頭上にシャンデリアが煌き、フロアを明るく照らす。黒いスーツに身を包んだ老若様々な男性達は小さな輪を作り談笑を繰り広げる。その間をすり抜けるように銀鼠の盆を持ったボーイ達が忙しなく動き回り、所々に置かれた円卓に料理を運ぶ。並ばれた料理を待ってましたとばかりに手を伸ばすのは、美しいご婦人達だ。
そんな中、一際大きな人の輪があった。
その中心にいるのが、このパーティーの主催者であり、本日の主役でもあるディーノだ。
今日はディーノの誕生日だった。
ディーノは営業スマイルを顔に貼り付け、次々に挨拶に来る客の相手をする。
そんな中でディーノは一つの感情に支配されている。
寂しい……
こんなにも大勢の人々に囲まれていながら変な話である。
原因は判っていた。
傍に雲雀がいないからだ。
だが、孤高を望む彼にはとても言えない。
こんな群れの中に一緒にいてくれなんて、そんな勝手な事。
本当は、こんな派手なパーティーはいらない。
積み重ねられるプレゼントも、慇懃な祝いの言葉も。
欲しいのは、あいつからの祝いの言葉。
それだけなのに……

「どうかしましたか、ドン・キャバッローネ」
客の一人に声を掛けられ、ハッとした。
いけない、今はぼうっとしている場合ではなかった。
ディーノは慌てて営業スマイルを貼り付け直すと声を客に言った。
「いえ、幸せをかみ締めていたのです。私は何と多くの人に愛されているのだろうと」
その場にいた人々はあっさりとディーノのその言葉に騙され、目の前に立つ眉目秀麗な青年に見惚れる。
と、突然、辺りが暗くなり、会場前方に用意された特設ステージにライトが集まる。
ディーノはもうそんな時間かと思った。
これから、今日出席できなかった面々からのバースデーカードを読み上げる事になっている。
本来ならパーティー開始の挨拶と共に読まれるのが通例であったが、それでは最初の挨拶の流れに沿って聞き流されてしまう事がある。
カードはディーノの持つコネクションを誇示するものだ。聞き流されて欲しくない。ならば、中だるみをし始めた頃に読み上げれば、新しい展開に興味を持たれ皆が耳を傾けるのではないか、というリコの提案でディーノのパーティーでは必ず中盤で読み上げる事になっていた。

『僭越ですが、私が代理としてカードを読み上げさせて頂きます』
壇上に立つロマーリオが普段の彼からは想像つかぬ慇懃な口調で、朗々と読み上げていく。
予測した通り客たちはカードの内容よりも、差出人の名に興味津々で聞き入る。
だが、ここで不測の自体が起きた。
突然、壇下からリコがロマーリオが呼び止めたのだ。
「なんだよ、一体……」
「いいから、降りて来て下さい」
マイクは通してないから他のものには聞こえていないが、ディーノは二人の唇の動きでその会話を察した。
何が起きたんだと疑問に思いながらも、「失礼」と、周りにいた客人達に声を掛けてから二人に近づく。
「何があったんだ、二人とも?」
「つい先程、イレギュラーの電報が届きまして」
「それを読めっつーから」
「リコが予定を崩してまで言うって事は、よっぽどの相手なんだろ?」
「ええ、特別な方からです」
「だったらいいじゃねーか?」
何の問題があるんだ、と言うディーノにロマーリオは嘆息を一つしてから諦めた様に言った。
「判った。ボスが言うんだったら読むけどよ」
そしてビシッとディーノの顔を指差して
「顔、注意しろよ」
と、忠告する。
「はっ、どういう意味だよ?」
だが、ロマーリオはその問いには答えず、壇上へと戻る。

『大変失礼を致しました。たった今、意外な人物からメッセージを頂いたので、読み上げさせて頂きます』
と、ロマーリオがカードを広げる。
『親愛なる家庭教師へ』
ディーノの胸が鳴った。
そんな……まさか……
しかし、彼の生徒は一人しかいない。
『あなたがこの世に生を受けたこの日に感謝と祝福を。
ただ一人の生徒より』
会場内が一気に騒然となった。
ディーノの生徒とはボンゴレファミリーの雲の守護者を示す事は会場にいる全員が知っていた。
浮雲と呼ばれ、その姿を見た事は殆どいないと言われる、謎に満ちた人物からのメッセージを聞けるなんて。
そんな素晴らしいサプライズに浮かれていた客人達は、だから気がつかなかった。
誰に対しても華麗な笑みを崩さぬディーノが、
目の端に雫を溜め、子供の様に顔を真っ赤に染めた事に―

先程まで抱えていた寂しさが一気に吹き飛んだ。
今日、自分が生まれたこの日に、雲雀はディーノを如何に大切にしているか教えてくれたから。

壇上からディーノを盗み見たロマーリオは
「そういう顔をするのが判っていたから嫌だったんだ」
と、呟いた。


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