上西 俊雄
平成25年12月(誤植訂正 平成26年12月)
本論は、假名のすべてをラテンアルファベットに轉寫する方式であり子音についてはあたふかぎり英語音に基づかせんとした。母音は大陸的である。
假名は五十音圖と呼ばれる五段十行よりなる表に配列されてゐる。各行は、その行の父音、すなはち、その行にあるすべての音節に共通の子音群の代表たる音で呼ばれる。
しかし、第一行、第六行及び最終行にはそのやうなものがない。第一行は母音の行。第六行及び最終行には眠ってゐる或は僭在的な子音しかなく、もっとも大きく口を開いて發する母音を伴ふ第一段でのみ兩唇半母音として實現活性化されるに過ぎず、その他の場合は第六行において呼氣として活性化されるが、それも語頭に限られるのである。
最終行すなはちワ行で w が發音されるのは外來語の轉寫の場合であるが、その場合はウに小書きの母音の假名を添へて書く。これは w を重ねて示す。
第六行すなはちハ行の子音は逆アポストロフィで示す。しかし、語頭の場合は h 但しウ段では f で示す。語中にあるときは僭在的なものが音節を切っていふときは發現される。從って頬(ho`o)はホオと言はれたりホホと言はれたりする。母(haha)は例外で語中のハ行音を持たない。八幡(ya`ata)はヤワタと發音されたりヤハタと言はれたりする。
本論の範圍を超えることであるが、語中の h が統合されて合成語になると b になるといふこと、更にまた、結合部が促音であれば p になるといふことを指摘しておくことも無駄ではないであらう。秋葉原 (aki`abara) は [akihabara] と發音されたり、[akiwabara] と發音されたりするが、しかも w が聽き取れないほどに弱い。また [akibahara] と言はれたりもする。ひょっとしたら [akibappara] といふ人もあるかもしれない。
促音すなはち、成節音素たる閉鎖音は語末で t とし、語中では父音とする。從って j の場合は d であり、ch の場合は t だ。但しハ行の場合はウ段のときは f としてかまはないが、その他の場合、父音は閉鎖を示すのに適當でない。促音のあとにハ行音が現れるのはそれが軟口蓋音のときであるので調音點を等しくする閉鎖音 の k をあてる。
促音は鼻音の直前に現れることはないとされてゐるが、南の方では珍しい現象ではない。その場合は n と調音點を等しくする閉鎖音は t であり、m の場合は p であることを覺えておくとよい。
撥音すなはち、成節音素たる鼻音は n とするが、兩唇音の前では m とする。但し、w の場合は連聲で m 音が生成される場合に限る。
連聲すなはち内部空隙聯續結合部或は内部サンディーが w を介して現れる場合がある。例:勤王 (kinwau)。 しかし w がない場合はプラスを用ゐる。例:觀音 (kwan+on)。三冠王は複合語なので連聲はないが紛らはしければ sankwan-wau のやうにハイフンで切ってもよい。
母音や半母音もしくは持續を示す h がまぎらはしい場合はアポストロフィで切る。
表音方式ではある種の母音聯續を長音といふ單位に疊み込まれたものとしてマクロンやスィルコンフレックスを冠した字母で表すが、翻字式の場合には長音をどう表すかといふ問題に頭を惱ますことはない。必要なのは片假名で用ゐられる持續符號の轉寫法であるが、これは h だ。しかし、ここで母音聯續の讀み方について注記しておくのがよいだらう。
eu の音價は Europe のそれに似てゐて齒莖音に續くときは口蓋音化する。au の音價は autumn の場合のそれに似てゐる。このことは語中にハ行音があっても同樣である。まぎらはしい場合は te-usu sono-uchi のやうにハイフンで切る。
嚴密に言へば、母音は二重母音と異り持續して發音しても變化しないものだ。だから長音は同じ母音字がならぶ場合だと思はれるかもしれないが、同じ母音字が竝ぶ場合は一つの長音でなく母音二つであることがほとんどだ。
昭和61年の内閣告示はこの違ひを無視し、「オ列の長音として發音されるか、オ・オ,コ・オのやうに發音されるかにかかはらず」とする。
この告示があげる長音らしきものの例は以下の通り。ここではできるだけ假名文字が隱れる表記形を用ゐ、假名を用ゐる場合は歴史的正書法にした。
第二フィールドは歴史的正書法の擴張ヘボン式による轉寫。
