障害者探偵登場

 以前の仕事は、障害者・高齢者が利用する福祉機器に関するものでした。また昔からミステリーを読むのを趣味にしていました。ということで、いつのまにか障害者探偵の登場するミステリーを集めるようになりました。まあ、なんの利用価値もありませんが。

 障害者探偵とは、文字どおり肉体的な障害を持っている探偵(警察官、私立探偵、素人探偵、その他)のことです。彼らは肉体的なハンディーを負いながらも、知力を尽くして謎を解き、悪人たちと対決します。これぞまさに、障害がありながらも社会的不利を克服している見事な実例といってよいでしょう。
 なおこのリストでは、広い意味の探偵ばかりでなく、障害者が被害者になるミステリーもリスト・アップしています。障害者が犯人のミステリーも当然ありますが、リストに載せると必然的にネタバレになりますので、障害者が犯人のミステリーは除外しています。

はオススメ本です。出版社のあとの数字は原著の出版年です。
(更新日:2024.3.13)


最近見つけた本

『名探偵のままでいて』(小西マサテル、宝島社、2023)
第21回『このミステリーがすごい』大賞受賞作。物語の主人公は20代の小学校教諭の楓だが、謎を解くのは71歳で、幻視や記憶障害といった症状の現れるレビー小体型認知症(DLB)を患い、介護を受けている祖父。一種の知的障害者と言えなくもないので本リストに含めたが、心身の体調が問題のない時に孫娘楓から話を聞いて謎解きをするので(つまり謎解きに対する障害は一切ないので)、厳密には障害者探偵とは言い難い。単なる安楽椅子探偵と呼ぶべきか?
『真夜中の密室』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、2022)
四肢麻痺の科学捜査専門家リンカーン・ライムが登場するシリーズの第15作。初登場した頃は首から上と左手の薬指だけが動かせたが、現在では「手術と厳しいリハビリが功を奏して、右の腕と手はほぼ思いどおりに動かせるようになっている」。近年の脊髄損傷患者向けの目覚ましい医療の進歩のおかげだが、その分車椅子探偵としての独自の面白味は減っている。本編の舞台はニューヨーク市。<ロックスミス>と名乗る男が、厳重に鍵のかかった部屋に侵入し、危害を加えることなく、メッセージを残して去っていった。この奇怪な犯人の真の目的は? 市警の依頼でライムが捜査に乗り出すが……、という展開で、サスペンス小説として楽しめる。 
『エナメル その謎は彼女の暇つぶし』(彩藤アザミ、新潮文庫、2022)
若い世代を対象にした青春恋愛ミステリ。主人公はエナこと江名行とメルこと甘宮メルの高一コンビ。メルは中三の時事故(正確に書かれていないが、たぶん交通事故)による外傷で腰から下が全く動かなくなった。現在は総合病院の最上階の病室に入院中で安楽寝台探偵となって、ワトソン的なエナが持ち込む謎を解決するという設定。4つの短編から構成されている。若い人なら軽快な会話が楽しめるのだろうが、安楽椅子探偵物の謎解きを期待して手を出した老人としては、本書のミステリ部分が貧弱すぎるのでガッカリ。  
『死んだレモン』(フィン・ベル、安達眞弓訳、東京創元社、2020)
久しぶりに障害者が大活躍するミステリー。主人公フィン・ベルは、飲酒が原因で車の自損事故を起こし、下半身麻痺で車いすを常用している、30代後半の離婚歴のある男性。心機一転ニュージーランド最南端の街に引っ越した。人里離れたコテージだが、以前ここに住んでいた少女が失踪し、隣の不気味な住民の土地からその少女の骨の一部が発見されていたことを知る。さらに家には隠し部屋が見つかったり、隣人からは理由なく恫喝されたりという展開で、現代版ゴシック・ロマンス的な話。障害者探偵の登場するサスペンス小説として楽しめるが、終盤には謎解き小説となってしまい、いささかバランスの悪い小説になっているのが残念。
『カッティング・エッジ』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、2019)
四肢麻痺ながら科学捜査の天才リンカーン・ライムが登場するシリーズの第14作。13作ではイタリアが主舞台であったが、本作は本拠地ニューヨークが舞台。ライムが緻密な分析で犯人を捕まえる謎解き小説ではなく、次に何が起こるか、予想を超える展開で読ませるスリラー小説(しかも終盤は3転、4転する面白さ)。450頁を超える長編ながら、まったく飽きさせない筆力には脱帽する。ただし四肢麻痺とはいえ、「「サインはできる」ライムは弁護士が差し出したペンを取って領収書に署名した(P.267 )」ので、上肢に関してはかなり機能が回復したことになる。障害者探偵としてのハンディキャップは少なくなったようだ。
『盲剣楼奇譚』(島田荘司、文藝春秋、2019)
ミステリ作家島田荘司の作品で、題名から盲人の侍が登場するのではという判断で読んでみた。現代の犯罪小説と江戸時代の時代小説を巧みに組み合わせた作品。現在の小説の主人公はシリーズ刑事の吉敷竹史だが(したがって障害者探偵ではないが)、時代小説の主人公は、剣戟の天才と言える山縣鮎之進(自称)で、その鮎之進が終盤で敵に捕まり目に大量の塩を入れられて失明するも、無双剣で多数の相手を切り倒して、闇に紛れて消えていくという話。本リストに入れるに適した作品ではないが、著者がミステリ作家である点を考慮して(まあ、500頁を超える大作を読んだことでもあるし)、ここに追加してみた。
『黄』(雷鈞、稲村文吾訳、文藝春秋、2019)
第4回(2015年)島田荘司推理小説賞受賞作。本賞は「中国語で書かれた未発表の本格ミステリー長編を募る文学賞」とのこと。過去3回の受賞作はすべて翻訳されているが、読んだのは本書が初めて。手に取った理由は、主人公で語り手の青年阿大ことベンヤミンが全盲だからである。阿大は先天性黒内障で中国の孤児院で育てられていたが、裕福なドイツ人夫妻の養子となり、ドイツで教育を受けて晴眼者と同じような生活が出来るようになる。一種の天才と言ってよい。そして中国で6歳の少年が木の枝で両目をくり抜かれる猟奇事件が発生し、少年を力づけ、事件の真相を暴くために中国の黄土高原に向かうというのが物語の発端。全盲という障害の特徴を上手く使った意外性に富んだ中華ミステリー。
『静おばあちゃんと要介護探偵』(中山七里、文藝春秋、2018)
脳梗塞の発症で車いすを使用している香月玄太郎が、著者のもう一人のシリーズ探偵「静おばあちゃん」(実際は高等裁判所の判事を勤めていたヤメ判の弁護士)とともに身近に起きた事件を協力して解決するという短編集。収録短編(5本)のいずれもの題名が「二人で探偵を」といったようにクリスティ作品から借用しているが、クリスティのパロディではない。香月玄太郎の登場は『要介護探偵の事件簿』(宝島社、2011)に続く2作目。手慣れた文章なうえに謎もそこそこあるので気軽に楽しめるが、障害という特徴を生かした活躍はしていないし、障害や補装具に関する記述もほとんどない。リスト作成者としては大いなる不満だ。
『ブラック・スクリーム』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、2018)
四肢麻痺ながら科学捜査の天才リンカーン・ライムが登場するシリーズの第13作。ライムの障害については、「しかし手術と日課のエクササイズが功を奏し、右腕と右手の自由を取り戻した」となっている(P17)。つまり、捜査に関してはほとんど不自由がないようで、今回の事件の主要な舞台のナポリはバリアフリー対応の建物がそう多くないことを嘆いている程度。本書の主役は、ライムとニューヨーク市警重大犯罪捜査課刑事アメリア・サックス、イタリア人若き森林警備隊巡査エルコレ・ベネッリの三人。物語は<作曲家(コンポイザー)>という狂気の犯罪者を探すもので、語り口はこれまで以上に軽快なものの、大きな山はないまま終わっている。まあ、ライムとサックスが結婚するため、甘い物語になったのか。
『許されざる者』(レイフ・GW・ペーション、久山葉子訳、東京創元社、2018)
主人公はスウェーデン国家犯罪捜査局の元長官ラーシュ・マッティン・ヨハンソン。67歳。脳梗塞で倒れ、病院に16日間入院し一命をとりとめたものの、右手・右足に麻痺が残っている。頭脳は明晰で、麻痺が残ったといっても杖を突けば歩行は可能となる。その彼が入院中に主治医から依頼されたのは、すでに時効になった未解決の少女殺害事件を解決してほしいということ。元長官なので、元部下や現職、友人・知人を手足として巧みに利用し、真犯人を突きとめる。興味深いのはその後から終りまでの70頁で、時効の壁を破って「法で裁けぬ悪を裁く」にはどう行動すべきか、という難題を設定していること。著者はスウェーデン作家で、本邦初訳の作品だが、第一級の面白さだ。ただし片麻痺の探偵とはいえ、その障害が事件捜査にはほとんど影響を与えていない点が、障害者探偵ミステリーとしては物足りない。
『スティール・キス』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、2017)
四肢麻痺ながら科学捜査の天才リンカーン・ライムが登場するシリーズの第12作。ライムは「当初は左手の薬指しか言うことを聞かなかったが、幾度かの手術を経て、それ以外に右腕や右手も動かせるようになった」。つまり複雑な構造をした電動車椅子を操作できるまで身体能力は回復している。ただし本書での活躍は地味で、本書の本当の主役は、ニューヨーク市警重大犯罪捜査課刑事のアメリア・サックスだ。物語はアメリアの目前でエスカレーター事故が発生し、犠牲者が出た。彼女はその原因解明をライムと共に進めるが、連続殺人事件に発展してしまい……、という展開。結末のまとめ方が実に上手いと脱帽。
『13・67』(陳浩基、天野健太郎訳、文藝春秋、2017)
6編の中編から成り立つ作品だが、冒頭の一編「黒と白のあいだの真実」には、末期ガンに侵され言葉を発することの出来ない名探偵、香港警察の元警視で現顧問クワン(正式名クワンザンドー)が登場する。彼の脳波を測定し、YES,NOの意思表示から謎解きをするという設定になっているからである。つまり昏睡探偵でも役立つという話。本作は2017年の翻訳ミステリー界の話題作(作者は香港人で中国語で書かれている)。社会派ミステリーと本格ミステリーの融合に見事に成功している。
『木足の猿』(戸南浩平、光文社、2017)
第20回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。舞台は明治9年の東京と横浜。主人公の奥井隆之は自作の下腿義足(ソケットは竹籠で、義足は木製の棒義足)を装着している元侍。21歳の時土砂崩れで左脚が埋まり、親友が膝下から切断して助けた結果、下腿切断者となった。現在は居合抜きの達人で、仕込み杖を杖代わりに利用している。そのような時代に英国人が連続して殺され、その生首が晒される事件が発生した。奥井は、命の恩人である親友を殺害したと思われる男が犯人たちの中にいたのではと考え、犯人捜索を引き受けるが……。それなりに時代背景は調べられており、障害のある主人公が襲われるシーンにも工夫が見られるものの、ミステリーとしては平板。
『片桐大三郎とXYZの悲劇』(倉知淳、文藝春秋社、2015)
探偵役は古希を過ぎた頃に両耳の聴力を完全に失った時代劇の大スター片桐大三郎。今では俳優を引退し、プロモーションの社長をしている。題名からもわかるように、聴覚障害者の片桐大三郎は、エラリー・クイーンが創造した障害者探偵ドルリイ・レーンを真似したのであろう。そのことは、本書に収録された4本の中編が、それぞれレーンの4長編にある程度対応していることからも明らか。二人の最大の違いは、レーンが読唇術を完璧にマスターしているのに、片桐は、助手がブラインド・タッチでノートPCに入力した相手の言葉を無線経由でタブレットに表示して、リアルタイムで会話することか。一種のパロディとしてそれなりに楽しめるが、片桐の障害が片桐の行動に少しの障害にもなっていないのにはガッカリ。

