ユーリ・ローウェル氏の苦労

「だああぁ、またお前かぁぁっ!」
目の前に現れた白髪の麗人に向かってユーリは叫ぶ。
何の因果が世界を巡って対峙した男は、命をかけた確執がまるでなかったかのようにユーリの目の前に現れるようになった。
最初はただ顔を見に来ただけだと穏便なものから始まり、最近はやれ手料理が食べたいだの、どこ其処に一緒に行こうだの、甚だしく邪魔しに現れる。
「俺は今忙しいんだ。暇なら向こうにじーちゃんたちがいるからそっちに相手してもらえ」
「…………ユーリ、お前以外の人間は嫌いだ」
「食わず嫌いの偏食家みたいなことを言うな」
 ユーリに言わせれば下町の人間は皆気のいいやつばかりである。よそ者だからといって疎外したりしない。
 問題は目の前の麗人――デュークにある。
 とても単純な問題だ。ユーリ以外と話をしようともしないのだ。
「俺だってそういつも相手してらんねぇんだから、少しは他の人間の知り合いつくれよ」
 相手にする疲労半分、心からの忠告半分と言ったところだが、立ち去る気配のないところを見ると聞き分けるつもりはないようだ。
「ユーリ…………家出をした子犬を連れ戻して欲しい」 「俺は便利屋じゃねぇ」
 ついでに迷子係でもない。さ迷えるでかい迷子は自覚がないらしい。
「…………では、お前のギルドに依頼しよう」
「依頼って…………お前報酬を払えるのかよ」
「何が欲しい?  身を飾る宝石か、それとも剣か」
「たかが犬一匹でそんな額をもらえるか。……何にせよ、依頼ならボスにしな」
「ではボスに取り次いでもらおうか」
ユーリは再び深くため息をついた。
万事がこの調子なのだ。邪険に追い払ったところで気にした様子もない。それどころかむしろ嬉しそうですらある。
全く、変なものに懐かれてしまった。
「…………ホントなんか憑かれているな、俺」
つい最近も経験したこのパターン。どうやら人の言うことを聞かない天然に振り回される運命のようだ。
早々とユーリは白旗をあげることにした。
「ったくお前犬なんか飼っていたのかよ」
ここでいつまでも押し問答をするよりも用事とやらを片付けて追い払った方が早い。
「真っ黒な子犬だ。少々素直ではなくてな、手触りが良いので膝に乗せてつい飽きず撫ぜていたら、焦れて一昨日出て行った。居場所はわかっているのだが、帰ってこいと言っても気ままな生活が気に言っているのか、ふらふらとしてばかりいる」
「…………………………好きで出歩いてんなら、無理に連れ戻すことはないだろう」
「だが、私は寂しい」
「んなこと言われてもな……居場所分かってんなら、お前が直接迎えに行けばいいじゃねぇかよ」
「……だから、そうしている」
「………………それって………」
俺か? 多いに思い当たる節に思わず自問する。琥珀色の瞳を見返すも、嬉しそうに目を細めただけだ。
 困ったことに直感に間違いはないらしい。
 本当にやっかいなものに懐かれた。ここまで懐かれる心当たりがないのだが、どう断ればよいだろう。
 呆けているとデュークに腕を取られて引き寄せられた。
「…………戻って来い」
デュークは耳元に囁きを落とすとそのまま首元に顔を埋める。
 僅かな湿った感触と微かな痛み。
「デュークっ!」
 その意味がわからないわけがない。首元を手で押さえ赤く染まった顔で抗議する。
「何すんだ」
「…………お前には目印ぐらいつけておかないとすぐにふらふらする」
「め…目印って…………」
「他のヤツに取られたら癪だ」
 とんだやきもちだ。
「俺はお前のものじゃねぇ」
「私がお前のものでもいいが」
「飼い主に噛み付く犬なんざ、こっちから願い下げだ」
「ユーリ、お前が欲しいんだ」
 往来で囁かれるには随分情熱的すぎる。
「デューク、冗談が過ぎるぜ」
「私は本気だが」
 ますます性質が悪い。
 逃げ出そうとしたものの、しっかりと腰を押さえつけられていては無駄なことだ。
「はっ放せっ!」
「嫌だ」
「放さないと嫌いになるぞ」
 動きを止めると即座にユーリを開放した。これは効果抜群だったようだ。
 代わりに捨てられた子犬のような瞳で見つめる。実はユーリは強行策に出られるようにも困っている顔を見るほうが弱い。
「………………仕方ねぇな。デューク、今は忙しいんだ、用事が済んだら戻ってやるから今は大人しく待ってろ」
「………………必ず、か?」
「おう、約束する」
「………………わかった。では、跡が消える前に戻ってこい」
「…………もうつけんじゃねーぞ」
「……………………待っている」
「あっ、こら無視しやがってっ! ちゃんと約束して行け! デューク!」
 白髪の麗人は現れた時同様、唐突に現れ唐突に去っていった。
「ったく、なんなんだよ、あいつ……」
 ユーリ・ローウェル氏の苦労はまだまだ続く。



なぜか突然TOV。突発的に書きたくなって書いたもの
書いたら満足しました(笑)
天然なデュークも好きですが、押せ押せなデュークも好きです


戻る