頬をなでる優しい夜風に空を仰ぎ見れば、そこには満月。月の光に、深い森に囲まれた青い湖が浮かび上がる。
少年は静まり返っている湖に、そっと素足を踏み入れた。
水の冷たさを感じつつ腰のあたりまでつかりながら、少年は水をすくい上げた。
指の間から水がこぼれ落ちる。
ぼんやりと水浴びをしながら思うのは、あの人のこと。
凛とした、けれど優しい銀青色のまなざし。触れる手の温かさ。
いつも、遠いあの人を思っている。
あの人を失ってから、気が遠くなるほどの時が過ぎた。
その間に、生きる目的を見つけた。共に生きる仲間を見つけた。けれど――――。
あの人のことが忘れられない。
ただそれだけが苦しい。
一度はこの苦しみだけの深淵から救ってくれた人もいた。なのに、抜け出せなかった。それは、僕の弱さ。そして、またこれも逃げだと解かってても彼に言う。
「眠ろうと思っているんだ」
―――駄目だッ。
すぐさま、内から彼が反対する声が響く。
予想道理の反応をする彼に懇願する。
「アラーヴァ。お願いだ、もう永眠らせて……」
そうじゃなければ、僕は……。
言葉にはしない。必要もない。
誰よりも側にいるから、誰よりも解かってくれている。
眠ることを許して欲しい。
いつも前を向いて生きていく君の中にいるから。
アナタガイナイ世界ナンテ存在スル意味ガナイ。
夜風が湖面に細波を作る。
銀の月が全てを見ていた。