イタリアに名を馳せし巨大マフィア・ボンゴレファミリーの若きA代目ボスである沢田綱吉は何故こんな事になっているんだろうと思った。
確か自分は昼休みになったのでいつものメンバーでいつもと同じように昼食を取ろうと屋上に来ただけの筈だった。
いつもと若干違っていたのは山本武が野球部の打合せが終わってから合流する事と、獄寺隼人が本当か口実かは兎も角として、体調不良を理由に4限目を保健室で過ごしていた為、ツナは独りで屋上へ向かい、日当たりの良いフェンス近くを陣取って二人を待っていたという事だ。
何にせよ、その『若干』が今のこの状況を作り出したのは間違いない。
目の前にはハニーブロンドをキラキラと光らせ、ツナに詰め寄る青年。
そして更にその奥、屋上の入り口にはドス黒い殺気を放ちながら此方を睨みつけてくる少年。
青年の名はディーノ。ツナの兄弟子でありボンゴレの同盟ファミリーの中でも屈指のファミリー、キャバッローネファミリーA目ボス。
そして少年の名は雲雀恭弥。ツナの通う並盛中学校を恐怖でもって支配する最強の不良にして最凶の風紀委員である。
「大体、恭弥はいつも自分勝手なんだよ。今日だって本当は可愛い弟弟子に会いに来たってーのに、ここに着いた途端『部外者が勝手に校内をうろつかれたら風紀が乱れる』とか言って応接室に連れ込まれるし」
力説するディーノを前にして、しかしツナは気が気ではなかった。何故なら後方から異常な気を感じる。それは平凡な中学校では普通なら絶対に感じられないもの。所謂、殺気と呼ばれるものだった。
だが、ディーノはそれに全く気がついていない。ディーノに限って殺意に気がつかないなんて事は有り得ないので、おそらく雲雀の殺気はツナにピンポイント照射されているのだろう。
そんな器用な殺気の飛ばし方をしないで欲しいと思うツナに、しかしディーノの力説は止まらない。
「…それで恭弥の仕事の邪魔したら悪いと思って大人しく待ってたんだけどさ、やっぱり何もする事なくてヒマだったから、ちょっとだけ草壁に声をかけたんだよ。そしたら『群れすぎ』ってトンファーが俺達に飛んできたんだぜ!」
(草壁さん、巻き込んでるし!)
「アイツは教師に対する尊敬の念ってモンがないよな!」
(いや、それはどう考えても嫉妬してるだけですってば、ディーノさん。って何でこの人そんな事にも気がつかないの!)
心の中で叫んでもその思いは届かない。寧ろ事態はより深刻なものへと発展していった。
「しかも、俺の事、全然先生と思ってくれないし!酷いと思うだろ、ツナ!」
何と、ディーノがガバリとツナに抱きついてきたのだ。後ろの殺気が増幅する。
「ぎゃーっ! ディーノさん、俺から離れてください」
慌ててディーノを押しのけ1m程後ずさったところで後ろの殺気がほんの僅か、本っ当にちょーっぴりだけではあったが緩やかなものになる。
「ツナ…酷い、ツナまで俺の事見捨てるのか」
だが、今度は目の前の兄弟子が物凄く傷ついた顔をして項垂れた。
そんなディーノの姿を見ているとうっかり手を差し伸べそうになるツナだったが、そんな事をすれば最後、第二の草壁になる事は必至。
それを回避する為に、ツナはあえて心を鬼にして見て見ぬ振りをし、冷静な口調で兄弟子の名を呼んだ。
「ディーノさん」
「何だ?」
「はっきり言わせて貰いますけど」
「?」
「さっきから話をきいてると、只の痴話喧嘩にしか聞こえないんですが?」
「ち、ちちちち、痴話喧嘩って何言ってるんだ、ツナ!それは恋人同士がするものだろう!」
わあ、この人、この期に及んで隠してるつもりだったんだー、と別の意味で関心したツナだが、新たに登場した人物はそうは思っていないらしい。
「うぜぇぞ、ディーノ。痴話喧嘩は痴話喧嘩だろうが」
「「リボーン!」」
二人の前に現れたのは家庭教師であるリボーンだった。
「だいだいマフィアのボスともあろーもんが、たかが中学生一人に振り回されるなんて情けねーぞ」
「リボーン!」
ディーノが非難めいた口調で名を呼んだが、当然、家庭教師はそれを無視して言葉を続ける。