第三フィールドはいはゆる現代假名遣の擴張ヘボン式による轉寫。いはゆる現代假名遣はほとんどの場合ヂ ヅ ヰ ヱ ヲや語中のハヒフヘホの假名を制限したものに過ぎないが、ここでは融合(相互同化)の結果の語頭音を書き換へ、またその際に口蓋化入渡音を拗音として示すことも多い。
第四フィールドは、母音聯續が融合(同化)なのか、二つの母音なのかの別を示す。
第五フィールドは、現代日本語音を通常のヘボン式で示したもので、長音はマクロンを冠した字母で示し、兩唇音の前の撥音は m とする。
例 | 歴史的假名 | 現代假名 | 融合 / 繰返し | 通行のヘボン式 |
お母さん | okaasan | " | 繰返し | okāsan |
お祖母さん | obaasan | " | 繰返し | obāsan |
兄さん | niisan | " | 繰返し | onīsan |
お祖父さん | ojiisan | ozhiisan | 繰返し | ojisan |
お寒うございます | osamuugozaimasu | " | 繰返し | osamūgozaimasu |
空氣 | kuuki | " | 融合 | kūki |
夫婦 | fuufu | " | 融合 | fūfu |
嬉う存じます | ureshiuzonzhimasu | ureshuu- | 前進的融合 | ureshūzonjimasu |
胡瓜 | kiuri | kyuuri | 前進的融合 | kyūri |
墨汁 | bokuzhi`u | bokuzhuu | 前進的融合 | bokujū |
注文 | chuumon | " | 融合 | chūmon |
姉さん | neesan | " | 繰返し | nēsan |
ええ | ee | " | 繰返し | ē |
お父さん | otousan | " | 遡及的融合 | otōsan |
燈臺 | toudai | " | 遡及的融合 | tōdai |
若人 | wakaudo | wakoudo | 相互的/遡及的 | wakōdo |
鸚鵡 | aumu | oumu | 相互的/遡及的 | ōmu |
買はう | ka`au | kaou | 相互的/遡及的 | kaō |
遊ばう | asobau | asobou | 相互的/遡及的 | asobō |
お早やう | ohayau | ohayou | 相互的/遡及的 | ohayō |
扇 | a`ugi | ougi | 相互的/遡及的 | ōgi |
抛る | ha`uru | houru | 相互的/遡及的 | hōru |
塔 | ta`u | tou | 相互的/遡及的 | tō |
よいでせう | yoideseu | yoideshou | 相互的/遡及的 | yoideshō |
發表 | happeu | happyou | 相互的/遡及的 | happyō |
今日 | ke`u | kyou | 相互的/遡及的 | kyō |
蝶々 | te`ute`u | chouchou | 相互的/遡及的 | chōchō |
Ka`au の場合、語中のハ行音は兩唇半母音として實現されない。後續の母音はもはやアではなく、autumn の au のやうに發音される母音聯續の要素でしかない。
ア | イ | ウ | エ | オ | ||||
ia | ii | iu | ie | io | ||||
カ | キ | ク | ケ | コ | キャ | キュ | (キェ) | キョ |
ka | ki | ku | ke | ko | kya | kyu | (kye) | kyo |
ガ | ギ | グ | ゲ | ゴ | ギャ | ギュ | (ギェ) | ギョ |
ga | gi | gu | ge | go | gya | gyu | (gye) | gyo |
サ | シ(スィ) | ス | セ | シャ | シュ | (シェ) | ショ | |
sa | shi (si) | su | se | so | sha | shu | (she) | sho |
ザ | ジ(ズィ) | ズ | ゼ | ゾ | ジャ | ジュ | (ジェ) | ジョ |
za | zhi (zi) | zu | ze | zo | zha | zhu | (zhe) | zho |
タ | チ(ティ) | ツ(トゥ) | テ | ト | チャ | チュ(テュ) | (チェ) | チョ |
