エジプトのムバラク大統領政府崩壊後少しは
落ち着いたのだろうか?
その後はリビアの政府打倒の動きが激しく
連合軍を相手にカダフィ大統領は抵抗をしている
また、日本は未曽有の大地震が3月11日14時半頃
起きて、福島から岩手にかけての海岸線に
17mのような大津波が押し寄せ、海岸線の
街は完全に崩壊してしまった。現在もその為に
被害を受けた福島の原発放射能もれの
大危機にさらされている

これらのニュースでエジプトのその後の状況は
あまり分からないが
私の今回のエジプトはルクソールに行って
王家の墓の街を見学した所を載せる

                                                         2011/04/03

カイロからルクソールに向かうフェリーで迎えた夕日である
赤く染まりうっとりと眺める一刻であった。塔には灯台ではないが灯りがともった
ナイル川はゆったりと流れ揺れは全く感じなかった。船に弱い私もゆったりと船旅を楽しめた
まるで琵琶湖をクルーズしてるみたいであった
ルクソールについた朝である。ナイル川は大きくゆったりと流れ一夜かけて川を遡ってきた。川の向こうに見えるのが王家の谷と言われる岩山であり、ナイル川で隔たったルクソール西岸である。人はこちらは殆ど住んでおらず東岸にルクソールの街がある。
この王家の谷には歴代の王の墓が掘られており、盗堀から逃れるためにこんな辺鄙なところに作ったという。ここにはエジプト初めての女王のハトシェプスト女王が
アメン神、父親のトトメス一世そして自分の為に作ったハトシェプスト女王葬祭殿があり、またあの有名なツタンカーメンの墓もあった
これはメムノンの巨像であるがハトシェプトっ葬祭殿に向かう途中にあり西岸遺跡を守っているようにも思えた。ギリシャ神話で母を慕って泣いたエチオピアの王の名にちなんで「メムノン」と名づけられた
昔は夜明けにキーンという音を発したそうです。
でもこの顔は何かの映画で見たような気がするな
これはナイル川の西岸からルクソールの東岸を見たルクソールの街である
すでにエジプト遺跡が密集しているのが伺える
ルクソール東岸の街であり街はこのような膨大な遺跡と混じり合って居る街だ。そのひとつ、カルナック神殿である。見事な建造物に目を見張ってしまった
この神殿は大きく三つに分かれこれはそのなかのアメン大神殿でる。アメン信仰の発祥の地として中王国時代に建てられ、
その後歴代のファラオによって増築されていった。
入り口はこのようにスフインクス参道である
こちらはもうひとつの大きな代表的なルクソール神殿であるこれは前のカルナック神殿の付属神殿として建てられたものだそうだ。
神殿はアメンヘテプ三世が作りその後ツタンカーメンやラムセス二世により増築された。壁や柱にはレリーフや象形文字などが刻まれているこの写真の中で亀みたいな像が映っているがこれは日本でいう「カメムシ」であり、エジプトではこの虫は神様の使いとされており、この像の周りを三回廻ると愛が実ると言われていて大勢の人が輪になってぐるぐる廻っていました。私は三回半廻ってしまった。果たしてこの効果はどうなるんだ??はは・・・