邦題 『水車場の秘密』
原作者 マージェリー・アリンガム
原題 Sweet Danger(1933)
訳者 村崎敏郎
出版社 宝石社(別冊宝石68号)
出版年 1957/7/16
面白度 ★★★
主人公 私立探偵アルバート・キャンピオン。本事件時は32歳。角ぶちの眼鏡をかけている。後の作品で結婚を申し込むことになるアマンダ・フィットンと知り合う。
事件 キャンピオンと彼の仲間は、英国のサフォーク州ポンティスブライトに向かった。そこには水車場をもつフィットン家が住んでいるのだが、最近暴漢に侵入されていた。彼らは遺産問題に結びつく宝冠や羊皮紙を狙っていたらしい。キャンピオンらは謎の銘文からそれらを探すが……。
背景 アリンガムというと風俗ミステリーというイメージが強いが、本作は宝捜し物のスリラー。キャンピオンは主人公とはいえ、大活躍するほどではない。多少軽薄で、スノップも鼻につく(初期のピーター卿に似ている!)。ただしヒロインは好感がもてるし、後半のサスペンスはなかなかのもの。
2007年12月に『甘美なる危険』(小林晋訳、新樹社)として完訳が出た(2008.1.17)。

邦題 『手をやく捜査網』
原作者 マージェリー・アリンガム
原題 Police at the Funeral(1931)
訳者 鈴木幸夫
出版社 六興出版部
出版年 1957/12/20
面白度 ★★
主人公 シリーズ探偵のアルバート・キャンピオン。本編では職業的冒険家を自称している。事件捜査の公式担当者はロンドン警視庁警部のスタニスラス・オーツ。
事件 ケンブリッジに住むアンドルー・シーリーは、朝の礼拝に出席後、行方不明となった。そして12日後、シーリーは手足を縛られたまま、至近距離から射殺された状態で発見された。自殺か他殺か? 事件関係者の依頼で、キャンピオンは捜査に首を突っ込むことになった。
背景 翻訳の順番は逆になったが、原書では『水車場の秘密』の前作となる作品。前作は冒険スリラーだが、今回は謎解き小説。ただし謎は平凡で、謎解き小説として見るべきものは少ない。大叔母や若い女性の人物造形は相変わらず魅力的ではあるが。

邦題 『裏切りへの道』
原作者 エリック・アンブラー
原題 Cause for Alarm(1938)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1957/12/15
面白度 ★★★★
主人公 イギリス人の若い工業技師ニコラス(ニッキー)・マーロウ。
事件 ニッキーは、第二次大戦勃発直前、イタリア政府に軍需物資を供給するイギリスの会社に雇われて、ミラノ支店のマネジャーとしてミラノに赴任した。彼は知らなかったのだが、彼の先任者は何者かによって轢殺されていたのだ。やがてニッキーのまわりにも不審なことが起こり始めた。どうやら婚約者に出した手紙が秘かに開封されていたのである。何故か?
背景 傑作『あるスパイへの墓碑銘』と『デミトリオスの棺』の間に位置する作品。つまり著者の創作意欲がもっとも盛んであった時のもので、前記2冊には劣るとはいえ、佳作であることは間違いない。前半の巻き込まれ型スパイ小説はやや平凡だが、終盤の冒険小説的展開は迫力がある。

邦題 『ハムレット復讐せよ』
原作者 マイケル・イネス
原題 Hamlet Revenge!(1937)
訳者 成田成寿
出版社 早川書房
出版年 1957/5/31
面白度 ★★★
主人公 アプルビイ警部首相直々の要請で急遽現場に向い、関係者への尋問を開始する。
事件 物語の設定は、英国の伝統的な謎解きミステリーによくあるもの。つまり舞台は英国貴族の大邸宅で、名士を集めて行われていた劇「ハムレット」の上演中にポローニアス役の大法官が舞台裏で射殺されてしまったのだ。謎の予告状もあった。スパイの影も見える!
背景 正統的な探偵小説。トリックを含めて全体的に平板な印象は拭えないが、イネスらしい上品なユーモアと教養を感じさせる語り口は捨て難い。ただし、後年の作品のようなイネスの独自性が確立されている、とは言えないようだ。なお1997年には、国書刊行会より探偵小説全集の一冊として、読みやすい新訳(滝口達也訳で同題)が出版されている。

邦題 『世界短編傑作集一』
原作者 江戸川乱歩編
原題 独自の編集
訳者  
出版社 東京創元社
出版年 1957/4/30
面白度 ★★★★★
主人公 定評のある短編を二巻に分けて編んだ傑作集。本巻は12本を含む。英国産は7本。
事件 順に列挙すると、「安全マッチ」(A・チェホフ)、「十三号独房の問題」(J・フットレル)、「放心家組合」(R・バー)、「赤い絹のスカーフ」(M・ルブラン)、「奇妙な跡」(B・グロルラー)、「ズームドルフ事件」(M・D・ポウスト)、「ギルバート・マレル卿の画」(V・L・ホワイトチャーチ)、「茶の葉」(ジェプスン&ユーステス)、「偶然の審判」(A・バークリー)、「密室の行者」(R・A・ノックス)、「ボーダー・ライン事件」(M・アリンガム)、「二壜のソース」(L・ダンセニイ)である。
背景 かなりの短編がいろいろなアンソロジーに収録されている傑作揃いだ。特に「十三号独房の問題」や「二壜のソース」を読んだ時の衝撃は、今でも記憶に新しい。

邦題 『世界短編傑作集二』
原作者 江戸川乱歩編
原題 独自の編集
訳者  
出版社 東京創元社
出版年 1957/9/10
面白度 ★★★★★
主人公 本書には12本の短編が収録されている。英国産は8本である。
事件 順に列挙すると、「殺人者」(E・ヘミングウェイ)、「夜鶯荘」(A・クリスティー)、「三死人」(E・フィルポッツ)、「スペエドという男」(D・ハメット)、「気狂いティー・パーティ」(E・クイーン)、「オッターモール氏の手」(T・バーク)、「疑惑」(D・L・セイヤーズ)、「銀の仮面」(H・ウォルポール)、「黄色いなめくじ」(H・C・ベイリー)、「見知らぬ部屋の犯罪」(J・D・カー)、「クリスマスに帰る」(J・コリア)、「爪」(W・アイリッシュ)である。
背景 「夜鶯荘」や「銀の仮面」、「爪」にはビックリした。なお第三巻も出たが、米国産が多いのでリストには入れていない。また後年文庫入りした際は、一部入れ替えて4巻本になったようだ。

邦題 『怪奇小説傑作集1』
原作者 江戸川乱歩編
原題 独自の編集
訳者 平井呈一
出版社 東京創元社
出版年 1957/8/20
面白度 ★★★
主人公 比較的古い怪奇短編が9本収録されている。世界大ロマン全集第24巻。
事件 収録作はB・リットン「幽霊屋敷」(伯父の遺産で貰った屋敷に行ってみると……)、H・ジェイムズ「エドマンド・オーム卿」、M・R・ジェイムズ「ポインター氏の日録」(古本の中の布切れが……)、W・W・ジェイコブズ「猿の手」(あまりに有名な作品)、A・マッケン「パンの大神」、E・F・ベンスン「いも虫」(イタリアの別荘を借りると、夜中にいも虫が……)、A・ブラックウッド「秘書奇譚」、W・F・ハーヴィー「炎天」(石屋の墓碑銘に自分の名前が……)、H・P・ラヴクラフト「アウトサイダー」の9本。
背景 1969年に本書を元に『怪奇小説傑作集1 英米編』が出たが、最後の「アウトサイダー」がレ・ファニュの「緑茶」に入れ替わっただけである。古典的な作品が並んでいる。

邦題 『憑かれた死』
原作者 J・B・オサリヴァン
原題 I Die Possessed(1953)
訳者 田中小実昌
出版社 早川書房
出版年 1957/2/15
面白度 ★★
主人公 シリーズ・キャラクターは私立探偵スティーヴ・シルク。元はヘビイ級のボクサーとして有望株であったが、暴力団による見せ掛けの交通事故で、片肺を失って私立探偵となる。ただし本作の主人公は、事件の被害者で、コラムニストのピーター・パイパー。
事件 ピーターは何者かに背後から銃殺された。ピーターは幽霊となって犯人探しを始めるが、ピーターの妻もシルクに捜査を依頼し……。
背景 著者は本邦初紹介の作家だが、アイルランド生まれで現在ダブリンに住んでいるそうなので、英国作家に含めた。事件の展開や語り口は通俗ハードボイルド風なのだが、幽霊の視点や結末の処理方法などに、英国作家らしい皮肉さを感じる。ただ幽霊とは、安易過ぎる。

