ぼくのだいじなあのひとは


 陽の光のようだと女官達は称えた。
 海の底のようだとその瞳を覗き込むものは囁いた。

 この国の未来を担う明るい象徴だと、 マルクト帝国の至宝の存在を 褒めぬものはいなかった。
 だけど、あの人は――彼は――、
 まるでただの飾りだと呟いた。
 白く閉ざされた街に閉じ込められた光だと。
 既に死んだものを見るように、一瞥し背を向けた。
 全てを否定された、それがはじまりの瞬間だった。

 幽閉の憂き目にあった悲劇の第三皇子。
 大仰な肩書きをとは裏腹にオレは誰の目も届かない白い街で、 ずいぶんと好き勝手放題をしていた。
 閉じ込められた屋敷を抜けだすことは、日常茶飯事で、 皇子らしいふるいまいをと強制しようとする大人の 言葉など聞かず、部屋は荒れ放題。
 だが、それだけだった、オレがどれだけ自暴自棄になろう とも、ただ自分自身を殺す結果にしかならないと 突きつけたのはヤツの言葉だった。

 否定する緋の瞳。

 人形のように整った顔立ちで、人間らしい表情のかけらも みせずに相対したそれは、燻っていたオレに突きつけられた挑戦状だった。

「つまんなさそーな顔してんな」

 立ち去ろうとしていたヤツが振り返る。

 一秒でも長く、その瞳にオレを焼きつけてやりたかった。
それがオレを否定したアイツへの返事だった。 アイツが否定したものを否定してやろう。
 思わず、口元が歪む。
 アイツはどんな返事をするだろうか。いや、返事などしないかも しれない。それならば、どうしてやろうか。その人形のような面を 崩してやりたい。
 浮き立った衝動計画に思わず心が踊る。
 にまにまと笑いを浮かべたオレを見たあいつは眉をひそめ、続けて 哀れみのまなざしで蔑む。
 だが、それすらオレの計画のうちだった  オレは何よりの楽しみを見出した。

 アイツの意表をつく、これが思った以上の難題で、 退屈は瞬く間に策略を巡らす重要な時間へと覆された。
 ただの楽しみが、何よりの楽しみに、そしてだいじな存在へと 変わるのに時間はかからなかった。

 そして――、

 世界の半分を占める玉座に座ろうともアイツの瞳は緋いまま オレを否定した。
 人形のような面には、一応人間らしい表情を受かべるように なったものの、笑顔の仮面より、子どものころの無表情のほうが よほど感情が表れやすかったものだ。
 無駄な耐性をあいつもつけたようだ。

 だが、それすらも愛しいと思えてしまうこの感情をなんと呼べばいいのだろう。

 すべてを愛しく思えてしまうあのひとは、大事な――。



お題提供:
ラストレターの燃えた日 「きみのて」
http://min.to.cx/let/

Elysium. /満月あくあさん宅にて行われた萌茶に衝動的に参加して しまった時の産物です。
いろいろと恐ろしいことをしてしまいました。
寝不足とファンダム陛下に浮かれすぎていました。反省してます。

さて、話はかわりますが、普通の恋愛は相手も認めることから始めますが、ヤツラは否定しあっていれば いいなと、いうのがこの話です。なんかこいつらはそんな感じがします。


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