鬼ごっこ

 マルトク帝国の首都、グランコクマ――城塞都市の名を冠するこの都市は名とは裏腹に周りを緑で囲まれ、中も綺麗な石畳と豊かな水が溢れる――国内外共に綺麗だと証される優美な都市だった。そして、ここの主ともいうべき、現皇帝はというと、宮殿内にて鬼ごっこに興じていた。大変困ったことだが、この宮殿内において、珍しくもないことであり、家臣たちは、またかという思いで、駆けずり回る主にため息をつくだけだ。ただいつもとちがう点があるとすれば、今回、彼は追いかけられる側ではなく、追いかける側だということだろうか。
「待て〜、ガイラルディア〜」
「待てません〜」
「俺をつかまえにきたんじゃなかったのか?」
 楽しそうにからかうピオニーの声にガイが複雑な顔をする。
「陛下が追いかけていらっしゃらなければ、逃げませんよ」
「逃げるから追いかけるんだろう」
「陛下が近づいてくるからでしょうに」
「なんだ、ガイラルディア。俺が近くにいたらまずいのか?」
「あまりまえです。陛下、今……女性なんですよ。オレの女性恐怖症は知ってますでしょう?」
「……つまらんな」
 心底つまらなさそうに、ピオニーが追いかけるのをぴたりとやめた。とたんにガイも足をとめる。
 紅い唇をわずかにとがらせ、ガイを不満げに睨む。たじろぎつつもなんとかガイはピオニーを説得しようと試みる。
「さぁ、陛下、執務室にお戻りください。書類が待ってますよ」
「ガイラルディア、可愛くないぞ」
「陛下」
 ピオニーを促すガイ独特の抑揚の呼びかけにピオニーは細い腰に腕をあて反論する。
「俺には仕事しろといっておいて、お前は俺にふれず仕舞いか?」
「オレがいてもいなくても陛下の仕事には関係ないでしょう」
「いんや関係ある。オレだけ嫌な思いをさせるつもりか?」
「嫌なって、俺は陛下に触れるのは嫌じゃありませんよ」
「嫌じゃない? それならできるだろう?」
 ガイが固まる。
「どうした? ガイラルディア」
 妖しくピオニーが笑う。
「お前が俺に触れられるまで戻らないからな」
「陛下、無茶言わなっ……」
  ピオニーはつま先立ちをして、軽くガイの唇に触れる。大きく見開かれた空色の瞳を尻目に踵を返す皇帝陛下。
「さぁて、仕事に戻るか」


お、落ちない……。


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