邦題 『バトラー弁護に立つ』
原作者 ジョン・ディクスン・カー
原題 Patrick Butler for the Defense(1956)
訳者 橋本福夫
出版社 早川書房
出版年 1957/5/15
面白度 ★★
主人公 法廷弁護士パトリック・バトラー。
事件 霧が立ちこめる11月のロンドン。とある法律事務所では副所長のヒュー・プランティスが許婚から「例えば霧の中からトルコの王様が現れて……」とからかわれていた。ところが本当にトルコ帽を被った男が登場したのだ。男は「あなたの手袋が原因です。助けてくれないと」と言っていたが、なんと密室状況の部屋で刺し殺されてしまった。犯人は? そして方法は?
背景 バトラーは『疑惑の影』に初登場し、本作は二度目。ただし前作ではフェル博士に協力を仰いでいるので、単独で事件を解決するのは今回が初。フェル博士の小型版といった人物だが、ファルス味も頭の切れ味もイマイチ。トリックも日本人には理解しにくいのは減点材料だ。

邦題 『アラビアン・ナイト殺人事件』
原作者 ジョン・ディクスン・カー
原題 The Arabian Nights Murder(1936)
訳者 森郁夫
出版社 早川書房
出版年 1957/11/30
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのギデオン・フェル博士。それにジョン・カラザーズ警部、ディヴィッド・ハドリー警視、ハーバート・アームストロング卿(副総監)の三人が推理を披露する。
事件 ある夏の夜、ロンドンの博物館を巡回中の警官は、フロックコートにトップハットの男が塀を乗り越えようとしているのに遭遇した。そこで警官は止めようとして取っ組み合いになったが、いつのまにかその男が消えてしまったのだ。そして博物館内には死体が……。
背景 謎解きミステリーとしては大長編。これほど長いのはクイーンの『ギリシャ棺の謎』しか知らない。一つの事件を四人の視点で叙述・推理するために重なりがあり、それが冗長に感じる。例によって、カーのファルスは私の肌には合わない。盲点を突いたトリックはサスガだが。

邦題 『髑髏城』
原作者 ジョン・ディクスン・カー
原題 Castle Skull(1931)
訳者 宇野利泰
出版社 東京創元社
出版年 1957/7/5
面白度
主人公 パリの名探偵アンリ・バンコラン。ベルリン警察のフォン・アルンハイム男爵がライバル。
事件 稀代の魔術師が、ライン川沿いに建つ髑髏城を手に入れ、幻想の城に改修した。しかし城主はライン川に変死体となって浮かび、後を継いだ俳優は、全身が火に包まれながら城壁から転落するという事件が続発した。真相を究明するためにバンコランは現地に赴くが、フォン・アルンハイム男爵と捜査争い、推理合戦をすることになる。
背景 世界ロマン全集版はパスし、2年後に出た文庫で読んだ。期待していただけに、落胆度も大きかったのだろう。最低の評価になっている。髑髏城を中心にした怪奇趣味には辟易した。二人の推理合戦もクダラナイ。本作品の悪い印象は、結構尾を引いたようだ。

邦題 『ヒルダよ眠れ』
原作者 アンドリュウ・ガーヴ
原題 No Tears for Hilda(1950)
訳者 福島正実
出版社 早川書房
出版年 1957/2/15
面白度 ★★★★
主人公 公務員のランバート。事件の調査は元戦友のマックス。
事件 ジョージが夜帰宅すると、妻のヒルダはガス・オーヴンに頭を突っ込んで死んでいた。だが死因は後頭部を殴打されたもので、アリバイのないジョージは容疑者となった。さらに娘の入院先の病院の看護婦との恋仲も判明し、ついに逮捕されてしまったのだ。だが遥々ドイツから来たマックスの調査から、娘の精神病の原因がヒルダにあることがわかり……。
背景 一種の悪女物であるが、ヒルダの悪女振りの描き方は、それほど鋭くはない。むしろ平凡な男が事件に巻き込まれ、はたして真犯人が見つかるのかというサスペンスや、男女の恋愛の方が楽しめる。著者の第1作だけに、新鮮な驚きはあるものの、欠点も目に付く。
2008年に新訳(宇佐川晶子訳)が早川ミステリ文庫から出た。

邦題 『道の果て』
原作者 アンドリュウ・ガーヴ
原題 The End of the Track(1956)
訳者 北村太郎
出版社 早川書房
出版年 1957/7/31
面白度 ★★★
主人公 南イングランドの営林署長ピーター・マロリー。妻リンダとの間に二人の息子と養女のアンの合計三人の子供がいる。
事件 刑務所の教誨師と名乗る男がマロリー家に来た。ところがその男は養女アンの秘密をバラすと脅迫してきたのだ。口止め料は二千ポンド。マロリーは密かに警察に相談するが、警察の対応は万全ではなく、脅迫者は再びマロリーを脅し始めた。彼は独力での解決を決心するが……。
背景 ポケミスで二百頁にも満たない小品。ただし著者の特徴はよく出ている。信頼できる主人公らの設定、巧みな自然描写、サスペンスフルな語り口などなど。これに考え抜かれたプロットがあれば”鬼に金棒”なのだが、脅迫者の企ても、マロリーの反撃計画も、かなり安易なのが弱点。

邦題 『第ニの男』
原作者 エドワード・グリアスン
原題 The Second Man(1956)
訳者 福田恆存・中村保男
出版社 東京創元社
出版年 1957/9/10
面白度 ★★★★
主人公 語り手は弁護士のミカエル・アーヴィン。事件担当者は女弁護士マリオン・ケリソン。
事件 ヘスケス法律事務所にマリオンが勤めることになり、モーズリー事件の弁護を担当することになった。この事件は金持ちの老嬢モーズリーが殺され、その甥が逮捕されたというもの。目撃者もあり、不利な材料が多かったが、マリオンは彼の無実を信じていた。相手の検事は第一人者であったが、彼女は善戦し、さらに”第二の男”という新しい謎にも挑戦していく。
背景 当時の評判作を数多く紹介した現代推理小説全集の一冊。法廷ミステリーで、2回の裁判場面が圧巻。それほど推理小説にこだわっていないようだが、最後に犯人が割れるところにトリックが仕掛けられていて楽しめる。イギリスにはまだまだ、未知の推小作家がいるようだ。

邦題 『五匹の子豚』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Five Little Pigs(1942)
訳者 桑原千恵子
出版社 早川書房
出版年 1957/1/31
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 ある日ポアロは、うら若い女性カーラから、母の事件の再調査を依頼された。彼女の母は16年前に夫殺しの犯人として捕まり、裁判の結果処刑されたのだ。カーラは親戚の養女になって、この度結婚することになり、母の昔の資料を見て驚いた。母は自分の無実を主張していたからである。この話にほだされたポアロは再調査を約束し、まずは当時の弁護士を訪ねることにした。
背景 クリスティが晩年得意とした過去の事件を解決するというプロットを最初に(?)使った作品。弁護士を訪問し、徐々に事件の全体像を浮かび上がらせる。ついで容疑者を訪ねて訊問し、最終章でドンデン返しをする。会話が巧みなので、途中でも飽きることもない。うまいものである。

邦題 『メソポタミアの殺人』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Murder in Mesopotamia(1936)
訳者 高橋豊
出版社 早川書房
出版年 1957/2/28
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。事件の語り手は看護婦のエィミー・レザラン。
事件 アメリカ考古学界の権威レイドナー博士の一行は、アッシリアの遺跡を発掘調査していた。ロンドンで看護婦をしていたエィミーは、レイドナー博士の妻が病身であったため、彼女の付添いとして調査隊に参加したのだ。しかし彼女は、すぐに調査隊に異様な雰囲気が漂っているのに気づいた。そしてレイドナー博士の妻が不可解な死を遂げたのであった。
背景 クリスティのニ度目の夫マックス・マローワンはメソポタミア考古学が専門。クリスティも発掘調査を何度も経験している。その経験を生かして書かれたミステリー。ちょっと気の利いたトリックを組合せて、秀作を作り上げてしまう手腕には、毎度のことながら感心する。

