過ぎ去る時

 

   

 

「今夜飲みに行かないか」
 いつもと変わりのない午後に同僚のヴィンセントが誘ってきた。
「新婚の旦那を誘うなよ」
 すぐに横からハヤトが冷やかす。
「そっか、おまえ結婚したんだっけ。……できるとは思わなかったよ」
 むっとしたイリュウスにヴィンセントが慌てる。
「いや、一生できないとかいうんじゃなくて、こんなに早くできるとは思わなかったってこと。…………おまえって不器用じゃないか」
「それよりオレは、よくあんな美人な女性を捕まえたと思うけれどもね。…………しかも、あの人の妹だろ? 結婚した時に殴られなかったか?」
 ハヤトが好奇心を隠さずに尋ねてきた。
「……した時には殴られなかった。けど……」
「……泣かせた時には、覚悟しろよ」
 不意に通信機の奥から聞こえてきた声に、三人は一瞬固まり、きまずい思いで互いに顔を見合わせる。
 さまよわせた視線が入口近くで声の主を探しあてた。
「…………通信機が開いたままだ」
 レークは低く言い捨て、奥の部屋へと向かう。数歩で立ち止まり、振返った。
「俺は今日、早く引き上げるから、用事がある奴はさっさと来い」
 ふたたび三人は顔を見合わせた後、ヴィンセントとハヤトは仲良くイリュウスの肩を無言で叩いた。
「えっ! オレ?」
 イリュウスを残して二人はそれぞれの持ち場にもどっていった。

 納得のいかない思いでイリュウスは広間の向こうの透明な仕切りに隔てられた小部屋に入った。
 イリュウスの顔を見るなり、レークが笑い出す。
「…………何なんだよ」
 不愉快そうにふくれる。
「いや、……やっぱり、お前が押し付けられたかと…………」
「ったく、なんで早く帰るんだよ?」
「シオンと出かける」
「……」
 イリュウスがため息をつき、赤銅色の前髪を書き上げた。
 その腕の時計にレークが目を留める。
「ブランかからの贈り物か」
「…………オレ言ったっけ?」
「あいつの好みだからな、そういうのが」
 ふと翳りを落すレークの横顔に、イリュウスは尋ねる。
「……………おまえ、やっぱりホントは恨んでいるのか?」
「………少しな」
 慌てるイリュウスに、
「どうせ、いつかはなったことだ。気にするな。……いつまでも子どもだと思っていたらば、いつのまにか女の顔をしていた。……いつか俺のもとを離れていったさ」
「それってなんかホントに父親みたいだぞ」
「………みたいなものだからな……」
 寂しそうにレークは微笑って、最後の一枚にサインを入れ終えた。

《続》


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