夜の招待状

「ルーク、まだ起きていますか?」
 覚醒を促す言葉であるにも関わらず、優しすぎる声音にかえって眠気を誘われる。再び耳元で囁かれていたら、そのまま眠りに落ちてしまっていただろう。言葉の代わりに、触れてきた冷たい指先にうっすらと目をあける。
「なに? ジェイド」
「起こして、すみません。ピオニー陛下から招待状が届いたものですから」
「招待状?」
 半分夢見心地で不思議そうにルークが呟く。昼間ピオニーには会ったばかりだ。また招待される理由がわからない。おまけにジェイドが眠りかけていたルークを起こすことが珍しかった。いつもは夜更かししたがるルークを寝かしつけことが多かったからだ。
 ルークの疑問に答えることなくジェイドは微笑を浮かべる。
「今夜は良いものが見られますよ」
「良いもの?」
「見てのお楽しみです」
 あくまで教えてくれないジェイドにすねかけたものの、差し伸べられた手にすぐに機嫌を直した。
 寝台を抜け出して、上着を羽織ると、夜のグランコクマへと足を踏み入れた。
「うわあぁ……すご……」
 宿屋の扉を開けた瞬間に飛び込んでくる蒼い光に目を見張る。
 深夜だというのにまるで昼間のように蒼白い光が降り注いでいた。視線を上げれば、真ん丸い月が昇っている。月光に照らされて石畳の道が白く浮かび上がる。恐る恐るルークは足を踏み出した。当然ながら、ちゃんと足が地につく。
「ジェイド、見せたかったのって、これか?」
「そうですね、これも見せたかったですが、これぐらいなら、大概の夜には見ることができますよ」
「そうなのか?」
 昼間の街も綺麗だと思ったが、夜はもっと綺麗だ。不思議なことに街中の至るところを走っている水路が青く光っていた。輝く水面は足元を照らし、夜だというのに灯りはまったく必要がない。
 この景色をいつでも見ることができるとは、グランコクマの住民は幸せだと、ルークが呟くと、月が痩せた時には、さすがに灯りがつきますよと、ジェイドが教えてくれた。
「いつもの景色もみたいな」
「夜更かしはだめですよ」
「ちょっとぐらいいいだろ」
「これでは、あの光景を見せたら、あなたが毎晩出歩いてしまいそうですねぇ」
「………………そんなにすごいのか?」
 ルークが期待に瞳を輝かせて訊ねるもジェイドは深い笑みで答えただけだ。  ジェイドが自信たっぷりなのはいつものことだが、何も教えてくれないのはめずらしい。自分の目で確かめろと言わんばかりに、宮殿への扉を指し示した。
 期待に胸を躍らして王宮の扉を開いた。
 透き通った蒼い光が差し込む。
 夜だというのに、室内だというのに、まばゆいばかりに光に溢れていた。
 言葉なく目を見張る。
 昼間見たばかりの景色とは思えない。まるで別世界に彷徨いこんでしまったようだ。
 綺麗だ。素直に感嘆し惚けたままのルークの手をジェイドがひく。
 まるで光の中を歩いているようだった。
 夜の王宮内はただ水音だけが微かに聞こえてくる以外、静まり返っていて誰に邪魔されることもなく、二人は謁見の間へと入室した。
 ここからは、なんとも豪華絢爛な水鏡の滝が見渡せる。
 そこに――

 虹が浮かんでいた。

 鮮やかに浮かび上がった七色の光は、なんとも幻想的な的な光景だった。
「………………ジェイド、……これ」
「……満月の夜だけに、運がよければみれるんですよ」
 ルークは窓硝子に手をついて、瞳に焼きつけんばかりに凝視する。
「ね、綺麗でしょう」
 ルークが無言で首を縦に振った。
「ルーク、なぜ陛下が招待してくれたかわかりますか?」
「この景色を見せるためだろう?」
「……それもありますが、……伝説があるんですよ」
「伝説?」
「夜の虹を一緒に見ると幸せになれるとね」
 とたんにルークが赤面し、いつもの生意気な言葉一つ出すことができない。
代わりに熱い顔をジェイドの広い胸に埋める。
「………………恥ずかしいこといってんじゃねぇよ」
「もっと恥ずかしくしてあげましょうか?」
「…………いい」
「好きですよ……ルーク」
 今度こそ完全に絶句したルークに満足そうにジェイドは笑った。



夜のグランコクマと書きたいと突発的に書き上げたもの。
景色のほうをかくほうが目的でした。
素直に感嘆してくれるのはルークだなぁとじぇいるくになったのでした。


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