ミステリーに登場する障害者探偵(主人公+脇役)のリスト

上肢切断者

シッド・ハレー
前腕切断者。元チャンピオン・ジョッキーであったが、大障碍で落馬して左手が麻痺し、その結果ジョッキーを諦めて私立探偵になった。登場するすべての作品が面白い。
『大穴』(ディック・フランシス、早川書房、1965)
シッド・ハレー初登場の作品。事件捜査中に悪漢の暴行によって麻痺の腕を切断することになる。ラスト近くでどのような義手を着けるべきか、悩む場面がある。
『利腕』(ディック・フランシス、早川書房、1979)
この作品の冒頭で、ハレーは、筋電義手は不便だと装飾義手に変えている。中盤、悪漢に捕まり、正常な右腕も切断されそうになりるが……。切断者の心理が納得できるし、自己の信念に忠実なシッドの生き方は魅力一杯だ。
『敵手』(ディック・フランシス、早川書房、1995)
義手をつけている探偵シッド・ハレー3度目の登場である。前回(約15年ほど前)では、筋電義手は使えないとボヤいていたが、今回は結構長時間装着している。筋電義手も使い勝手が良くなってきた証拠か?  
『再起』(ディック・フランシス、北野寿美枝訳、早川書房、2006)   
左腕に筋電義手を装着している調査員シッド・ハレー物の第4弾。断筆から6年ぶりの「再起」だが、完成度は往年の最盛時の作品群と同じレベルなのには驚いた。著者が85歳とは考えられない出来栄えである。筋電義手に関する翻訳についてもほとんど違和感を覚えなかったが、重箱の隅の老人的視点からいえば、原文は知らないが、40頁の「筋電性の手が付いている」は「筋電型の手先具がついている」に、さらに「……の電極は、本物の腕が終っているあたりの皮膚にくっついている」は「……の電極は、本物の腕が終っているあたりの皮膚に密着している(または接触している)」にした方が誤解が少なくなると思われる。  
ダン・フォーチュン
ニューヨークはチェルシーに住む肩離断の私立探偵。17歳のとき船荷を盗んでいて船倉へ転落。左腕を複雑骨折し離断した。義手はつけていない。
『恐怖の掟』(マイクル・コリンズ、早川書房、1967)
フォーチュンのデビュー作。これによってアメリカ探偵作家クラブ(AWM)の処女長編賞を受賞した。
『真鍮の虹』(マイクル・コリンズ、早川書房、1969)
チンピラやくざの濡れ衣を晴らす話で、通俗的な設定ながら泣かせる。
『ひきがえるの夜』(マイクル・コリンズ、早川書房、1970)
未読。
『黒い風に向って歩け』(マイクル・コリンズ、早川書房、1971)
市長の娘が刺殺された事件を扱う。
『虎の影』(マイクル・コリンズ、早川書房、1972)
未読。
『無言の叫び』(マイクル・コリンズ、早川書房、1973)
未読。
『ブルー・シティ』(マイクル・コリンズ、早川書房、1975)
未読。
『フリーク』(マイクル・コリンズ、東京創元社、1983)
未読だが、評判はいいようだ。
『鮮血色の夢』(マイクル・コリンズ、東京創元社、1976)
未読。仕事で読めれば、もう少し未読が減るのだが……。
その他、短編が4本ほど訳されている。
スロット・マシーン・ケリー
ダン・フォーチュンの原型となった私立探偵。肩離断者。
短編のみ
短編が3本訳されている。
ピーター・ストークス
警備保障会社の主任警備員。前義手は装飾義手のようだ。
『冷たい七面鳥』(ティモシイ・チャイルズ、早川書房、1979)
ベトナム戦争で腕を撃たれる。典型的なネオ・ハードボイルド派の探偵で、現住所はロスアンジェルス。イマイチ魅力が不足している。
J・J・アームズ
両前腕切断者で特殊な義手(詳しいことは不明)を装着。実在の私立探偵。
『私立探偵J・J・アームズ』(J・J・アームズ、講談社、1976)
ノンフィクション。フックの義手によって二点間にはったケーブルを、普通の人なら手の皮が燃えてしまう速度で滑べれるというのだが、いささか眉唾ものだ。
フェリックス・レイター
007シリーズの脇役(前腕切断者?) 海が舞台の作品に登場するが、このシリーズはすべて読んではいるものの、再チェックしていないので、記憶に残っている作品のみを挙げた。
『死ぬのは奴らだ』(イアン・フレミング、早川書房、1954)
鮫に襲われたため、フックの義手を着けていることがわかる。
『サンダーボール作戦』(イアン・フレミング、早川書房、1961)
バハマ諸島が舞台の作品で、映画も面白かった。
『猿の手を持つ悪魔』(セバスチャン・フォークス、佐々木紀子、竹書房、2008)
今作は贋作。元CIAのフェリックス・ライターはシュモクザメに襲われて右腕と右足を失くし、義手・義足を着けている。
片腕のゴルファー(名前は無し)
脇役。肩離断者?
『ペテン師どもに乾杯』(ロビン・ムーア、早川書房、1978)
コンゲーム(詐欺)小説。この男がゴルフで500ヤード!飛ばせるか、賭けをする。どういう手を使ったか?
ジョー・グレアム
脇役。右手が装飾義手である。。面白いのは、ジョーの財布を盗んだ少年に追い付けないと思ったジョーが、自分の義手を腕から引っこ抜き、左手でそれを投げて少年の背中の腎臓付近に当てて、その少年を気絶させていること(義手がこのような武器になるとは知らなかった!)。第1作からは、なぜジョーが切断者になったかは不明。
『ストリート・キッズ』(ドン・ウィンズロウ、東京創元社、1991)
本書は元ストリート・キッドであったニール・ケアリの・シリーズ物第一作。このニールを見い出し、訓練し、探偵に育てる先生で義父のような役割を果たすのがジョーというわけである。出番は少ないが、なかなか印象に残る脇役である。
『仏陀の鏡への道』(ドン・ウィンズロウ、東京創元社、1992)
ニール・ケアリの・シリーズ物の第二作。今回の主要舞台は香港と中国で、時代は文化大革命という設定。相変わらずニールのへらず口が楽しいハードボイルド。ただし、義手をつけ、ニールの先生であり、義父のような役割をするジョー・グレアムは、第一作以上に出番は少ない
クインティリアン・ダルリンプル(クイント・ベル03)
元公安局の上級刑事。人差し指が義指である。原因は不明。
『ボディ・ポリティック』(ポール・ジョンストン、森下賢一訳、徳間書店、1997)
障害が物語に深く係わっているわけではない。この小説の特徴的なことは、2020年頃のエディンバラを舞台にしていることと、社会体制が理想主義的独立都市国家になっていることであろう。異色のミステリーだが、残念ながらそれほど面白いわけではない。
ジャック・ウエスト・ジュニア
人類の危難を救うキャップストーンを捜す小国家連合のオーストラリア代表。前腕義手を着けている。詳しくは書かれていないが、CPUを内臓した高機能義手で、失った左手よりも確実に物を握れるとしている。
『7ワンダーズ』(マシュー・ライリー、飯干京子訳、早川書房、2005)
映画「インディ・ジョーンズ」のような宝探し物語であるとともに、『ダヴィンチ・コード』以上の大風呂敷小説でもある。大人向けにしては雑すぎる。