邦題 『もの言えぬ証人』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Dumb Witness(1937)
訳者 加島祥造
出版社 早川書房
出版年 1957/3/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。久しぶりにヘイスティングズ大尉が登場する。
事件 マーケット・ベイジングに住む老嬢のエミリイが亡くなった。70歳を越えていたのでさほど意外とは思われなかったが、街の人々を驚かせたのは、巨額な遺産が、甥や姪ではなく、一介のコンパニオンに贈られていたことだった。それから2ヶ月後、エミリイからポアロに手紙が届いた。死の半月前に書かれていた! ポアロは密かに調査を開始した。
背景 珍しい毒薬を使ったミステリー。事件の導入部がうまい。メインの事件は、殺人の起こる終盤まで訊問だけで展開していくので、さすがに中だるみがある。でもそこにさり気ない伏線を張っているのはサスガ。クリスティの好きな犬が登場するが、それほどの活躍はしていない。平均作。

邦題 『NかMか』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 N or M ?(1941)
訳者 赤嶺弥生
出版社 早川書房
出版年 1957/3/31
面白度 ★★
主人公 前情報局局員トミーベレズフォードとその妻タペンス・ベレズフォード。
事件 第二次大戦が勃発した。ベレズフォード夫妻もなにか仕事がしたかった。そんなとき情報局のグラントから、”N or M”というドイツのスパイ二人が「サン・スゥスィ」荘にいるらしいので、見つけてほしいと依頼された。夫妻は別人になりすまして、かの地に潜入するが……。
背景 アンブラーやグリーンのスパイ小説の後に読むと、明らかに一時代前の”外套と短剣”時代のスパイ小説という印象を持つ。クリスティは冒険スリラーとして本書を書いたのであろう。『秘密機関』の最後で結婚した二人が、中年になっても活躍しているのをみるだけでも、ファンにはうれしい贈物だ(なお結婚後の活躍は『二人で探偵を』という短編集に含まれている)。

邦題 『ねじれた家』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Crooked House(1949)
訳者 田村隆一
出版社 早川書房
出版年 1957/4/30
面白度 ★★★★
主人公 外交官のチャールズ・ヘイワード。父親はロンドン警視庁の副総監。
事件 チャールズは久しぶりに東洋の任地からロンドンへ帰ってきた。恋人ソフィアに会うのが目的だったが、夕刊を見て驚いた。ソフィアの祖父の死亡広告が出ていたのだ。祖父は莫大な財産を残して、毒殺されたという。状況から考えて、内部の者の犯行らしかった。人間関係が複雑な”ねじれた家”で起きた殺人事件だったが、やがて第ニの事件が……。
背景 クリスティ得意の童謡殺人を扱っている。クリスティ自身のお気に入りの一冊。実は評論などから犯人を知って本作を読んだのであるが(意外な犯人で結構有名な作品なので)、伏線が巧みに張られていることがよくわかった。動機にいささか難点があるが。

邦題 『ポアロのクリスマス』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Hercule Poirot's Christmas(1938)
訳者 村上啓夫
出版社 早川書房
出版年 1957/6/30
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 クリスマスが近づいた。ゴーストン館にも、主人シメオン・リーに招待されてスペインからきた孫娘を始めとして、多くの親戚が集っていた。しかし一同が集ったとき、シメオンは遺言書を書きかえると宣言した。その上、ダイアモンドが盗まれる事件も起きて警視が呼ばれたりしたが、なんと、その日シメオンは殺されてしまったのだ。
背景 クリスティの献辞がいい。「もっと血にまみれた、思いきり凶暴な殺人」を書いたというのだ。遺産問題を巡る典型的な謎解きミステリーだが、ステレオタイプな作品ではない。執事の視力をチェックする有名なミスディレクションのシーンもある。クリスティ中期の傑作。

邦題 『死との約束』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Appointment with Death(1938)
訳者 高橋豊
出版社 早川書房
出版年 1957/7/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 イスラエルに所用で来ていたポアロは、偶然ホテルの窓から漏れ出てきた言葉に耳を傾けた。「いいかい、どうしても彼女を殺してしまわなきゃならないんだよ」と。そしてペトラを訪問していたボイントン一家の女主人ポイントン夫人が殺される事件が起きたことから、ポアロは、彼女とはボイントン夫人ではないかと疑うのだった。
背景 中近東を舞台にしたミステリーの一冊。ボイントン夫人という嫌われ者を悪役にしている点では、ちょっとした異色作。アクの強いのはいいのだが、そのような人物を存在感あるものとして納得させるだけの筆力は少し足りないようだ。トリックは巧妙で、意外な犯人には驚いたが。

邦題 『杉の柩』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Sad Cypress(1940)
訳者 恩田三保子
出版社 早川書房
出版年 1957/8/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 お金持ちのローラ・ウェルマン未亡人には姪のエリノアと義甥のロディーしか親戚はいなかった。二人は幼馴染みで、将来結婚すると思われていたが、そこにウェルマン家の門番の娘メアリイが現れたのだ。ロディーは密かにメアリイに惹かれる。そしてローラが亡くなって遺産がすべてエリノアのもとになったある日、エリノアと食卓をともにしたメアリイは毒殺されたのだ。
背景 トリックだけを取り出せば、医学的専門知識を必要とするものだが、伏線がさりげなく張ってあるのはサスガといえる。つるバラにはトゲがない、とは勉強になる。ポアロは後半から登場。本作あたりから、クリスティ作品にロマンス物の要素が増えてきたことがわかる。

邦題 『ひらいたトランプ』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Cards on the Table(1936)
訳者 加島祥造
出版社 早川書房
出版年 1957/9/15
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。その他にバトル警視や探偵小説作家のアリアドニ・オリヴァ夫人、レイス大佐といったレギュラー陣も登場する。
事件 金持ちの犯罪研究家シャイタナの趣味は変わっていた。社会に潜んでいる犯罪者を警察より先に見つけだし、密かに罰をあたえることだった。そしてその日、ブリッジをするためにシャタイナ家に8人ほどが集ったが、ブリッジ中にシャタイナは刺し殺されたのだ。
背景 心理的捜査方法で犯人を見つけるという謎解きミステリー。容疑者は4人ながら、誰が犯人だかわからなくするテクニックに長けている。うまいものである。ただし物的証拠はなく、心理的証拠のみで推理する方法の限界も見える。オリヴァ夫人のキャラクターはユニーク。

邦題 『ナイルに死す』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Death on the Nile(1937)
訳者 脇矢徹
出版社 早川書房
出版年 1957/10/31
面白度 ★★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 大金持ちの若い女性リネットのもとに、彼女の友人ジャクリーヌとその婚約者サイモンが就職の相談に来た。それから半年後、サイモンはリネットと結婚し、新婚旅行でエジプトを訪れた。ジャクリーヌも復讐のためにエジプトへ。アスワンからの船旅にはポアロやりネット、サイモンなど多くの人が乗り込んだが、船の中でリネットが殺された。容疑はジャクリーヌにかかるが……。
背景 クリスティの自作に似た例があるにもかかわらず、このトリックにも完全に騙された。脱帽である。映画にもなったが、映画で説明されると一段と納得がいく。ただ乗船客(容疑者)が多すぎて、多少わかりずらいところがあるのが瑕疵か。旅行ミステリーの傑作。

邦題 『殺人は容易だ』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Murder Is Easy(1939)
訳者 高橋豊
出版社 早川書房
出版年 1957/10/31
面白度 ★★★
主人公 バトル警視も登場するが、物語の主役は、元植民地駐在警察官のルーク・フィッツウィリアムと週刊紙の社長イースターフィールド卿の秘書ブリジェット・コンウェイ。
事件 ルークは何年ぶりかでイギリスに帰ってきた。恩給がついて退職し、悠悠自適な生活が可能になったのだ。だが彼は列車内で知り合った老嬢から、彼女の村ではよく殺人が起こるという話を聞いた。ところがその老嬢が亡くなったのだ。彼は老嬢のいたウィッチウット町に入り込んだ。
背景 良く言えば、クリスティの手慣れた作品。会話が多くて読みやすいし、登場人物が多くても描き分けられているので、そう混乱することはない。犯人の意外性もある。でも被害者はいかにも被害者向きの老嬢。類型的人物ばかりで、小説の面白さはあまり感じられない。

