許されない嘘

その日、グランコクマの宮殿に激震が三度走った。
不幸なことに宮殿に仕える者たちは、突飛な主の下で些細なことには動じなくなっていた。その彼らが心底驚愕したもの、それは――。

その1.陛下が女性になった
 ありえない自体に対し、皆最初冗談だと思ったのだが、実際にピオニーに会いその姿を見、突きつけられた事実に卒倒するものが続出した。

その2.陛下がご懐妊された
 グランコクマでお世継ぎ問題に頭を悩ませていた一部のものたちは涙を流して狂喜した。陛下のもとに次々と送り届けられる花束で宮殿は一時埋もれた。

その3.陛下のおなかの子はカーティス大佐ではない
 以前から、カーティス大佐とピオニー陛下の親しすぎる付き合いは目に余っていた。その彼が相手ではないという。それでは忠実なフリングス少将かと、彼のもとに問い合わせが殺到したのだが、彼は真っ赤な顔をして、陛下の肌に指一つ触れたことはありませんと、あわてて否定をした。では、ブウサギ係かとつっつけば、彼は青い顔をして、「今の陛下じゃ近寄ることもできません」と青い顔で否定した。
 それならばと他の面々を見渡してみても、あのカーティス大佐を差し置いて、陛下の近づくような度胸の持ち主がいるとも思われなかった。


 朝、いつものようにピオニーを起こしにきたメイドは、ブウサギの群れと散らかったものをたくましく掻き分け、陛下に声をかける。
「陛下、朝でございます」
「……もう少し……寝かせて……」
 いつものならば、ここで容赦なく布団をはがし、寝起きの悪い主を容赦なく叩きおこすのだが、いつもと違う声に調子でも悪いのかとその顔を覗き込む。
「陛下、どこか御具合でも悪く――」
「ん……」
 金の髪がさらりと揺れ、蒼玉がわずかに見開かれる。
 ぼんやりと天上を見つめていたものの、珍しく自力でベッドに起き上がると、未だ夢心地のまま着替えようと服を脱ぎ始める。代えの服を受け取ろうとメイドに腕を伸ばしたピオニーは返されないことを不審に思い視線をやる。
 メイドは一点を凝視し、硬直していた。  思わずその視線の先を追いかけて振り返るが、あるのは今ピオニーが抜け出してきた寝台のみ、怪訝に思い再び顔を合わせるとその視線が自らの後ろではなく胸元に集まっていることに気付く。ふたたび視線を追いかけてピオニーはそこにふたつのふくらみを見つける。
 まだ寝ぼけているのだろうか。
 ぷにぷに。
 触れた感触は、本物だ。
 ……というか、触れられている感覚がするのだが……。
「……女に……なった?」
 さすがのピオニーも思考が停止する。

 すぐさま侍医が呼ばれ、陛下の診察を行った結果。出された結果は正真正銘の女性になってますというものだった。
 この噂が宮殿の隅まで響きわたる前に、次々と驚くべき事実が宮殿を駆け巡った。だれもが真実と嘘を見極めようと皇帝に謁見を願いでたが、彼は――いや彼女は、ある意味渦中のジェイドと共に寝所に篭ってしまった。
 こうなっては邪魔をするわけにもいかない。グランコクマの宮殿は混乱に陥っていた。


「どーして、こんなことになったんだ」
 自らの身を抱きしめピオニーはつぶやく。
「何か心当たりは?」
「ない。……ってか、お前こそ何かしたんじゃないのか? あやしげな投薬とか実験とか」
「何もしていませんよ。それどころか、“私じゃない”そうですからねぇ」
 意味深な響きを持たせて強調したその言葉にピオニーの方が跳ね上がる。
「ジ、ジェイド……怒っているか?」
「いいえ、むしろあきれています。それでどうするつもりなんですか?」
「どうって」
「いつまで、こうやってここに閉じこもっていらっしゃるつもりですか」
「う……」
 彼の嫌味は常とまったく変わっていない。それどころか態度すらまったく変わっていない。ピオニーすら動揺し思わず寝所に篭ってしまったというのに。
「お前ぜんぜん驚いていないだろ」
「これでも精一杯驚いているつもりですが」
「ぜんぜん見えん。やっぱりお前何かしたんだろ。言え、何をした。今なら許す」
「許すも何も……ああ、そうですね、これからしますしね」
「へ?」
「陛下、許していただけますか?」
 ただならぬ予感に後ろに下がろうとしたが、すぐに壁まで落ちつめられる。それでもにじりよってくるジェイドから逃げようとすれば、押し倒されるカタチとなる。
「ジ、ジェイド」
「何ですか、陛下」
 白い指先が服の下にすべりこみ 褐色の肌の上を這う。
「……って何してんだ」
「……さわり心地は大事でしょう」
 手の平で小振りの胸を包むと優しく揉む。
「んっ……やめ……」
「大丈夫、これぐらいのほうが好きですよ」
「そうじゃなくって、だ、だめだ、こんなことしたら……」
「こんなことしたら……?」
 たずねておいてその唇を奪う。そのまま頬にすべり、耳元で囁く。
「ダメなのは、妊娠するから?」
「っ!」
 なぜ知っているのかと蒼の目が問う。
「嘘でしょう、“ご懐妊”なんて」
 ジェイドが喉の奥で笑う。
「オレのせいじゃない、侍医の言葉を周りが勝手に勘違いしたんだ。ご懐妊もできるでしょうって言われたのに、ご懐妊してますって……」
「そして、とめる暇もなかったと……」
 思い出したのか、ピオニーは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「可愛い顔が台無しですよ」
「お前、可愛いってなあ……ってジェイド」
 あせるピオニーが とめる暇もなく、ジェイドは先ほどの続きをはじめる。すなわち服を脱がせ、その肌に口付け、逃げようとする身体を抱きとめる。
「いい加減あきらめたら、いかがですか? それだけ、望まれているってことですよ。」
「だって、お前……」
「例え、女性になっても、愛していますよ、ピオニー」
 正面きっての告白にピオニーが絶句する。
 赤く染まりきった頬をごまかすようにジェイドの胸に顔を押し付ける。
 金の髪をすくうと口付ける、いつもの彼からは想像もつかないやさしい顔で囁く。

 嘘なんて――本当にしてしまえばいいじゃないですか?



甘々な話を書きたいと思ったらなぜかコレ。
ぜんぜん甘くなりませんでしたけど(というかジェイドがただのスケベ親父ですよね)、ちゃんと両思いのつもりです。


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