「見ているだけでうっとおしいから手切れ金渡してとっとと別れちまえ」
「ちょっと」
ここでとうとう我慢の限界が来たのだろう。雲雀が姿を現した。
「ひいいいいいっ、雲雀さん来ちゃったよ!」
ツナは恐怖に震える。頼むから俺に平穏をくれ! と心の中で叫ぶ。
「恭弥、追いかけてきてくれたのか?」
逆にディーノは愛しい恋人が来てくれた事に幸せそうに笑った。
「あなたはちょっと黙ってて」
だが雲雀はディーノにそっけない態度をとってリボーンに向き合った。
「いくら赤ん坊でも、僕とこの人の仲を裂くようなマネは許さないよ」
「オレだって馬に蹴られるよーなマネはしたくねーぞ」
「なら、しなければいい」
「だが、こうやって毎度毎度、ボスとあろーもんが中学生一人に振り回されてるって事を知られちゃあ、部下に示しだってつかねーし、他の組織の連中にも舐められちまう。そうなりゃ最終的に困るのはディーノなんだぞ? まったく、ディーノの男殺しは今に始まった事じゃねーが、今回は特に厄介だな」
その言葉に雲雀を中心とした、その場の気温が一気に氷点下まで下がった。
「…男殺し?」
「な、いきなり何を言い出すんだよ、リボーン!」
突然の言葉に慌てたのはディーノである。
その姿から全く身に覚えがなさそうだが、何しろ雲雀を陥落したディーノだ。もしかしたらありえるかも、とツナはうっかりと思ってしまう。
勿論、そう思ったのはツナだけではなかった。
「……どういうこと?」
すこぶるドスの効いた声で雲雀が呟いた。
勿論、そんなもんに鋼鉄の心臓の持ち主である家庭教師が影響を受ける事などない。その隣で魂を飛ばしかけているツナとは間逆に、実にあっさりとした口調で説明を始めた。
「コイツの通ってた学校はマフィアの子息やいわくつきのガキばっかりが通う男子校でな」
リボーンは殊更『男子校』を強調して言った。
「なにしろディーノは昔から見た目『だけ』は良かったからな」
「見た目だけってどういう意味だよ」
「うるせーぞ、へなちょこ。オレはヒバリとしゃべってんだ。ちょっと黙っとけ」
「そうだね。これは僕と赤ん坊の話だ。あなたは邪魔しないで」
「二人ともひでぇ……」
ディーノは更に落ち込んだが、やっぱり家庭教師は総無視である。
「それでだな、皆ディーノのケツを狙ってギラギラした目で見ては襲い掛かってくるし」
「おい、リボーン!」
「うるせーっつってんだろーが」
リボーンはレオンをマジックハンドに変身させて物理的にディーノの口をふさいだ。
「果ては数人がかりでドロドロのグチャグチャに…」
ここまで聞いた雲雀はくるりと背を向け扉の方へと向かって行った。
「恭弥、何処へ行くんだ!」
慌ててディーノがその背に声を掛ける。
「イタリア」
「なにしに@」
「とりあえず貴方の学生時代の同級生とやらを全員咬み殺しに」
「ちょっと待て!」
と雲雀の腕を慌てて掴み元家庭教師に言った。
「おい、リボーン。嘘をつくにしてももっとマシな事言えよ、恭弥が本気にしてるだろ!」
「嘘じゃねぇぞ」
その言葉に雲雀は掴まれた腕を強引に振りほどき屋上から去って行く。
バタンと鉄製の重い扉が閉まる音と共にリボーンが呟いた。
「冗談だからな……ってもう聞こえてねぇみたいだな」
「アホかー!恭弥、誤解だって!待てよ!」
慌ててディーノが追い掛けて行き、屋上は静寂に包まれた。
「リボーン…」
一部始終を見ていたツナが息を吐き出すように目の前にいる凶悪な家庭教師の名を呼んだ。
「だって、だって、うっとおしかったんだもん」
わざと可愛子ぶって言うリボーン。
その気持ちはとても判る。判るのだが、やり方がえげつないだろう。
だからと言って、ツナは二人を追いかけるなんて、そんなわざわざ自分から火の粉を被りになんて行く気にはなれない。
なので、せめてその代わりにと心の中で謝った。
すみません、ディーノさん。俺にはリボーンを止めることも二人の痴話喧嘩に巻きこまれることも出来ません。
だから頑張って下さいね。
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