邦題 『満潮に乗って』
原作者 アガサ・クリスティー
原題 Taken at the Flood(1948)
訳者 恩地三保子
出版社 早川書房
出版年 1957/12/15
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのエルキュール・ポアロ。
事件 リン・マーチモントは今の生活にあきあきしていた。自由な人生に憧れていた。そんなときデイヴィッドに出会い、リンは彼に惹かれるのだった。一方、百万長者のリンの叔父ゴートンが亡くなり、遺産はすべて若い未亡人に残された。親戚には不満がくすぶっていたものの、未亡人には前夫が生きているとの情報が流れ、イノック・アーデンと名乗る男が殺される事件が起きたのだ。
背景 またまたクリスティに痺れた。遺産を巡るミステリーという点では、傑作『葬儀を終えて』を生み出すための前哨として書かれた作品。スリラー的色彩が多少濃いが、意外な犯人は大きな驚きである。当時の状況でのみ可能な物理的トリックを使用しているのが弱点か。

邦題 『金蝿』
原作者 エドマンド・クリスピン
原題 The Case of the Gilded Fly(1944)
訳者 加納秀夫
出版社 早川書房
出版年 1957/12/31
面白度 ★★★
主人公 オックスフォード大学教授のジャーヴァス・フェン。
事件 オックスフォード大学セント・クルストファ学寮のフェンの部屋には、フェンと妻ドリー、新聞記者、警察署長、劇作家の5人がいた。彼らは、フェンの同僚の幽霊話を聞いていたのだが、そのとき一発の銃声が轟いたのだ。驚いた彼らが現場に駆けつけてみると、被害者は、この学寮に一足先に遊びに来ていた女優であった。額の真ん中を撃たれて!
背景 クリスピンの第一作。カーに心酔していたらしい著者の特徴は出ている。ファースというか、ブラック・ユーモアというか、つまり笑いが物語の中で生きている。この点では、すでにカーを上回っているほどである。ただし謎は平凡で、到底カーを凌駕していなかった。

邦題 『恐怖からの逃走』
原作者 A・J・クローニン
原題 Escape from Fear(1954)
訳者 竹内道之助
出版社 三笠書房
出版年 1957/4/
面白度 ★★★
主人公 アメリカ青年ハーカー。
事件 第二次大戦終了直後のオーストリア。商用でソ連占領地区に入ったハーカーは、ふとしたことから、スパイ活動容疑で秘密警察に追われる美しい女性マドレーヌを助けることになった。二人は非常線を突破して逃げるが、秘密警察の追跡も厳しい。やがて二人に愛が芽生え――。
背景 典型的な冒険小説といってよい。ハーカーはヒマ人ではないものの、自ら事件に巻き込まれていく。行動は冷静沈着。悪役はソ連の秘密警察。はたして逃亡は可能かという物語が、快調なテンポで語られていく。シノプスのような書き方で、将来肉付けする予定だったのかもしれない。著者にしては娯楽に徹していて、B級映画にありそうなプロットで、そこそこ楽しめる。

邦題 『フレンチ警部最大の事件』
原作者 F・W・クロフツ
原題 Inspector French's Greatest Case(1924)
訳者 長谷川修二
出版社 東京創元社
出版年 1957/5/15
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁のフレンチ警部。妻エミリがいる。
事件 ロンドンのハットン・ガーデンにある宝石商会の老番頭が殴殺され、金庫から三万三千ポンド相当のダイヤモンドと現金千ポンドが盗まれた。この事件はフレンチが担当することになったが、やがて捜査は行き詰まった。そのときレディングの銀行で、盗まれたお札が発見されたのである。そのお札の出所を調査するため、フレンチ警部はスイスやスペインに出張するが……。
背景 フレンチ警部初登場の作品。”最大”の事件となっているが、後年の作品を考慮すればアヤシイところ。物語は冒頭から殺人が起き、すぐフレンチの登場となる。実にぶっきらぼうな書き出し。事件はそれなりに面白かったが、フレンチの個性的魅力があまり出ていないのが残念。

邦題 『列車の死』
原作者 F・W・クロフツ
原題 Death of a Train(1946)
訳者 能島武文
出版社 早川書房
出版年 1957/5/31
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのロンドン警視庁のフレンチ警部。
事件 1942年7月、プリマス港向けの特別軍用貨物列車は、機関の故障で遅れていた。そこで臨時列車が先行したが、原因不明の脱線事故で転覆、大破した。どうやらドイツ・スパイの妨害工作の結果であったらしい。というのも貨物列車には戦争のための重要資材が満載されていたからである。フレンチはそのスパイ組織を壊滅せよと命じられたのだ。
背景 前半が単調すぎる。事件の平板な記録のようだ。もう少し語りの工夫がほしいところ。フレンチが登場してからは面白くなるものの、彼がぶつかる壁がいつもほど頑丈ではないのも残念である。スパイ小説的な話なので、犯人の意外性もない。ただし結末は非常に良い。

邦題 『ヴォスパー号の喪失』
原作者 F・W・クロフツ
原題 The Loss of the Jane Vosper(1936)
訳者 鈴木幸夫
出版社 早川書房
出版年 1957/12/31
面白度 ★★★★
主人公 お馴染みのロンドン警視庁のフレンチ警部。
事件 ヴォスパー号の船長は、なんとなく不安を感じていた。海が荒れていたこともあったが、そればかりではなかった。そして不吉な予感どおり、原因不明の爆発で、船は沈没してしまったのだ。この沈没に不審を抱いた保険会社の探偵が調査を開始すると、彼も行方不明となったのである。そこでフレンチ警部が乗り出す仕儀となった。
背景 例によって霧の中のような事件が起こり、行方不明者が出る。明らかな事件でない事件を記述する前半百頁は退屈である。だがフレンチの勘違いから生れた死体の発見を契機に、がぜん面白くなり、とんでもない動機が明らかになる終盤に突入する。ちょっと調子が良すぎる展開。

邦題 『製材所の秘密』
原作者 F・W・クロフツ
原題 The Pit-Prop Syndicate(1922)
訳者 妹尾韶夫
出版社 六興出版部
出版年 1957/
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁ウィリス警部。前半は青年実業家メリマンと友人のヒラードが活躍。
事件 ボルドー地方をバイク旅行をしていたメリマンはガス欠に気づき、後方から来たタンクローリー車にガソリンを分けてもらおうと、その車を追って森に入った。そこには父と娘がおり、ガソリンは貰えたものの、先ほど見た車のナンバー・プレートが変わっているのに気づいた。この謎と娘のことが忘れられないメリマンは、さらに調査を続けると、ついに娘の父が殺されてしまったのだ。
背景 なぜか相性が悪く、古本でもまったく目にしたことのない本がある。本書はそのような本で、結局訳本ではなく原書で読んだ。この謎にはそれほどの意外性はないが、こんな犯罪もあるのかと納得。同題の新訳(吉野美恵子訳)が1979年に東京創元社より出版されている。

邦題 『謎の凶器』
原作者 G・D・H・&M・コール
原題 Mrs. Warrender's Profession(1938)
訳者 長沼弘毅
出版社 六興出版部
出版年 1957/10/25
面白度 ★★
主人公 原題の作品集から中編2本を取り出して作られた日本独自の作品集。謎を解くのは私立探偵ジェイムズ・ワレンダアとその母親で小柄なエリザベス・ワレンダア夫人。
事件 @「謎の凶器」(The Toys of Death):著名な小説家が、パーティの席上、内側から鍵の掛かった部屋で殺されていた。青酸化物による毒殺であった。殺人方法は?
A「未亡人殺人事件」(In Peril of His Life):富豪の未亡人ロビンソン夫人は私財を投げうって、社長として「新通貨連盟」の新聞を発行していた。その夫人が絞殺された。財産相続の争いか?
背景 @はエリザベス、Aはジェイムズが活躍。型通りの謎解き物だが、息子の捜査に母がヒントを与えるというスタイルはヤッフェの”ブロンクスのママ”に似ている(こちらの方が先?)。

邦題 『復讐〔ヴェンデェタ〕』
原作者 マリー・コレリ
原題 Vendetta!; or The Story of One Forgotten(1886)
訳者 平井呈一
出版社 東京創元社
出版年 1957/1/25
面白度 ★★
主人公 イタリア、ナポリの富豪ファビオ・ロマニ伯爵。美しい女性ニーナと結婚し、娘ステラも誕生。ところが1884年にナポリでもペストが大流行し、病気で斃れた際に死亡したとして墓地に埋葬されてしまう。次の日に息を吹き返し、自力で墓所を脱出。名前をツェザレ・オリヴァと変える。
事件 脱出したファビオは、一夜にして黒髪が白髪になっていた。サングラスを掛ければ、元妻も夫とは気づかない。無二の親友と思っていた画家ギトーがニーナと姦通していることを知ったファビオは、二人に復讐することを決意するが……。
背景 明治時代に黒岩涙香が『白髪鬼』として翻案した原書の翻訳(一部抄訳)。筆力がスゴイのは認めるものの、御都合主義の満載と古い道徳観では、忘れられても仕方ないか。

