犬はどちらか

「血の匂いがする」
 久しぶりに帰ってきた恋人の顔を見るなりピオニーが呟く。
「…………返り血ですよ」
青い軍服に包まれた男は顔色一つ変えずに返答する。だが、嘘つきな男の答えなどはじめから期待していない。ピオニーは立ち上がるとジェイドのすぐ傍らまで歩み寄る。
「…………服、脱げよ」
「陛下……まだ夜には早いですよ」
「いいから、さっさと脱げよ」
 それでも動こうとしない男の軍服へと手をかけ、はぎとる。現れた白い素肌に巻かれた白い包帯。
「で、なんなんだ? これは?」
 剣呑な空気を滲ませ詰め寄る。
「……全く犬なみですね、あなたは」
ため息をついて眼鏡を直すジェイドに、ピオニーが怒りをあらわにする。
「誤魔化すんじゃねぇよ!」
「軍人なんですから、怪我の一つや二つ日常茶飯事ですよ」
 事が露見したとしても、ジェイドの淡々とした物言いは変わらない。
「そうじゃなくってだ、……どうして嘘をついた」
「あなたに無駄な心配をかけさせてたくありませんでした」
「馬鹿野郎。そんなんだから余計に心配なんじゃねーか」
「…………何があってもあなたの元に帰ってきますよ」
「帰ってくるのは当然だろう。そうじゃなくって怪我しないで帰ってこい」
「これぐらいなら、あなたを抱くのに差し障りありませんよ」
「……おまえなぁ……」
 ジェイドが自分自身の怪我に無頓着なのは昔からだが、いくら注意したところで改めようとしない点に思わずため息をつく。ピオニーの怒りが殺がれたと思ったのか、ジェイドが腕を伸ばしてくる。視界に入る白い包帯。
「…………ジェイド」
「何ですか?」
「傷に触るから俺に触るの禁止」
 途端にジェイドの動きが固まる。
「お前の傷が治るまで触らせないからな」
「へ、陛下……」
 めずらしくもジェイドが狼狽する。呆然として再びピオニーに触れようとする。
「だからダメだって」
 ジェイドの指先からピオニーが逃げる。
「嫌なら怪我しないで、帰って来い」



蜜さんとこの怪我したジェイド話に萌えて突発的に書いた落書き。
もっとひどい怪我にさせるつもりだったのに、ただの甘々の話になってしまった……。


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