ta | chi (ti) | tsu (tu) | te | to | cha | chu (tyu) | (che) | cho |
ダ | ヂ(ディ) | ヅ(ドゥ) | デ | ド | ヂャ | ヂュ(デュ) | (ヂェ) | ヂョ |
da | ji (di) | dzu (du) | de | do | ja | ju (dyu) | (je) | jo |
ナ | ニ | ヌ | ネ | ノ | ニャ | ニュ | (ニェ) | ニョ |
na | ni | nu | ne | no | nya | nyu | (nye) | nyo |
ハ | ヒ | フ | ヘ | ホ | ヒャ | ヒュ | (ヒェ) | ヒョ |
ha | hi | fu | he | ho | hya | hyu | (hye) | hyo |
バ | ビ | ブ | ベ | ビャ | ビュ | (ビェ) | ビョ | |
ba | bi | bu | be | bo | bya | byu | (bye) | byo |
パ | ピ | プ | ペ | ポ | ピャ | ピュ | (ピェ) | ピョ |
pa | pi | pu | pe | po | pya | pyu | (pye) | pyo |
マ | ミ | ム | メ | モ | ミャ | ミュ | (ミェ) | ミョ |
ma | mi | mu | me | mo | mya | myu | (mye) | myo |
ヤ | ユ | (イェ) | ヨ | |||||
ya | yu | (ye) | yo | |||||
ラ | リ | ル | レ | ロ | リャ | リュ | (リェ) | リョ |
ra | ri | ru | re | ro | rya | ryu | (rye) | ryo |
ワ(ウァ) | ヰ(ウィ) | ヱ(ウェ) | ヲ(ウォ) | |||||
wa (wwa) | wi (wwi) | we (wwe) | wo (wwo) | |||||
クァ | クィ | クェ | クォ | |||||
kwa | kwi | kwe | kwo | |||||
グァ | グィ | グェ | グォ | |||||
gwa | gwi | gwe | gwo | |||||
ツァ | ツィ | ツェ | ツォ | |||||
tsa | tsi | tse | tso | |||||
ファ | フィ | フェ | フォ | フュ | フョ | |||
fa | fi | fe | fo | fyu | fyo | |||
ヴァ | ヴィ | ヴ | ヴェ | ヴォ | ヴュ | ヴョ | ||
va | vi | vu | ve | vo | vyu | vyo |
丸括弧で圍ったもの及び最後の三行は外來語の轉寫に於てのみ用ゐられる。
擴張ヘボン | ヘボン | 外務省 | 新米國 | 文化廳 | 國土地理院 | 小學校 | 日本式 | |
藤 | fuji | " | " | " | " | " | huzi | hudi |
富士 | fuzhi | fuji | " | " | " | " | huzi | " |
鼻血 | hanaji | " | " | " | " | " | hanazi | hanadi |
歪み | hizumi | " | " | " | " | " | " | " |
蹄 | hidzume | hizume | " | " | " | " | " | hidume |
硫黄 | iwau | io | ioh | io | ioo | io | iô | " |
琉球 | riukiu | ryukyu | ryukyu | ryukyu | ryuukyuu | ryukyu | ryûkyû | " |
女王 | jowau | joo | jooh | joo | jooo | joo | zyoô | " |
小路 | kouji | koji | kohji | koji | kooji | koji | kôzi | " |
甲乙 | ka`uotsu | kootsu | kohotsu | kootsu | koootsu | kootsu | kôotu | " |
大黒 | o`oguro | oguro | ohguro | oguro | ooguro | oguro | ôguro | " |
往々 | wauwau | oo | ohoh | oo | oooo | oo | ôô | " |