邦題 『盗まれた秘宝』
原作者 シーマアク
原題 The Vantine Diamonds(1930)
訳者 伊藤えい(金へんに英)太郎
出版社 芸術社
出版年 1957/4/30
面白度
主人公 盗まれた財宝を取り戻すことを仕事にしているアメリカ青年の探偵クリス・カータア。
事件 老発明家ディンブルは、自分とそっくりの男が交通事故に合うのを目撃した。ところがその後、車から声をかけられた。どうやら同じカバンを持っていたため間違えられたのだが、そのカバンには百万ドルを越えるダイヤが入っていた。そのダイヤを巡って、正体不明の謎のアメリカ人、”イナズマ”強盗団、悪徳弁護士らによる争奪戦が始まったのだ。
背景 秘宝を巡る冒険小説。本には”西洋講談”とあるように、ものすごく早いテンポで物語が展開していく。取り戻したと思った宝石がまたすぐ奪われてしまう。荒っぽい通俗的なプロット。あまりに展開が早いのは、抄訳(?)のためか。長編にしてはかなり短い。

邦題 『人魚とビスケット』
原作者 J・M・スコット
原題 Sea-Wyf and Biscuit(1955)
訳者 田中西二郎
出版社 東京創元社
出版年 1957/10/1
面白度 ★★★★
主人公 ”人魚”(英国人の女性)、”ビスケット”(英国人の男性)、”ブルドック”(英国人の弁護士)、”ナンバー・フォア”(混血人のパーサー)の4人。
事件 1951年3月7日の”デイリー・テレグラフ”紙の案内広告の個人通信欄に次のような通信が載った。「人魚に告ぐ。とうとう帰って来た。連絡を待っている。ビスケットより」で、その後も何回か続いた。実は4人は、第二次大戦中に日本軍潜水艦による攻撃で沈没した商船に乗っていた人々で、その後ゴムボートで漂流して助かったのであった。
背景 まず広告文で一気に読者を物語に引き込んでしまう。かなりの部分が事実らしいが、その後は漂流物の展開となる。ユーモアがいかにも英国的である。謎はあまりないが……。
2001年2月に同じ出版社から新訳(清水ふみ訳)が出ている。

邦題 『死体を探せ』
原作者 D・L・セイヤーズ
原題 Have His Carcase(1932)
訳者 宇野利泰
出版社 現代文芸社
出版年 1957/3/26
面白度 ★★★★
主人公 ピーター・ウィムジイ卿だが、探偵作家ハリエット・ヴェインも大活躍する。
事件 英国南西部の海岸地帯を徒歩旅行中のハリエットは、波打ち際にそびえる岩の上で、喉を掻き切られた男の死体を発見した。そばには剃刀があったものの、砂浜には当人のものらしき足跡しかなかった。やがて満潮になり、死体は海に消えてしまったが……。
背景 謎解きミステリー。容疑者のアリバイについて、ああだこうだと議論するくだりが楽しくもあり、かったるくもある。そのあたりをどのように評価するかがポイントであるが、これまではセイヤーズ作品=退屈、と思っていたので、この作は面白かった。ただしラストの暗号を解く話は、いかにもセイヤーズらしい謎解きではあるが、それほど成功しているとも思えない。

邦題 『多すぎる証人』
原作者 D・L・セイヤーズ
原題 Clouds of Witness(1926)
訳者 小山内徹
出版社 六興出版部
出版年 1957/4/20
面白度 ★★★
主人公 ピーター・ウィムジイ卿。シリーズの第ニ弾。
事件 ピーター卿の妹の婚約者が殺され、容疑者として兄デンヴァー公爵が逮捕された。しかもピーター卿の調査が進むと、妹にも新たな容疑が浮かびあがってきたのだ。
背景 冒頭に不可解な事件を置くプロットは第一作『バターシイ殺人事件』と同じだが、ユーモアとサスペンスを巧みにブレンドした語り口は第一作に比べてはるかに進歩している。このことは、第一作の倍近い長さがあるにもかかわらず、中盤の退屈さを感じさせないことからも明かであろう。第一作を読んでピーター卿を見捨てる決心をした読者よ、ご注意を! なお新訳は1994年に東京創元社から『雲なす証言』(浅羽莢子訳)として出版されている。

邦題 『あなたに似た人』
原作者 ロアルド・ダール
原題 Someone Like You(1953)
訳者 田村隆一
出版社 早川書房
出版年 1957/10/15
面白度 ★★★★★
主人公 ダールの第2短編集。奇妙な味の短編が15本収録されている。
事件 順に題名を列挙すると、「味」、「おとなしい兇器」、「南から来た男」、「兵隊」、「わがいとしき妻よ、わが鳩よ」、「海の中へ」、「韋駄天のフォクスリイ」、「皮膚」、「毒」、「お願い」、「首」、「音響捕獲機」、「告別」、「偉大なる自動文章製造機」、「クロウドの犬」である。
背景 今では記憶にない作品もあるが、初読時には「味」、「おとなしい兇器」、「南から来た男」、「韋駄天のフォクスリイ」、「皮膚」、「毒」、「告別」、「クロウドの犬」に驚いている。特に最初の3本の印象は強烈であった。ダールは、賭博に打ち込む人間たちの心の怖さや人間の想像力の恐ろしさを扱っているが、うまいものである。嫌味なく女性を残酷に描けるのも不思議な才能だ。

邦題 『殺人狂想曲』
原作者 J・H・チェイス
原題 Tiger by the Tail(1954)
訳者 田中小実昌
出版社 早川書房
出版年 1957/7/31
面白度 ★★★
主人公 事件を解決するのはカリフォルニア州フリント市警の警部アダムス。事件に巻き込まれるのが同市に住む銀行員のケン・ハランド。
事件 ケンの妻が母親の介護で長期間実家に帰っている間に、ケンは同僚からコールガールを紹介された。ついその誘惑に負けたケンはコールガールに電話し、首尾よく彼女の寝室に辿り着いたが、突然電気が消え、その後彼女は刺殺死体で発見されたのだ。
背景 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督による映画の原作本。最初は巻き込まれ型のサスペンス小説風だが、1/4を過ぎると犯罪小説的なプロットに変化し、最後は派手な銃撃戦となる。例によってご都合主義が目立つが、チェイス作品としては出来が良い方だ。

邦題 『女は魔物』
原作者 ピーター・チェイニイ
原題 Dames Don't Care(1937)
訳者 田中小実昌
出版社 早川書房
出版年 1957/5/31
面白度 ★★★
主人公 シリーズ探偵であるGメン(連邦捜査局員)のレミイ・コウション。本邦初登場。
事件 コウションの運転する車は砂漠の中を飛ばして、パーム・スプリングを目指していた。そこで偽造債券が発見されたため、調査に向かったわけである。偽造債券を使用した女の夫は、すでにニューヨークで自殺していた。その事件も合わせて捜査しようと思っていたところ、予め潜入していた同僚が射殺されてしまったのだ。犯人は? 女との関係は? 夫は自殺だったのか?
背景 英国人の著者がアメリカを舞台に、アメリカ人を主人公にして書いたB級ハードボイルド。チェイス作品より先に発表されている。語り口は軽快で楽しめるが、非アメリカ作品と感じられるのは、プロットが本格物のように複雑なこと。もう一つは、コウションが安易に女性と寝ないことか。

邦題 『詩人と狂人達』
原作者 G・K・チェスタートン
原題 The Poet and the Lunatics(1929)
訳者 福田恆存
出版社 東京創元社
出版年 1957/1/22
面白度 ★★★
主人公 詩人で画家のガブリエル・ゲイル。現実離れなことが好きな男で、当世きっての頭脳明晰な背の高い黄色い髪の青年。
事件 「おかしな2人連れ」(イントロのような内容)「黄色い鳥」「鱶の影」(砂地の中に卿の他殺死体があり、周りには卿の足跡のみ! というもっともミステリーらしい短編)「ガブリエル・ゲイルの犯罪」(ゲイルが狂人になると?)「石の指」「孔雀の家」「紫の宝石」(著名な作家の不可解な失踪事件)「危険な収容所」の8本から構成されている。
背景 逆説には面白いのもあるが(例えば「窓の外を見ているのではなく、窓を見ているのです」)、楽しめなかったのもある。著者の思想をミステリー形式で表現したからであろう。