下肢切断者

トニー・スキャロン
ニューヨーク市警の43歳の警部補。強盗事件の捜査中に脚を撃たれ、下腿切断者となる。
『甦える警官』(ウィリアム・コーニッツ、文芸春秋、1986)
作者は現役の警察官なので、警察活動やニューヨーク市の風俗をリアリティをもって描いている。残念ながら、1996年に亡くなった。
ノラ・カラム
ポーランド系アメリカ人。シカゴ市警の女警部補。ドラッグの手入れの最中に銃弾を受けて、大腿切断者となる。
『黒い鈎の記憶』(トマス・マッコール、ベネッセ、1993)
義足で走ったりする。著者は医者だけに、義足関係の記述も正確である。
『凍てついた軌道』(トマス・マッコール、ベネッセ、1995)
ノラ・シリーズの第二作だが、未読。
サイモン・ジェイムズ
リンリー警部シリーズの脇役。鑑識の専門家で下腿切断者? リンリー・シリーズのすべてに登場するわけではない。
『ふさわしい復讐』(エリザベス・ジョージ、早川書房、1991)
リンリー警部シリーズの第四作だが、内容的には第一作に相当し、リンリーの運転する車の事故でサイモンが脚を切断するなどの事情が明らかになる。
『罪深き絆』(エリザベス・ジョージ、早川書房、1993)
貴族でありながらスコットランド・ヤードの警部であるT・リンリーのシリーズ第6作。彼の友人サイモン(脇役)が義足装着者にすぎないのだが、作品としては優れていて、読みごたえ十分。一冊の分量がどんどん長くなりますが・・・。
『消された子供』(エリザベス・ジョージ、早川書房、1996)
リンリー・シリーズの第8作。この作では彼の友人サイモン(脇役)が装具(ブレース)を付けている。訳者か作者の勘違い?
物語は誘拐物であるが、あいかわらず語り口は巧みで、上下巻もあるという長さを感じさせない出来。意外な犯人、意外な動機もよく考えられている。
澤村田之助
明治時代に実在した天才的な役者。大腿切断者となる。探偵ではなく脇役として登場。かつて神戸で開かれたISPOのポスター(浮世絵)に描かれていた役者がそうである。
『狂乱廿四考』(北森鴻、東京創元社、1995)
脱疸のため切断することになるが、執刀医は横浜のヘボンだそうだ。探偵役は若い女性座付き作者の峰で、時代の雰囲気はよくでている。
ディック・ファレル
第二次大戦中は飛行機乗りであったが、イタリアで墜落。ナチに捕まり、拷問の一環として脚を三度も切断される。現在は大腿義足を装着している。
『怒りの山』(ハモンド・イネス、池央耿訳、早川書房、1950)
ファレルが装着していた義足が情報秘匿に一役買うのだが、正統派冒険小説作家イネスだけに、そのような陰謀小説的話よりは、ヴェスヴィアス山噴火からの脱出劇の方が面白い。義足の描写については特に問題ないようだ。
ヴォルク(アレクセイ・ヴォルゴヴォイ)
元特殊部隊隊員のロシア・マフィア。チェチェン紛争で捕虜となり、拷問の結果、片足を膝下から切断した。チタンとカーボン・ファイバーで作られた下腿義足を装着している。
『狼のゲーム』(ブレント・ゲルフィ、鈴木恵、ランダムハウス講談社、2007)
ヴォルクが、ダ・ヴィンチの幻の名画発見に端を発する事件に巻き込まれて暗躍する物語。シーン描写には見るべきものもあるとはいえ、プロットが安易すぎて盛り上りに欠ける犯罪小説。
クラウス・ディートリヒ警部
義肢(おそらく大腿義足)を着けている。第二次世界大戦で左脚を失ったのだが、戦前のドイツの義肢装具は世界のトップクラスだったので、切断者を捜査担当者に設定したのかもしれない。
『占領都市ベルリン、生贄たちも夢を見る』(ピエール・フライ、長崎出版、2003)
第二次世界大戦直後のベルリンで起きた連続女性殺人事件。ミステリーとしてはそれほど高く評価できないが(クラウスはあまり活躍しないが)、被害者となった女性たちの人生が活き活きと描かれており、小説としては大変面白い。
トマス・フォーサイス英国陸軍近衛歩兵大尉
下腿義足装着者(膝下7インチで切断)。アフガニスタンで路肩爆弾によって右足を吹き飛ばされた。
『衿持』(ディック・フランシス&フェリックス・フランシス、早川書房、2010)
トマスは帰宅休暇で母の実家に戻り、母の窮地を救うという物語。サスペンス豊かな展開で、相変わらず安心して楽しめる。読みやすい翻訳であるが、一点だけ”大腿”と訳すべきところが”上腿”になっていた(原文をチェックしたわけではないが)。
岩永琴子
小学5年生時に行方不明となり、二週間後に発見された時は左足を膝下から切断され、右眼をくりぬかれていた。つまり「一眼一足」の少女となっていた。
『虚構推理 鋼人七瀬』(城平京、講談社、2011)
ミステリー的な面白さは多重解決と『想像力の怪物』を作ったことにあるが、琴子は障害者探偵でありながら、その肉体的欠陥がまったく障害になっていないのには逆にガッカリ。下腿切断者に杖をつかせたり、義足を「医療器具」と表現したりするのは勉強不足か。 
テナント少佐
謎の寡作な作家の唯一の短編集。7作中4作に登場するが義足を装着しているとの記述がある。
『アデスタを吹く冷たい風』(トマス・フラナガン、早川書房、1952)
地中海に面した独裁的な架空の国で、彼は憲兵として国家に使われなければならないが、彼の任務はしばしば良心と違反することになる。それでも悩みながらも見事に事件を解決するところが読みどころ。彼の人生にとって障害はほとんどなんの影響も及ぼしていない点が残念だが。 
チャールズ・ニューマン  
ベター・フューチャー社研究部門の技術者。万力に脚を挟み、その結果大腿切断者となる。
『機械男』(マックス・バリー、文藝春秋、2011)
本書はミステリーではなくSFだが、近未来の義足が登場するのでリストに入れることにした。既存の義足には満足できず、自分で新しい義足<美脚>を製作してしまう。プロッセサを有し、システム制御、データ保存、GPS,Wi−Fi,その他が利用できる。この結果に自信を得たチャールズは自身のさらなるサイボーグ化を決心するのだが……。
私立探偵コーモラン・ストライク
アフガニスタンに従軍中に負傷。本文中には「下腿義足」という単語は明示されていないが、さまざまな描写から下腿切断者であることがわかる。ガールフレンドに追い出されて事務所に寝泊まりする30代の男性。
『カッコウの呼び声』(ロバート・ガルブレイス、講談社、2013)
ハリー・ポッター・シリーズで有名な著者(J・K・ローリング)が別名で書いた初の私立探偵小説。派遣会社からの新規の秘書との共同作業が楽しく描かれている。一般に下腿切断者の活動は普通の人とそれほど変わらないため、障害が探偵行動を制限することはないが、本書では最後の場面で義足探偵らしい格闘を見せるのがユニーク。そうでなくては!
『カイコの紡ぐ嘘』(ロバート・ガルブレイス、講談社、2014)
シリーズの第2作。知られてはいないが、コーモランは有名シンガー、ジョニー・ロークビーの息子。今回彼が扱う仕事は、行方不明になった作家クワインを探すことであったが、なんと彼は腸を抜かれた死体となって見つかったのだ。コーモランは、クワインが書いた小説を手掛かりに、この猟奇殺人事件を捜査するが……。出版界という著者が熟知している世界を小説の舞台に設定しているので、著者の語り口は滑らかで楽しめる。彼の助手ロビン・エラコットの活躍も微笑ましい。ハードではなく、謎解きのあるソフトな私立探偵小説だ。

上肢麻痺者

<名無しのオプ>
自動車事故で手に麻痺が残った元プロ・ゴルファー。
『さよならを言うには早すぎる』(アーサー・メイリング、角川書店、1970)
ピアニストにとって小指の切断が致命的であるように、プロゴルファーにとってもわずかな麻痺が決定的という設定は面白いが、ミステリーとしては平凡。

下肢麻痺者

ジム・クラーク
ダブリンの重大犯罪特捜班の警視。車に仕掛けられた爆薬で右脚がめちゃくちゃになる。当初は切断が検討されたが、神経経路はまずまず無傷だったため切断しなかった。
『氷の刃』(ポール・カースン、真野明裕訳、二見書房、1998)
事件は著名な心臓外科医の娘が殺されたというもので、一種の医学スリラー。それほど面白くはないし、ジムの活躍もたいしたものではない。用心のためアルミ杖を仕込み杖にして、緊急の場合は、四インチの両刃の刃物が飛び出るようになっている。ラストでは、この仕込み杖が生きることになる。
フレッド・カーヴァ
フロリダの私立探偵。膝障害者。
『トロピカル・ヒート』(ジョン・ラッツ、二見書房、1986)
強盗に膝を撃たれて杖に頼る身となって警官をやめる。未読。
『焼殺魔』(ジョン・ラッツ、二見書房、1987)
未読。
ロッケン
元情報部員であるが、ピストルで膝を撃たれ、膝機能障害者となった。
『キラー・エリート』(R・ロスタンド、早川書房、1973)
S・ペキンパー監督によって映画化されたおかげで翻訳が出たような作品。
ダン・マーフィ
主人公は小児麻痺の元大学教授。
『犬橇』(ジョゼ・ジョバンニ、早川書房、1981)
小品なれど、アラスカの犬橇レースの描写が圧巻。ジョバンニとしては異色作か。
本間俊介
警視庁の刑事。膝を射ちぬかれリハビリ中。
『火車』(宮部みゆき、双葉社、199?)
カード地獄を扱ったミステリーで、山本周五郎賞を受賞。宮部みゆきの出世作だが、主人公の障害を持っていることが、物語になんの影響を与えていないのが不満。
荊木歓喜
新宿の裏町に住む医者。中国で鉱山医として働いていたときに、だまされて鉱山に閉じ込められて下肢障害者となる。
『帰去来殺人事件』(山田風太郎、初出?、大和書房、1983)
4本の中編を集めた作品集。昭和20年代の作品なので、探偵役の荊木は「ちんば」と表現されている。
『十三角関係』(山田風太郎、講談社、1956)
昭和20年代の赤線地帯を舞台にした猟奇的殺人事件。いま読むと風俗小説として楽しめる。ただし荊木は障害者探偵として活躍しているわけではない。
モー・プレイガー
ニューヨーク市警の元警官のユダヤ人。警官集合室に落ちていたカーボン紙に足をとられて膝を負傷。杖がないと歩けない状態。
『完全なる四角』(リード・ファレル・コールマン、熊谷千寿、早川書房、2001)
1978年の失職中に、警察時代の友人から、町の有力者の息子の失踪事件の捜査を依頼される。ハードボイルド風探偵ではあるが、障害そのものは、物語に大きく絡んでいるわけではない。
結城中佐
大日本帝国陸軍の上級将校で、諜報員養成学校、すなわち”D機関”を創設した人物。敵国諜報機関の拷問によって左足をひきずり、杖なしでは歩くことができない(ただし偽装の可能性もある)。
『ジョーカー・ゲーム』(柳広司、角川書店、2008)
下肢障害者の結城中佐が陰の主役となる連作短編集。物語は第二次世界大戦前の昭和十年代に設定されているが、スパイ小説というよりは、軽い謎解き小説といった雰囲気がある。
『ダブル・ジョーカー』(柳広司、角川書店、2009)
”D機関”シリーズ2作目。ただし結城中佐は短編集の第一作「ダブル・ジョーカー」の終盤に登場するだけで、残りの短編では通行人程度の登場しかしていない。

