好奇心の生贄

 レプリカの間で奇妙な病が流行っていると、噂を耳にした時、ジェイドの脳裏を過ぎったのは、年下の友人ではなく、現在宮殿にて最近庇護したばかりの、青年だった。
 マルクト皇帝の姿を模された彼は、今のところ健康体といって差し支えなく、病の心配はなかったが、病がレプリカだけのものと聞き及び、一応警告までにと思い、彼の元へと足を向ける。
 とはいったものの、オリジナルに似たものか、彼にも放浪癖があり、なかなかその姿を見つけることができない。宮殿内を隈なく探し回りようやく見つけた場所は、意外な盲点とも言うべき、彼の寝室だった。
 未だに寝室から出てきていないということは、流行病とやらに感染し、調子が悪いのだろうか。
「アンバー? どこか、調子が悪いのですか?」
 未だに寝台にうずくまったままの彼に歩み寄る。
「ジ、ジェイド?」
 心配げなジェイドの問いかけに帰ってきたのは、思いのほか元気そうな慌てた声。ただし、毛布をかぶったまた顔を見せず。不審に思い、毛布を引き剥がそうとジィエドが手をかけたところ、彼が逃げる。
「アンバー、顔を見せてください」
「嫌だ」
「アンバー」
 まるで幼子を諭す口調で宥めるが、行動は容赦なくジェイドは毛布を引き剥がした。
「あっ、……ジェイドっ!」
 毛布の下から現れたのは、ぴんとはった三角の――。
「耳?」
 金色の髪の隙間から、茶色の獣の耳らしきものが生えている。その耳を両腕で必死に隠し、アンバーが叫ぶ。
「馬鹿、ジェイド、見るな」
「馬鹿とはなんですか。…………それにしても遅かったようですねぇ」
「?」
「その耳ですよ」
 琥珀色の瞳を瞬かせ、不思議そうに見上げてくる。一瞬の無防備になった隙をついて、覆い隠している手を引きはがす。
「あっ……」
「一体、どうなっているのでしょうね」
「やっ、ジェイド」
 耳に指を伸ばしたところ、顔を背けて逃げられる。仕様がないので、抱きすくめて抵抗を封じる。
「少し見せてください」
「触るなっ!」
 アンバーの抵抗などものともせずに、話すたびにぴくぴくと動くその耳に触れる。
「んっ……ジェイド」
「第七音素がどのような影響で変化するのでしょうね。大変興味深いです」
 ジェイドの指先が根元から耳先まで撫でるのに、目をつぶって、時折体を震わせて耐えている姿は愛らしい。
「そんなに心配しなくてもレプリカがかかる病だそうですよ。二、三日で元に戻るそうです」
「そうじゃなくって、……くすぐった…い」
「神経は……かよっているんですね」
 獣の耳に息を吹きかけた。肩を震わせて反応する彼の様子を楽しむ。
「しかも、感度は抜群……ですか」
「ジェイド、放して」
「嫌ですよ。いろいろと試してみたいことがありますしね」
 心底楽しそうな響きのジェイドの言葉に、アンバーが怯えたように主に助けを求めた。
「――ピ、ピオニー」
 部屋にもいない者の応えは当然返らない。
 真紅の瞳が一層楽しそうに細められた。
 そして、ジェイドの考えていたことは、その耳の謎と、どうしたらオリジナルにも感染させられるかということだった。


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