雨は嫌いだ。 炎と水、相反する性質ゆえに、焔の大佐と呼ばれるロイは雨を疎まずにはいられない。 彼の得意技とも呼べる発火布の手袋から発生した火花を利用した炎の錬金術は、雨の日には使えない。結果、戦力が落ちる。だから、副官に言われるのだ。 「雨の日は外出を控えるか、護衛の者をおつけください」 この場合、護衛の者とは彼女をさす。射撃の腕は東方司令部内一を誇る彼女以上に、大佐であるロイを護衛できるほどの人物はいない。また副官である以上、彼女が護衛の任につくことが適任と呼べる。 だが護衛とは襲撃されれば常に危険との隣あわせだ。 ただ自分の身を守ることと、誰かを守ることのその差があまりにも大きい。 守りたい人に、反対に守られている――それがロイの葛藤なのだ。 理想と現実の差に、打ちのめされる。 彼女を思えば、雨の日は外出を控えるのが適当なのだろう。 今の自分には彼女を守るだけの力量はないのだと潔くみとめよう。 だが彼女をあきらめるわけではない。 いつか――。 そう大総統にでもなったのなら、彼女を守ることができるだろうか。 恨めしげに窓の外を見れば、見知らぬ恋人達が同じ傘の下睦ましげにしているのが目にとまる。 視界が遮られるからという理由で傘を彼女は使用しない。 だから、きっと二度と訪れることがないだろう光景にロイは嫉妬という名の炎に胸を焦がす。 「雨は嫌いだ」 上官の言葉をリザは聞き取り、密かに笑みを浮かべた。 その理由も知っているけれども、同情はしない。 誰にだって、得手不得手というものがあるのだから、雨が苦手だと潔く認めればいいのだ。リザは上官に完璧な人を求めているわけではない。なのに常に完璧を志す――男というのは不思議な生き物だと時折思う。 常に前を行く人の背中は頼もしいというより、少々抜けているといったほうが適当だろう。 それでも夢を志す彼に惹かれるから、ついていくのだ。 大総統になる――この国を変えたいとする上官の目標の裏にひそやかな決意があることをリザは気がいていた。 しかし、リザとしてはきっと自身の欠点を認めることも一つの許容量の深さだと思う。大総統になどならなくてもいい、ただの一人として、向き合ってくれればリザとしても向き合う気になるのだが……。きっと上官はそんなことはできやしないだろう。 それも彼だと思いもするのだけど――。 三十九度――ベッドに伏せる上官の体温を測り、リザはため息をついた。ロイは風邪を引いたわけだが、その原因に問題がある。先日エルリック兄弟に会い、ずぶぬれになっていたエドワードに「風邪をひく」と上着を貸し与えたのだ。――言った当人が風邪を引くとは見栄を張ってのやせ我慢にもほどがある。リザは再びため息をついた。 「全く馬鹿なんですから……」 台詞と裏腹にその声音は優しい。 だが、不幸にも熱にうなされるロイは夢と現実の境目にいた。 ロイが雨を疎むのはまだ等分の間続きそうだ――。 《終》
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