邦題 『ブラウン神父の秘密』
原作者 G・K・チェスタートン
原題 The Secret of Father Brown(1927)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1957/1/31
面白度  
主人公 

事件 


背景 



邦題 『ブラウン神父の醜聞』
原作者 G・K・チェスタートン
原題 The Scandal of Father Brown(1935)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1957/3/15
面白度  
主人公 

事件 


背景 



邦題 『時計の中の骸骨』
原作者 カーター・ディクスン
原題 The Skelton in the Clock(1948)
訳者 小倉多加志
出版社 早川書房
出版年 1957/4/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール卿。
事件 発端は、H・M卿が古めかしい大きな時計をセリ落としたことであった。時計の振り子の代わりに骸骨が収まっていた時計である。だがその夜のうちにその骸骨が盗まれたのだ。一方、旧家に建つ死刑囚監房には、きもだめしに人々が集っていた。だが以前この館では、主人が目撃者の前で謎の墜落死をしていたのだ。集まった人々は不吉な雰囲気を感じつつも……。
背景 初期作品に多い怪奇趣味とファルス味のあるミステリーだが、意外と読みやすかった。H・M卿が前面に出てこなくなったからか。あるいは語り口が上達したためでもあろう。これでトリックが面白ければかなり良い作品になったはずなのだが、残念ながらそこまでには至っていない。

邦題 『五つの箱の死』
原作者 カーター・ディクスン
原題 Death in Five Boxes(1938)
訳者 西田政治
出版社 早川書房
出版年 1957/4/15
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのヘンリー・メリヴェール卿。
事件 サンダース博士は仕事が忙しく、研究室を出たのは深夜一時を過ぎていた。赤煉瓦の古い家の前にくると、若い女に呼び止められた。父が遺言を残して出て行ったので、いま父のいる家に一緒に行ってほしいと。雲を掴むような話であったが、サンダース博士がその家に入ると、そこには薬で意識不明の人間が三人、細い刃で刺し殺された人間が一人いたのだった。
背景 H・M卿シリーズの8作め。本作の前が傑作『ユダの窓』で、次の作品が佳作『読者よ欺かるるなかれ』という、カーの脂の乗り切った時期に書かれた作品。確かに出だしが面白く、一気に物語に引き込まれる。さすがに中盤はダレルが、最後も無難にまとめている。

邦題 『別れた妻たち』
原作者 カーター・ディクスン
原題 My Late Wives(1946)
訳者 小倉多加志
出版社 早川書房
出版年 1957/11/15
面白度 ★★
主人公 名探偵はおなじみのH・M(ヘンリー・メルヴィール)卿。物語の主人公は弁護士のデニス・フォスターと女性演出家のベリル・ウェスト。
事件 何人もの女性と結婚しては女性を消して行方をくらます、青ひげのような謎の男ビューリーが、11年ぶりに現れたのか? なぜなら、ある俳優のもとに送られてきた脚本の中身には、ビューリーと警察以外では知りえない情報が含まれていたからだ。ビューリーとは誰なのか?
背景 カー中期の作品なので、さらっと読めるのはありがたい。H・M卿シリーズの一冊だが、H・M卿はむしろ脇役として活躍する。青ひげ物語を下敷きにしたフーダニットだが、そのテーマはあまり生きていない。11年後に青ひげが登場するという設定そのものが無理筋というべきか。

邦題 『犠牲』
原作者 ダフネ・デュ・モーリア
原題 The Scapegoat(1957)
訳者 大久保康雄
出版社 三笠書房
出版年 1957/
面白度 ★★★★
主人公 大学の助教授でフランス語を教えている私ジョン。勉強のためフランスにやってきた。
事件 ジャコバン広場に出た私は、私と瓜二つの顔を持つド・ゲに出会った。その夜この不思議さに私たちは飲み明かしたが、ホテルに泊まった翌朝、ド・ゲはいつのまにか私の服を着て出かけてしまい、私には彼の服しか残っていなかった。私はなんとなく、この冒険に深入りしたくなった。そこでド・ゲに化けた私は迎えの者と一緒に彼の故郷にある実家に帰ったのだ。
背景 まったくありそうもない話を信じこまされてしまう。その筆力はたいしたものだ。主人公が他人になりすまそうと決心するところは、人間の心に潜む冒険心のためか。サスペンスも豊かだが、終盤妻の死をきっかけにして一気にミステリーとなる。結末も鮮やか。別題は『美しき虚像』。

邦題 『ドイル傑作集ミステリー編』
原作者 コナン・ドイル
原題 独自の編集
訳者 延原謙
出版社 新潮社
出版年 1957/8/30
面白度 ★★★
主人公 日本で独自に編まれた短編集。8本の作品が収録されている。
事件 「消えた臨急」(マンチェスター発の臨時列車が途中で消えた! ホームズ物の外伝)「甲虫採集家」(発端は「赤毛―」、中盤は「まだら―」的展開の作品)「時計だらけの男」(時計を6つ持っていた男が列車内で殺された、という出だしは面白いが……)「漆器の箱」(家庭教師がその屋敷の謎に挑む)「膚黒医師」(発端は魅力的だが、結末は安易)「ユダヤの胸牌」(宝石盗難を巡る話)「悪夢の部屋」(このオチは脱力物)「五十年後」(記憶喪失を扱ったまともな人情話)の8本。
背景 発端に興味深い謎があって、一応合理的な解決をみる作品ばかり。その意味ではミステリー編という副題に納得。ドイルが一流のストリーテラーであることがよくわかる。

邦題 『女王の復活』
原作者 H・R・ハガード
原題 Ayesha the Return of She(1905)
訳者 大久保康雄
出版社 東京創元社
出版年 1957/11/30
面白度 ★★
主人公 『洞窟の女王』の続編なので前回と同じ。ニ千年を生き続けた女王アッシャ、彼女を探し求めるレオ・ヴィンシィ、本編の語り手でレオの後見人ルードウィヒ・ホーレス・ホリーの三人。
事件 前編でアッシャは老齢の死体と化してしまったが、レオは必ず生き返ると信じていた。そしてある夜、幻の情景を見て、アッシャと再会すべく神秘の国チベットへ二人は出発した。幾多の難関を乗り切り、はや20年近い歳月が過ぎていたが、ついにそれらしき土地を見つけたのだ!
背景 前編から19年後に書かれた続編。基本的にはアッシャを探し求めて再会するという単純な物語で、ミステリー的な捻りはほとんどない。前作にあった妖しい雰囲気も少なく(作者が歳をとったため?)その点でも不満があるが、達者な語り口には脱帽せざるをえない。

邦題 『伯母殺人事件』
原作者 リチャード・ハル
原題 The Murder of My Aunt(1935)
訳者 大久保康雄
出版社 東京創元社
出版年 1957/11/20
面白度 ★★★
主人公 手記の書き手<ぼく>のエドワードとエドワードの伯母で、後記の書き手ミルドレッド・パウエルの二人。ルウールという田舎町の外側に住んでいる。
事件 伯母は意地が悪い。だが<ぼく>が伯母と一緒に生活している理由は、伯母が<ぼく>の財布のヒモを握っているからだ。つまり伯母は<ぼく>の後見人で、財産すべては彼女のもので、そこから給与金を貰っているだけ。そこで、伯母の車のブレーキに細工をしたが……。
背景 『殺意』に並ぶ倒叙物だそうだが、むしろ<ぼく>と伯母との騙し合いを描いたユーモア犯罪小説のようだ。手記を用いたプロットは、謎解き小説としては単純すぎるし、やはり手記を書く必然性に説得力を欠く。ドジな<ぼく>の行動はそれなりに面白いし、ラストの皮肉は生きている。

邦題 『ソナー感度あり』
原作者 C・S・フォレスター
原題 The Good Shepherd(1955)
訳者 吉田俊雄
出版社 出版協同社
出版年 1957/9/30
面白度 ★★★
主人公 アメリカ海軍中佐ジョージ・クラウス。42歳。駆逐艦キーリングの艦長。
事件 第二次大戦中、クラウス中佐は、アメリカからイギリスへ向かう船団を護る任務を与えられた。初陣である。これまで連合軍の船舶はドイツの潜水艦によって数多く撃沈されていたのだ。彼は4隻の護衛艦を指揮して、37隻の輸送船を無事イギリスへ届けるため全力を尽くすのだった。
背景 この航海中、輸送船は7隻沈み、駆逐艦1隻を失うが、Uボートは2隻轟沈し、1隻も大破した。その海戦の模様を冷静に実況中継するように書いている。ミステリー的興味はなく、冒険小説的雰囲気も少ないが、海戦場の厳しさなどは巧みに描かれている。なお1980年には新訳が『駆逐艦キーリング』(三木鮎郎訳)という題で早川書房より出版されている。

