-HeartFul DAYS-


 ドアベルの音が軽快に鳴る。温まった店内に、冬の冷たさを含んだ風が一気に押し入ってきた。

「いらっしゃいまし〜♪」

 カウンターの傍に置いてある、小さなお茶席を飾る花に水を差していたアゲハは笑顔で来店客を迎えた。
――しかし、

「・・・・・・薬草を一つください。」

振り向いた先の来店客が彼でないことを知ると、心の奥底では落胆した。
響く女性の声に、表情は決して崩さずに、また接客態度も完璧で対応している彼女であったが、商品が売れた喜びよりも、
心の奥に広がる甘い切なさのほうが強く感じられた。

「――ありがとうございました〜。またぜひご利用くださいまし〜♪」

 かけた言葉に決して偽りはない。
曲がりなりにも商売人であるからには、リピーターが増えることは純粋に嬉しく思えるし、
来客数が伸びている事にも、純粋に商売人としての充実感を得ている。
――それでも、来客者が彼ではなかったことに、彼女の心は素直に切なさを感じるのだ。
 ドアベルが再度軽快な音を立てて閉まる。冬の空気はぴたりと遮断され、暖炉の熱がまた店内を陣取り始めた。
誰もいなくなった店内で、彼女はついため息を吐く。おぼつかない心持のまま、買い取られた商品の穴を埋めるべく棚の整理に向かうも、
作業工程が思いつかないまま棒立ちになってしまった。

「・・・・・・これでは商売人として胸を晴れませんわ・・・・。」

 また一つ、ため息がこぼれる。心も頭も、占めるは彼の事ばかりで。まるで恋に恋をしている、まだうら若き乙女のような状態だ。
――とうに成人も過ぎ、あと一つ年を重ねればお肌の曲がり角とまで称される年齢になるというのに。

「しっかりしなくてはいけませんわ。・・・・・・こんなに浮かれていては、ガミーさんに顔向けできませんものっ」

 二度、三度と頭を振り、しっかりと商品の補充をする。頭がぼんやりするのは、部屋を暖めすぎたせいもあるかもしれない。
喚起をすれば、少しは現を抜かしてばかりの頭がしっかりするかもしれないと、彼女は窓枠に積もった雪を吹き飛ばす勢いで窓を押し開けた。
一気に頬を掠める冬の吐息に、少しばかり身震いする。粉雪がちらちらと窓から侵入するも、いまだ店内に居座る熱気に溶かされていった。
 ふと窓下に積もる雪に視線が移る。目を閉じなくてもすぐに思い描ける、彼の笑顔がそこに浮かぶ。
――そして、我ながら子供じみていると、くすぐったい笑いに口元をほころばせながらも、彼女は雪玉を二つ作り、積み重ねた。


「――さぁ♪ 次のお客様がいらっしゃるまで、はりきって店番ですわ♪」

 随分と店内の空気が入れ替わった頃、彼女はそっと窓を閉める。悴んだ指先から水滴が二、三床に落ちた。
 カウンターにもどり、窓を見つめる。窓ガラス越しに、彼に似せた雪だるまがこちらを見て微笑んでいた。
――彼に見られたら、少し気恥ずかしいかもしれない。それとも、もっと顔を見せてくださいと我侭を言ってみるきっかけになるかもしれない。
 どちらにせよ、雪解けの時期が来る前には、彼に会えるのだという自分への支えにはなると、彼女はそれに微笑み返した。

                                                               End.