例えどんな時だろうと

 楽しいことは楽しまないと損だろう?

 皇帝という激務の多大なストレスのはけ口か、あるいは彼の性格故か、ピオニーは楽しいことが好きだった。職場放棄の回数と、とっぴなことをしでかすことの多さを顧みるに、後者の可能性が高い。だが、とジェイドは思うのだ、静かな青きグランコクマの町並みを、オレンジと黒の彩色に染め替える毒々しい飾り付けは、ジェイドの故郷であるし雪降る街に突如として出現する華々しいカジノを思い起こさせた。静かな故郷には不似合いなカジノはピオニーの祖父の命による。楽しいこと好きなのは彼の血筋故か、無茶なことは皇帝だからできることか。どちらにしろピオニーは何でも楽しむのだ。知らずジェイドの頬にも笑みがのぼる。
「おまえ、怖ェからそのカッコで笑うなよ」
 思案に浸っていたジェイドを、騒々しい現実へと引き戻したのは、今まさに想っていた渦中のピオニーだった。
「おや、ハロウィンの仮装しろといったのは、あなただったと思いましたが?」
「俺はそこまで、徹底的にやれといった覚えはないんだがな」
 ピオニーの指摘は、ジェイドの徹底的な仮装にある。大鎌と黒いコートがトレードマークの役は死神だ。それだけであればハロウィンの仮装で問題はない。だが、ジェイドは大鎌と服装に血糊まで化粧していた。はっきりいって怖い。待ち行く人々は誰もジェイドと目を合わせようとはしなかった。その傍にいるのは、白いゴーストが一人。
「逆に私はあなたがそんな簡単な仮装で済ますとは思いませんでしたけどね」
「ん、そうか?」
 白い布をかぶっただけの一分でできる仮装。二つの覗き穴からジェイドを見つめる瞳は蒼い。
「俺はお前が死神を選んだことの方が以外だけどな」
「そうですか?」
「サフィールの馬鹿は眼中になしか?」
「…………あんなヤツ、ハナタレで十分ですよ」
 嫌そうなジェイドの口調にピオニーが苦笑する。
「あいつもくればいいのにな」
「せっかくのお祭りが台無しになりますよ」
「会いたい人に会えるのがハロウィンだろう?」
「会いたいどころか、顔も見たくありせんが、そもそも、そのめちゃくちゃな祭りの起源はどっから来ているんです?」
「もともとは亡くなった人が会いにくるって話だろうが。会いたくないのか?」
 ジェイドの顔が一気に曇る。
「………………私がしたいのは謝罪です。会いたいわけではない」
「それも会いたいという感情の一種だ」
 簡単に断言したピオニーにジェイドが瞑目する。
「…………あなたにかかるとどんなことも簡単に片付けられそうだ」
「お前が難しく考えすぎなんだよ」
「あなたが軽率すぎるんですよ」
「せっかくの祭りだ楽しまないと損だろう? 辛気臭い顔してるなつーの」
「あなたはいつでも楽しそうですけどね」
「そうかぁ、いつも新年祭だ、建国祭だって、祭の名がつくものにいつも俺は行事で借り出されて、ちっとも楽しめねぇよ」
「だから、こんな企画を立てた、と?」
 グランコクマの町並みをオレンジと黒で飾りつけ、住人にはそれぞれ仮装を命じた。王宮からはタダ酒が振舞われ、いつもは静かな町並みもほどよい賑やかさだった。
「皇帝が必要とされない行事が主催したかった。それにこのカッコだったら、誰も俺だと気付かないだろう?」
 口元は見えない。だが、想像でピオニーの口元には、いたずらめいた笑みがあることが想像できる。つられてジェイドも再び笑みを浮かべる。
「ジェイド。……だから、怖ェから笑うなって」
 真剣な声でピオニーが止めるもののジェイドにとっては静止どころか逆効果だった。ジェイドが笑うのをやめたのは、ピオニーがすっかりへそを曲げそうになった一歩手前だった。まだ、笑い足りないのを必死で耐える。
「へい……ピオニー。そんな怒らないでください」
「…………怒ってねぇよ」
「あなたがそんなに嫌ならこの仮装を解いてきますよ」
「……………………嫌じゃない」
「盛大に眉を寄せながら言う台詞ではありませんね」
「お前がいなくなるほうがつまんねーんだよ。二人でゆっくり楽しめると思えば、そのカッコも悪くはないさ」
「私はあなたにキスができなくって、少々寂しいのですけどね」
 ピオニーの姿の大半は白い布に隠され観ることには適わない。だが、気配だけで彼が照れていることぐらいは簡単に察することができる。
「……………………あとで、好きなだけさせてやる」
「今、したいんですけど?」
「………………馬鹿」
 白い布が翻り、ジェイドを包みこんだ。

 あなたと一緒でなくては、楽しめませんよ。 ――。



ハロウィンネタ。
甘い二人だけになってしまって他の方の出番がありませんでした。
一応、他のキャラの仮装も考えていたんですよ。

ピオニー……ゴーストor海賊
ジェイド……死神
アンバー……かぼちゃ
アスラン……狼
ガイ……ミイラ男
メッツ……ドラキュラ
グレン……フランケンシュタイン
ティア……魔女
アニス……悪魔っ子
ナタリア……天使
ルーク……ピエロ
今のところこれぐらいです。


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