女性として過去の三度の結婚の際にはなかった本当の愛を信友に見つけ、信長への裏切りとその結果起こり得ることを乗り越えるほどの強い思いとなって決心したのではないかとも思うのです。

覚悟を決めた人生

1573年2月岩村城落城。1575年5月の長篠の合戦で武田が織田信長に敗北するまでの間、信友とお直の方は共に力を合わせて、岩村を守り、城の普請を進め、織田信長の侵攻に備えていました。織田軍は長篠の戦いで勝利した後、いよいよ岩村城に攻め入り、2人は6ヶ月に及ぶ籠城の末、11月23日開城となりました。武田信玄はすでに亡くなり、息子の勝頼が指揮を取った長篠合戦で名将と言われた武将をことごとく失い、武田の援軍は見込めなくなったことからの覚悟の開城でした。信友は命を差し出すのは自分1人でと、お直の方を信長の元に戻るよう諭したようですが、お直の方は最後まで信友と運命を共にしたいと懇願したようです。景任が亡くなった際に、もう二度と信長の元には戻らないと決意し、信友との結婚を決めた際にすでにその覚悟は出来ていたのではないかと思います。私はここまでのお直の方の人生を辿るに連れ、お直の方の強さや覚悟に心から感動しました。戦国時代という厳しい時代に溢れるばかりの愛情と心の強さを持って生き抜いた女性、そして自分の選んだ道に覚悟と責任を持って立ち向かった女性、現代に生きる女性としても尊敬の念を持たずにいられません。

(石丸 みどり)


 

撮影開始バナーイメージ

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