一流シェフの腕前

 王族とは不思議な生き物だと、右横に座る男の顔を眺めしみじみと思う。威厳など微塵も感じられない子どもじみた笑顔で彼が頬張る料理は墨の一言が相応しいのではないかと思われるほど、焼け焦げており、元が何であったのか、まったくもって想像ができない。テーブルを挟んで男の様子を対岸から、つまりジェイドの左隣から伺っていた赤毛の子供がおそるおそる尋ねる。
「その……ピオニー陛下……」
「なんだ?」
 また一口、墨料理が口に運ばれる。
「……なんとも……ありませんか?」
「ん? うまいぞ」
  賛辞をもらったというのに戸惑い、赤毛の子どもは救いを求めるかのようにジェイドを見つめる。
 彼の――ルークの言いたいことはわかる。墨料理はルークの作ったものだ。いや、墨をつくりたかったわけではなく、まともな料理を作りたかったのだが、いかんせん彼の腕が悪かった。料理は苦手だとルーク自身わかっていたが、そんな彼がなぜ料理を作り、皇帝であるピオニーが食しているかというと、ジェイドが薦めたからだ。
 ルークがかつて口にしたピオニーが苦手だという発言に対して、それは相手のことをよう知らないからですよと言い、ルークがピオニーに料理を作ることを強く推したのだ。ジェイドもルークの料理オンチぶりを身もって味わっっているはずだが、ピオニーをよく知るジェイドの言葉ならばと半信半疑で料理を作ったのだ。が、やはりひどいものができあがった。だが、ジェイドはそれでいいと言い、そのまま皇帝の前に出したのだ。
 ルークは慌てたが、ジェイドが薦めたとおりピオニーはおいしそうに平らげた。
 腑に落ちないといった顔をしているルークにジェイドはようやく回答を与えた。
「この人はゲテモノ食いなんですよ」
「人聞きのわるいことを言うな。何でも食べられるだけだ」
「それは結構ですが、いくらでも普通のものが食べられるというのに敢えてあんな料理を食べたがるあなたの神経がわかりませんよ」
 立ち上がったジェイドが目の前の皿を下げ、変わりに自身が作ったデザートのクリームパフェを出す。
 旅の間にその味を覚えていたルークは目を輝かす。 こんどはルークがうれしそうにスプーンをとり、クリームパフェの攻略に取り掛かる。対してピオニーは瞳でジェイドに無言の要求をした。ジェイドはため息をつき懐から小瓶を取り出す。
「いつか、絶対に命を落としますよ」
「そうならないための予防策だろうが」
 ピオニーは小瓶の蓋をあけ中身の透明な液体をクリームパフェにかける。
「それは……?」
 ルークの疑問にピオニーがあっさりと答える。
「毒だ」
「なっ……!」
「大丈夫、死にはしねぇよ」
 思わず手を伸ばしたルークが止める前にピオニーは一口すくうと口に放りこんでいた。
「あ――…………」
「ん〜味はねぇな、舌にぴりぴりもこねぇし」
「ええ、いつものとは少し変えてみました。遅効性だそうですので、後で来ると思いますよ」
「そうかぁ……」
 なにごともないような二人の雰囲気を呆然と眺めているルークにジェイドが指摘する。
「ルーク、アイスが溶けますよ」
「え、ああっ」
 急いでルークもまたパフェに取り掛かった。
 そして、全てを食べてなお、ピオニーはぴんぴんとしていた。不思議そうな顔をしたルークにジェイドは説明を始める。
「王族としてのたしなみの一つです。毒に身体を慣らすのも」
「……そうなのか」
 ルークが思わずたずねてしまったのも彼が王族に連なるものだからだろう。
「キムラスカとマルクトでは風習が違うのでしょう。あなたはどちらかというと一切何の危険にも晒されないように真綿に包まれるように大切に育てられていました。毒殺の危険がなければ、危険を冒してまで予め毒になれる必要などないんですよ」
「危険?」
「オレには二人の兄がいたからな、常に暗殺の危険に晒されていたさ。刺客のため剣を鍛え、毒殺のために毒になれ、それでも陰謀のために幽閉されたわけだ。ま、結果としてオレが皇帝となったけどな」
 つまり常に危険に晒されていたために必定作だったのだ。
「上の兄君はどうなったの?」
「流行病で二人ともあっさり逝っちまった。病気ばかりはどうしようもねぇな」
「確かに一番目はもともと病弱な方でしたから、流行病でお亡くなりになるのもわかりますが、二番目は健康で、噂では食事の際に毒の量を間違えためお亡くなりになったとありましたが」
「噂だろ、噂」
「ええ、確かに噂ですが、所詮毒は毒。危険なことには変わりありません。その毒を好むあなたの嗜好がわかりませんよ」
 ジェイドの説明を聞くうちにルークは重大なことに気付く。毒を好んで食しているピオニーがルークの食事をうまいといった……それはつまり、ルークの食事は毒だといっているのも同じことだ。決して料理が上手だとは思ってはいなかったが、毒だといわれると改めて暗澹たる心境に至る。
「どうした、ルーク?」
「いえ、何でもありません」
 ジェイドの薦めは半分あっていた。確かにピオニーのことがわかった。だが、苦手意識は更に深まったように思われる。更なる戸惑いで見つめたピオニーは毒など全く意味をなしていないようで、元気そうだ。
 ルークの視線を男は履き違えたようだ。
「大丈夫だって。オレだって少しは刺激が欲しいんだよ。皇帝になれば自由になるかと思えば、仕事仕事……こいつはちっともつきあってくれないし」
「奔放すぎるんですよ」
「せめて視察に行くといえばだめの一点張り」
「皇帝がそう気軽に出かけるものではありません」
「それなら、料理に少しぐらいの刺激を求めたっていいだろう」
「………………あなたが望むのでしたら、私はそれに従うのみです」
 上機嫌で笑うピオニーにジェイドが無言で近づく。
「何だ?」
「少しは効いてきましたか?」
「なんともないぞ……いや、少し熱くなってきたかな」
「ええ、遅効性ですから、これからもっと効いてくると思いますよ」
「何だったんだ? ほんどの毒は慣らしちまったろ、新種か?」
「いえ、今回は毒ではなく」
 一度区切り、ピオニーの耳元で囁く
「……媚薬です」
「なっ……!」
「そりゃ“毒”じゃなくって、“薬”だろうが」
 問題点はそこか。赤く顔を染め勢いよく立ち上がったピオニーだが。足元がふらつく。さすがに媚薬までは身体を慣らしていなかったようだ。
「陛下!」
 ルークが駆けつける前にジェイドがその身体をささえる。
「聞いたでしょう、これは“毒”じゃなくって、この人にお灸を吸える“薬”です。問題ありません。」
 ルークが瞬く。
「毒じゃない?」
 安堵したルークに対し、ジェイドはピオニーに再び囁く。
「これからあなたの食事に時折これをまぜさせていただきます。」
「お前っ!」
 抗議しようとジェイドから離れようとしたピオニーの身体に服の上から指先を滑らせる。抱きしめた腕からピオニーが快感に身を震わせているのが伝わる。薬の効き目は上々のようだ。
ジェイドが意地悪く微笑み告げる。

刺激的な生活が欲しかったんでしょう?



ピオニーって変なところがありまくりますので、こんなのもありかなと。ホントはこのまま18禁に続く予定でしたが、自分には壁が高すぎました。

タイトルが(仮)のままです。いいのが思いつきませんでして。ある日突然変わっているかもしれません。


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