止まない雨

 白い石畳に小さな黒いしみが落ちた。
 思わず空を仰ぎ見れば、冷たい雫が頬へと当たる。
 夕立だ。水音の絶えないこの街は、雨に気付くのを遅らせてしまう。
 気付いた時には、大きな音を立てて降り注ぐ雨粒に、慌てて近くの庇のもとへと逃げ込んだ。
 白い石畳はすでに濡れそぼり黒く染まっている。見上げた空も同じような色をしていた。
「やみそーにねーな」
 思わず言葉を口にしていたかと一瞬驚き、すぐに先客がいたことに気付く。
「そうだな」
 返答を返しつつ同じく災難に会った男の顔を見ようと角の向こうを覗く。
 ここに来るまでにいくばくか濡らしてしまったのか淡い金の髪を額に貼り付け、蒼い瞳を伏せ気味で佇む麗人は、
「へ、陛下?!」
 ありえない人物の姿に思わず声が裏返ってしまった。
「こんなところで何をなさっているのですか?」
「何って、……雨宿り」
 問題はなぜ仮にも皇帝がこんなところで、一人雨宿りをする事態に陥っているのかということなのだが、応えは返ってきそうにない。
 大方宮殿から脱走をしてきたのだろう。
 ため息をともに脳裏に浮かんだのは、銀髪の友人の姿だった。彼は呆れているだろうか、心配しているだろうか。……少なくとも探しているに違いない。
 胸の奥が微かに痛む。
 かの人の気も知らずに、出歩く目の前の皇帝への苛立ちが、嫉妬なのか呆れているのかディラック自身にも判別はつかない。
 いや、おそらく前者なのだろう。
「こんなところで降られるとは災難だったな」
 にっといたずらを共有する子どもの笑顔の皇帝に、ディラックも思わず唇の端を緩める。この皇帝自身は好いているのだ。
「すぐに止みますよ」
「俺の目には全然やみそうに見えないがな」
「大丈夫、ここにお日様がいますから」
 空を見上げたまま視線だけをこちらに寄こす。
「………………それって俺か?」
 笑顔で肯定する。
「恥ずかしいやつ……! お前、ディラックだろう?」
「どうして、私の名を?」
 迷わず言い当てられ、思わず驚きに目を見張る。
 ディラック自身が皇帝を見知っているのは、当然としても、一介の兵士の名をピオニーが知っているとは思えない。
「そばにいると安らぐ、茶色いのっぽ。アスランがよくいっているからな」
「アス…ラン……」
 思わず名を呟く。やはり自分はこの皇帝に妬いているのだろう。自嘲の笑みを僅かに浮かべる。
 できることならばピオニーには自分のことなど知らないでいて欲しかった。
 アスランの素顔を、ハイデスと三人でいるあの時間を、知っているのは自分だけだと、せめてもの優越感に浸りたかったのだ。
 惨めな独占欲。
 想いを打ち上げるつもりなどない。
 ピオニーの口から聞く自身のアスランからの評価は歯痒いようなうれしいような、諦めたにも似た悲しみ。
 その元凶が、よりにもよって予備の傘をもって現れた。
「………………どうしてお前がここにいる」
「…………雨宿りしているんだ」
 かの皇帝のマネをしてみたというのに、アスランは軽く眉をひそめただけで、背を向ける。
「お前の分はないからな」
「いいって、もう濡れているし」
 まだ降りしきる雨の中ディラックは駆け出す。
「先に行ってるからな」
 少しずつ思い出を蝕んでいく黒い欲を振り払うように。
 振り返ることもできずに。

 止む気配のない雨の中を。
ただ逃げ出した。




なんだか中途半端な感が否めません。
ピオとディラックが書きかったのでした


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