邦題 『誇りと情熱』
原作者 C・S・フォレスター
原題 The Gun(1933)
訳者 土井俊次郎
出版社 早川書房
出版年 1957/
面白度 ★★
主人公 青銅の18ポンド砲。長さ13フィート、砲尾の直径2フィート、砲口の直径は1フィート。重さは3トンもある大砲。
事件 フランス軍から追われるスペイン軍は、12頭の騾馬で引く青銅の大砲を持っていたが、山岳地帯に入ったところで、横倒しのまま置き去りにして敗走した。そして数年後、ゲリラ部隊がその大砲を見つけだし、再生させて、スペイン軍の反撃に利用したのである。
背景 まさに大砲が主人公。これを再生したゲリラ隊長は途中で殺されるし、これを使って最終的にフランス軍を破る人物の印象も薄い。大砲に関する数種のエピソードを結んで出来た歴史戦争小説。著者の押えた筆致の文章には好感がもてる。後年『青銅の巨砲』として新訳が出た。

邦題 『ソーンダイク博士』
原作者 R・A・フリーマン
原題 独自の編集
訳者 妹尾韶夫
出版社 東京創元社
出版年 1957/1/10
面白度 ★★★
主人公 日本で独自に編まれた短編集。倒叙推理小説3本、直接推理小説6本を収録。
事件 収録作を順に列挙すると、「オスカー・ブロズキー事件」(倒叙物)、「予諜殺人」(倒叙物)、「歌う白骨」(倒叙物)、「前科者」、「パンドーラの箱」、「暗号錠」、「アネズリーの受難」、「空騒ぎ」、「ポンティング氏のアリバイ」である。
背景 ソーンダイク博士の短編集は、なぜか原書がそのまま訳されたことはなく、その後出版された東京創元社の二冊、東都書房の一冊とも、独自の編集によるものである。調べた結果、「空騒ぎ」だけは本作でしか読めない。フリーマンの功績は、なんといって倒叙スタイルのミステリーを創造したことに尽きよう。小説そのものは面白いと思ったことはない。内容は忘れているし。

邦題 『ダーブレイの秘密』
原作者 リチャード・フリーマン
原題 The D'Arblay Mystery(1926)
訳者 中桐雅夫
出版社 早川書房
出版年 1957/7/15
面白度 ★★
主人公 法医学教授のジョン・ソーンダイク博士。語り手は医師のスティーヴン・グレイ。
事件 グレイは微生物を採集するため”墓底の森”に入ったが、何かを探している様子の美しい女性に出会った。そしてクレイは沼地で男の他殺死体を見つけた。男は彫刻家ダーブレイで、あの女性は男の娘であったのだ。どうやらダーブレイは貨幣偽造に関係しているとわかり……。
背景 トリックは、江戸川乱歩がトリック類集で紹介しているものであった。それなりに独創性はあるが、面白味に欠けている。前半は美女が襲われるなど、まあまあのサスペンスがあるが、後半は尻すぼみ。犯人もだいたい見当がつくようになっている。物理的トリックは古さを感じさせるし、登場人物には魅力がないため、フリーマンの作品を今読むのはキビシイといえそうだ。

邦題 『死の扉』
原作者 レオ・ブルース
原題 At Death's Door(1955)
訳者 清水俊二
出版社 東京創元社
出版年 1957/8/5/
面白度 ★★
主人公 クィーン学校の歴史の教師カロラス・ディーン。
事件 ニューミンスターのマーケット街地区を巡回していた巡査は、18番地のパーヴィスの店にきたとき、ドアに鍵がかかっていないことに気づいた。中に入ってみると、奥の部屋には血が一面に広がり、パーヴィスは殺されていた。誰かいると巡査が感じたその時、後頭部を殴られて即死したのだ! 同じ町の学校に勤務するディーンは生徒に請われて謎を解くことになった。
背景 植草甚一の編集による現代推理小説全集の第1巻。動機がありすぎる殺人を巡る謎解き小説。初読時には、30頁ほど読んだだけで、なぜかこのトリックに気づいてしまったため、評価は低くなっている。当時は本格一辺倒だったので、珍しく勘が冴えていたからか。2012年1月に新訳(小林晋訳)が出版された。

邦題 『証拠の問題』
原作者 ニコラス・ブレイク
原題 A Question of Proof(1935)
訳者 小山内薫
出版社 現代文芸社
出版年 1957/3/
面白度 ★★★
主人公 ナイジェル・ストレンジウェイズ。オックスフォードやケンブリッジ大学にも在籍したが、論旨退学となり、方々を旅行する。その後犯罪捜査に本腰を入れるようになった。北欧人タイプ。
事件 予備校の教員マイケル・エヴァンズは、校長の甥の殺害容疑を受けていた。殺害現場に彼の鉛筆が見つかったうえに、校長の妻との逢引を隠すためアリバイを曖昧にせざるを得なかったからである。だが容疑を晴らすため、オックスフォード時代の友人ナイジェルに捜査を依頼した。
背景 著者の第一作であるとともに、シリーズ探偵ナイジェルの初登場作品。典型的な学園ミステリーだが、日本の学園物に多い若者向けミステリーではない。人間心理を重視した作風は小説に深みを増している。ただ自白の日記が存在するというご都合主義はかなりの減点だが。

邦題 『死ぬのは奴らだ』
原作者 イアン・フレミング
原題 Live and Let Die(1954)
訳者 井上一夫
出版社 早川書房
出版年 1957/9/30
面白度 ★★★
主人公 イギリス秘密情報部員007号、ジェームズ・ボンド。
事件 ボンドがMから与えられた任務は、英領ジャマイカから多数の古代金貨が持ち込まれて、それが金の相場を狂わせている問題を調査することであった。CIAの協力のおかげで、この密輸事件の張本人は、ミスター・ビッグと名乗る黒人で、その背後にはスメルシュがいることがわかった。そこでハーレムに潜入するが、逆に捕まえられて……。
背景 この年に、すでにボンド物が翻訳されていたとは気づかなかった。原シリーズの第2作。本シリーズが有名になった以後の作品では、ボンドの個性とシーンの克明な描写とで読ませるようになったが、本作では早いテンポで物語が展開し、確かに西洋講談のような面白さがある。

邦題 『この街のどこかで』
原作者 モーリス・プロクター
原題 Hell Is a City(1954)
訳者 森郁夫
出版社 早川書房
出版年 1957/1/31
面白度 ★★★
主人公 グランチェスター市警の警部ハリイ・マーティノーと刑事ディヴェリイの二人。マーティノーは妻がおり(子供はいない)、ディヴェリイは聾唖の女性と結婚直前である。
事件 凶悪犯スターリングが脱獄した。そしてノミ屋の利益金を持った女事務員が、銀行へ行く途中で殺され、大金が盗まれる事件が発生した。どうやらスターリングが関与しているらしい。かつてスターリングを逮捕した因縁のあるマーティノーは彼を捕まえるために捜査を開始する。
背景 著者は永らく警察に勤務していた後に作家になった人で、警察小説の先駆者の一人。主人公らの警察活動ばかりでなく、私生活も細かく描写されており、風俗小説として楽しめる(死刑場面も詳述されているのには驚き)。プロット的には目新しさ、面白さが少ないのが残念。

邦題 『飛ばなかった男』
原作者 マーゴット・ベネット
原題 The Man Who Didn't Fly(1955)
訳者 宇野利泰
出版社 東京創元社
出版年 1957/12/25
面白度 ★★★★
主人公 ルイス警部とヤング部長刑事。
事件 4人の乗客のためのダブリン行きの貸切飛行機が、アイルランド海峡に墜落した。ところが飛行機に乗った乗客は3人で、あとの一人は飛行場に現れず、飛行機に乗らなかった。その男は誰で、なぜ乗らなかったのか? ルイス警部は関係者の話を聞きながら、事件を解決する。
背景 ユーモアにつつまれた前半がすばらしい。乗客の一人に「塔のある館」の下宿人がおり、その「塔のある館」の主人やその家族に聞取りが行われるが、その際の会話が生き生きとしている。それに対して解決部を含む後半は、動機はあたり前なものだし、解決の手掛かりも言葉だけで、あまりパットしない。前半を買っての評価だが、1955年CWA賞の次席をとっている。

