遥か地平の彼方まで続く、規則正しく並べられた十字架の墓標。
 沈みかけた夕日が、長く十字の影を地にも落とす。
 いつか見た光景―――忘れることのできない、故郷の風景。
 そして、そこには―――。

 チリン。

 背後で鈴の音が響いた。懐かしい音。
 故郷の、同じ風景の場所で、よく聞いていた音。
 まさかと思いつつも振り向いた。
 黒い衣服に身を包んだ青年がいた。青い髪に深緑の瞳……。
「…美…嗟……鷺?」
 半信半疑で呟いた。
 記憶の中にある彼よりも成長しているけれども、面影がある。
「久しぶり、シオン」
 美嗟鷺がゆっくりと、昔と変わらない穏かな笑みを浮かべた。
 シオンは目を見開いた。
 何か言おうと思っても、言葉が出てこなかった。懐かしさに涙が出てくる。
 気がついた時には、すっかり大きくなった美嗟鷺にしがみついていた。
「……会いたかった」
 シオンは涙に濡れている紅い瞳を閉じた。
 美嗟鷺はシオンの頭の上に手を置いて、目を細める。
「……みんなは?」
 上から降ってくる声に、シオンは体を固くした。
「……………君が最後だよ」
 長い沈黙の後にようやく言葉を返した。
「……そう」
 美嗟鷺は驚いた様子がなかった。

 チリン。

 美嗟鷺の右足についた鈴が鳴る。
 数歩美嗟鷺は歩いて沈みゆく夕日を眺める。
 シオンが美嗟鷺の背中に言葉をかける。
「なんで、出ていったの?」
 ずっと聞きたかったことだった。
「どうして、君はここに来たの」
 反対に質問を返される。
「……もう、あそこには何もないから」
 手が震えた。
「……オレも……あそこには何もないと思ったんだ」
「……僕は…いたのに……」
 胸の奥が痛む。
 シオンは悲しげに美嗟鷺を見つめる。
「きみは変わらないね」
「……君は変わったよ」
 君との間に消えない壁がある。
 美嗟鷺が一面に並ぶ十字架の向こうを見つめる。
「お客さんだ」
 あいかわず、美嗟鷺はここでも墓守を続けているらしい。
「それじゃあ」
 笑顔で別れを告げて、美嗟鷺は去っていった。
「さようなら」
 シオンは茫然と呟いた。美嗟鷺を追いかけて、これ以上「別れ」に耐える自信はなかった。

 乾いた風が通りすぎた。
 美嗟鷺の姿が消えた後には、どこまでも続く十字架の墓標。
 長い十字の影は太陽が沈むとともに、闇に溶けていった。

          
《終》


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