「大佐って炎以外にも錬金術使えるんスかね」 誰もが聞きたくても言えない禁句を呟いたのはハボック少尉だった。 場所は食堂、だが幸いにそこには彼ら以外人がいなかった。 先ほど逃走中の凶悪犯を見つけたとの報が入り、彼らは追いかけた。そして追い詰めた凶悪犯が刃物を抜いたのを見るやいなや、上官がかの必殺技を見せたのだ。無事に捕まえたがその分遅くなった昼食をとりつつ、結果メシのおかずは事件のこととなるわけだ。 話がロイのことにまで及んだわけは、その場に居合わせながら残務処理を彼らに残したからである。 仕事のサボリ癖がある上官は、真面目なのだか、とぼけているのか分かりかねる面がある。 ロイの炎は有名だが、反面それ以外の錬金術をつかうところを誰もみたことがないのだ。 ハボック、フェリー、ブレダの三名で構成された輪が小さくなる。 「で、でも仮にも国家錬金術師なんだし」 一応上司をかばうフェリー 「でも、炎以外みたことないぞ。以前鋼のと対決したことがあっただろう? あの時も炎しか使わなかったな。おまけに後片付けで鋼のは、錬金術をつかっていたのに、大佐はスコップをもっていたじゃないか……。まぁ、ほとんどサボっていたけどな」 ごくりと誰かののどが鳴る。 「やっぱり大佐は……――」 「大佐を見なかった?」 突如頭上から降りかかった女性の声に、一同が慌てる。 「ハ、はイ?」 声が裏返っている。 振りかえればリザ・ホークアイ中尉の姿がそこにある。 「大佐の姿が見当たらないのだけど、誰か知らないかしら?」 「し、知りません」 不意をつかれたためと、よからぬことを話していたためか冷や汗が出る。 「またサボリですか?」 「それもそうだけど、……無線機がこわれていたのよ」 見れば、その手には壊れた無線機がある。 「またヒューズ中佐の親ばか話でも聞いてキレたんですかね……」 誰も否定できないところがロイの性格を現している。 とそこでハボックの脳裏にいいアイディアが思いついた。 「中尉、大佐を探すのを手伝いますよ」 ☆ そして、司令部には不機嫌な顔をした大佐と、一同が揃うこととなる。 「で、なんだね」 「この無線機が壊れたのですが」 「わかった総務課にいって、新しいのを支給してもらおう……なんだね?」 後半は中尉の後ろにならんだハボックたちに向けたものだ。 「大佐、その無線機を直すことはできませんか?」 「何?」 「錬金術なら、ぱぱっと簡単でしょ」 無音。…………恐ろしいほどの沈黙が指令室内を満たした。 言ってから失敗だったかなとハボックが思い始めた時にようやく、 「――……わかった」 ロイが答えた。うつむき加減のため、起立した一同には、その表情が見えない。 本当にできるのか、いまだ不安は残る。 「中尉、床の上に、それをおいてくれ」 「はい」 机の引き出しからロイがチョークを取り出し、無線機へと近づく。 「こんにちわー、……って何してんだ?」 厳粛なる雰囲気が一気に壊れた。 突如その場に現れたのは、鋼の錬金術師ことエドワード・エルリックだ。 「こんにちは」 挨拶をする弟とともに、今、旅から戻ったばかりなのだろう。 神妙な顔をして雁首そろえている一同を不審な顔つきで見ている。 「無線機が壊れたので……」 「なんだ。それぐらい直してやるよ」 子ども特有の無邪気さ発揮し、エドワードは両の手のひらを合わせ練成の光を生み出した。 ロイ・マスタングは孤独だった。 彼の傍には人の輪があるだけに余計孤独だった。 「ぱぱっと直るもんだねぇ、錬金術は」 「すごいわね」 「な、こんなものも直るか」 「簡単ですよ、それぐらいならボクがやります」 人の輪の中心にいるのはエルリック兄弟。 帰還を祝われつつ、錬金術の披露となっていた。 一方、ロイの周囲には書類の山ができあがっていた。 《終》
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