車いす使用者(対麻痺者、四肢麻痺者、その他)

鬼警部アイアンサイド
サンフランシスコ市警のとき犯人に銃撃され脊損。現在は市警の嘱託警部という特別な身分で働いている。
『交錯の銃弾』(I・G・ネイマン/W・ミラー、梶龍雄訳、グロービジョン出版、1975)
テレビで人気者になったアイアンサイド(レイモンド・バーが警部役)物の日本独自のノベライゼイション。シリーズ第一作。
『霧に消えた歌声』(S・キャンデル、加納一朗訳、グロービジョン出版、1975)
未読。
『影がささやくとき』(S・スターン、加納一朗訳、グロービジョン出版、1975)
未読。
『殺人予告フィルム』(M・バトラー/C・トランボ、梶龍雄訳、グロービジョン出版、1975)
未読。
『血の罠』(D.ムラレイ、加納一朗訳、グロービジョン出版、1975)
未読。5冊も出ているとは知らなかった。
『鬼警部アイアンサイド』(ジム・トンプスン、尾之上浩司訳、早川書房、1967)
作者がノワール作家のトンプスンというのが最大の驚き。訳者の巻末解説によると、上記の作品群は、日本人作家が本国の脚本を元に小説化したもので、原書の翻訳ではないそうだ。本書のストーリーはトンプスンのオリジナル。実はアイアンサイド物のTV映画は見たことはないのだが、本書を読むと、アイアンサイドは一人のときは電動車いすを操作し、助手がいるときは助手に車いすを押してもらっている。常に手動車いすを使っていると想像していたのだが……。
ジョン・ステファノビッチ
ニューヨーク市警殺人課の警部補。頚損。
『ミッドナイト・クラブ』(ジェームズ・パターソン、講談社、1989)
妻を殺され、自分を障害者にした麻薬王と対決する。もう一冊出たような気がするが……。
キャロリー・フリートウッド
インディアナポリス警察の女性刑事。捜査中の負傷から脊損となる。脇役。
『刑事の誇り』(マイクル・Z・リューイン、早川書房、1982)
主人公のパウダー警部補とのやりとりは泣かせる。もう一冊にチョイ役で出ていたはずである。
ヘンリー・メリヴェール卿
HM卿として有名な探偵。足の親指をくじいたため外部動力付車いすを使用。
『貴婦人として死す』(カーター・ディクスン、早川書房、1943)
この作品では、治療のため一時的に車いすを使用している。ジョイスティック利用の車いすなので、イギリスでは1940年代に電動車いすがあったのかとびっくりしたが、よく読んでみるとエンジン付の動力車いすであった。でも、さすがは福祉先進国イギリスということがよくわかる。ミステリーとしても佳作。なお1953年に発表されたニコラス・ブレイクの『呪われた穴』には本当の電動車いすが登場していた。その頃には実用化されていたのだろう。やはり英国は福祉機器の先進国だ。訳書では「電動椅子」となっているが……。
ジャネット・ミラー
60歳だが、10年前から四肢麻痺。まばたきだけが外界との唯一のコミュニケーション手段となっている。
短編「眼」または「じっと見ている」(ウィリアム・アイリッシュ、『自殺室』(早川書房)または『アイリッシュ短編集3』(東京創元社)に収録)
モールス符号を使っているわけではありません。
マシュー・ホープ
 フロリダ州カルーサに住む弁護士。ホープはシリーズの初めから障害者探偵であったのではなく、下記作品の冒頭で二発の銃弾に撃たれ、意識不明の重体となった。裏表紙には”ミステリ史上初の昏睡探偵”と書かれているが、これは大袈裟すぎるといえようか。というのも、確かに最後までホープは昏睡したままではあるが、謎を解くといった探偵としての働きはなにもしていないからである。
『小さな娘がいた』(エド・マクベイン、長野きよみ訳、早川書房、1994)
マシュー・シリーズ物の11作め。物語は、誰がホープを撃ったかという謎を、ホープの仲間が捜査するというもので、それなりにまとまっている。撃たれた後でホープが多少とも活躍するなら、堂々とこのリストに載せられたのに……。
エリーズ・アンドリオリ
爆弾テロにより、指がわずかに動くだけという全身麻痺の上に、視力も発声力も失ってしまった36歳の女性。ただし聴力だけは正常。
『森の死神』(ブリジット・オベール、香川由利子訳、早川書房、1996)
物語は、エリーズが介護者や隣人の話を聞いているうちに、近所で起きた猟奇的連続殺人事件に巻き込まれていくというもの。一人称の物語はサスペンスに溢れているが、全身麻痺にしては下半身にも皮膚感覚があったり、目が見えなくても電動車いすに乗って大活躍したりと、リハビリ関係の知識はちょっとイイカゲンである。もっとも主人公の損傷がどのようなものであるかを文中にきちんと書いてはいないが。
『雪の死神』(ブリジット・オベール、香川由利子訳、早川書房、2000)
全身麻痺のエリーズが活躍する『森の死神』の続編。二年後の事件である。エリーズは手術によって左手はほせるし、触覚も戻っている。とはいえ、目は見えないし、喋ることもできない。その彼女が再び連続殺人者に狙われるという話。
重度の障害者が狙われるのだからハラハラ、ドキドキ度は高く、それなりに楽しめる。ただし視覚障害者であるエリーズが電動車椅子を自分で操作するというのは、無理もいいところだが……。
サラ・オーランド
突然の発作で全身が麻痺し、寝たきりの生活。ただしまばたきで自分の意思を示すことは可能となった老嬢。
『ささやく壁』(パトリシア・カーロン、扶桑社ミステリー、1969)
壁づたいに聞こえてくる階下の話し声から、殺人を計画していることをしったサラ。だが、それをうまく伝えることができない! というサスペンス小説。
リンカーン・ライム
元ニューヨーク市警の科学捜査本部長。崩れ落ちたオーク材の梁が首にあたり頚損(C4)となる。首から上と左手の薬指だけが動かせる。呼気スイッチ入力の電動車椅子を使用している。史上最強の四肢麻痺探偵。
『ボーン・コレクター』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、1997)
連続殺人鬼ボーンコレクターとの知的な戦いを描いた謎解きミステリー。映画化され評判にもなった。
『コフィン・ダンサー』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、1998)
ライム・シリーズの第ニ弾。神出鬼没の殺し屋コフィン・ダンサーに証人を消されてしまうか、その前にライムが彼を捕まえられるか、というサスペンス豊かな作品。第ニ作のライムの方がポジティブに生きていて、好感がもてる。
『エンプティー・チェア』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、2000)
リンカーン・ライムが活躍するシリーズの第三弾。ライムは神経の接続を多少とも良くしようと南部の病院を訪ねた。だが、田舎町の保安官の要請を受け、連続誘拐事件の捜査に協力することになる。実際はライムの助手アメリア・サックスが大活躍する。
三作目ともなるとシリーズ物はマンネリになりやすいが、舞台を南部に変えたり、助手を活躍させたりして変化を持たせ、これまでの水準を保っているのは立派。二転、三転する終盤の意外性は、さすがはディーバーと呼べる出来である。
『石の猿』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、2001)
頚損(C4)のリンカーン・ライムが活躍するシリーズの第四弾。舞台は再びニューヨーク市のマンハッタン島で、中国人の殺し屋、蛇頭の”ゴースト”との対決を描いている。
プロットが実によく練られている。主の物語は、ライムとゴーストのどちらがマンハッタン島に隠れている中国難民を先に見つけるかであるが、それだけでもサスペンス豊かなのに、ゴーストは誰かという謎もあり、大いに楽しめる。
ライムは<インヴァケア>の赤い電動車いすを使用している。指はわずかに動くので、シップ・アンド・パフ方式の入力ではなく、タッチパネル方式(?)を利用している。パソコンのカーソル移動やECS(環境制御装置)の操作は音声制御で行なっている。より有効な福祉機器を使っているのがわかる。
『魔術師イリュージョニスト』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、2003)
頚損(C4)のリンカーン・ライムが活躍するシリーズの第5弾。奇術師の連続殺人者と対決する話。ルパンや怪人二十面相を彷彿させる犯人をライムらが追跡する話は、それなりに展開がスピーディで楽しめるが、しょせん犯人が奇術師(早い段階で明らかにされる)となると”何でもアリ”と思ってしまい、イマイチ興趣が盛り上がらない。とはいえ佳作であることは間違いないが……
ライムの身体的状況は前作と同じ。わずかに動く左手の薬指を利用してMKIVのタッチパッドを経由して電動車いすを操作している。ECS(環境制御装置)の操作は音声制御で行なっている。
『クリスマス・プレゼント』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子他訳、文藝春秋、2003)
短編集だが、お馴染みの頚損(C4)探偵リンカーン・ライムが登場する一編「クリスマス・プレゼント」が入っている。短編においても<騙り>の技術は一流で、「ジョナサンがいない」や「三角関係」には完全に騙されてしまった。
『12番目のカード』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋、2005)
お馴染み頚損(C4)探偵リンカーン・ライムが登場するシリーズの第6作。ライムの日常生活にそう大きな変化はないが、変わったことはリハビリにFES(機能的電気刺激)のエルゴメータを利用していることだろう。これは故クリストファー・リーヴ(スーパーマンを演じた俳優)に倣って選択したものだそうだが、その成果は結末に描かれている。プロットは意外性の連続で、物語は大いに楽しめる。
『ウォッチメイカー』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋社、2006)
