学園天国

 

   

「出来たあぁ!」
 薄暗い部屋の中で、隼人は一人叫んだ。
 手中の冊子の表紙には丸秘と入っている。
「これで、これで……」
 感極まったあまりに自然と言葉が口をつく。
 怪しげな光が宿った瞳で、誰もいない部屋を見渡して、 やはり怪しげな笑みを浮かべてから、手に冊子をしっか りと握り締め、隼人は部屋を後にした。

 6月半ばの学園には奇妙な緊張感が有った。
 表面上は穏やかに見えるのだが、その頃、水面下では 密かに準備が進められていたのだ。
 その準備とは、学園祭のものである。
 べつにそれ自体に問題はないのだが、その時に劇を上 演するのだ。
 その劇の配役がこの季節に決まる。
 この劇は男女がそれぞれ別れ、同じ演目を紅白対決と して上演する。勝った方には結構豪勢な賞品がでるので、 なかなか白熱した対決となる。
 と、ここまではいいのだが、一つだけ問題がある。
 それは、先にも述べたとおり、陣営が男と女に別れる のだ。
 そして、同じ演目を上演するのだ。
 つまり、どちらも必ず、男装、あるいは女装の必要性 がどうしても出てくるのだ。
 女性陣は男装したところで、凛々しい宝塚のような ものでよかろう。  あまりの嫌さ加減に『女役回避計画書』なるものまで 作ってしまっているのであった。

 さて、その配役を決める場面。
 今回の劇は一体誰が選んだのか分からないがいわゆる 「王子と姫」の話だ。
 形式は建前上立候補となっているが、無論出るはずも なく、さっさと推薦に移行される。
 推薦とは名ばかり。内輪での相談、団体の総意となる。  少しでも向いていると思われると、あっという間に決 まってしまう、というわけである。
 そこで隼人は自分に矛先が向かないように気をつけて いるのである。
 推薦といったって、誰でも良いわけではなく、それな りにはまり役でなくてはならない。主役であればなおさ らのことであった。
 隼人は不幸なことに小柄であった。この場合、推薦さ れてしまう可能性が充分にある。
 やりたくない場合はさっさと生贄を捧げ、逃げるのが 一番である。
 そこで、隼人が挙げた名前は、
 ――――和泉怜。
 本日、欠席中。
 つまり、本人に反論の余地なし。
 おまけに美人である。
「こんな時に休んでいるヤツが悪い」
 皆、その意見なのだ。自分自身がやりたくないとい う一心で、その場にいないものに決めてしまった。
 そして問題がでてくる。
 どうやって引き受けさせるかである。
「で、どうするんだ」
 親友・聖司が隼人を見る。
「あの人には泣き落としが一番だろう」
 皆の視線が和泉怜の親友である碓氷隆一に集中する。
「……えっ?」
 固まった隆一を一同は無視した。
「………その手でいこうか」
 その一言で全員の意見が一致し、一応の議長役が頷く。
「姫、和泉怜に決定っ!」
 言った瞬間に、とても間が悪いことに(いやとても良 いのかもしれないが)扉が開いて、怜が入って来た。
 一途に集中した級友達の視線を怜は見返す。
「………何だ?」

「それで、俺が姫だと」
 隼人から説明を受けた怜は不機嫌極まりない顔で呟い た。
「そうそう、似合っているしさ」
「隼人、お前がやればいいだろう」
 一瞬ぎくりとする。
「あ、オレは監督もやるから、忙しい役はできないんだよ」
 実はこれも隼人の計画の内。役職は忙しいので嫌わ れるのだが、こういう時の口実のために引きうけていた のだ。

 輪の端で隼人を見つめ囁く声がある。
「なんかアイツむきになっていないか?」
「この間、好きだった子が和泉に告白しているところを 見ちゃったらしいよ」
「なるほどねえ、恨みがこもっているわけか」
 その周辺の人々が頷き、気の毒そうに隼人を眺める。

「和泉、お前が引き受けないと碓氷に回るぞ。……あん なヤツが姫をやるんだぞ?」

 横から聖司が脅す。
「あいつにまともに演技ができると思うのか? 頼む、 引き受けてくれ」
 ひどい言われようの碓氷隆一であるが、彼は演技が全 くできない人間なのであった。
 全員に頼まれ、仕方なく怜は返事をした。
「わかったよ」
  怜一人を抜かして、周りが歓声を上げる。
(…………はめられた)
 苦い思いでため息をつき、横で難を逃れて嬉しそうに している隼人を怜は睨み付ける。
「そのかわり、お前も侍女役ぐらいやれよ」
 一瞬動きを止め、慌てて断ろうとした隼人を周囲が止 める。
 無事に姫が決まったのならば、多少の被害は仕方がな いのである。
「侍女、遠藤隼人に決定っ!」

 こうして隼人の緻密に張り巡らしたはずの策略、
 ―――無事男役になって、可愛い彼女を作って、それ から……なんて夢だったのだが、一気に崩壊してしまっ たのであった。

 敗北に打ちひしがれて、がっくりと肩を落とした隼人 をよそに、その後、配役は無事に進み、男役になった者 はもちろんのこと、女役になってしまった者も最大の難 役は逃れられたので、複雑そうな顔をしつつも、無事終 わったことを喜んだ。
 固まりきった隼人の肩を親友が叩く。それでようやく 隼人は現実に立ち戻り、勢いよく振り返った。
「聖司ぃ〜、なんで協力してくれなかったんだよ」
 頬を膨らませ、詰め寄る。
「和泉を女役にするから協力しろっていったんだよな?  お前が女役をやることに関しては何もいってないだろ」
 見事王子役を勝ち取った男は不敵に笑う。
 何も言い返せない隼人は、再び落ち込むだけであった。

 

 今回の隼人の失敗は他人に押し付ける事のみに気をと られ、自分自身の安全の確保を怠ったことにある。
しかし、彼の最初の目的「彼女を作って〜」云々のと いうところは、その後、女性陣の侍女役の娘と仲良くな り、当初の目的は何気に果たせたのであった。
 めでたし、めでたし。
                                 《終》


戻る