捕食者の性

 背にあたる感触で、壁に追い詰められたことに気付いた。
 こくりと緊張に喉を鳴らして、近づいてくる男を見据える。
「どうしたのですか? もう逃げないのですか?」
「どこに逃げるっていうんだ?」
「右にも左にも。私は邪魔をしていませんよ」
「逃がすつもりなんか、ないのにか?」
 虚勢の笑みを浮かべたつもりだったが、どこか引きつった笑いになったようだ。
 目の前に男のくせにやたら綺麗な顔が間近に迫る。見惚れるほどの笑顔に思わず視線を奪われた。
 その一瞬で、長い指先がピオニーの頤を持ち上げた。紅い瞳が覗き込んでくる。
「…………今日は諦めが早いんですね」
「無駄に体力を使いたくないだけだ」
「つまりさっさとしろと?」
 服の裾からジェイドの手のひらが侵入する。素肌をすべる感触にピオニーの肩が揺れた。
「もう……我慢できませんか?」
「お前は欲情して入る時、手が冷てぇんだよ」
「私の手がつめたいのはいつものことですよ」
「……いつもお前は盛っているからな」
「それはあなたが誘うからでしょう?」
「強姦魔の代表的な言い訳だな」
「ずいぶんな言われようですね。まだ何もしていないのに」
「この腕は……なんだ?」
 ピオニーの胸の飾りを転がす指先へと視線を落とす。
「遊んでいるだけですよ」
 つまんで、押して、ひねって、会話を交わす間にも、繰り返される行為に、徐々にピオニーの吐息も上がる。
「…サイテー…だな」
 嬉しそうに紅い瞳が、細められる。
「行儀よく“待て”ができたら、“ごほうび”をあげますよ」
「…………………俺は犬か?」
「視線一つで逃げた貴方は、さしずめパブロフの犬ですね。これだけで“ごほうび”を待ちきれない」
「勝手に…言いように、解釈する…な」
 涙が滲む蒼の瞳がジェイドを睨む。
「ピオニー、一つだけいいことを教えて差し上げましょうか?」
 口元には笑みを浮かべ、あくまで口調は優しく、だが、嫌な予感は止まらない。脱兎のごとく逃げ出したかったが、紅い瞳がピオニーを壁へと張りつける。
「……なんだって…いうんだよ」
「……………………本当に私は今日何もするつもりはなかったんですよ」
「っ………」
「逃げられたら追いかけたくなる……捕食者の性でしょう?」
 ジェイドがピオニーの首筋に歯を立てた。



ピオニーに「俺は犬か」と言わせたかったのとで書いたシロモノ。
八色様宅絵茶中に書いていました(笑)
絵茶に文字で参加するんです……ありえないです。


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