お馴染み頚損(C4)探偵リンカーン・ライムが登場するシリーズの第7作。音声認識装置でさまざまな機器に指令を与え、タッチ・パッド式のコントローラを持つ真っ赤なストーム・アローの電動車いすを操作している。捜査はライム一人ではなく、チーム・ライムと呼ぶのが相応しいような集団で行なっている。物語はウォッチ・メイカーと名乗る連続殺人者が現れ、それをチーム・ライムが阻止できるかどうかという展開となるが、サスペンスフルな語り口、終盤の逆転に次ぐ逆転というプロットは、相変わらず素晴らしい。   
『ポーカー・レッスン』(ジェフリー・ディーヴァー、文藝春秋、2006)
二転、三転、四転するような短編ばかりを集めた短編集だが、なかに頚損(C4)のリンカーン・ライムが登場する「ロカールの原理」という作品が一本含まれている。
『スリーピング・ドール』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋社、2007)
主人公は、『ウオッチメイカー』でリンカーン・ライムを助けたキャサリン・ダンス(カリフォルニア州捜査局捜査官)。彼女は人間の所作や表情を読み解く「キネシクス」分析の専門家で障害者ではないが、ライムは通行人役的にワンシーンに登場するのでリストアップした。内容は逃亡と追跡のサスペンスだが、プロットの捻りや意外性はライム・シリーズと同じで楽しめる。   
『ソウル・コレクター』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋社、2008)   
シリーズ第8作。音声認識技術を用いた環境制御装置を利用しているのは前作(『ウォッチメイカー』)と同じだが、電動車いすはリクライニング付きの<インヴァケアTDX>に替えている。物語はライムのいとこが殺人罪で逮捕されたが、冤罪らしいということでライムとその仲間たちが捜査を開始する。著者の狙いはコンピュータ利用の監視社会の恐ろしさを訴えている点にあるが、サスペンスフルな語り口や二転三転するプロットはこれまでと同じで素晴らしい。
『バーニング・ワイヤー』(ジェフリー・ディーヴァー、池田真紀子訳、文藝春秋社、2010)
シリーズ9作目の作品。送電システムを乗っ取る正体不明の犯人と対決する話だが、相変わらず面白い。ライムは厳しいエクササイズと物理療法を続けた結果、複数の指と片方の手の自由をいくらか取り戻している。そして事件落着後には、運命を信じて脊損センターでワイヤーとコンピューターチップの埋め込み手術を受け、頭や肩の動きを利用して、右腕を持ち上げ、肘を曲げ、手首をひねることもできるようになったのは喜ばしい。
『ゴースト・スナイパー』(ジェフリー・ディーヴァー、文藝春秋、2013)
シリーズ10作目。手術の結果、前作よりライムの右腕と右手はほぼ自由に動かすことができるようになった。音声認識ソフトを利用しなくともiPhoneを操作できるまでになっている。その分普通の障害者探偵になったということだが、それでもFESで下肢筋肉の訓練は欠かしていない。ミステリーのプロットとしては、公的機関に所属しているらしい謎の殺し屋を一定時間内に探さなければならないというもので、二転、三転する設定は相変わらず巧みだ。ただしライムの個人技よりは、完全にチーム・ライムとして活躍する方が光っている。
『スキン・コレクター』(ジェフリー・ディーヴァー、文藝春秋、2014)
シリーズ11作目。本作のライムは、いつの間にか車いすのアームにセットしたノートを無理なくページをめくれるように機能が改善されている。もはや普通の安楽いす探偵と実質的には同じ。事件は、腹部に謎めいた文字を刺青された女性の死体が見つかったこと。死因は、毒薬で刺青されたためであった。本書の面白さは、犯人の狙いが何なのかをライムが推理する終盤にあり、結論が三転、四転していく。宿敵「ウオッチ・メーカー」が、なんだかモリアーティ教授や怪人二十面相のようになってくのはご愛嬌か。
ジュスタン・デュクロ
パリの司法警察局に勤務していた元警視。車椅子での生活を余儀なくされている。原因は不明。
短編「モンマルトルの歌姫」(ジョルジュ・シムノン、ジャーロ創刊号、光文社)
シムノン全集の25巻目に付録でついていたもので、珍しいという以上の価値はない。
シリアック・スキナー・グレイ博士
高名な物理学者。ロッククライミングの最中に転落して背骨を折る。以後は車いす生活だが、その車いすは手動・電動両用で、自分で発明した複雑な装置をつけている。例えば肘掛にあるボタンを押せば、お酒の蛇口や葉巻入れが出てくる。
短編「袋の水」(アーサー・ポージス、ミステリマガジン(HMM)1966.1(No.121)、早川書房)
雑誌に掲載されただけである。あと二編「電話魔」(HMM1966。12)と「見えない金庫」(MHH1967.12)が訳されている。
エミール・デラコート  
元奇術師で本編の語り手。水槽からの脱出術を演じているときに脳溢血になり、現在は病状が進んで植物人間になっている。しかし脳は正常に活動していて、目の前で演じられた事件の詳細を覚えている。  
『奇術師の密室』(リチャード・マシスン、本間有訳、扶桑社、1994)
正確には障害者探偵ではなく、障害者の目撃者が登場するミステリーだが、おまけでリストアップした。ハッタリ満載の、いかにもマシスンらしい作品。 
ハンネ・ヴィルヘルムセン  
第1作から第7作までのハンネは健常者女性警部(当初は警部補)であったが、8作目の本書ではクリスマス直後に銃で撃たれて警察を辞めて、下半身不随で車椅子利用の障害者になった。  
『ホテル1222』(アンネ・ホルト、枇谷玲子訳、東京創元社、2007)
オスロ発の列車がトンネル内で脱線。乗客は吹雪の中「ホテル1222」に避難するが、そこは外から隔絶された密閉空間であった。クリスティの『そして誰もいなくなった』のような設定。
岩井信一
重度のCPの少年。元々は仁木悦子さんの『青じろい季節』に登場した通行人的な脇役だったが、それを天童氏が名探偵にした。
『遠きに目ありて』(天藤真、大和書房、1981)
「多すぎる証人」、「宙を飛ぶ死」、「出口のない街」、「見えない白い手」、「完全な不在」の5本からなる短編集。一種の安楽椅子探偵物である。
橋本千晶
車いす利用の美少女。
『多摩湖畔殺人事件』(内田康夫、光文社 19??)
千晶の父親が殺された事件だが、資料が行方不明につき、詳細は不明。
『少女像は泣かなかった』(内田康夫、中央公論社、1988)
表題作の他に、「 越天楽がきこえる」、「ドクターブライダル」、「踏まれたすみれ」を含む短編集。
青砥五郎
病名は不明だが、言語不自由・手足不自由で死を待つばかりの重度の患者。
『おやじに捧げる葬送曲』(多岐川恭、講談社、1984)
物語は「おれ」が「おやじさん」と呼ばれる青砥に語りかける形式で進行する。「おやじさん」は最初はわずかな声や手指の動きで、末期には目の動きで最少限度の意思表示をする。一種の変形ベッド・ディテクティヴ探偵。事件は結構複雑で、一風変わった宝石泥棒と殺人事件を扱っている。小説作法は斬新だが、成功とは言い難いミステリー。
相馬克己
31歳。頭部外傷で、ほとんど絶望視されたが、”奇跡の人”として蘇る。
『奇跡の人』(真保裕一、角川書店、1997)
相馬は、8年振りに会社に勤めるほどに回復したが、すでに母親は亡く、家には過去の資料も残っていなかった。そして自分には記憶がない。はたして自分は誰なのか? というアイデンティティを求めて、相馬は調査を開始する。厳密にはミステリーとは言いがたいが、著者は江戸川乱歩賞授賞作家。脳死状態の男がリハビリを受けて社会復帰するまでが詳しい取材に基づいて巧みに書かれている。
熊谷斗志八
言葉に刺を感じるため”車椅子の熊ん蜂”と呼ばれる車椅子探偵。医療事故で下半身が麻痺して車椅子生活を余儀なくされているが、詳細は説明されていない。三十歳前で、ブルーのカラーコンタクトをしている。車椅子には電動ユニットが追加されている手動でも電動でも動くものを使用している。
『レイニー・レイニー・ブルー』(柄刀一著、光文社、2004)
本格ミステリーの連作短編集。障害者の心理や福祉機器の描き方は妥当だが、”人工装具”という専門語はない。文脈から考えて”義肢装具”の間違いであろう。
香月玄太郎
脳梗塞で倒れ、手術・リハビリ後に車いす生活が可能となった高齢者(72歳)。それまでは香月地所の社長だった。
『要介護探偵の事件簿』(中山七里、宝島社、2011)
著者は『さよならドビュッシー』でこのミス大賞を受賞している。その作品の冒頭に香月玄太郎はちょっとだけ登場する。本書はそのスピンアウトした探偵の連作短編集。典型的な障害者探偵といってよく、障害者関連の情報もそれなりに(表面的ながら)書き込まれている。ただし脳梗塞患者が自走式の車いすを使うという設定には、違和感を抱いてしまう。
篠川栞子
主人公は北鎌倉駅前にある古書店の店長。父親の死亡後に家業を継いだ20代の若い女性。本の虫で、美貌の上に巨乳の持ち主だが、男性とのコミュニケーションはあまり上手くない。石段から誰かに押されて足を骨折。脊髄も損傷した疑いがあり、病院でリハビリを行っている。
『ビブリア古書堂の事件手帳〜栞子さんと奇妙な客人たち〜』(三上延、メディアワークス、2011)
持ち込まれた古本から、古本に隠れた事件や謎を解き明かす。一種のベッド・デテクティブ型探偵と考えてよい。連作短編集だが、各短編が相互に関連していて長編として読める。ライトノベルの文庫だが、本好きには結構楽しめる。ベストセラーとなりシリーズ化されているが、二作め以降は、運動機能はほぼ正常に戻っているので、本リストには入れていない。
権藤
経営者だが、脊髄腫瘍のため神経が圧迫され、下肢と左手の麻痺が進行して車いす生活をしている。
『復活するはわれにあり』(山田正紀、双葉社、2013)
物語は、その権藤が東シナ海の海上石油基地の紛争を解決してほしいと依頼される未来型(SF的?)冒険小説。興味深いのは権藤が使用する車いす。ジャイロ・センサーとコンピュータ姿勢制御回路が組み込まれた最新鋭の「サイボイド」というハイテク電動車いすで、音声入力はもとより、ヘッドセットを使えば脳波対応となる。

