残された時間をあなたと紡ぐ幸せを


 俺がこの国の最後の王だ、と呟いた彼の横顔には寂しさが滲んでいた。成人してから移り住んだこの街に郷愁の思いはないと言いつつも、数年とはいえ、多忙な日々を送っていた場所だ。いたるところに思い出が染みついている。彼が見渡す水鏡と呼ばれる街の城壁は明日停止させることが決まっている。隣国の脅威がなくなり、ずっとこの街を守ってきたそれも必要がなくなったからだ。加えて世界を構築するフォニムの減少が重なり維持が難しくなってきたのだ。
 世界は変わり始めていた、世界そのものの危機に対して長年敵対してきた国とも同盟が結ばれた。平和な証拠に隣国では皇太子の結婚式が行われたばかりだ。そして本来敵国の将であったピオニーも招かれ出席した。数年前の戦時下であれば、ありえないような事態だが、確かな事実だった。世界は平和だった。
「ルークたち幸せそうだったな」
「そうですね」
 結婚式に出席した時の豪奢な礼装を未だに身に纏ったまま、二人きりで窓辺に佇む。
 今夜が最後という水鏡を背に、礼装で佇む皇帝の姿には、視線を奪われる。彼は着飾ることを好まないものの素材はいいのだ。華奢な髪飾りも見事なまでの浮き彫りの刺繍も難なく着こなし、彼の精悍さと力強さを彩っていた。あまりない機会に見惚れていたから、彼の言葉に反応するのが、わずかに遅れた。
「ジェイド。……ジェイド聞いているか?」
 二度、三度と瞬きを繰り返し、改めて目の前の蒼玉と視線が合う。
「どうした? 見惚れたか」
 にやりと口の端を吊り上げ揶揄する。是と答え彼の魅力を認めたとしても、否と答え自らの気の緩みを省みても、ジェイドの敗北は決まっている。尊大にならず、自然に自らの存在を認めさせる彼の一種の才能だ。だが、素直に敗北を認めるのも悔しく、口から出てくるのは、いつも使い慣れた嫌味ばかり。
「普段からそのような格好をされていれば、少しは王族らしくみえるのに思っていただけですよ」
 だが、その言葉も裏返せば、今の格好が綺麗だと伝えていることに自身ですら気がついていない。
「んな、格好普段からできるかよ、肩は凝るし、一人で脱ぎ着もできやしない」
「王族なんてそんなものですよ」
「だとしても、俺は嫌だ。ささっと手伝ってくれ、脱がすの」
「やれやれ、男が男に脱がしてもらって楽しいですか?」
「仕方がないだろう、お前しかいないんだから」
 ピオニーがいくら皇帝だからといって、自分で脱ぎ着はできる。だがこの礼装はそもそも一人で着ることも脱ぐことも想定していない。最終的には針で縫って纏っていることもあり、決して自力では脱げないようになっているのだ。
「控えのメイドを呼べばいいでしょう? あなたの話を聞きたくって待ちわびていますよ」
「それが、いやなんだよ。結婚式帰りの土産話なんて、二言目には、俺の見合い話になる」
「このまま一生独身を貫かれるつもりですか」
「お前がいうのか?」
「…………あなたと私では立場が違う」
「お前までネフリーと同じ台詞をいうんじゃねえよ」
 求婚と家臣の進言を一緒にされても困るのだが。
「今更世継ぎだなんだって騒がれてもなぁ……」
 彼の口調が自嘲気味に嗤ったのに、糸を解く手を止める。遠くを見つめたままの彼の横顔はその考えをうかがい知れない。
「……陛下」
「子どもなんてつくるつもりもない。俺がこの国の最後の王だ」
「そんなわがまま、通ると――」
「わがままじゃない。そうするんだ」
 彼の瞳が強い意思を宿しこちらをまっすぐに見つめる。意思の強さ、それが彼の魅力の一つ。
「俺が仕事しなくても、この国は変わっていくさ。王族なんていなくてもいい……。絶対だと思われていたスコアでさえ、変わった。……望めば世界は変わるんだ」
「陛下。……もしかしてダアトの秘預言を……」
「知っていた」
あっさりと彼は白状する。
「私の悪足掻きなどあなたはお見通しだったのですね。」
「俺だって足掻いていたさ、自分が死なないために子どもに運命を引き継がせることもできなかったし、かといって、漫然と殺されてやるつもりもなかった。……俺は俺のために預言に抗ったんだ。だがな、俺は本当の意味で将来のことを考えたことなんてなかったんだ。その点はルークに感謝してもしきれないな。」
「…………」
「変わり続けるこの世界で、このままなどありえないけれども、それでも――ジェイド、お前はずっと俺のそばにいてくれるか?」
「例え、あなたがどんな道を選ぼうともそばにいますよ、ピオニー」
 彼が満足げに笑う。

 例え世界が滅んだとしても、最初からあなただけに尽くすと決めていた。
 預言が覆らなかったとしても、共にいる幸せを教えてくれたのはあなただから。

 久遠の時をあなたと共に――。




やっぱり甘くならない……orz。
ええと補足しないとぜんぜん意味わかりませんね。(←その時点でもうダメダメなんですけど) 陛下は議会制に制度を移行させそうだよなぁという妄想からきているのでした。革命児。 陛下はある意味では確かに国を壊す人だと思うんですよね。


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