受難

 

   

 

 最初に目に入ったのは灰色の天井だった。
 見なれぬ景色に昨夜の記憶を思い出しながら、半身を起こして癖で髪をかきあげる。
「?」
 ふとその髪が長いことに気づく。困惑しつつも指でたどっていく。
 むにゅ。
 やわらかい感触にふれる。
 おそるおそる見下ろした先にはくっきりしたと胸の谷間。
「―――――」
 一瞬、思考回路の何もかもが停止する。
 止まった息を大きく吸い込み直すと、元凶の男の名を廃墟轟かせた。
「ハインツ・ディートリッヒッ!」

 通路をものすごい速さで近づいてくる足音がしたかと思うと、扉が音をたてて倒れた。
 その音にシオンは読んでいた本から視線をあげた。
 扉の向こうには、紅玉の瞳に怒りをみなぎらせ,赤い髪を背中まで流した見た目は可憐な少女が立っていた。
「おはよう、アラーヴァ」
 シオンが挨拶をする。
「ハインツはどこだ?」
 ふっくらとした形の良い唇から殺気立った第一声がこぼれる。
「ここだけど」
 アラーヴァが振りかえると、欠伸を噛みながら近づいてくるハインツが目に止まる。
「朝から何事」
 柳眉を逆立てているアラーヴァを気にした様子もなく、ハインツはシオンの向かいの椅子に座り込む。
「何なんだ、これは」
 自分自身の体を指してアラーヴァが詰問する。
「何って、新しい体だろ。一つの体に二つの人格じゃ、きついから、俺がつくってやったんだろうが」
 偉そうにハインツは言い放つ。
「そうじゃなくて、どうして女の体なんだっていってんだよ」
「野郎の体なんて作る気になるか」
 事も無げに言い捨てたハインツにアラーヴァが詰め寄る。
「ハインツッ!」
「はいはい、そのうち作ってやるからよ。その破壊癖が直ったらな」
 倒れた扉をさす。
「何で?」
「その調子で突っ走られたら、壊れるだろうが」
 アラーヴァの右手を指す。
「?」
 視線をやると垂れ下がったままの右手に気づく。
 気まずい思いでアラーヴァが黙ったる。それをハインツは見ると、
「それじゃあ、行こうか?」
 やけにうれしそうなハインツの声。何か背筋に寒気を感じてアラーヴァが訪ねる。
「どこに?」
「腕の修理。それと、……俺に言わせる?」
 余裕たっぷりの含み笑い。
「アラーヴァ、きみって周りの人間に恵まれていないよね」
 同情的なシオンの声。
「?」
 さっぱりわからずにハインツに視線を向けると、
「まさか無料タダだと思っていないよな」
 本当に嬉しそうにハインツが告げる。
「………」
 ハインツが何を要求しているか、ようやくわかったアラーヴァは拳を震わせ、腹の底から叫ぶ。
「ハインツのバカ野郎―――――ッ!」

《続》


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