視覚障害者

マックス・カラドス
森の中で乗馬中、小枝がはね返り、それが目に当たって失明。独身で天才的な探偵。シャーロック・ホームズのライバルたちの一人。
『マックス・カラドスの事件簿』(アーネスト・ブラマ、東京創元社、1914)
翻訳は日本独自に編まれたもの。
ダンカン・マクレイン
第一次世界大戦中、情報将校として活動中に事故にあい失明。(詳細は不明)
『指はよくみる』(ベイナード・ケンドリック、早川書房、1945)
カラドスに刺激を受けて生まれた探偵。こちらも天才的な探偵ながら、カラドスのような異常能力はない。
『暗闇の鬼ごっこ』(ベイナード・ケンドリック、熊木信太郎訳、論創社、1943)
シリーズの2冊めの翻訳。大金持ちで特に仕事をする必要はないが、ニューヨーク市警察の依頼で、経営破綻した信託基金の元経営者が、オフィスで謎の転落死を遂げた事件を扱うことになる。障害者探偵が活躍するといっても、殺人方法のトリックで読ませる謎解き小説だ。
ジャック・ハーレック
ハリウッドの元音響技師。映画撮影中の事故で失明。
『音の手がかり』(デイヴィッド・ローン、新潮社、1990)
姪が誘拐された事件で、犯人側から掛かってきた電話の音を分析して、居場所を割出す推理が圧巻。
『音に向って撃て』(デイヴィッド・ローン、新潮社、1992)
前作の犯人が脱獄し、ジャックの恋人デブラを誘拐した! 筆力はあるがプロットが弱い。
『復讐の残響』(デイヴィッド・ローン、新潮社、1995)
シリーズ第三作。未読。
説教師(名無し)
ベトナム帰りのプロのポーカー・プレーヤー。片目が義眼。
『片目の説教師』(テッド・サクリー・ジュニア、早川書房、1988)
一種のコンゲーム小説であるが、ハードボイルド小説としても楽しめる。
ドーヴァー
元は海軍のテストパイロット。スペースシャトルのフライトデッキで酸素が爆発し、ガラスの破片で左目を負傷。義眼をつける。
『宇宙戦闘機アルファ・バグ』(E・M・モリス、新潮社、1986)
義眼に超小型カメラを仕込み、ソ連に潜入するという話。サイボーク人間に近いか。
マーク・レンズラー
2Aジェンツの二塁手であったが、左目に死球を受けて引退。私立探偵となる。
『死球』(ポール・エングルマン、扶桑社、1983)
未読。
『天使が逃げた』(ポール・エングルマン、扶桑社、1986)
未読。
『永久追放』(ポール・エングルマン、扶桑社、1987)
未読。
サー・ジョン・フィールディング
実在の治安判事サー・ジョン・フィールディング(1722−80)。彼は盲目の判事ながら、実質的にはロンドン最初の警察隊である”ボウ街の捕り手”を組織した人物として英国では有名。異母兄が『トム・ジョーンズ』を書いたヘンリー・フィールディングとしても知られている。ローレンス・ノーフォークの奇書『ジョン・ランプリエールの辞書』(東京創元社)にもチョイ役で登場する。
『グッドホープ邸の殺人』(ブルース・アレグザンダー、近藤麻里子訳、早川書房、1994)
実在の人物が探偵となるが、物語は実話ではなく、サー・ジョンの手となり足となって活躍するジェレミー少年の目を通して語られる。ミステリーの謎はたいしたことはないが、語り口は滑らかで楽しめる。有名作家が覆面で書いたとも言われている。
『グラブ街の殺人』(ブルース・アレグザンダー、近藤麻里子訳、早川書房、1995)
シリーズの二冊目。グラブ街の出版業者一家が惨殺された事件を扱っている。謎解きの面白さは少なく、時代小説として多少楽しめる程度。なおサー・ジョンは事件解決後に結婚する。
デュランス大佐
主人公ハリー・フィーバーシャムの友人で、エジプトの砂漠で従軍中に視神経を冒されて失明する。中途失明者の脇役。
『四枚の羽根』(A・E・W・メイスン、小学館、1902)
百年近く前に英国で出版された古い本だが、1997年の今年「地球人ライブラリー」シリーズの一巻として翻訳された。著者は『矢の家』などの探偵小説で有名な作家であるが、本書は探偵小説ではなく、冒険ロマンス小説である。
 物語の主題は、主人公ハリーが”卑怯者”の汚名をはらすことと、ハリーと彼の元婚約者、デュランス大佐との三角関係をいかに解決するかにあり、これはこれで面白い小説になっている。百年近くもイギリスで読み継がれてきたのも納得できる。
 デュランス大佐は失明してから、かえって人間の心理を深く理解できるようになるのだが、次のような文章などは泣かせるものがある。
 「デュランスは眼が見えなくなった今、以前よりはるかに見えるようになっていた」
スティーヴ・クレイン
題名に”片目”とあり(カバーには黒い眼帯をした主人公が描かれていて)、表紙の紹介文に”隻眼の敏腕探偵”とあるので、てっきり視覚障害者探偵と思ったが、本文を読むと、朝鮮戦争で左目を傷め、医者の勧めで左目を休ませるために眼帯を使っていて、運転中や緊急の場合は眼帯がなくても差し支えないそうだ。そのような病気があるのかよくわからない。眼病のある私立探偵。
『片目の追跡者』(モリス・ハーシュマン、三浦亜紀訳、論創社、1964)
物語は、同僚の私立探偵が失踪した事件を追うもので、プロットに新味はないが、真面目な(?)ハードボイルド物である。しかし、この障害(?)がクレインの心理・行動に影響をほとんど与えていないようだ。
霊導師能城あや子
能城あや子は全盲で難聴の障害者(火薬の誤爆が原因)という設定で,補聴器は眼鏡型のものを使用している。
『ザ・チーム』(井上夢一著、集英社、2006)
霊導師能城あや子が、彼女のマネージャーや調査員らと秘かにチームを組んで、テレビ番組の中で「霊視」を行ない、過去の事件の真相や不思議な現象の真実を次から次へと暴き出す連作短編ミステリー。実はインチキ霊導者なのだが、結果として相談者の利益にかなうというプロットがユニークだ。
田浦二郎
天才的な勘と計算力をもつ異色の盲人運転補助者(ナビゲータ)
『カーラリー殺人事件』(石沢英太郎、光文社、1973)
カーラリーなど、いまでも流行っているのだろうか? ストーリーはさっぱり思い出せない。
冴(お冴様)
南町奉行所定廻り同心門奈弥之助の一人娘冴が探偵役となる捕物帖。二歳の時疱瘡が目に入ったために失明したそうで、現在は一六歳。門奈の手先、わらびや清五郎の下っ引き富蔵から事件の詳細を聞いただけで、即座に鮮やかな謎解きをする。
『修羅の夏 江戸冴富蔵捕者暦』(新庄節美著、東京創元社、2004)
長めの短編三本から構成されている。安楽椅子探偵の変種といってよく、謎解きミステリーとしてはそこそこ面白いが、視覚障害が物語に深く係っているわけではない。幕末当時の時代色はあまり感じられない。
桐山拓郎
盲目の元プロボクサー。右目が網膜剥離の診断を受けるが、無理を承知で試合に出場し、ついにチャンピオンになるものの、両眼の視力を失う。珍しい視覚障害者のハードボイルド探偵(?)。
『梟の拳』(香納諒一著、講談社、1995)
桐山はいまではテレビ・タレントになっているが、チャリティ番組出演中に待ち合わせ部屋で死体を見つけて……、という巻き込まれ型ミステリー。物語はそこそこ面白いが、視覚障害者探偵は本格ミステリーならともかく、ハードボイルドのような行動型ミステリーには無理が目立ってしまう。意欲はかえるが。
塙保己一
江戸時代に実在した人物。『群書類従』を編纂したことで有名。本書の説明では、七つのときに患った眼病で視力を失う。中編集が三冊でているが、探偵として活躍するのではなく、名前を貸しただけのような内容。むしろ太田南畝の方が活躍する。
『塙保己一推理帖 観音参りの女』(中津文彦著、光文社、2002)
「観音参りの女」、「五月雨の香り」、「亥ノ子の誘拐」の3本からなる。ミステリーというより、19世紀初頭の江戸時代の風俗を楽しむ時代小説。
『移り香の秘密 塙保己一推理帖』(中津文彦著、光文社、2006)
「移り香の秘密」、「三番富の悲劇」、「枕絵の陥し穴」の3本からなる。
『つるべ心中の怪 塙保己一推理帖』(中津文彦著、光文社、2008)
「つるべ心中の怪」、「赤とんぼ北の空」、「夏の宵、砕け星」の3本からなる。
御陵(みささぎ)みかげ
隻眼(左眼が義眼)の少女(17歳)。母娘二代の女性障害者探偵で、水干と呼ばれる牛若丸が着ていたような古風な装束で初登場する。
『隻眼の少女』(麻耶雄嵩、文藝春秋、2010)
物語は信州の鄙びた琴乃湯で起きた連続殺人事件。新本格ミステリー作家の旗手の手になるだけに、謎解き小説としては巧妙な仕掛けがあって(障害者探偵の必然性もあって)感心した。ただし言うだけ野暮だが、リアリティは全くなく、推理ゲームとしての評価である。
アリーナ・グレゴリエフ(物理療法士)
視覚障害者の謎の女性で、新聞記者の主人公を助けて活躍する。彼女は三歳の時に事故で失明した。
『アイ・コレクター』(セバスチャン・フィツェック、早川書房、2010)
著者はドイツ人で、著者あとがきを読むと、多くの視覚障害者から情報を収集して彼女を創造しただけに、彼女の心理・行動の描写には不自然さは感じられない。本書は、子どもを誘拐して母親を殺し、制限時間内に父親が子どもを探し出せないと、その子どもは目を抉られて殺される、という事件を扱った意外性に富んだサスペンス小説。
花輪正一という盲学校の先生
19歳のとき現像液が目に入ったことによる眼底出血で全盲になる。
『吉野賛十探偵小説選』(吉野賛十、論創社、2013)
鮎川哲也の『幻の探偵作家を求めて』で紹介された著者の初めてのハードカバー。長らく盲学校の教師をしていた関係か、ほとんどの短編が視覚障害者を主人公にしている。主として1950年代に書かれた作品だが、「鼻」「顔」「耳」「指」「声」「不整形」「五万円の小切手」「走狗」の8編がある。ミステリーとしては平凡な出来だが、作者が盲学校の教師だけあって、盲人の心理や行動の描写はさすがに納得できる。
全盲の視覚障害者、村上和久(69歳)
村上は敗戦後中国の難民収容所での栄養失調が遠因か、41歳の時に失明した。娘一人と孫娘一人がいるが、孫娘は腎不全で現在人工透析を受けている。本作だけの素人探偵。
『闇に香る嘘』(下村敦史、講談社、2014)
第60回江戸川乱歩賞受賞作。和久の兄は中国残留孤児として日本に帰ってきて母と共同生活しているが、生体肝移植の検査を拒否したことから、本当の兄か疑問を持つ。「液体プローブ」という補装具が有効に利用されている。ミステリーとしてのプロットは、ラストでいろいろな謎が反転してうまく収まるもので、意外性に富んでいる。
自動車事故による外傷で全盲になった川田勇(35歳)。
以前は週刊誌の記者。現在はPCソフト「スクリーン・リーダ」を駆使して、インターネット上のまとめサイト「魔と眼」を運営している。
『ブラインド探偵(アイ)』(米田京、実業之日本社、2015)
第11回北区内田康夫ミステリー文学賞特別賞受賞作「諦めない気持ち」を含む連作短編集。第一作では川田の住むアパート大家夫妻の不審死を解決する。著者自身が糖尿病性緑内障による中途失明者だけに、川田の言動にはリアリティがある上に興味深い。視覚障害者用の最新機器情報にも触れていて参考になるが、ミステリーの基本といえる、謎の設定と解明に魅力がないのが残念なところ。