邦題 『ロンドン港の殺人』
原作者 ジョゼフィン・ベル
原題 The Port of London Murders(1938)
訳者 中川龍一
出版社 早川書房
出版年 1957/10/15
面白度 ★★
主人公 事件担当者はロンドン警視庁のミッチェル警部。シリーズ・キャラクター。
事件 11月の寒い日、東洋からの荷を積んだ貨物船がロンドン港に辿り着いた。ロンドンの輸入業者は船の到着に一安心したが、荷が艀で運ばれる途中でテムズ河に流れ出した。そしてそれを拾ったボートハウスの主人がチェックすると、中には夜着が! 密輸なのか?
背景 著者の作品で最初に翻訳されたミステリー(二作目は50年後に訳されて『断崖は見ていた』)。両方とも1938年に書かれている。後者は本格派ミステリーだが、本書は風俗ミステリーで、謎解きやフーダニットの面白さを期待すると失望するだろう。第二次世界大戦直前のロンドン下町の人情や世態風俗が丁寧に描かれている。ほのかなユーモアもいい味を出している。

邦題 『殺人鬼登場』
原作者 ナイオ・マーシュ
原題 Enter a Murderer(1935)
訳者 大久保康雄
出版社 六興出版部
出版年 1957/4/20
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁の捜査課長ロドリック・アレイン。
事件 俳優のアーサーは、演劇界の実力者である伯父を訪ねた。現在演じている役に注文を付けるためであったが、密かに脅迫の目的をもっていた……。そして舞台では、今アーサーが撃たれる場面にさしかかった。相手の俳優が持っているピストルには当然ニセの弾が使われるのだが、なぜかその時のみ実弾が入っていたのだ。アーサーは観衆の見守るなかで撃ち殺されたのだ!
背景 クリスティに並ぶミステリーの女王として名前はよく知っていたが、読んだのは初めて。女性特有というか、細かいトリックをうまく使っているものの、それほど優れている作品とは思えない。演劇好きな著者のためか、会話が多い。探偵役のアレインは珍しく性的魅力のある探偵だ。

邦題 『ヴァルカン劇場の夜』
原作者 ナイオ・マーシュ
原題 Opening Night(1951)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1957/7/15
面白度 ★★
主人公 事件担当者はお馴染みのシリーズ探偵、ロンドン警視庁の捜査課長ロドリック・アレイン。ただし物語のヒロインはニュージーランドから来た19歳の女性マーチン・ターン。
事件 旅の途中で金を盗まれたマーチンは、ロンドンに到着後、空腹を抱えながらヴァルカン劇場に入った。幸い衣裳方として雇われ、その上、代役も与えられる。だがここには嫉妬と虚栄と醜聞が渦巻いており、ついに主演女優の夫がガス中毒死したのだ。自殺か他殺か?
背景 マーシュ得意の劇場が舞台のミステリー。劇場や役者の雰囲気は巧みに描かれていて、安心して楽しめる。ただ事件発生までの前半部は、翻訳の関係もあると思うが、サスペンス不足なのが最大の弱点。後半のアレン登場後のフーダニットはまずまずの出来。

邦題 『病院殺人事件』
原作者 ナイオ・マーシュ
原題 The Nursing-Home Murder(1935)
訳者 妹尾韶夫
出版社 宝石社(別冊宝石68号)
出版年 1957/7/15
面白度 ★★★
主人公 ロンドン警視庁のロデリック・アレン主任警部(本作ではロダリック・アリーンと表記)。
事件 英国の内相オーカラハン卿は、盲腸の痛みに耐えて、重要な法案を通そうと努力していた。そしてやっと成立したところで、倒れたのだ。緊急の手術は友人で病院長のフィリップス卿が行なったが、術後数時間で死亡した。検死の結果、人を殺すに十分な大量のヒヨスシンが検出されたのである。容疑者は手術に関係した人々に限られた。どんな方法で殺され、動機はなにか?
背景 典型的な謎解き小説。場所は病院、容疑者は医者や看護婦、身内に絞られる。わかりやすい設定のうえに、中盤の訊問場面も会話が多くて読みやすい。ただし欠点は、兇器の隠し場所に専門知識が必要なことと動機にある。描写力は認めるものの、差し引きの結果は水準作か。

邦題 『ライノクス殺人事件』
原作者 フィリップ・マクドナルド
原題 The Rynox Murder Mystery(1930)
訳者 長谷川修二
出版社 六興出版部
出版年 1957/10/10
面白度 ★★★
主人公 お馴染みのゲスリン大佐は登場しない。特にいない。
事件 ライノクスは無限責任の会社で、いま危機に直面していた。社長のF・X・ベネディクトは息子とともに金策に走り回っていたが、そのような状況でベネディクトは銃殺されたのだ。頭を近距離から射ぬかれており、近くにはB・マーシュとの名前入りの中折れ帽が残っていた。
背景 物語の始まりが”結末”であり、終りが”発端”というユニークな構成の謎解きミステリー。ただしあたり前のことだが、物語すべてがひっくり返っているわけではない。確かにアイディアの勝利といった内容であるが、アイディア倒れの部分もあり、差し引くとそれほどの高得点にはなっていない。トリックが機械的なものである点も、個人的にはあまり好きになれない。
なお2008年3月に東京創元社から霜島義明訳の新訳が出版された。

邦題 『ピーター候補生』
原作者 フレデリック・マリアット
原題 Peter Simple(1834)
訳者 伊藤俊男
出版社 東京創元社
出版年 1957/5/15
面白度 ★★
主人公 海軍士官候補生ピーター・シンプル。家族は姉二人、妹一人。父親は牧師で、祖父は子爵。親友に同じ候補生のオブライエンがいる。
事件 フランス領の砲台を襲撃したピーターは膝を負傷して捕虜となった。だが手厚い看護で回復すると、ピーターはオブライエンとともに脱走し、フランスの森の中をさ迷い、どうにか英国戻った。そして巡洋艦に乗り込み、大西洋やカリブ海での戦いを通して、成長していく。
背景 海洋小説の古典といってよい作品で、半自伝的な成長小説。古臭さは拭えないが、さまざまなエピソードには、冒険小説や陰謀小説の面白さがあり、そこそこ楽しめる。なお本書では1−17章が省略されている。完訳は1941年(再版は2001年)、岩波文庫から出ている。

邦題 『ここにも不幸なものがいる』
原作者 エドガー・ラストガーテン
原題 A Case to Answer(1947)
訳者 村崎敏郎
出版社 早川書房
出版年 1957/9/30
面白度 ★★★★
主人公 弁護側のクライブ・ベドホード弁護士と追訴側のサー・チャールズ・モートン弁護士。
事件 普通の田舎娘であったケイトはロンドンへ出たものの、待っていた仕事は売春であった。そして冬のある日、彼女はソホーでバラバラ死体となって発見された。容疑者として逮捕されたのは若い計理士。彼には優しい妻と可愛らしい子供がおり、将来を嘱望されていた男だったのだ。ベドホードとモートンは有罪か無罪かをめぐって法廷で火花を散らすことになった。
背景 J・シモンズが喜びそうな犯罪小説色の濃い法廷ミステリー。法廷場面がほとんどで読みやすい。ただしガードナー作品に多い劇的場面などはなく、ノンフィクション的な現実描写に徹している。警察捜査がへまなのが気になるが、意外な結末には不気味さが漂う。

邦題 『ウィーンの殺人』
原作者 E・C・R・ロラック
原題 Murder in Vienne(1956)
訳者 中村能三
出版社 東京創元社
出版年 1957/10/31
面白度 ★★
主人公 ロンドン警視庁捜査課のロバート・マクドナルド警視。
事件 ロバートは休暇をとって、旧友の住むウィーンに向かった。途中飛行機の中で元外交官の秘書エリザベスと親しくなった。そして二日後、ウィーンの天候は大荒れになったが、ロバートのもとに連絡が入った。犬とともに外出したエリザベスが帰ってこず、犬だけが戻っているというのだ。ロバートらが森の中を探すと、高射砲台の跡地で瀕死の状態で見つかったのだ。
背景 実に地味な作品。一般的に英国ミステリーは地味な作品が多いが、それも限度問題であろう。事件は50頁を過ぎて起きるものの、本格的な捜査は150頁を越えるまで始まらない。この間のサスペンスは希薄で読者は忍耐を強いられることになる。犯人の意外性はまあまあ。

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