反旗を翻せ

 主の言葉を違えることなど許されない。ましてやそれが一国を治める王のものであるのであれば、尚のことだ。主の命を速やかに、確実に実行する忠誠心の塊のようだと人に称されるアスランだったが、この時ばかりは、是とうなずくことができなかった。
「今、何とおしゃいましたか?」
「……お前の部下どもを引き連れてさっさと国境の警備に向かえ」
 呼吸することも忘れて、礼すらしないアスランに皇帝は苛立ちを露にする。
「お前、もう一度言わせるつもりか」
「も、申し訳ございません」
 即座に謝罪をするものの、やはりアスランは命を受け取ることはない。震えるこぶしを握り締め、アスランは問う。
「なぜ、……なぜ、このような時に、そのような命を」
「こんな時だからだ」
 自嘲気味に嘲笑った王の背後で目の眩む光が瞬く。視線が自然と窓の外へと向かった。入り乱れる青と青の軍服。マルクト軍同士が王宮広場前では刃を交えていた。いつもは静かな水のせせらぎが聞こえる代わりに、今は喊声と剣戟の響きに満ちている。
 内乱。端的に言えばその一言ですむ。王宮に攻め込む軍勢と守る軍勢。どちらも同じマルクト人で纏う軍服も同じ。ただ識別のために攻め込む軍勢は白い腕章をしていた。死を意味する白を身に纏っているのは、圧倒的な数の差が両者にあるからだろう。広場を埋め尽くしているのは、ほとんどが王を守る軍勢だった。だがまるで統制がとれておらず、死を決意した軍勢の前にうろたえ、特攻の度にたやすく奥までの進入を許している。敵の軍勢には強力な譜術士がいるようで、時折派手な光が生まれ、大軍は崩されていった。開戦からは予想もつかなかった結末だが、このままでは総崩れになる時も近い。
 アスランも出陣し、立て直す予定だった。許しを得るために王に拝謁を願ったにもかかわらず、返ってきたのは、傍を離れろという命だった。納得いかず噛み付くアスランに対し、穏やかに王は諭す。
「この隙を狙ってキムラスカの連中が国境を越えてくる可能性がある。国がなくなっては、もとも子もないだろう? お前を……信頼しているんだ。お前なら確実に守りきってくれると、お前にしか頼めん」
「…………陛下」
 主の比類なき信頼に、少しでも答えようとアスランは深く礼をする。感情は納得していなかった。それでも寄せられた信頼には答えなければならない。
「――……この命に代えましましても、この剣、陛下の御為に尽くさせていただきます」
 深く、深く礼をする。ただ一人主と認めたこの人についていくと定めたのは自分だ。例え死ねと命じられようとも潔く従う覚悟はできていた。だが……彼の命は、共にあることではなく、この国を守れだった。

全ては、民のために――彼は皇帝だった。



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大捏造話。何がって続きをみれば微妙な違和感の正体がわかる……と思います。
夢も見ているかたはここで引き返すのがベストかもしれません。ちなみにこの話は勝手にS氏に捧げさせていただきます。
某萌茶でおかげさまで妄想が止まらなくなっちゃったんですもの。


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