聴覚障害者

ドルリイ・レーン
ミステリー史上屈指の名探偵。元シェイクスピア役者。晩年になって聴力を完全に喪失した。ただし異常な能力を発揮して読唇術を完全にマスターしている。
『Xの悲劇』(エラリイ・クイーン、東京創元社他、1932)
レーン初登場の作品。海外では『Yの悲劇』より評価が高い。
『Yの悲劇』(エラリイ・クイーン、東京創元社他、1932)
ベストテンの投票では、何故か日本ではもっとも評価の高い作品。登場人物の一人に重度の重複障害者がいるのも興味深い。
『Zの悲劇』(エラリイ・クイーン、東京創元社他、1932)
再読してないので、内容を覚えていない! 確か語り手が若い女性になっていると思うのだが……。
『レーン最後の事件』(エラリイ・クイーン、東京創元社他、1932)
文字通り最後の事件となるのか?
テディ・キャレラ
87分署シリーズの主人公といってよいスティーヴ・キャレラの妻。美人で双子の子供がいるが、先天の聾唖。そのためスティーヴとの会話場面には、手話、TDDなどのコミュニケーション手段がよく出てくる。もちろん探偵ではないが、名脇役の一人。テディの登場する作品は1作しか挙げていないが(時間がなくチェックできませんでした)、ついでに障害者がよく登場する作品も挙げてみた。
『ハートの刺青』(エド・マクベイン、早川書房、1957)
確かキャレラと知りあうことになる作品。
『電話魔』(エド・マクベイン、早川書房、1960)
死んだ耳の男(デフマン)、つまり聴覚障害者の犯罪者が初めて登場する作品。キャレラの宿敵といってよい。以後、何回も登場する。
『死者の夢』(エド・マクベイン、早川書房、1977)
無抵抗の盲人ばかりが犠牲者となる連続殺人事件を扱っている。アメリカの読者ベストテンで第1位の作品。
コナー・ウェストファル
カリフォルニア州の田舎町の新聞発行者兼記者。4歳の時髄膜炎にかかり、両耳がほとんど聞こえなくなった。
『死体は訴える』(ペニー・ワーナー、早川書房、1997)
1998年のマカヴィティ賞最優秀処女長編賞受賞作。まあまあ楽しめるコージー・ミステリー。興味深いのはこんな田舎町にもTTY(テレタイプライター)が普及していて、聴覚障害者のコナーが利用していることである。
西麻里子
高校二年生。小学校の高学年から健聴者の子供と同じ一般の学校に通っている。補聴器をつけている。
『鍵』(乃南アサ、講談社、1992)
満員電車の中で麻里子のカバンに鍵が入れられていたことから始まるミステリー。まあまあ楽しめる。
『窓』(乃南アサ、講談社、1996)
『鍵』の続編だが、未読。
ジャック・デュラニー
放送作家。ボクシングの練習中、むきになった相手のパンチが耳にあたり、片耳の聴覚を失う。このため一生軍務につくことができなくなった。
『深夜特別放送』(ジョン・ダニング、早川書房、2001)
1942年というラジオの黄金時代を舞台にした作品。障害のために苦労するのは物語りの導入部だけで(立派な体格なのに軍服を着てないことを酔っ払いにからまれて喧嘩になり、止めようとした警官に抵抗したため捕まる)、その後のメインの物語にはいっさい影響しない。ミステリーとしてはイマイチだが、当時のラジオ局の様子が興味深く描写されている。
イヴ・レオーネ
耳の不自由な(先天性の聾の)少女。イヴは探偵というわけではない。貧困家庭に生れて、聾学校に入学し、十代でカメラに興味を示し、恋人もでき、次第に自立していく。
『音もなく少女は』(ボストン・テラン、文藝春秋、2004)
第一作『神は銃弾』は”このミス”のトップになったこともありリストに入れたが、狭い意味のミステリーではなく、本作は犯罪を背景に扱った普通小説に近い。一気に読めるリーダビリティはあるが、”力は正義なり”というアメリカ流解決はやはり個人的には好きになれない。

内部障害者

テリ―・マッケイレブ
元FBI捜査官。心臓移植を受け、40代にして早期引退している。
『わが心臓の痛み』(マイクル・コナリー、古沢嘉通訳、扶桑社、1997)
著者のコナリーはボッシュ・シリーズ物で有名だが、本作は非ボッシュ物。自分へ心臓を提供してくれた女性の事件に立ち向かうという設定のミステリーで、充実している。不満をいえば、心臓移植という障害が、捜査を行う上でほとんど障害となっていない点であろう。
『夜より暗き闇』(マイクル・コナリー、古沢嘉通訳、講談社、2001)
『わが心臓の痛み』に初登場した元FBI心理分析官テリー・マッケイレブの再登場作品。テリーは心臓移植者で、前作はそのことが重要な意味をもっていた。本事件はその3年後に起きたもので、テリーは「毎日54錠の薬を飲みながら」生活している。とはいえ実際の行動は、その障害による制限はほとんど受けていない。なお本作には著者のシリーズ・キャラクター、ハリー・ボッシュも主役として活躍する(つまりハリーとテリーは同等の活躍をする)。語り口は相変わらず絶妙で、一気に読んでしまう。
『天使と罪の街』(マイクル・コナリー、古沢嘉通訳、講談社、2004)
ロス市警の元刑事ボッシュ・シリーズの第10作目だが、今回はテリー・マケイレブは脇役。登場するといっても、冒頭から亡くなっており、テリーの謎の死をボッシュが解くというのがメインの話。テリーは、心臓移植者として全米平均生存期間より長い6年あまりを生きたそうだ。

