「バラは紅く、菫は青く、蜜は甘く。
 だけれども、お前ほど甘いものはなく・・・。
 ああ、バラは紅く、菫は青く・・・Ah Di da did mud♪」

 祭りの跡の静けさを背中で感じながら、カルミナは自分のテントから抜け出て、夜の草原に腰を下ろしていた。
足元ではぜる焚き火が、踊り明かした足を温める。何度も歌ったあの歌を小さく口ずさめば、自然と手と足がリズムを取った。

「夜風は体に毒ですよ。カルミナ」

 オルフの声が振ってきて、見上げる。瞬く星を背景に、微笑む優しい男の顔があった。肩から零れ落ちた水色の髪が、ふわりと風に揺れる。
厚めの肌掛けをカルミナの肩に掛けると、彼は当たり前のように隣に座った。カルミナは口元をほころばせながら、掛けられたそれにオルフを招き入れる。

「なに、冒険中は野営の見張りもする。 これぐらいどってことないさ」
「そうですか? なら、いらない心配でしたか?」

 素直に肌掛けをカルミナと共に羽織ながら、オルフは冗談めいて肩をすくませた。ふん、と鼻をならしてカルミナはそれを一瞥し、
手元に転がる薪を火に投げ入れる。衝撃で舞い上がった火の粉が紅く光り、すぐに背景の闇と同化した。

「お前は寝ないのか?」
「そのつもりでしたが、私の歌姫が許してくれませんでしたから」

 カルミナの髪を手に取り、軽く口付けを落としながら照れもなく言う彼に、カルミナは若干申し訳なさそうな表情をして、
「それはすまなかったな」と口早に告げると、ふいと顔をそらした。そんな態度に傷ついた様子も見せずに、オルフはそっと彼女の頭を撫でながら、

「私のバラはいつ咲いてくれるのでしょうかねぇ?」

と、笑いを含めながらもらした。

「・・・・・・残念ながら、まだ、ムリだ・・・。――ただ・・・」

 その呟きに答えるように、そっと寄り添いながら、彼女は苦痛にも似た表情で答え、

「・・・・・・ただ?」

彼が促せば、一つ、呼吸を深くして、微笑んだ。

「人がその一生を終える時間が過ぎれば、きっと・・・・・・」

 その言葉を聴いて、オルフは一瞬の驚きを見せたが、すぐに心底嬉しそうに、そして暖かく柔らかく微笑み彼女の頭を抱き寄せた。

「おや、それはまた随分と短くなりましたね。 貴方がここを離れる前の答えは――」
「エルフがその一生を終える時間が過ぎれば・・・・・・そう言ったかな」
「ええ、いつも答えはそうでしたね」

 クスクスと、二人そろって笑いだす。
互いの髪を優しく引き合い、艶やかなそれを愛撫しながら、煌く星のもと、歌を口ずさみ。

「彼のことはもういいのですか?」

 ふいに、オルフが歌を止めた。その問いに、軽く嘆息してカルミナは笑う。やや自嘲気味に。
火の小さくなった焚き火を薪で掘り返し、そのままそれをくべながら答えた。

「もう忘れた。――そう言えば、嘘になるな・・・。だが、もう十分だろう。十分に、あの男を想って、愛した」

 その言葉に、彼は眉根を下げて悲しそうに彼女を見た。髪に絡めた指を解いて、肩を抱き寄せる。

「それで、貴方は満足だと?」
「・・・・・・満足を、しなくてはならん。お前のためにも、部族のためにも、あいつのためにも・・・。――なにより」
「なにより?」
「私のためだ。 ・・・・・・いい加減、開放してやらねば、な」

 そう言って口角を上げた彼女の瞳は、寂しそうで悲しそうで、切なそうで。弱弱しく下がった眉尻の下、たっぷりと縁取られた睫の先が震えていた。
オルフはそんな彼女を愛しげに、柔らかく体ごと抱きしめて、

「ここを離れて、貴方は少し、大人になりましたね。 私はそれを祝福しますよ」

額に口付けを落とした。カルミナは素直にそれを受け入れ、笑った。

「今までが子供だったといいたいのか?」

 拗ねたような物言いに、涙の影が見えないことに、オルフは苦笑しながらさらに強く抱きしめた。

「ええ、私から見れば、貴方はいつまでたっても子供です」
「ふん、それはそれは・・・」

 呆れながら体を離そうとしたカルミナをオルフは決して離さず、もう一度彼女の頭部に口付けを落として言った。

「そして、貴方はいつまでたっても、私にとっての"甘さ"ですよ」



 祭りの跡の、静けさを感じながら。
 彼女の残り香を微かに漂わせながら。
 彼は歌う。一人、彼女の帰りを待ちながら。

 ――バラは紅く。そうまるで貴方の髪のように。
   菫は青く。そうまるで貴方の心のように。
   蜜は甘く。そうまるで貴方の言葉のように。
   だけれども、ああ、だけれども、貴方より甘いものはない。
   バラは紅く、菫は青く・・・Ah Di da did mud♪




                                           Who is the sweetest HONEY of U ?