LAST SUMMER

 

   

 

「あっつー」 平太は本日何度目になるかわからない叫び声を上げた。
目の前には延々と続く白い石畳。千二十三段あるという噂だが、いったいどんな暇な人がかぞえたのだろうと思う。
そういう平太も昔、数えてみたことがあるのだが、五百段ぐらいのところで、数が分からなくなってしまい確認はできなかった。
じりじりと焼きつける太陽に、額から流れ出る汗をぬぐう。
いつ見上げても白い階段ばかりが見えた頂上にやがて赤い屋根が見えてくる。最後の段をのぼり終わった平太が顔をあげるとそれの全貌が明らかになる。
少々古びた雰囲気のある粗末な木製の茶店で、軒先にぶら下がっている「氷」の文字がすずしげだ。
太陽の熱からさっさと逃げるべく、平太は目的の場所へと逃げ込んだ。
「おばちゃーん、とどけものだよ」
奥から、少し腰の曲がったおばちゃんが出てきた。
「ごくろうさま。好きなアイスをたべていっていいよ」
その言葉に平太は小躍りし、店先のクーラーボックスの中から、ソーダーを選び出した。
店の側にそびえた立つ大木の下の緑陰に腰を腰下ろした。
アイスの袋を音をたてて破り、かぶりつく。
頭が痛くなるような冷たさだ。
半分ぐらい食べたところで、汗も引いてきて平太は目を上げた。
遠い山並みの鮮やかな緑が目に入る。
時がとまっているかのような静けさの中、蝉の声だけがうるさく鳴り響く。
雫がアイスから滴り落ちた。平太はとけかかっていることに気付いて慌てて食べ終える。
残った木の棒を裏返すと先が赤い。再び茶店に赴くと、
「おばちゃん、あたりでたよー」
「出ちゃったかい、いいよ、好きなのを持っていきな」
うれしい言葉だったが、平太もさすがに二本目はどうかと悩んだ。ふと頭を弟の顔がよぎった。
「またねー、おばちゃん」
その言葉とともに平太は二本目のアイスを持ち、階段を駆け下りていった。

再び、汗だくになって家へと帰りついた平太は弟の名前を呼んだ。
「けーごー」
しかし、家からは返事が返ってこなかった。
少し不機嫌になりながら、薄暗い家へとあがり、アイスを冷凍庫へと放り込む。団扇を持って、縁側へとすわりこむ。
ゆっくりと扇ぎながら、庭の元気の無い草花を見る。
まだ日は高い。
平太はごろりと横になった。冷たい床が気持ちいい。

「……ぃちゃ…」
いつの間にか眠っていた平太は弟の呼び声に目を覚ました。
「兄ちゃん、なにしてんのさ」
上から奎吾が覗き込んでいた。
「冷凍庫にアイスがあるぞ」
「溶けたアイスなんておいしくなかったよ」
しっかりくってんじゃないか、平太は心の中で呟く。
ずいぶんと寝ていたらしく、何もない空に唯一浮かんでいた太陽は沈もうとしている。
涼しい風が風鈴を鳴らし、通り過ぎていった。

もう少し立てば、空は濃紺に染まる。
今夜は満月が昇るはずだ。
「西瓜がたべてー」
「そんなに冷たいものばかり食べているとお腹こわすよ」
奎吾は冷たく言い捨てるとぺたぺたと裸足の音をさせて去っていった。

暑い夏の日が過ぎていく。

           
《終》

 



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