その他

『警鐘』(リー・チャイルド、小林宏明訳、講談社、1999)  
主人公リーチャーと対決する人物が義手を着けているのだが、例外的に取り上げてみた。というのも本書の「それは手ではなかった。光る金属のフックだった。袖口から外へ突き出ていた。義手ではなく補助器具で、大文字のJの形をしたただのフック」(P65-66)という訳文に引っかかったから。原文を見てないので勝手な推測だが、この文章は、能動義手の手先具がハンド型(普通の手の形状をしている)ではなくフック型であったということではないか。つまり手先がハンド型でないと訳すべきを、つい「手ではなかった」とか「義手ではなく」と誤訳したのだろう。  
『マン嬢は死にました。彼女からよろしくとのこと』(ヘルムート・ツェンカー、上松美和子訳、水声社、1990)  
訳題も変わっているが、オーストリア人の書いた珍しいミステリー。現代ウィーン・ミステリー・シリーズの一冊として出版された。ドイツ語圏ではオーストリアはミステリーが盛んな国だそうだが、本書はミニー・マンという女性私立探偵が登場するシリーズ物の第4弾。
このミニー・マンが身体障害者なのだが、シリーズ第一作ではないので、詳しいことは書かれていない。22歳で、身長は120セン。右足が数センチ短いためか、松葉杖を常用している。ただしキャデラックを運転するなど、探偵活動に身体障害が悪影響することはほとんどないようだ。むしろ松葉杖は大きな武器になっている。
内容はウィーンを舞台にした女性私立探偵物で、22歳で大学生という若さにもかかわらず、売春などの裏社会にも精通しているというミニーの魅力で読ませる内容で、プロットは平板。珍しさが最大の取り柄か。
『静寂の叫び』(ジェフリー・ディーヴァー、飛田野裕子訳、早川書房、1996)
脱獄囚が聾学校のスクールバスを乗っ取り、中にいた先生二人、生徒六人を人質にして、廃屋となっている近くの食肉解体工場に立てこもった。はたして人質を無事救出できるか? というサスペンスに満ちたミステリーである。
主人公は人質救出作戦を担当するFBIのアーサー・ポターだが、人質となった聾者の先生(正式には教育実習生)メラニー・キャロルがヒロインとして活躍する。
 本書で興味深いのはアメリカ聾社会の現状が詳しく書かれていることであろう。ミステリーからでも教わることは多いのです。(でも、仕事中に読んだわけではありません。念のため)。
『合わせ鏡の迷宮』(愛川晶・美唄清斗著、東京創元社、1996)
鮎川哲也賞授賞作家愛川氏と全盲のミステリー作家美唄氏との合作作品。短編2本、エッセイ2本、合作の中編1本からなっているが、このうち愛川氏の短編「詐欺の白い杖」と二人の合作中編「合わせ鏡」に視覚障害者が登場する。
 作品としては「詐欺の白い杖」の方が面白い。まあ、題名から予想できるのでちょっと書いてしまうと、これは視覚障害者が詐欺師(?)として活躍するという意表をついた設定になっている。
『魔術師の物語』(デイヴィッド・ハント、高野裕美子訳、新潮社、1997)
主人公ケイ・ファロウは全色盲、つまり色の識別ができない。全米でも五千人いるかどうかという珍しい病気の持ち主だが、写真家として活躍している。物語は連続猟奇殺人事件を扱っているが、ミステリーとしては平板。
『白昼夢』(マイクル・スチュアート、早川書房、1983)
四肢麻痺者が主人公。探偵ではない。ちょっと変わった幻想小説。映画化された。注目すべきは介護猿が登場することで、私はこの作品で初めて介護猿の存在を知った。
短編「義足をつけた犬」(『見えない死』(コーネル・ウールリッチ、新樹社、日本で独自に編まれた短編集、1999)
犬が木製の義足を付けている点と、事件に巻き込まれるのが全盲の老人である点で、このリストに載せるに値する短編。結構面白い。
『セカンドエンジェル 血の黙示録』(フィリップ・カー、徳間書店、1998)
SF的設定のミステリー。銀行を襲う仲間の一人が義手をつけている。未来が舞台なので、この義手は直結型の義手という設定である。幻肢を使うのは禁じ手だと思うのだが……。
『憎悪の果実』(スティーヴン・グリーンリーフ、早川書房、1999)
タナー・シリーズの一冊。タナーが障害者探偵というのではなく、被害者が先天性の身体障害者というもの。
『硝煙のトランザム』(ロブ・ライアン、鈴木恵訳、文藝春秋、2001)
主役ではなく、脇役に障害者探偵が登場する。車椅子利用のアーニー・シェパード(アルコール煙草火器取締局捜査官)と義足のロイ・クロック(国務省特別捜査官)で、二人ともヴァージニア州にある連邦職員用のマーガレット・ヘンリー連邦リハビリテーション・センターで訓練中の連邦職員。ふとしたきっかけで、誘拐された子供を探すために≪紳士同盟≫ならぬ≪障害者同盟≫を結成して、犯人を見つけ出す。
物語は中途半端な冒険小説という感じで、筆力はあるものの、魅力的な登場人物がいないのが弱点か。
『閉じた本』(ギルバート・アデア、青木純子訳、東京創元社、1999)
ほとんど主役二人の会話だけでなりたっているサスペンス小説。主役の一人はブッカー賞を受賞したという偉大な作家サー・ポール。しかしポールは交通事故で顔に大怪我をして眼球を失っている視覚障害者のため、ポールの目となって働いてくれる口述筆記用助手を募集したのだ。青年ライダーはポールの面接を受け、助手となるが……。
純文学系の作家の手になる作品だからか、結末がミステリーとしては平凡なのが残念なところ。
『スパイズ・ライフ』(ヘンリー・ポーター、二宮馨訳、新潮社、2001)
冒険スパイ小説の秀作。ただし主人公が障害者というわけではなく、脇役の若者トマス・ラースが、まぶたの開閉が唯一のコミュニケーション手段という人間(銃弾で脳幹を損傷したため)に設定されているので採り上げた。そのような障害のため、トマスは「額と両耳の後ろに電極を取りつけ」て、「脳内の電流を計測」し、「考えるだけで光の点をスクリーン上方に動かして」、文章やメールを作成したり、インターネットから情報を入手したりしている。脳波利用のPC入力装置と思われるが、トマスがコンピュータの専門家とはいえ、これほど調子よく利用はできないであろう。もちろん、こう指摘したからといって、本書の面白さが減じるものではないが。
『蜘蛛の巣(上下)』(ピーター・トレメイン、甲斐萬里江訳、東京創元社、1997)
7世紀中葉の古代アイルランドを舞台にした修道女フィデルマが活躍するシリーズ物の一冊。ここで取り上げたのは、フィデルマが障害者探偵というわけではなく、重要容疑者が三重苦(視覚・聴覚・発声に障害がある)の青年であること。健常者とのコミュニケーションは指点字のように掌に古代アイルランドのオガム文字を記すことによって行う。この時代、ブレホン法という法律が施行されていたそうだが、これが障害者や高齢者に優しい法律であることには驚かされる。もちろん時代ミステリーとしても一級で、カドフェル修道士シリーズのように数多く訳されてほしいものである。
『グッナイ、スリーピーヘッド』(マーク・ビリンガム、三木基子訳、白艪舎、2001)
主人公は警部で一種の警察小説だが、障害者探偵が登場するわけではない。とはいえ本リストに入れたのは、動脈を圧迫されて全身麻痺となった被害者が登場するからである。その患者が入院中に使うコミュニケーション装置は、黒板にA−Zを二行に書き、健常者がレーザー・ポインターで文字を照射・走査し、患者の瞬きで文字を確定するというもの。つまり文字板を手動で走査するという原始的なものだが、最初に使われるのはそんなものだろう。きちんと取材して書いたように思われる。
『外人部隊』上下(ダグラス・ボイド、伊達奎訳、東京創元社、1992)
明確な主人公ではないが、主要登場人物の一人が下肢障害者なのでリストアップした。フランス外人部隊の大尉ラウル・デュヴァリエで、ディエン・ビエン・フーの戦い(1954年)で生き埋めになり、膝下の損傷で歩行困難となる。対麻痺ではないので、その後の手術とリハビリで多少は歩けるようになるが、通常は手動車いすを使っている。物語は宝探しの冒険小説で、面白さはイマイチ。テクニカル・タームの間違いとしては、理学療法士を「物理療法士」と訳している。
『怪人エルキュールの数奇な愛の物語』(カール=ヨーハン・ヴァルグレン、立石光子訳、ランダムハウス講談社、2002)
ミステリーではないが、主人公が名探偵ポアロと同じ”エルキュール”という名前であり、内容も愛と復讐の物語というエンタテイメント色の強い作品であるため、一応含めることにした。主人公エルキュール・バルフスは聾唖なうえに、腕から先がなく全身いたるところに瘤やら腫瘍やらで覆われた身体障害者だが、人の心を読んだり、人の心に直に話したりできる特殊な能力を持っている。19世紀初頭の生れだが、同じ娼館で生れたヘンリエッテを生涯愛し、彼女をいたぶり、殺した男たちに復讐する。エルキュールの知性と純粋性に圧倒されてしまう。スウェーデンのベストセラー小説だそうだ。
『18秒の遺言』(ジョージ・D・シューマン、上野元美、ヴィレッジブックス、2006)
5歳のとき頭蓋骨骨折で脳を損傷し、脳性盲となった女性シェリー・ムーアが主人公。視神経は正常で、大脳皮質のなんらかの異常で目が見えないのだが、死者の手を握ると、その人が死ぬまでの18秒間が見えるという超能力の持ち主で、アメリカのフィラデルフィア在住。その超能力を生かして、ニュージャーシー州の田舎で起きた連続女性誘拐事件を解決しようとする。主人公の設定は魅力的だが、警察小説としては警察の捜査は杜撰だし、犯人の設定も安易で残念。
『解錠師』(スティーヴ・ハミルトン、早川書房、2011)
主人公マイクルは8歳の時、ある事件が原因で言葉を一切発しなくなった。心因性失声症とも心的外傷による喉頭麻痺とも言われている。その後伯父に育てられたが、解錠の天才であることがわかり、十代の後半にプロの金庫破りに弟子入りして一人前になる。いわばアンチ・ヒーローなのだが、マイクルの恋愛が瑞々しく描かれていることと、解錠に対する細部描写が素晴らしく、青春ミステリーとして楽しめる。
『チューダー王朝弁護士シャードレイク』(C・J・サンソム、集英社、2003)
探偵役の弁護士マシュー・シャードレイクは5歳の時から亀背(胸椎後湾症)になり、現在(30代半ばの独身)に至っている。一種の身体障害者で、そのことに劣等感を持っていたが、それを逆バネにしてロンドンで弁護士となった。やがてクロムウェル卿の配下に入り、1537年の初冬、スカーンシアの修道院で起きた殺人事件の調査を命じられる。謎解きは平凡だが、リアリティのある描写は歴史風俗ミステリーとして楽しめるし、意外な結末にも驚かされる。
『真夜中のタランテラ』(麻見和史、東京創元社、2008)
主人公は障害者探偵ではないが、被害者が「義足のダンサー」として有名な女性舞踏家で、素人探偵を演じる香坂徹が義肢装具士(しかも国立の義肢装具士養成校を卒業した!)なので特別にリストに載せた。義肢に関する情報はかなり含まれているものの、本格ミステリーとして成功しているとは思えないし、肝心の「スマート義足」の説明も多少あいまいで、イメージがわきにくい。

連絡先

 リストはまだ不完全です。特に国内物には、かなりの抜けがありそうです。漏れている探偵がありましたら、ぜひここにご連絡ください。