近江 | a`umi | omi | ohmi | omi | oomi | omi | ômi | " |
飯田 | i`ida | ida | ida | " | iida | ida | îda | " |
調布 | teufu | chofu | chohfu | chofu | choofu | chofu | tyôhu | " |
散歩 | sampo | " | sanpo | " | " | " | " | " |
三位 | samwi | sammi | sanmi | " | " | " | " | " |
反應 | han+ou | hanno | hannoh | hanno | hannoo | hanno | hannô | " |
勤王 | kinwau | kinno | kinnoh | kinno | kinnoo | kinno | kinnô | " |
ヘボン式については明治學院圖書館デジタルアーカイブス"を參照されたし。
外務省式(パスポート方式ともいふ)については東京都パスポートセンターを參照されたし。
文化廳方式については平成21年文化廳作成の外國人のためのハンドブック第4章を參照されたし。 164頁165頁にローマ字表があって撥音は n で通すことになってゐるが、しかしハンドブック作成にあたった人は英語の力がしっかりしてゐたと見えて空白で切り離されてない限り、兩唇音の前では正しくまちがって例外なく兩唇鼻音を用ゐてゐる。
國土地理院方式は地名のローマ字表記 國土地理院を參照されたし。
新米國式は研究社新和英大辭典第4版の前附13頁參照。
明治書院『日本語學』平成15年1月號に「擴張ヘボン式の提唱」として發表したのが最初。
これをPDFにして、海津氏のローマ字相談室で公開してもらったのは同年3月16日。このサイトは法人や機關による方式を最初に、個人の案は後に配列してあったが擴張ヘボン式のときに區別がなくなったことはありがたいことだった。
ハ行子音を境界符號と捉へることは平成16年の洋泉社『英語は日本人教師だから教へられる』で書いた。
英語版は同年12月11日の作成。草案として友人知人に配ったところ、ウィとヰを大文字小文字で區別する方法に東北大學名譽教授桂重俊博士より強い批判があり、屈伏して w の重字といふ博士の案に從った。12月19日にサイトで公開してもらったのはこの方式。
鼻音の前で促音が用ゐられることは滅多にないが、鹿兒島では「かごっま辯」「好っな女子」といふ。これについては平成21年12月に加筆した。
連聲は通常は表語文字たる漢字に隱れてゐる現象であり、いはゆる現代假名遣の捕捉できてゐないものだ。筆者が、いはゆる現代假名遣のために誤讀が生じてゐることに氣づいたのは平成22年11月のラヂオ。表記が戰前のものであったかどうかは判らないが、讀み手は假名を静的にとって動的に讀むことができなかった。そこで連聲について書いて、w のない場合をも覆ふやうに一般化した。
朝河貫一博士の入來文書のローマ字が同じだといふことを横濱市立大學名譽教授矢吹晋氏より教はったのが平成23年5月。日本アジア協會紀要第7號所載のアーネスト・サトウの論文がローマ字論だとみて讀んだのが平成24年10月。サトウ方式はまったく同じであった。擴張ヘボン式が附け加へたのは語中のハ行音の區別だけである。
平成25年12月、母音聯續についての章を加筆。
轉寫例 伊呂波歌
Iro`a ni`o`edo chirinuruwo Wagayo tarezo tsunenaramu Uwino okuyama ke`u koete Asakiyumemizhi we`imosezu
音節單位で讀むときは逆アポストロフィで表した語中の h はウ段であれば f で、その他の場合は h とし、有聲音は對應する無聲音にすること。
附記 假名の轉寫を戰後の表記改革と無關係に記述した。これが可能だったのは一つにはハ行ワ行を母音行の一種とみなしたためであるが、もう一つには歴史的假名遣の注記について特に歴史的假名遣のためだと斷る必要がなかったからである。戰後の表記は注記の必要な假名聯續を除外したのであるから、さういふ注記があってもかまはないのである。當然と言へば當然であったし、また助詞のハヘヲがある以上ハ行ワ行についての説明はやはり必要であった。
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